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  • 7月29日 もっと生きていたいと考える

    7月29日 もっと生きていたいと考える

    健康診断を申し込んだ

    7時30分くらいに起床。今日もつくばに出社。家からオフィスまで1時間かからないって本当にありがたい。電車も混んでないし。

    眼精疲労?なのか分からないけれど、これまた感覚的なことだから言語化するのが難しいんだけれど、普段、耳に、チー、みたいな高周波の音が鳴るのを感じると思うんだけれど、それが、眼球を上いっぱいに上げた瞬間だけめっちゃ増幅される感覚があって。私は体調不良でこれから熱が上がっていきそうな時にそれを良く感じるんだけど、そんな感じで体のどっかに不調を来しているのかな、と焦った。そして会社で年1回受けましょう!っていう健康診断に申し込んだ。今から約2ヶ月後。
    そしてそれをCopilotに話し、今イマの身長、体重、飲酒喫煙習慣などを話したところ、飲酒量を下げることと、適度な運動を勧められた。
    私は鉄は熱いうちに打て派なので、かねてから取り戻したかったランニングの習慣を再開した。とりあえず週3目指そう、って優しいCopilotは勧めてくれたけれど、個人的には、いけるんなら毎日走っても良いのではないかと思っている。
    で、早速今日、終業後に走った。かねてから気になっていたちょこザップの無料体験を申し込んで、7kmくらい走ってきた。心拍140くらい、ペースはキロ7分くらい。ケイデンス164。まずまずかな、って感じ。ラン後は身体的にはへっちゃらって感じだけど、走れるなら外ラン、そして朝だよなぁ。5時くらいに起きて20km走ってた頃が懐かしい。あの頃の自分を取り戻したい。
    そして今夜の飲酒。これは日常のペースにしていきたいんだけれど、今日はハイボール1杯だけ。ウイスキー50mlだけ。これで酔い気分になれるんならちょうど良いかもな。

    飲酒による機会損失

    これ結構デカいと思っていて、小説書いたり、読んだり、ブログ書いたり、刺繍したりっていう、夜、一人で楽しむようなイベントが酒によって妨げられてるのが割と気になっていて。
    私は本来、酒を飲みたかったのかどうかすらよく分からなくなってきてて。それもCopilotに相談したら、多分私は、1日を締めくくるイベント的な感覚で飲酒していたのだろう、と。
    確かにな、と思った。
    1日を締めくくるには別に酒じゃなくなって良いだろう。
    最近は毎日のようにこんな感じで1日を振り返ってブログを書いているけれど、これだって1日の締めくくりを彩るためのイベントとして昇格させても良いだろうに。
    確かにね、酔って気持ち良くなるのは分かるんよ。私はハイボールを3杯くらい飲むと良い感じに酔ってきて、その感覚を楽しんでいたのは間違いようのない事実だけど、それによって蝕まれる健康のことを考えたら、トレードオフじゃないだろ、と。むしろマイナスだろ、と。
    だから、基本、酒はハイボール1杯とか、ビール1本とか、レモンサワー1杯とかで終わりにして、だらだら飲む習慣を絶ってみようと思う。
    分からんよ、意思薄弱と自分でも認めるくらいだから、飲みたくなる日だってあるでしょうよ。だけどそれを毎日のイベントとして掲げるのではなくて、たまにのご褒美で捉えるくらいでちょうど良いのかもしれんね。ご褒美って考えてる時点でまだまだだろ、とも思うけど。

    湊かなえ Nのために 読了した

    奥さんから勧められて読んだ。物語が何層にも重なっていて、ストーリーの構成力とかすごいよな、と思った。私にはこんなのは書けない。ロジックを組み立てるところで私は破綻してしまいそう。うまくできた話だよなぁ、実際の生活にはこんなことは起きないだろう、って点で、私はそこまでグッと来なかった。私は日常を描く話が好きなんだろな。
    考察。贖罪っていうものに登場人物全員が執着していて、それを意識的に感じてる人もいるし、そうじゃない人もいるし、だけどそれぞれが持つ意識のもとに行動していて、それ自体は自分の本心に基づいて動いているんだろうけど、だけど他人の感情や行動に振り回されることもあるもんね。
    心理描写って点ではそこまで深く抉っておらず、だけど多くの読者に対して、最大公約数的なところで描写を止めるあたりはさすがだな、と。読者に委ねるところと、文章で語るところの攻め際って難しいよなぁ。そういうとこすごいわ湊かなえさん。他にも読みたいかと言われると、うーん、なんとも言えない。私は心に火が灯ると図書館で本を借りまくってがっつり読み込むんだけど、そこまでではなかった。心理描写で語るというよりかは、ストーリーテリング、ロジックの妙で読ませるタイプのように感じたから。

