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  • # コクヨのソフトリンクノートは万年筆のインクが裏抜けしない!

    # コクヨのソフトリンクノートは万年筆のインクが裏抜けしない!

    万年筆を愛する私も、他の皆さんと同じように文房具沼、最近はノート沼にハマっているような気がします。

    主なポイントとして最初に挙げるものとして、万年筆のインクが裏抜けしないというのを最上段に置き、あとはコスパとか書き味の気持ちよさなどが団子状態に並んでいる状態。

    ここ最近はダイソーのプレミアムノートブックというのがすこぶる良く、100円でも裏抜けしない!と大評判だったのですが(私の中で)、ある日、ネットを漁っていたところ、どうやらコクヨのソフトリングノートが良いのだ、という記事を見つけまして。

    ダイソーのノートを見つけたあとは浮気しない!と思っていたのですが、どうしても試してみたく、近所のディスカウントストアで型落ち品?で安くなっているソフトリングノートを発見し、買ってみました。

    ## まずダイソーのノートの話

    ダイソーのオンラインショップにも取り扱ってるこの商品、100円でA6とA5サイズがあります。

    私はA6を好んで使っています。小さめなバッグにも入るので。

    万年筆の裏抜けはゼロ。というか、紙が厚いんですよね。そして硬い。実際に触ってみるとわかりますが、ページを指でつまんだ時点で、「あ、この厚さなら裏抜けしないな」と信頼感を寄せることができる仕様となっています。

    どこで作っているか、ダイソーはその辺を明らかにしていませんが、これについては表紙に「MADE IN JAPAN」って書いてあって、おぉ日本製なんだ、とさらなる信用を持つことも可能です。

    実際に書いてみるとこんな感じで、万年筆のインク量次第ではすこーしだけ渇きにくいかな、と思いますが許容範囲でしょう。

    と、ここまでは100点なんですが、たまに、万年筆が滑る?ことがあるんですよね。私の持ってるモンブラン、ビスコンティ、ラミーそれぞれでも再現するので、ちょっとした不都合があるのかもしれません。

    万年筆が滑り?インクが出なくなるという感覚のやつです。

    なんとなく想像なんですが、紙が割とすべすべしてるんですよね。もしくはコーティングされてるとか?そのせいかなーなんて思いました。

    ま、そうは言っても大した頻度ではないので、無視できる範囲かな、とも思います。

    ## コクヨのリングノートを試した結果

    さて本題へ。

    わくわくしながら帰宅し、早速書いてみるとこんな感じ。

    試したのはビスコンティのF、一部モンブランのBをタイトルのところに。

    書いてみて、思わず歓声を挙げてしまいました(心の中で)。

    ホントに裏抜けしてないー!これは嬉しいです。

    これが数百円で手に入るというのは嬉しいですね。

    ちょっと調べたところ上質紙っぽいですねこれ。

    同じ紙を使っているノートは無印でも売ってるんだけどちょっと高いんだよなぁ。

    今度こそ浮気せずに使えそうな気がします。ありがとうコクヨ。


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  • ランニング 5km走れました

    ランニング 5km走れました

    昨日あれだけ自分の中で思考を昇華させて、あとはもう走るだけというマインドセットになった状態で、いつもより遅い23時過ぎに就寝し、無事に7時に起床することができました。ポイントは気持ちの持ちようなのかなと思いました。走る距離は10kmを予定していたんですが、走っている途中でちょっと無理だな、と感じ、予定を変更して5km、走り切ることができました。

    気持ちの持ちようだけじゃダメらしい

    どこかのブログか何かで見たことがあり(たぶんTumblrで回ってきたんだと思う)、心の中に残っているのですが、例えば新しい年を迎え、心を新たに心機一転、これから毎日走ろう!みたいな目標設定が一番良くないそうです。理由は、続かないから。稀に、そういう形で継続できている人もおそらくいるのでしょうけど、そういう新しい物事を始める時はまず、環境を変えることが必要なのだと。その点、私のこの、ランニングを始めるのは合致していません。環境は何も変えていないので。あ、強いて言えば、目覚まし時計を枕元に置いたくらいでしょうか。それによって、7時にきちんと起きることができたという点は、この理論に合致しているかもしれません。ただ、まぁ、ランニングが習慣化するために必要な環境はすでに揃っていたと考えることもできます。7時からおおよそ9時まで、ランニングに集中する時間を持っても他の仕事や生活に影響はないという点で、実はランニング向きの生活だったと言えるのかなと思います。

