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価値観

劣等感は自分が成長するためだ、にあまり納得できていない

なぜだろう、すっと腹落ちしていかないのは。 なんとなくむず痒い思いをしているのは。 素直に受け止めると、まぁそうだろうな、その劣等感を払拭するために自分が成長していくんでしょ、となる。だけど、全ての人がそうかというと、そうではないと思う。 その劣等感に負けてしまう人、もしくはその劣等感と仲良くなってしまう人がいるからだ。自分が抱くもやもやとした思いが、文章になっているか怪しい、けどその辺りの人たち […]

愛に飢えていると

私はいくつかの時代で、このようにブログを始めてはやめるを繰り返してきた。なんとなく気が変わって、急にやめることが多く、今回もそんな感じで突然やめるような気がしている。熱しにくく、冷めやすいと考えている。 書いていることはあまり変わりなく、いくつかのブログを移り変わっていても、ずっと承認欲求だとか、価値観について考えてばかりだった。たぶん、その方面を考えるのが好きなのだろう。何が好きなのかというと、 […]

人と比べるくらいなら、自分の生を全うしてみろよ

自戒を込めて。 ここ半年くらいで、だいぶ気持ちを切り替えてきているのだけれど、私はすぐ他人と自分を比べてしまうところがあって、自分はダメだと思うこともあれば、逆に、あいつはダメだと思うことがあったりもする。他人と自分を比べることで、相対的に自分が劣っているとか、優れているとか、そんなことを考えてしまうのはもしかしたら人間の性なのかもしれない。人間というか、生き物の性だったりするのかな。 けどそれっ […]

雄弁に語るよりも、傾聴を大切にしたい

このブログは、前置きを必要とする。それくらい怖い。これを表明することに自信がない。賛否両論あるだろう。そもそも賛と否だけで表すことはできない。それこそグラデーションのように、各種様々な意見があるのだろうと推測する。 発端は、自分が成長するためには、どういうインプットと、どういうアウトプットを組み合わせていけば良いのかという自問だった。吸収するだけでは、人は成長しない。暗記しようと英単語帳ばかり見て […]

障子の向こうが見たかったおじいさんのこと

先日Twitter断ちをした時に、彼と同じ心境なのかもな、と思う瞬間があった。何度か。彼は「絶対に見ちゃダメですよ」という忠告を無視し、障子を開けてしまった。そしてその障子の向こうにいた鶴はそれに憤慨し、飛び立ってしまう。 お爺さんはなぜ、我慢できなかったのだろう。人間はなぜ、「やっちゃダメですよ」と制限をかけられたものに対して、強い興味を示してしまうのだろう。 先週、Twitter断ちをした時に […]

可能性の話

不惑というのは40歳のことを指す。これは自分の可能性についてどのように捉えるかという点において、そういう年なのかな、とふと考えた。 自分の将来について、可能性は無限大で、極端なことを言うと死ぬ直前まで自分の将来というものの可能性は無限大に広がっていると考えることもできるのだろう。私は自分が今持っているリソース、例えば身体能力、思考力、財産、家族、といったものの枠を超えて広げて考えるほどの突飛な可能 […]

機は熟さない

AmazonのKindleで電子書籍を無料で出すことができると知ってから、無性に小説が描きたくなっている。 いくつかアイデアがあるものの、小説を書くことに向き合う時間が取れないという理由、というか言い訳で、小説を描けていない。 理由は単純で、小説を描くことが生活の優先順位で下の方にいるからだ。これが、もしかしたら自分の食い扶持になっていくかもしれないというのに、その未来をあまり信用できず、それより […]

SNSに疲れてしまう時がある

Twitter アプリをiPhoneから削除したら、iPhoneに触る時間が実質的に減った。私がiPhoneに触れる時間の70%くらいは、Twitterだったのかもしれない。 たまに、1年に1回程度だが、全てのSNSからログアウトしたくなる時がある。理由は、他人と比べてしまう自分が許せないこと。それと、自分の生活において、シェアすることを目的に感じてしまうこと。多分、私は、それに強く依存してしまう […]

「この中から選べ」以外

今、自分の前に見えている選択肢だけが、答えではないという。 誰かの手のひらで転がされている時には特に、選択肢が狭められて提示されることがある。相手にとって都合の良い選択肢しか、壇上に並ばない。いずれかを選んでも、結局は相手の手中から逃れることができない。だから、いつも、出された選択肢以外のものはないか、見極める必要がある。 なんて書くとさぞ意識の高い人間が書いた文章のように思えるが、選択肢以外を考 […]

誰に対しての責任か

責任の重たさに対する感性は一人ひとり違う。自分が考える責任は、他人のそれと一緒だと考えてしまいがちになるが、それは大きな失敗を産む。 そもそも責任とは。役割などと近いイメージを持っている。何かをやり遂げるという、遂げる、のところに責任が生まれる。その、やり遂げるところの強度をどう捉えるか、その感覚に個人差が生まれる。 普通に生きていく中では、個人的なところではあまり責任というものはないように思う。 […]