  • 7月28日 故郷を想う

    7月28日 故郷を想う

    茨城で仕事

    私のオフィスは東京だけではなく、茨城のつくば市と、北海道の札幌市でも働くことができる。
    それを恩恵と呼ばず、なんと呼べばいいのか。
    私は子供の頃から、筑波山を見ながら育ってきた。
    実家は筑波山から、そこまで近いわけではないけれど、けれど裏山に行けばいつでも筑波山を見ることができた。
    故郷を想いながら、仕事に励む。
    こんなことが実現できるとは、この会社に入るまで考えたことはなかった。
    いや、嘘だ。
    私はいわゆる田舎の長男坊で、だから大学こそ静岡にある大学で過ごしたけれど、いつかは実家に入らないといけないと感じながら過ごしていた。
    とは言え、気持ちと体は別というか、大学を卒業し静岡に本社がある印刷会社に新卒で内定が取れ、そして東京支店への勤務が決まった。
    そうやって、徐々に実家に近づいていくプランを、当時の私はぼんやりと感じ取っていた。
    意識的に考えていたわけではない。のらりくらりというほどではないが、風に身を任せ、いつから茨城という地に軸足を置いて生きていくんだろうな、とぼんやり考えていた。
    時は経ち、私はそこから25年くらいを生きてきたという計算になるが、いまだに軸足は東京に置いて過ごしている。
    物事は意識的に計画していかないと、人生というものは固まらない。
    先日、バレットジャーナルに集中して取り組もうとして、それ系の本を何冊か借り、読み、そしてバレットジャーナルに対応できそうなA5のノートを買った。Editの320ページのやつ。借りた本を読んでいると、1、2、3、5、10みたいな、自分の中でのマイルストーンを決めて、その数字ごとの未来を描いていこう、みたいなことが書いてあり、私はハッとした。
    風に身を任せて生きていく、というのと、物事は計画的にいくべきだ、という両極端な意見を上述した。
    とはいえ私は前者の方が自分の考えに合っていると感じることが多いから、1年後の自分を想像することができず、ましてや10年後なんて、試しに1ページをそのプランにあてがってみても、10分考えてみても何も浮かんでこなかった。
    何も、浮かんでこなかったのである。
    だって10年後って想像できる?私が今、在籍している会社で働いているかどうかすらもわからないのだから。そんな私が、たとえば3年後ですら、何をしているか分からないのだ。そりゃそうだ。だって生まれてこのかた、自分の将来を真面目に考えてきたことがなかったんだから。

    自分の将来についてじっくり考えてみる機会は必要なのだろうか

    不要なのかもしれないよね、と考える。
    これこそ自分の持つ価値観の話で、自分の生き様を計画していくことで、それに基づいて日々の暮らしを計画していく。物事を計画的に考えて生きていくべき!と考えている人はきっと、こっち側なんだろう。
    ふと、MBTIのことを考える。私は3番目のやつがTなのか、Fなのか良く分からない。Tは計画的、Fはその場の感覚で生きる、みたいに私は捉えている。
    私はFの方に大きく針が振れているんだろう。それを悪いとか良いとかっていう判断材料にはしていないけれど、多分これが、私の計画性の弱さという一面を物語っているように感じる。
    だって自分の将来って。私は今、結婚していて、2人の子供がいるけれど、私の計画通りに家族が生きていくとは限らんもんね。私は自分なりに健康に気を遣ったり、仕事も真面目に取り組んだりしているけれど、妻や、子供たちが私の計画した通りに生きるとは限らないじゃないか。だとすると、私が今ここで、47歳の人間として考えることすら意味がないじゃないか、と考える。
    いや、違うのかもな。何を計画するのか、という考え方にもよるのだけれど、たとえば、家族がどんな生き方をしていたとしても、私は私、私なりに考えた生き方を貫いていきます、ということになるのかもしれんよね。
    たとえば、妻が癌に罹患したとしよう。してほしくないけど。だけど妻が入院したりして、今の生活を継続できなかったとしても、私は仕事をやめないし、できる限り全力で家族を支えていくのだろう。それを計画と呼ぶのかどうか、それこそ個人の価値観による。
    そこには「臨機応変」という言葉がとても良く当てはまる。臨機応変ってすごい。TでもFでも、どっちも当てはまるのだから。
    だから、もしかすると、MBTIとは違う階層に、「自分の価値観」というものが被さっているんだろうな。
    私はF型だから綿密な計画はできないけれど、「それでも生きていく」みたいなマインドで、その場その場で適切な選択肢をたどりながら、なんとか自分の生きたいように生きていくんだから。

  • 7月27日 二度寝ってなんでこんなに幸せなのだろうか

    今日のできごと

    7時台に目覚める。しかしそこから二度寝。今日は10時までにオフィスに着いていたかった。だから遅くとも8時30分には家を出ないといけない。しかし、そのことを考えながらも、あえて二度寝を選択するという暴挙。
    昨夜は心療内科の薬を飲まなかったじゃないか。なのに眠いとは。つまり薬は関係ない、と?つまり大切なのは自分の気持ちだけだということ?
    私は今まで何に悩んでいたのだろうか、とブログを書きながら考える。二度寝の誘惑に勝てない。なぜ勝てないのか。それくらい二度寝というものには魅力的だから。
    もしかすると私は、日本で一番、いや世界で一番なくらいに二度寝が好きなのかもしれない。二度寝が好きな人は多いだろう。いったん目覚めるも、再び眠りへの誘いに呼び寄せられ、そしてそのまままた記憶を失っていく、あの感覚。どうしたら打ち勝てるのだろうか。

    考えられるのはまず、「どうしても起きなければいけない」という状況を作るということ。確かに、私は、どうしても早い時間から活動しなければならない時、二度寝の誘惑ということすら考えない。目が覚めるとすぐに身体を起こす。どうしても活動しなければならないから、二度寝の誘惑なんてものに惑わされている暇はないのだ。
    そうか。
    今日のように10時に出社しなければならない、というシチュエーションを作れば良いのか。今日は10時厳守という強い縛りはなかったから、つい二度寝の誘惑に負けてしまった。
    その、つい、という感覚がよくないのかもしれない。意志が弱いということだろうか。
    だけどこれって今に始まった話ではないだろう。子供の頃から、数えきれないほどの誘惑に負け、場合によっては後悔もしただろうけど、47歳となった今、二度寝の誘惑にあっさりと負けてしまうほどの意思を持っているいうことは、つまりそういうレベルの人間だったということだ。
    今さら悔やんでいても仕様がない。時にはその誘惑とうまく付き合っていく必要だってある。だってそうやって甘やかせないと、人間の心は痩せ細ってしまうからだ。
    同じノリで、お酒も飲んでしまう。ランニングはやろうと思っていても行動に移せない。筋トレも同様。寝る前にはスマホを見てしまう。そんな、瑣末なことにも思えるけれど、そうやってうまく自分の機嫌を取りながら生きていく必要があるのだと思う。
    だいぶ脱線してしまった。今日の出来事を書くつもりだったのに。
    結局オフィスには11時過ぎに到着。出社中、本来会社で出ておくべきだったミーティングを、電車の中から参加した。まぁ、それでもなんとかなってしまうという現状も、もしかしたら良くないのかもだけど。
    いや待て、それは私が悪いわけではないだろう。コロナ禍で在宅勤務が働き方の一つに加わってから、私はその恩恵(と呼んでおこう)に預かって家から仕事をすることを一つの選択肢としてきた。
    だから私だけが悪いわけではない。私の努力が必要な点は多々あれど、今、大切なのは自分の機嫌をうまく取って、なんとか生き延びていくことなのだから。