    5kmしか走れなかったことについて

    理由は様々です。体力がそもそも足りてなかったとか。体重が増えてしまっていたとか。私が今日10kmを目標にして走り出し、3kmくらいを走り終えた時点で、10kmは続かないから5kmで終わりにしようと目標を変更した時、ペースはかつて走っていた頃よりキロ1分程度遅いものでした(6分30秒くらい)。私はそれに幻滅してしまって、だけどこれが今の自分のできる限りのペースなんだと思い、5kmに変更しました。正直、悔しかったです。10km、あの頃は軽々と走れていたのに、とか思いましたが、その頃から10kg程度体重が重たくなったし、走るための身体になってなかったんだな、と思います。まだ、今日は1日目だから、いきなり10km走れた、というよりかは伸びしろがあるという点で、良いのかなと思うようにします。

    何か大きな目標を持ちたい

    当面、私の場合はランニングと食生活で、体重を10kg落とすということを目指したいと思っています。だけどそれだと10kg落ちた時に、目標を見失ってしまうかもしれません。その場合は、何かランニングの大会に出ることを目標にしても良いのかなと思います。かつて私は、フルマラソンにも何度か参加したことがあって、あの辛く苦しい時間を経てゴールした時に得た大きな喜びは、何にも変え難いものでした。楽しかったと辛かったが半々くらいの思い出ですが、私の人生においてはだいぶ刺激的なイベントでした。また出たいな〜、と思いつつ、まずは目の前にある「痩せる」と「距離を伸ばす」という壁を、ゆっくりと崩していきたいと思います。

  • 5月24日 最近の私

    5月24日 最近の私

    なんでもかんでも理想の自分、理想の生活を送ることを願ってやまないのだとすると、それが成長のためのモチベーションになっているならともかく、そうではないという状態なのだとすると、ちょっと変に固執しちゃってるんじゃないかな、って思いますよね。

    はい、私のことです。

    いつも何かが気に入らない。

    自分の思い通りにいかないから気分が悪い。

    いや、流石にここまでの感情を抱いているわけではありませんが、その、現実に対する不満を抱きながら生きていくのはとにかくストレスが溜まるんですね。

    更に悪循環なのは、そのストレスによってメンタルやフィジカルの体調を崩し、更に悪い方向へと向かっていくという様。

    分かってる。分かってる。

    私がここで「不満を抱いているんです〜」と言ったところで、解決するわけではない、ということを。

    先日読んだ本

    先日図書館で、「うつヌケ」という本を借りました。

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    うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち [ 田中 圭一 ]
    価格:1,100円(税込、送料無料) (2024/5/24時点)


    この本を置いてくれた私の市に感謝です。

    この本はうつを体験した人たち、またはまだ完全に抜けきれていない人たちの体験談を漫画で紹介したもので、結構有名な方の話とか載っていてびっくりしました。大槻ケンヂがうつになっていたとはね。
    さて、その中で、私が「なるほどなー」と思ったのが、

    うつの原因になったものを根本から絶やすのはかなり難しい。それよりかは、そのものと一緒に暮らしていくことを考えていくべき。

    うつヌケに載ってたのをなんとなく自分で解釈したもの

    そうなんですよね。

    私、きっかけってなんだろうって考えたりするんですが、現実に対する自分の無力感だったり、生きてる意味とは、、、?みたいな問いだったり、そういうのに打ち克つのってなかなか難しいですよね。

    前者、現実に対する自分の無力感については、冒頭に書いた内容にも近しいのですが、今の自分が置かれている境遇や現実をきちんと受け入れることがまず大切なんではないかと。成長につながるような思いだったらいくら抱いてもいいと思うんです。

    もっとプログラミングのスキルをつけたいぜ!とか。英語もっと上達したいぜ!とか。

    だけどそっち側に気持ちを向けるのだってなかなか難しいですね。

    めっちゃ力使うし。

    後者、生きる意味とは、、?については、考えてもしゃーない、という書きっぷりでした。確かにそうなんすよね。なので私も、その考えに乗り、考えてもしゃーないことは考え続けないようにしていこうと決めました。

