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  • やりたいことを全部やったら何が残るのか

    やりたいことを全部やったら何が残るのか

    人生でやり遂げたいことをいくつか考えてみると、それには気力や体力やお金みたいな資本が必要にはなるけれど、それでもそれらの資本を投入してやり遂げた時、人間には何が残るんだろう。
    究極の状態のように思います。
    そこまでやり遂げてしまったら、もう人間は後は死ぬだけなのではないかと。
    と、ここまで書いて、私が数年前に抱いた「全部、死ぬまでの暇つぶし」という感覚は、それの一端を担っているような。
    当時の私は、だいたいやりたいことはやり遂げてしまって、後はもう死ぬのを待つくらいしかないな、くらいの、今考えると青臭く、お前の目は節穴か?その年でやり遂げたぜ!なんてはえーだろまだ、やることあるだろうよ、と思うのですが、人間ってそこまでやり切ると、人生に未練を残らないということになるのでしょうか。
    ちょっと考えてみても、死ぬまでにやり切ることができないだろうと思うようなことはいくつか思い浮かびます。

    例えば読書。
    読書は、この世で発行されている本を全部読もうと思っても、おそらく死ぬまでに読み切ることはできないでしょう。私は40代中盤なので、気力が残り35年続くとして、いったい何冊の本を読むことができるんだろう。
    1週間に2冊* 52週* 35年=3,520冊!
    結構なボリュームですね。私は日本文学が好きなので、3500冊も読めたらもう死んでも良いわ、ってくらいに感じるかもしれません。
    仮に、死ぬまでに3500冊の本を読むぞ!と決めても、読み切るのは難しいだろうな。
    ちょっと調べてみると1年間に出版されている本は、なんと7万冊だとか。
    私の目に触れない本がたくさんあるんだろうな。7万冊ってすごいですよね。10年で70万冊ですよ。

    閑話休題。

    ふと、3500冊を読み切る目的ってなんだろうと思いました。
    3500冊を読んで、あぁ面白かった!と感想を抱くことが目的なんだろうか。
    最近よく、いろんなところで「アウトプット」という言葉を目にします。

    小説を読んだらなるべく読書感想文を書くようにしていますが、そうすることが大切なんだとか。
    読んだらそれで終わり、というのも良いですが、読んだ後に感想を書くと、不思議と、その物語のことをいつまでも覚えているように感じます。
    特に自分の中で刺さった小説は、強い気持ちで書いたりしますので、その時に、物語を思い出し、反芻して自分の中でも考えてみて、その中で覚えるということになっていくんだろうなぁ。

  • 6月22日 書きかけの小説は51574字(まだ途中

    6月22日 書きかけの小説は51574字(まだ途中

    もう2年くらいかけて書いていて、思いついた時に書いているので遅々として筆が進まないのです。
    その間に小説を読んだりして新しい考え方を知ったり、天から降ってきたアイデアを活かして書き直したりしていて、ほんとうにカタツムリの進むスピードなのかもしれません。
    いや、カタツムリはちゃんと前を向いて進んでいるから、カタツムリと一緒なんて言ったら彼らに失礼なのかもしれないです。

    なにか期限を決めたら良いのでは?

    自分の書きたい時に書いているから良くないのであって、何かの賞に出すために書いてるんだから、その賞を見定めてそれに向かって書いていけば良いのかなぁ。
    私はいったいなんの賞に出したいのだろうか。
    と思って調べてみたところ、いくつかの文学賞で候補に上がったり、選ばれたりすると良いということがわかりました。

    例えばこれ。文藝賞

    文のボリュームは40000字から80000字の間と幅が広そうです。
    私が今書いているものは既にこの間にはいるんだな。まだストーリーが終わっていないから、もっともっと増えるような気がするけれど。