    なんかいろいろ書こうと思ったことがあったんだけど、なんかもういいかなって感じになってきた。

    今日はバレットジャーナルに本気で取り組んでみた。
    デイリーログはミーティングで得られた知見や、仕事の進め方を自分で考える時にメモ書きなどしたので、あっという間にページ数を稼いだ。
    帰宅してからキュリダスにインクを補充した。次は色彩雫の竹林。

  • 7月26日 暑い、暑い

    7月26日 暑い、暑い

    今日の出来事

    7時台に起床。早い。昨夜はあまりよく眠れなかった。気温はグッと下がったんだけど、睡魔がやってくるのに時間がかかった。体感的には30分くらいは眠れなかったのではないだろうか、と。
    昨夜、思い立って、薬を飲むのをやめてみた。私の場合、一日二日程度飲み忘れても、急激なダウンっていうことはないので、時折そうしている。なぜ飲むのをやめたのかというと、翌日、つまり今朝、早く起きる必要があったから。
    現在飲んでいる薬のセットは、午前にものすごい眠気を引きずる。だから仕事とかも午前は気持ちが入っていかないことが多い。困っている。先生に言っても、普段の生活で慣れて行けば眠気がなくなるはずと背中を押されているんだけど、もう何年も治りませんよ。そのせいで朝ランもやめた。朝活全般ができていない。最初は仕方ないかな、体調が良くなることを優先するよね、と思っているけれど、もう7年とかになるかな、心療内科で処方されている薬を飲み続けていて、全くもって改善が見られないので、正直なところ、もう嫌気がさしている。
    このブログを読んで、私も心療内科でもらってる薬、飲むのやめようかなと思った方、くれぐれも自己責任でお願いします。
    ってか、心療内科でもらった薬を飲み続ける生活を7年も続けている、って上述したけどさ、ゴールってなんなん?どうなったら薬を飲まなくてもやっていけるわけ?
    全然分からない。
    夜、きちんと眠ることができるんなら良いとか、定量的な指標を作らないと、こりゃ死ぬまで飲み続けるしかないんじゃん、って思ったりしてしまう。
    そんなことないよね、知らんけど。
    これ、まだ試していないのだけど、薬を飲む以前の、朝起きちゃってランニングとかしてた時代に戻りたいと思っていて。薬をやめることで被るリスクは十分に取った状態で、だけど生きていけます、みたいなスタンスで生活を営むことができたら良いんだよなぁ。できるかどうかは分からない。薬を飲むことをやめて、体(というかメンタル)にどう影響するか、試してみないと。っていうか、病院の先生に相談すべきなのでは。いや、減薬は何度も相談してるじゃん、だけどはぐらかされる(っていうのとはまた違う感じだけど)ばかりで、先に進まないじゃん。ってか、飲まなくてもやっていけるのでは?というのは今年入ってから考えるようになっていて、仕事先が変わったため?なのかは分からないけれど、気持ち的に安定しているからか、そう考えるようになったんだよな。行動に移すか。しばらく薬を飲まないで生活してみようか。
    話が脱線した。この頃の私の日記は脱線ばかりだ。
    今日も子供達はイベントづくし。そして私は今日は長男に付き添って、一緒にお出かけ。
    そして今、長男と別行動をし、その間私はここでブログを書いている。
    森がたくさんある場所でのイベントで、私は欅と台湾ふうの子供をゲットした。帰宅したら盆栽に仕立てるつもり。

    新しいノートの話

    ここ数ヶ月、私はAmazonベーシックの、黒い表紙のノートを使っていた。スリムなA5って感じのサイズ感で、紙は割とザラザラしていた。EFの万年筆を使うとガリガリいう感じ。
    私はどちらかというとペンの滑りを優先するタイプなので、このガリガリ系はちょっと苦手だった。ずっとガリガリ。質の悪い紙と言ってしまうとそういうことになるのかもしれないが、手帳用紙には敵わないよなぁと思いながら240ページのノートとともに数ヶ月の人生を旅した。
    そして今度は、EditのA5ノート。いったん、私のホームであるほぼ日領域に戻ろうかと、A5のほぼ日ノートを買おうとしたんだけど、Amazonからおすすめされてちょっと気になったので買ってみた。ページは320ページと、ほぼ日ノートよりも多いボリューム。値段もまぁ、A5で320ページの割に1500円台ってなかなか安いでしょ、という値頃感で、ポチってみた。帰宅することには家に届いてそうな気がする。書いてみての印象はまた改めて書こう。楽しみだ。
    気づいたらだいぶどっぷりと文房具の沼にハマっている気がする。万年筆は、気づけば4本持っている。ノートの質、ペンの滑りにはこだわりたい。手元に手書きできるペンとノートを常に持ち歩きたい。文房具の雑誌をKindle Unlimitedで見つけたら、没頭するように読んでしまう。お金があったらシステム手帳を手に入れてみたい。好きなサイズはバイブル、A5、A6、A7。A6とA7を組み合わせたアイデアをまとめる方法をKindleで出版したい。お店を出すなら文房具屋をやりたい。
    ざっとこんなところか。最初の万年筆を買ったあたりからハマり出している気がする。2018年頃か。もう7年以上も経っているのか。早い。人生はあっという間。