    お酒だって飲みたいし。食べたいものたくさん食べたいし。とは言え体は太りたくないからなんとか理想の体型に近づけたいし。

    最近の私はずっとこればっか。

    幸せな悩みなのかもしれないですが。

  • 9月24日 自分の機嫌を取るのは、自分自身なんだから

    9月24日 自分の機嫌を取るのは、自分自身なんだから

    今日は休息日。
    家周りの不要になったものをゴミ捨て場まで持ち込んだり、お風呂のバスタブの中を掃除したりした。

    家の掃除をすると、気持ちがスッキリする。
    何もしないでぼーっと、スマホをするよりも生産的!と個人的に感じられるからだと思う。
    何もしない日っていうのももちろん大切だけど、少しでも気力があるなら、何か身体を動かした方が良いなと思った。

    もちろん、生活の中でうまくいかない日だってある。
    そういう時は無理に身体を動かすことなく、好きなものを食べたり、何か好きなものを鑑賞したりすることで、少しだけ気持ちが暖かくなるような気がする。
    会社の人から聞いた話だけど、歳をとってくると自然と後ろ向き、下向きになってしまうことが多いから、そう感じたときは勤めて明るいものを観たり聞いたりすると良いそうだ。
    それを聞いた時は、感受性を広く持っておきたいと思ったからネガティブなものもあえて取り入れることで自分の幅が広がるよなと思ったけれど、44歳になり心療内科で抗うつ剤を飲むようになってからは気持ちが変わった。
    暗い話を聞いて気持ちが明るくなるなんてことはない。
    そもそも自分自身の中から「明るい気持ちを生み出す」ことなんてどんどん少なくなってくるんだから、そういうときは外から取り入れるに限るのだ。

    人生は長い。
    自分の機嫌を取るのは、自分自身なんだから、勤めて明るい気持ちでいようと思う。

  • 8月24日 表現方法と私

    8月24日 表現方法と私

    自分の深層意識から生まれた感情のすべてラベルをつけられるほどのボキャブラリーを持ち合わせていない私は、だいたいのことに「ヤバい」とか「すげぇ」みたいな、少し前に言われてた「小並感」のような、表現方法しか持っていない。ような気がする。

    私自身はそれを痛感しているので、だから、それを補うために日々、本を読んだり、ここでブログを書くことで、私なりの表現を勉強しているつもりだ。

    だけどどうしたって勝てない相手というものがある。
    芥川賞を取った作品を読んでいると、容易にぶち当たる。
    みんなすげぇよ。よくもまぁこんなに綺麗に表現できるよ、みたいな。

    私だってできる限り、自分の持っているボキャブラリーを最大限使い、表現してるんだけどなー。みたいな。

    いや、けど、今持ってるもので戦うことだってできるんじゃないのかなー、とかね。考えちゃったりしてる。
    自分は、自分の味方でいるべきだから、現在の自分を肯定してあげるスタンスになってあげないといけないんじゃないのかな、とか。

    小説をずーっと書き続けているんですが、一向に終わる気配のないそれの持っていき方を考えているのと並行して上記のようなことを考えたりしている。
    私なりの味、とでも言うのかな、そういうのもあるのかもしれないから、今以上に文章を変えなくても良いかなーとか思ったり。

    ふらりふらりと文章を書いています。

  • 7月24日 Chat GPTとblurと私

    7月24日 Chat GPTとblurと私

    今日は1日、Chat GPTに溺れました。
    自腹で課金も。とりあえず1ヶ月、無心になって何かを得るための活動に充てたいです。
    仕事で使うんですけどね、けど、自分で自由に使いたいという気持ちがあったので、会社の経費は使わず、私のポケットマネーから出しました。1ヶ月あたり20ドル。今だと141円くらいなので、1ヶ月で2820円くらいってところか。それくらいのものは手に入れたい。

    とりあえず、Pythonを勉強するために、ブロック崩しゲームを作りたい、と言ったら、ご丁寧にもサンプルのコードを提供してくださりました。
    すごいね。ちょっとお願いするだけで魔法のようにプログラムを教えてくれるんだもん。
    これを機に、Pythonできます、と言えるくらいのスキルを身につけたい。

    もともとは仕事で、Chat GPTを使って品質を上げるなにかになったりしないかね?が発端にあって(最近この話を書いた気がする、再掲)、なにはともあれ、何がどこまでできるのかが気になるので、ちょっと触ってみますね、というところです。とはいえ社内システムの実装内容を安易に載せるわけにはいかず、マスキングするの?と腰が引けている状態なので、なんとかして仕事に活かせたらいいなぁ。

