心療内科からきちんと卒業するということ
6時くらいに起床。サクッと朝食、出社。この辺り何も考えずに動けるようになってきた。心療内科で処方されている薬を飲まないという選択肢を取っている今、将来的に挫けるようなことがあったらまた心療内科に行けば良いのだろうけど、このままいけば、次回の予約分から行かないということになる。
心療内科からの脱却。正しくないやり方だと思っている。だって心療内科の先生と何年も付き合っていて、先生から、もう薬いらないと思う、来なくていいよ、って言われていないから。
何度か減薬の相談をしたこともあったんだけど、一旦様子見で、っていう感じではぐらかされ? 2年近く同じままで続いていた。別に不信感を抱いているということではないのだけれど、このままずーっと薬を飲み続ける生活を送るのではないかと思ったりしてる。
心療内科からちゃんと「卒業」する人って、通ってる人の中で多数を占めるのだろうか。私はここ 2年くらい、それこそ減薬を相談するくらいに調子が良く、鬱っぽいことを考えたり、そっち方面の気持ちが心に充満したり、ということからだいぶ脱却できてきた。それでも先生の言葉を信じ、通っていたけれど、さすがに 2年くらい減薬の相談をしても、私の願い?期待?通りに処方箋を更新してくれなかったのは、ちょっとどうなの、と思っている。
だから私は、だいぶチャレンジングだと自認しているけれど、もう心療内科に行かない、という選択肢を取るのだね。そして、処方された薬を自分の意思で飲まない、という選択肢を取るんだね。
きっと危険なことなんだろう。分かってる。またいつか、そういう系の衝動が急に芽生える可能性は、ゼロではないのだろう。
私は薬を飲まなくなって、そしたら朝、快適に起きられるようになり、午前は眠くならず、いい感じにランニングしたりして、お酒の量を減らして健康への意識を高めるようになった。
これってどう見ても、善いことなのではないだろうかね。
私は、死ぬ時に後悔しない生き方を、というモットーを心に抱いて生きているから、その目的のためにどうしたらいいのか、ということを考えながら生きている。
それってソクラテスの時代から言われているような、「善く生きる」ってことなのかもしれない。
小野寺文宣 ひと 読了しました
巻末の書評で中江有里さんが「実直」という言葉を使っていたけれど、全くその通り、これほどまでに実直な青年に、だいぶ感情移入してしまった。主人公は自分の人生を控えめに生きてきたけれど、だんだん、自分の意思で生きるようになるんだよな。
そして、実直という言葉の通り、まさに誠実に生きている。両親を亡くし、お金に困窮しても決して挫けず、前を向いて生きているその姿を、善く生きると言わずして、なんと言えば良いのだろうか。
昨日、まだ途中だけど、って体でその時点での読書感想文を書いた。
そして今日、読み終わったけれど、この作者の、日常の描き方が本当に好きだ。そして、登場してくる人の温かさに関する描写が、とても適切な言葉で綴られていて、想像しやすい平易な言葉だし、その言葉の選び方がまた良かった。
一人称、つまり主人公の目線で描かれているから、20歳の男子という目線で書く必要があるんだよね。だから、難しい言葉を使うわけにはいかないし(一般的な20歳の男子が知っている世界での、言葉を使うという意味)、そして行動や思考だってそのスコープに照らして書かないといけない。
当たり前のことだけれど、これが自然にできないと、この主人公、実は何歳?みたいなことになってしまう。そういうところって自分の経験でできるのかなぁ、みたいなことを考えていたら、私の記憶の深さ、豊かさについて考えるようになった。
20歳代の記憶が一番エモくて強い
私は47歳になった今でも、大学時代にバイトしていた焼肉屋での風景や、そこで出会ったお店の人たち、お客さん、みたいなところの夢をよく見る。
別にトラウマがあったとかではない。焼肉屋を営む家族みんなが優しくて、それこそこの小説に出てきた惣菜屋のみんなみたいな感覚だけど、だからイヤな思い出はほとんどなかった。
一方、例えば、結婚してからとか、ここ10年くらいの記憶や経験をベースにした夢ってあまり見ない。それって、私の意識的に拾える脳の引き出しに入っていない、もしくは違う引き出しを見ているのかな、と思う。
ここ10年、例えば妻や子供たちを愛していないとか、そういうことじゃないと信じる。私が家族のみんなが大好きだし、彼らが風邪をひいて熱を出しただけでも心配でしょうがない。家族のために全力で仕事をしているし(このへんも善く生きるに繋がるのかも)、だから、家族と得た経験や思い出は20代の頃のそれと比べても劣ることなんて全然ないと思う。だって家族旅行だってめちゃくちゃ楽しいし、行ってよかったといつも思うし、だから定期的に夢に出てきてほしいな、思い出を振り返りたいな、と思う。だけど残念ながら夢に出てくるのは、20代のあの頃なのだ。
つまり私の中で、取り出しやすい引き出しにある記憶って20代の頃で、それがとてつもなく強いレベルで保管されているように思う。エモい。眠くなってきたので唐突だけど終わり。何が言いたいのか良くわからなくなってきたけどこのまま投稿して寝る。