  • 7月25日 子供達のいない休日

    7月25日 子供達のいない休日

    珍しく子供達がいない

    9時くらいに起床。今日は珍しく、ホント珍しく子供達が二人ともイベントに参加して、子供のいない週末を過ごした。
    ホントに珍しい。長男が生まれて17年と4ヶ月、ホントに、週末に子供がいない日なんてなかったから。子供達でうちの世界が回っている。
    ちょっとだけ、子供達がこの家から旅立った後のことを考える。といっても大それた話ではなく、妻と私という二人で世界が続いていくだけ。生活を営んでいくだけ。腹は減るし、眠たくなるし。子供達がいてもいなくても、私たち夫婦はここで生きていくんだなぁ、と少し感慨深くなった。
    Primeでフジロックが中継されていたので少し見る。柴田聡子。雑感という歌が好きで、だけどSpotifyで聴いているだけでフジロックに出るくらいの知名度だったというのに驚く。ゆらゆらとした音楽。本人が楽しそうに歌っているのが良かった。初めて歌っている姿を目にした。
    メダカの水槽を掃除し、二人で行きたかったカフェでランチし、図書館で本を物色する。休みってこんな感じだよな。カフェは思ったほど混んではおらず、ソファ席に座れて、とても良い時間だった。コーヒーとハンバーガー。物価の上昇にビビりながらも、堂々とランチを楽しんだんだからいいよな、と。
    図書館ではバレットジャーナルの本を借りた。何回目だろう、5回くらい借りている気がする。いつも途中で続かなくなって挫折するんだよな。3日坊主なのはわかっているから、また始めればいいんだろうと軽い気持ちを抱きつつ、またやってみようかと思う。私にはもうバレットジャーナルだけあれば十分だわ、ってくらいにまで成熟させたい。頭の中にあるモヤモヤを全て書き出すことが大切なんだよな。GTDも一時期好きで、INBOXにいろんなことを詰め込む瞬間が好きだった。大切なのはその後の取捨選択なんだな。

    バレットジャーナル

    せっかく借りたので、備忘録として残しておこう。書いていくことで自分の中でも新たな気づきとか生まれる気がするので。

    セットアップ

    インデックス

    インデックスは目次のようなもの。どこに何が書いてあるかをパッとわかるようにするためのもの。バレットジャーナルは書いていくうちにどんどんいろんなことが増えていくから、インデックスも充実していくんだろうなぁ。

    フューチャーログ

    来月以降の、特定の日付の予定を記入しておく場所。今日が7月だから、8月以降の予定を書き込む。本では3ヶ月で1ページ、という形で紹介されている。
    フューチャーログって大抵仕事のことを書くのかなぁとぼんやり考えたけど、違うよな、仕事とかプライベートとか分けずにぜーんぶ書くのがいいんだろうな。
    フューチャーログは「順番を待っている列」のようなものだろう、だって。人生における責務の数々を意識する上でとても役に立つ。将来の計画をざっと示すタイムマシーンの機能を果たし、必要に応じて軌道修正を図ることもできる。
    なるほど!今までこれ必要あんのかな、なんてぼんやり考えていたけれど、将来の順番待ちタスクということなのね。

    マンスリーログ

    見開きで使う。左側に日にちと曜日を縦に並べる。右側にはその月のタスクを書く。
    月が始まった時に作るんだろうなぁと思う。前月の分は、私が辿ってきた軌跡を振り返ることができるね。予定は変わりやすいから、出来事が起こった後に書くことをお勧めするだそう。
    右側はタスクページと呼ばれる。今、頭の中にある「思考の目録」を書き出す。しばらく時間をとってゆっくり、頭の中でずっと泳ぎ回っているものを頭の外に出す。今月、重要なことはなんだろう?優先順位の高いものはなんだろう?
    思考を整理したら、前月に戻って、まだ完了していないタスクを確認する。重要な項目があれば、新しいマンスリーログのタスクページに移動させる。これはマイグレーションと呼ばれる作業の一つ。マイグレーションって結構重要なんだよな。マンスリーログでは、完了していないタスクを完了させるまで、きちんと忘れずにマイグレーションしていく必要がある。

    デイリーログ

    日々の様々な用事やアイデアをリアルタイムで書き留めるようにデザインされる。
    準備としては、日付とページ番号を書く。それだけ。あとは、頭に思い浮かんだときに、タスク、イベント、メモなどをラピッドロギング記法で書き込む。
    何かアイデアが浮かんだら、その度にきちんと書き留めていかないと、いつまでも頭の隅で燻り続けて重荷になる。だからノートにきちんと保管することで、心を安心させることができる、と。なるほどね。
    私の中ではこれはただのタスクリストかな、という意味合いで考えていたんだけど、そうではないらしい。その日の経験を記録に残すことが大切。「今日は何も生産しなかった」ってクヨクヨしたことがあったなぁ、そんな日でも、小さなことでも良いから書いておくことが必要なんだろうな。
    私の場合、デイリーログは1ページで留めたいと考えてしまうんだけど、そうではないんだよな。デイリーログにはどのくらいのスペースが必要か、それはその日によってまちまち。だから1ページで無理に留める必要はない。そうだよね。

    バレットの種類

    通常は・を使う。バレット。
    重要なタスクには*を使う。
    ひらめきは!。わかりやすい。
    メモは最初にーを書く。
    翌日に回すんなら>。
    タスク自体がキャンセルされるなら横棒を使ってタスク自体を削除する。消すわけじゃないんだな。
    それ以外に自分なりにカスタムしても良いけど、多すぎるとどれがどれか分からなくなるから、少ない方が良いらしい。