    話は変わって、音楽の話。
    Apple Musicを彷徨っていたら、blur、新作出たんだぜ、お前好きだったろ?って提案を受けまして、早速聞いてみたんですが、相変わらずのblur節でとても心地が良いです。
    おまけにジャケットがまた、The Great Escapeで使われていた海の色と、プール?の色がそっくりで、あの頃を思い出してしまいました。
    あの頃というのは青春の真っ只中、1996年頃です。私にとってその頃は黄金のように輝いていました。
    blurが好きで、だけど周りはoasisの方がちょっと人気があって、理由はきっとわかりやすいからだったと信じてやまないですが、私はblurが好きで良かったと思いました。oasisは再結成はしないけれど、blurはこうして、もともとのメンバーでまだアルバムを出し続けてくれているから。
    私がおじさんになっても、こうしてblurが音楽を届けてくれること、そして私自身が、あの頃と同じような感性でblurを聞き続けていられることが、シンプルに嬉しいです。

  • 6月24日 前を向いて生きよ

    6月24日 前を向いて生きよ

    前を向いて生きよ。
    前を向いて生きていれば、生きてさえいれば、いつか暖かな陽射しに包まれるはずだから。
    誰かが死ぬ前に語ったというその言葉は、私がうまくいかなくて落ち込んでいる時に必ず、励ましの言葉として頭の中に浮かび上がってくるのだった。

    光。
    私には眩しすぎる光でも、その光自体を見るのではなく、光が照らしてくれる足元を見ることで、ゆっくりでも前に進むことができているのだ。

    少し、後ろが気になったりもする。
    だけどそれは私の思い過ごしで、私のすぐ後ろを誰かが着けているような気がするだけなのだ。
    だいいち、私のことなんて、誰も気にかけてはいないはずだから。
    そこまで、私は目立ってはいないのだから。

    高校生活が少しずつ終わっていく。
    みんな、同じクラスという箱に詰められた私たちは、それぞれの未来を信じて、前を向いて生きていく。
    私は高校生活でいったい、何を学んだのだろう。
    何かを学ぶことなんて、気にしなくても良いんだ、どうせ。
    どうせ、数日経ってから忘れていくようなことばかりだから。
    だけど、と思う。
    だけど、私は、どこからか照らしてくれる光を信じて、足元を見ながら、生きていく。

  • 5月25日 心療内科と眠りについて

    5月25日 心療内科と眠りについて

    落ち着いた1日。今日は心療内科の診察日だった。
    先週から今日までの1週間、割と落ち着いていたように思う。
    感情の浮き沈みという観点では、平穏。それが最良なように感じる。
    ちょっとだけ浮く時期があった。その日はランニングをして汗を流し、走り終えた時には爽快感とともに、また心地よい眠りという副産物もあって、走るのって良いなぁと感じることができた。
    ただ、それって浮いている状態で、

    とか、勝手に「浮いている状態」って決めつけたけど、それが私の「平穏と呼べるレンジ」だとすると、私がランニングに出ることのできるマインドセットは、私の平穏と考えることができるのかもしれない。
    何が良いのか、分からなくなってくる。
    浮いているとか、沈んでいるとかって自分の捉え方の問題で、そんなのは日々の考え方で変わっていくだろうから、もしかするとそういうことはあんま考えないで、自分のやりたいことに集中して取り組むくらいで良いのではないだろうか。
    レイソルの応援でジャンプしまくり、声出しまくりみたいなのも、自分がやりたかったことの一つで、それをやって満足できれば、それが生きてて良かった!につながっていくはずだから。

    今日の診察では、割と安定しています、と話、薬は前回処方されていたものと同じものがまた、処方された。
    私の中では不眠が問題で、入眠するまでに1時間くらいかかることと、朝3時から4時くらいに目が覚めてしまうことを伝えていて、けど先生的には目が覚めてもすぐにまた眠れれば良いと思っているようで、そこが私のバロメーターになっているのかもしれない。
    44歳にもなると夜ずっと眠ることも難しいことだってあるかもしれないよね。
    そのためにお酒は極力控えるようにしているし、眠りを最優先して日々暮らしているけど、ここしばらくの間、朝までぐっすり眠れました!みたいなことってないんだよなぁ。
    年齢のせいなのかなぁ。男性にも更年期障害があるって言うしね。

  • 5月24日 今日のレイソル

    5月24日 今日のレイソル

    今日は14時で仕事を終わりにして、レイソルの応援へ。カシマスタジアム。
    私は実家が茨城で、そして私の両親が鹿島アントラーズのサポーターということもあり、そのよしみで今日は父と観戦。
    つっても私はビジターのゴール裏だったので入り口でさよならでしたが。

