雄弁に語るよりも、傾聴を大切にしたい

このブログは、前置きを必要とする。
それくらい怖い。これを表明することに自信がない。
賛否両論あるだろう。
そもそも賛と否だけで表すことはできない。
それこそグラデーションのように、各種様々な意見があるのだろうと推測する。

発端は、自分が成長するためには、どういうインプットと、どういうアウトプットを組み合わせていけば良いのかという自問だった。
吸収するだけでは、人は成長しない。
暗記しようと英単語帳ばかり見ていても、それをテストという形でアウトプットする機会がなければ、自分の実力がどの程度ついたのかは分からない。
だからこそ、適切な量のインプットと、適切な量、そして適切なタイミングのアウトプットが必要なのだと感じている。

そこで表題に戻る。
私は、人前で雄弁に語ることが得意ではない。
感覚の問題なのかもしれないが、根本的に好きではない。
それよりも、アウトプットという観点では、相手のことを引き出すための相槌、より深いところへ切り込むための方便や算段など、そういう点で細かな武器を持っていたいと感じている。
人と話す時の相槌が自分の成長を試すテストだなんて、だいぶ変わっているように感じる。我ながら。目指すべき職業として、インタビュアーを選ぶべきなのかもしれない。今更ながら。

一般的には、雄弁に語ることの方が見栄えが良いだろう。
自分のアウトプットを測る場所として、より最適だ。
うまくやり遂げることで、自分の自信につながるのかもしれない。
だけど私は、傾聴することで相手が気持ち良くなること、私が相手のことを十分に知ることが、自分に自信がつくように感じるのだ。
屈折してるなぁこれ。