    5、4、3、2、1年後の目標

    ゴールコレクションと呼ばれる。いつの日か、私は、、、を具体的に描く。未来の可能性を一覧表にする役割。
    5年後、私はどこで何をしているんだろうか。自分の意思で物事は動いていくから、今日、ここから何かを始めるっていうのは大切なことなのかもしれない。未来を見据えて動くなんてなかなかできないよな。

  • 7月22日 いずれにしても自分が納得できる人生を

    7月22日 いずれにしても自分が納得できる人生を

    今日の出来事

    8時台に起床。もともと通勤するつもりはなかったので在宅にて仕事。
    子供たちが夏休みに入っていて、だから家の中にある体感時計がゆっくりとしている。
    朝の慌ただしい時間を乗り越えた妻と、そうではない今日みたいな時の彼女の雰囲気は違う。
    アドレナリンという言い方が正しいのか良く分からないが、朝、バタバタと子供たちの準備、長男の弁当などを準備すると、頭も身体もきちんと起き上がるんだろうな。
    私は妻に甘えていて、平日の朝の準備はすべて妻にお任せしているので、私自身のテンションは平日だろうが休日だろうが変わらない。妻は休日は結構寝ていて、多分寝るのが好きなんだと思うんだけど、だから休日の朝の準備は私がすすんで担当している。休日くらいゆっくり寝たいもんね。
    9時くらいから仕事開始。今日もゆったり。てかこの頃ゆったりな仕事量の日が多い。
    在宅なのをいいことにまったり、しつつも自分に課せられた仕事はきちんとこなす。社会人として当たり前のことだけど。
    いくつかミーティングをこなし、昼食。家でリュウジさんのボロネーゼを作って食べた。これまた我が家のルールみたいな感じなんだけど、平日、私が在宅勤務の時、妻が料理を作ってくれることよりも、私が作るほうが多い気がする。妻は専業主婦だけど、朝バタバタした時間を乗り越えたからゆっくりしてもらいたいというのと、昼、私の食べたいものを私の好きな時間に食べるという生活をしているから、私にまかせてくれてるんだと思う。専業主婦なんだから昼食くらい作ってよ、みたいなことは考えていない。滅相もない。私は私だ。私の食べたいものくらい、私の手で作るよ。
    これってバイクとか車のオイル交換を自分でやるか、店に頼むかの違いに近いかもしれない。自分でやる人の大半は、心配で任せられないと考えている人だそうだ。少なくとも素人よりは数多くオイル交換をこなしているだろうから、私は店に頼むで良いと思ってる。自分でやると廃油の処理とか分かんないしね。バイクは自分でやるけど。楽しいから。
    さて午後。いくつかミーティングをこなし、終業。今日は柏で長男の通うかもしれない塾の説明会を受けてきた。高校3年で7月22日まで塾に入っていないって現実から目を背けてきたけど、ここらへんできちんとした塾に通うんだろうなという空気感で我が家は包まれている。
    終わってから長男が次男に、今ここで頑張らないといけないから、遊べないわごめん、って言ってて、まぁ確かにそうなんだけど、実際、いい大学に入れたからと言っていい人生を送れるかというのは、疑問。

    何を優先するかという話

    日本はそこそこの学歴社会だと思う。大企業に入りたいならきちんとした名前の通った大学に行けたほうが、入る確率は上がるんだと思う。任天堂なんかは東大京大ばかりだと聞くし。
    ポイントは生きていく上で何を重要とするかということ。
    このブログでも何度も書いてきたけど私はいわゆるFラン大学卒業で、いろいろあって47歳までやってこれた。マイナスな面で言えば、と思い立って手を止めて、しばし考えてみたけれど、マイナスな面なんてないような気がする。有名な会社に入れなかった、入らなかったという言い方のほうが正しいかな。そもそも大企業ってあんまイメージになかったから、Fランだったけどまぁいいのかな。マイナスな面、なんだろう。生涯の収入っていう点で考えたら最初から良い企業、高給取りな業種、職種に就いていたら、生涯の収入は多かったかもしれない。結局お金か。
    今は家族4人でなんとか暮らしていける感じだし、適当なタイミングで外食したりもしてるし、家族も今の生活を楽しんでいるようだから、別にいいのかな。
    家族との団らん、時間を大切にしたいと私は今優先度を上げて暮らしていて、だから、それって給料じゃないんだよな。価値観がそこじゃないってこと。
    お金を一番に挙げる人を否定はしない。お金があると、だいたいのことは解決するから。心にも余裕が生まれるし。余裕があるってすごく大切だよな。私も現段階ではお金の心配をしていないから、心に余裕が生まれ、結果的に家族を大事にする時間が取れている、ということになるのかもしれない。
    何を優先にしたら良いか分からない人。まず、なくなったらさみしい、悲しいと思うものを挙げてみてほしい。そこから、寂しさや悲しさの度合いを、相対的で良いから、順位付けをしてほしい。そうすると、自分が何を大切にしているか、見えてくると思う。