    試合の雑感を書こうと思っているのですが、あいにく私はフォーメーションがどうのこうのっていうのはまだそんなに詳しくはないので、私から観た感想を少し書きたいと思う。

    試合前、スタメンを見た時。
    つい最近レイソルに加入!25年から!ってなってた関根くんがスタメンに入っててびっくりしました。まだ入ったばっかやん!と。
    だけど彼、結局フル出場しましたね。最後まで右サイドを駆け上がっていく姿が見られて、右サイドバック渋滞が起きている気がしました。これは川口さん、片山さんも負けてらんねーだろうな、と。まだ少し線が細い感じがしたので、先輩たちを見習って、柏から世界へ飛び立ってってもらいたいと思いました。

    あとボランチに中村慶太さんが!生で観るの、いつ以来なんだろう。
    彼が見られてよかったー、という気分でした。
    序盤から彼にボールが集まる機会が多く、ボランチでコンビを組んでた椎橋さんはボールを狩る係で、慶太さんはゲームメイクをする係、みたいな役割になってた気がするなぁ。とにかくプレーが面白い。前半終了頃だったかなぁ、左を駆け上がるサヴィオに向けて、左足でどかーんと蹴った時、おおお!と叫んでしまいました。
    後半の途中でタクトと変わったと思いますが、フル出場するの難しいのかなぁ、なんなら後半のここぞというところで使ってもらえると良いのになぁという印象。

    あと書きたいのは、両サイド。オータとファル。どちらも頑張って試合に絡もうとしている姿が見られました。ファルはサヴィオから薫陶を受けている感あり、サヴィオの指図にめちゃくちゃ頑張ってついていこうとしていました。あとオータね。後半だったかなぁ、すげぇミドルがあったんだよなぁ。残念ながら枠の外でしたが、あれ決まってたらヒーローになれたと思う。

    後半になり武藤とマオが投入され、試合がグッとこちら側に傾いたような感じでした。武藤さんすげーよね。うま!うま!って感じだった。マオは相手DFに負けずに、転ばずに前を向こうとする姿勢がすごかった。国内じゃ負けちゃうDFはいないんじゃないかなぁ。身体の入れ方なんすかね。

    そんなところ。試合は相手選手がセットプレーのもつれから華麗なゴールが決まり、負けてしまいましたが、私としては若い選手の躍動と、ベテラン選手のうまさが観られて良かったです。勝ちたかったけどねぇ。

  • 4月24日 未来を信じるモチベーションを何に

    4月24日 未来を信じるモチベーションを何に

    死んだら終わり。
    何もかも終わり。
    死んでから幽霊になってどうのこうのとか、ない。
    前世も来世も、そんなものはない。

    この真理に気づいたのは、京極夏彦の、魍魎の匣、だった。
    どういう経緯かは忘れてしまったけど、要はそういうシーンがあり、
    それを読むまではぼんやりと「脳の中で起きてる電気信号によって意識が作られる」
    くらいの知識を持っていたので、割とすんなり受け入れることができた。

    その本を読んだあたりから、ぼんやりと哲学というものに触れようとする意識が
    脳の中で働き、いくつかを読んだ後、私は、時間というものによって
    過去、現在、未来と分けられているけれど、その軸みたいなものが良く分からなくなってしまった。

    例えば、未来。「みらい」と口に出して、声を発してみる。
    発した瞬間から、自分が未来だと思っていたその空間は過去のものになる。
    現在、という軸は実は存在していなくて、過去と未来しかない。
    過去を証明できるものはなく、今、私はこのブログを書いているし、
    経験としてここまで書いてきたことを覚えているけれど、
    その、覚えていることすらも脳が勝手に電気信号で作り出しただけの可能性があるし、
    このブログも、実は誰かが私の代わりにここまで書いてきた、という可能性がある、という辺り。

    つまり、何を信じて生きれば良いのか、と。
    よく、未来を信じて、とか、今を信じて、とか言うけれど、今なんて時間は存在しないし、いつからが未来で、その未来に期待してても、もしかしたらやってこないじゃないか、と。

    昨日、TOEIC頑張るぜ!みたいなブログを書いておいてアレだけど、
    未来を信じるモチベーションは、いったい何に頼れば良いのか分からなくなってしまった。
    藁をも掴む思いとは、こういうことなのだろうか。
    未来、何がくるか分かんないからあんま味方になりたくないんすよねー、
    過去、それがいったいなんなんすかねー、
    現在、それっていったいいつのことなんすかねー、
    と、ひねくれたパンクな青年のようなことを考えついてしまった、44歳の春。