  • 7月21日 強くなくても良い、しなやかに生きる

    7月21日 強くなくても良い、しなやかに生きる

    有給休暇を取得した

    今年に入って何回目だろうか、4回目くらいかな。忘れた。まだたっぷりある。
    8時台に起床。午前に長男と次男の、学校の担任との面談に参加。
    どっちもきちんとした人間になっているようで、先生から心配するような声は聞かず。親の背中を見て育つというけれど、私はあんまりきちんと教えたつもりはない、だけどどっちも社会性を持った、どこにでもいる17歳と11歳になったようだ。とりあえずよかった。
    お昼くらいにバイク屋へ。家から30分くらいのところにある、ライコランドというお店。バイカーなら知ってそうなくらい有名なお店。フロントフォークのオーバーホールをしたくて、問い合わせの電話をしたら、バイクを持ってきて欲しいとのこと。超暑かった。暑いを通り越して熱いって感覚。
    バイクは風をあびて気持ち良いと感じるだろう、とバイクに乗らない人は考えるだろう。だけどそんなことはなく、ここまで暑いと熱風を感じるだけ。国道のデカめの道路だとトラックと並走することも多々あり、そうなるとトラックから出る熱でそりゃまた暑い。バイクに乗っていても汗をかく。
    やっとの思いで着いたバイク、店員さんにバイクを見てもらうと、インナーチューブも替えた方が良さそうとのアドバイス。こりゃあ高くつきそうだ、と思いつつ、車体番号から部品とかを検索してもらったんだけど、なぜか車体番号が登録されていない、と。なぜ。ちゃんとナンバーを登録したんだけどな。
    ちょっと時間かかります、とのことで、今日は番号を控えてもらって後日電話が来るとのこと。あまりにも高いようだったら、もしくはバイク屋ででもできないようだったら自分でやる以外の選択肢はない。結構大変そう。工具も買わないといけない感じ。やれやれだぜ。ヤフオクで去年の年明けくらいに買って、ようやく安定して乗れるようになったんだけど、まぁ色々あるなぁって感じ。
    で、帰宅して家族とランチ。しゃぶ葉のランチを。食べすぎた。お腹いっぱい食べられることに幸せを感じられるようになるうちが華だな、と思った。お腹いっぱい肉と野菜とご飯を食べて帰宅。しゃぶ葉を出た後に乗った車が暑かった。
    で、間髪入れず心療内科。この頃は二ヶ月に1回のペースで通っている。今日は混んでいた。なんで混んでる日と、混んでない日があるんだろう。いつも不思議。
    いつも通りの薬を処方してもらって帰宅。近くのホームセンターでホテイ草を買った。

    猫のこと

    毎日譲渡会のことを考えている。猫を飼いたい。癒されたい。そりゃ命を預かるって点では責任が生まれるけれど、それ以上に癒されるメリットの方が大きいだろうって考えている。次の土日はどこであるか、みたいなことを近くのスーパーとかで譲渡会案内のチラシを見てメモをする日々。

    レイソルの開幕戦

    開幕戦は水戸ホーリーホックとの対戦。今日の18時がチケット発売日、時間なので心療内科で診療待ち中に買った。最近のレイソルはプラチナチケット化していて、だから争奪戦になると予想して18時ちょうどにアクセスしたんだけど、難なく買えた。次男とゴール裏。順番待ち(開門前)、順番待ち(開門後)、席取り(開場後)みたいに3回くらいに分けて行かないといけない。苦行だよなこれ。あっついし。バイクで行くか、自転車の方が機動力に優れる(渋滞にハマらない)ので、そっちにするかと思うんだけど、いかんせん暑いよな、って思う。自転車かな。

    強く生きなければ、と考えていた自分に光が見えた話

    今日のタイトルでもあるんだけど、私はここ15年くらい、強い人間にならなければ、と考えていた。それは私の尊敬する上司に対する私の印象でもあるし、私は折れやすいから、強く生きなければ、この世界で生き残っていけない、とずーーーっと考えていた。
    けどそれって自分を否定することに繋がるんだよね。
    Tumblrでたまたま回ってきた言葉が、強い自分じゃなくて、しなやかに、自分らしく生きるべし、みたいなのを読んで、ハッとした。
    確かに、折れずに生きるためには、強くあろうとするよりも、しなやかに生きるって方が自分に合っている気がする。
    生まれたてのバジルのように、風が吹くとゆらゆらするけれど、知らず知らずのうちに大きくなっていくには、強さではなく、しなやかさが必要なんだよな。
    また、強く生きるっていうのは、自分の感受性を無視して、生きていくということになる。ブレない、というか。ブレないためには自分は安定していないといけないし、また、ある種、鈍感な一面を持たないといけないかもしれない。他人の気持ちを慮って生きるには、あまりにもいろんな考え方があるから、場合によっては無視する、っていうと言い過ぎだけど、気にしないという一面があるように感じる。それは自分には合わないな、と。
    ここのブログでも何度も書いている気がするなぁこの話題。この手の話題、好きなのかもな。

  • 7月20日 人生はうまくいかないことのほうが多い

    7月20日 人生はうまくいかないことのほうが多い

    大切なのはレジリエンス

    しなやかに回復することが今の世の中で重要なことだと言われたりする。私もそう思う。
    だけど、違うだろ、それ自体は今だろうが昔だろうが必要なことだろうって思う。
    アインシュタインは失敗しなかったという逸話がある。失敗ではなく、うまくいかないことを知ることができる、必要な一歩だったと。
    彼はおそらく、レジリエンスの高い能力を持っていたのではないか。
    じゃないと、そんなふうに、前向きになれないだろって思う。
    私もそうだけど、大抵の人は、なにかに失敗すると、あーダメだったか、って諦める。そしてもう一度トライ、ということにはならない。
    なぜか。
    失敗するのがイヤだからだ。
    私の場合は、失敗するために費やした時間がもったいないと考えるクセがある。
    だから、失敗するくらいなら最初からやらないほうが良いではないか、時間がもったいないし、と思ってしまう。
    だけどそれだと、成長しないだろ、とも思う。
    分かってる。分かってるんだけど、だけどどうしてもその時間がもったいない。
    いったいどうしたらいいのだろうか。全然分かっていない。
    アインシュタインを見習ってレジリエンスを磨き、ニーチェの言うようにもう一度!もう一度!と挑戦する意識を持つ必要があるんだろうな。
    分かってるよ。分かってるんだけどね。

    今日の出来事

    今日も8時台に起床。3連休最終日。くそあっつい。
    ご飯と納豆で朝食。明太子も食べた。これでいいんだよ、って感じの朝食。
    子どもの頃は明太子なんて食べられなかった。大人になってからもしばらくは食べられなかったんだけど、奥さんが買って、それを一口もらったところで、美味しいってなった。
    あれは自分の中での発見だったんだろうな。そうやってだんだん趣向が変わっていくんだな。おとなになるってこういうことかな、と思ったり。
    午前は図書館。米津玄師のYANKEEを借りた。あと借りてたCDを返却。一昨日借りたものを返却した感じ。その後サンキ。
    トートバッグを作りたくなって、帆布とテープ、接着芯などを購入した。接着芯は初めて買ったんだけど、きちんと自立する形が良くて、だから厚めの接着芯を買ってみた。
    うまくいくんだろうか。
    その後スーパーを経由して帰宅。バイクに乗ったけど暑かった!
    バイクに乗ってたら快適!夏は風が気持ちいい!ってバイクに乗らない人は考えるかもしれない。確かに20年くらい前はそんな感じだったと思う。
    だけど今は暑い。ていうか熱い。熱風を感じる。
    つまり気温自体が高いんだと思う。
    忘れないくらいインパクトが強かった。
    お昼はバーガーキング。いいとこに住んでるよマジで、って思う。
    ファーストフードが何軒もあるなんて嬉しい。ありがとう、13年前にこの街を選んだ私に感謝したい。

    トートバッグのこと

    そして夕方になり、初めて、型紙なるものを作ってみた。会社に持っていけるくらいのサイズ感が良くてって昨日だっけ、いつだったかも書いたと思うんだけど、それと私はなで肩なので絶妙の肩紐のサイズ感が欲しいんだよな。40cmだと短すぎ。50cmだとちょっと長い。だけど50cmくらいがちょうど良いのかもしれない。
    肩紐とか考えると、リュックタイプの肩紐を付けても良いのかもなぁ。2wayか。
    バッグの方向性を考えている時が一番楽しいかもしれない。計画するのが楽しいってことかな。

  • 7月19日 命を預かるということのインパクト

    7月19日 命を預かるということのインパクト

    家に新しい風を吹かせようと

    9時くらいに起床。3連休の中日って本当に幸福に包まれている気がする。
    何のプレッシャーも感じない。普通の土日休みだったらきっと、今日は日曜日だから、日曜日らしいことをしなくちゃ!と小さな焦りを抱えながら生きているから。
    ぼんやりと目が覚め、今日は二日酔いではないことを感覚で掴み、朝食。フルグラ。今日は13時にはま寿司を予約しているから、軽めに食べようということで、家族揃ってフルグラを食べた。
    しかし、ここで、今日、千葉ニュータウンにあるジョイフル本田(結構通ってる)で保護猫の譲渡会があることを知る。
    ここ数ヶ月、テレビで譲渡会のことをやっているとついつい見てしまう我が家、だけど怖がって今まで一度も譲渡会に参加したことはなかったんだけど、今日は初めて行ってみようと家族の意見が一致。
    途中、藤ヶ谷あたりにある珍来で昼食を摂った。
    レイソル一色。店内に備え付けられているテレビにはレイソル戦のハイライトがずーっとやってて、次男はラーメンそっちのけで夢中になって見ていた。ずっと見ちゃうよね。しかも2025年シーズンのハイライトだったから、カッキーのオーバーヘッドキックとか出てて、懐かしい〜!ってなった。コヤはまだいたんだよなぁ。左サイドにコヤがいるのは驚異だったよ。戻ってこないかなぁー、と次男。
    流石に戻ってこないだろうな、残念だけど、と思いながら私もラーメンを食す。
    さて、念願の、譲渡会の話。
    開催していたのは千葉県にあるNPO法人の方々がやっているそうで、会場には十五匹くらいの猫たち。生まれて数ヶ月から、割と大きい、4歳くらいの猫まで勢揃い。だいたいみんなゲージの奥の方に陣取ってじーっとしてたり、寝てたりしてた。お客さんは私たちが見てた時で15人くらいはいたのではないかなぁ。猫と人間、1対1くらいの感覚だね。
    NPO法人のスタッフさんたちとも結構話した。うちはまだ一匹も猫がいないので、子猫を飼うのであれば、遊び相手という感覚で二匹いると良いとのこと。その感覚はなかったけれど、まぁけど、一匹も二匹も変わらないだろ、と個人的には考えたね。家族的にもそんな感じで捉えることができたので、それはそれ で一つの収穫だったかもな。
    なんとなくめぼしい子たちの名前を覚えて、今日は終了。
    私は割と即決したいタイプで、それは「せっかく行ったんだから」という気持ちの裏返しでもあるんだけど、そこまでガソリンを使ったのに何も手に入れずに帰るというのがとてももったいなく感じることが多くて、だから今日も予約して帰るくらいの感覚でも良かったのだけど、家族の総意としては決断を一旦持ち帰る感じになったので、そこでは確約せず。
    まぁ、私としても「この子が欲しい!」というくらいにまでビビッとは来なかったから、即決しなくて良かったのかもな、と思ったり。

    命について考える

    それからしばらくは、なんとなくぼんやりしてしまった。
    命を、しかもいっきにふたつも預かるということに対する、責任の重さをずっしりと感じてしまったんだな。
    せっかく迎え入れるんだから、天寿をまっとうして欲しいもんね。
    まぁ、ウチの家族はみんな優しいし、うちにやってきた新しい命にたいして暖かく接することができると確信しているから、だからきっと不幸せなことにはならないと思うんだけど。だけど、それでも、命を預かる重みっていうのは割と本気で、重たいよな、と感じた。
    それはメダカとかのレベルとは違っていて、多分メダカは安ければ100円くらいで手に入れることができるし、長くても3年くらいで寿命を迎えるから、その分意識が軽くなってしまうような。考えすぎかな。メダカが死んでしまった時も、悲しいと言えば悲しいもんな。
    ということで、そのあたりの覚悟も決めて、猫を飼おうと思う。
    大丈夫、きっとうちを選んでくれた子たちも、きっと、この家を、私たち家族を気に入ってくれると思う。

  • 7月18日 帆布のバッグを作りたい

    7月18日 帆布のバッグを作りたい

    今日のできごと

    9時くらいに起床。よく寝たような、そうでもないような。二度寝はしなかった。
    軽い二日酔い。昨夜2時くらいまで飲んでしまった。ウイスキー。
    去年くらいにたまたま買えた白州を飲みながらあつ森。
    長男が塾に通っていて、昨日受けた講習がとても良かったとのことで、興奮しながら帰ってきた。
    そんな状態だからきっとすぐには眠れないって23時頃に言うから、それならあつ森でもやったらいいのでは、と提案した。で、やっていたんだけど昨日はたくさんの昆虫が取れる日で、普段は我が家の島には来ないようなカブトムシやクワガタが取れていて、長男は余計に眠れなくなってしまったようだった。
    私はお酒を飲みながら長男のあつ森をぼんやりと眺めた。いいお酒だった。
    とは言え長男は翌日(今日のこと)も学校だからいい加減寝ないと、と言うことで0時くらいに就寝。私はと言うとあつ森を引き継いで2時くらいまでやってしまったという顛末。
    ハイボールを4杯くらい飲み、炭酸がなくなったのでロックでさらに2杯くらい。
    白州とバスカーを交互に飲んでた感じ。アイリッシュもいいね。どっちもすっきり系なので、美味しく飲めた。で、二日酔いというわけ。
    今日は長男の塾で三者面談があるので、それを軸に生活を組み立てる。
    午前中は図書館へ行き、借りていたCDと本を返却、そして予約していたCDを借りる。YOASOBIと東京事変、あとVaundy。図書館も若者向けのCDを取り扱ってくれるのでありがたいね。市民税を払っているとは言え、実質的には無料で借りれるのが嬉しい。
    あとは今日、エアコンの掃除。フィルターを外し、あと外せるところを全部外して掃除。今更だけど。
    うちはエアコンが2台あり、どっちもお掃除機能がついているので、なかなかに複雑な感じだった。すごいね日本のエアコンは。ちゃんと掃除のことも考えてくれているのがすごい。
    そんなこんなでお昼。長男帰宅。子供たちにラーメンを作る。次男がサッポロ一番の塩ラーメンが大好きで、うちはそれを常備している。インスタントラーメン業界もすごいよなぁ。私もラーメンを食べる。
    バタバタと準備をして塾へ。電車で2駅。
    柏のランドマークタワーになっていた柏そごうを解体しているのを横目に塾へ。少し雨が降っていた。我々は傘を持っていなかったので「気づいたら負け」を合言葉に早足で塾。
    面談は30分くらいで終わり。今イマ、2つの塾で迷っていて、もう1つは来週の水曜日に面談があるので、そこで話を聞いてみて決定する感じ。
    高校3年生ってホント忙しいよな。私はどうだったったっけ、ってのを考えながら面談に臨んでいた。私は9月くらいまでバンド活動とか、割と遊んでいた時間が多かったので成績はそれなりだった。大学はいわゆるFラン。
    学歴コンプレックスがないわけではない。けれど過去は変えられないから、今できることにフォーカスして今があると思ってる。後悔してもしょうがないしね。
    塾が終わって長男と別れ(長男は塾の講習が入っていたので)、私は手芸用品を多く扱っているお店へ。そうです、柏といえばサンキです。あそこの手芸エリアはマジですごい。
    ここでようやく、タイトルの、帆布のバッグを作りたい、というのを回収していく。

    生地の厚い帆布バッグを作りたい

    私はいわゆる王道のトートバッグを作りたいと思っていて、そして生地は厚めが好き。だから8号とか、生地厚めを買う必要があるんだけど、残念ながら好きが色が売ってなかった。
    ターコイズブルーはあったんだけど11号。分かる人には分かると思うけど薄いんだよね。
    そして11号は私が自宅近くのサンキで無計画に買ったものが大量にあるので、11号ならそれ使えばいいよな、と思っている。
    サイズってどのくらいになるんだろうか。あまり腰を据えて考えたことがなかったなと思う。だいたいの必要な大きさが分からないと生地も買えないよね。
    2色使いとかもいいんだよなきっと。色の組み合わせが無限にあるので、そこもまた悩みどころ。
    サイズ的には仕事でもガンガン使えるようになりたいので、A4のノートブックPCが入れば良くて、だから最低でも30*20センチは必要。それが2面だから30*40。幅は15くらいかな。両面だから30*30。口布も必要かなぁ。口布の必要性があまりピンと来てないんだよな。口布つけるならその分も考えないといけない。うーん、図に描いてみないと分からんな。
    こういう事を考えている時間がとても楽しい。趣味と言ってもいいかもしれない。

    趣味と言える基準ってなんだろう

    いろいろな趣味を持ってきた。ハマったものもあるし、そうではないもの、そして時間が経って気持ちが薄れてきたものなど様々。
    一番ハマったのはランニングだろう。フルマラソンに4回出た。今ではきれいに気持ちが薄れてしまった。まだランニングシューズは持っていて、それを使う機会は月に1回くらい。この季節だとまた暑いから余計に足が遠のく。身体に良いことは分かってるんだけどな。
    趣味と言えるかどうか、私の中の基準としては、そのことを考えている時間が貴重と感じるかどうかだと思う。趣味だから、なんの実益も兼ねていないことだってある。生産的ではないにしても、自分の気持ちが上がるようなことは、趣味と言っても良いのかな。