    私はどちらかと言うと文章の美しさに興味があり、なので芥川賞を目指すくらいの感覚でいるといいんだろうなと常日頃考えています。

  • 12月25日 一体感

    12月25日 一体感

    テレビでは一面の海が映し出されている。
    海と言っても色は緑で、つまりサッカーの試合を放送しているのだ。
    いったいどこのチームとどこのチームが試合をしているかさっぱり分からない男、宮島は、カウンターで一人、酒を飲んでいる。
    というか、この試合を誰かが観ているのだろうか。宮島はさりげなく周りを見渡したが、誰一人としてこの試合を観ている者はいなかった。
    いったいこの年の瀬に、誰が好き好んでサッカーの試合など観るのだろう。そう思ったがテレビの端の方にはそれぞれ、贔屓のチームを応援する人間が大声を上げていた。テレビを通しても歓声って聞こえるんだな、と宮島は一人で頷いた。

    人が集うってすごい。宮島はランドセルを背負って登校していた頃にそのすごさを体感したことがあった。当時の悪ガキ達が通学路の曲がり角にあるカーブミラーを道端に落ちていた石で割ろうとしていた。石はなかなか思うようには飛ばず、ミラーは何回石をぶつけられても下に落ちることはなかった。悪ガキ達と言っても頭の悪い生徒ばかりではなく、たまたま帰る方向が一緒だからという理由でその集団に巻き込まれている、いわゆる優等生な人もいた。宮島は、なるべくそういうグループには混ざらないようにと親から釘を刺されていたから、それを守るべく道の反対の方をこっそり通ろうとしたが、その努力虚しく、悪ガキ達に呼び止められた。

    「おいミヤジ!お前ちょっとこっち来いよ。手伝って欲しいんだ」

    宮島は、聞こえないフリをすることだって可能だっただろう。だけどあまりにも声が大きく、宮島は咄嗟に振り返ってしまった。ぎこちない笑みを浮かべつつ、良心の呵責に耐えながらも宮島は大きな力に屈しながら、ゆっくりと悪ガキ達の元へ向かう。

    「あのカーブミラーが気に入らないからさ、一緒に、この石で割って欲しいんだよ」

    宮島はもちろん、カーブミラーを割ることが間違っているということを知っているはずだった。だけどそこにいた6人の悪ガキ(とその仲間)達は、宮島にも強要する。

    ここで、宮島が持つ良心に従って断ることができただろう。だけどできなかった。なぜか?報復が怖かったからだ。俺、やらない、と言って石を返し、先に帰る、と言ってその場を後にすればきっと宮島は、良心に従って行動した自分を褒めるだろう。そんなことは分かっていたのに、できなかった。翌日、悪ガキ達がいっせいに無視し、クラス全員の男子(と仲良しの一部の女子)達が宮島を無視することが明白だったからだ。

    意を決する、という言葉を当時の宮島が知っていたかどうかは不明だが、少なくともそんな気持ちを持って悪ガキの一人から石を受け取り、カーブミラーめがけてその石を放った。すると石は一番重要なところを捉えたようで、ガシャン、ともギャシャンともつかないような奇妙な音と共に地面へと落ちた。

    「逃げろ!」

    悪ガキの一人が叫び、悪ガキ達と宮島はその場から一目散に駆けて帰った。その時に、一体感と恍惚感を得たことは宮島の胸にそっとしまってある。

    翌日、案の定学校の先生に頬を殴られた宮島は、やっぱりやるべきではなかった、と後悔するのであった。それが、彼にとっての「属することの代償」だった。

    そんな宮島だから、サッカーを応援する熱狂的な席の感覚を味わってしまうときっと、抜け出せないような気がしている。店主に熱燗のお代わりを頼む。あの時に感じた、「仲間である」ということと、「自分が放った石によってカーブミラーを壊す」という二つの快感はきっと、サッカーを応援する人達も同じように感じているはずで、その思いを得たいからこそ現地で大声を張り上げて応援する人達の中に、当時の悪ガキ達がいるような気がしてしょうがなくなり、手元にあった牛肉の煮込みが冷めてしまった。

  • 10月4日 (小説)サトの初恋

    10月4日 (小説)サトの初恋

      サトは大きく息を吐いた。そうすると、自動的に空気が身体に取り込まれるのが面白くて、何度か同じ動作を繰り返した。
      届かない恋というのは面白いもので、そのおかげで人生が豊かになったような気がした。豊かというのは、サトの感覚で言うといろいろな感情が生まれるということ。好きな人がいるんだけど、彼に惹かれていじらしい想いをしたこと。恋に焦がれるというやつだ。舌でそっと上顎を撫でる。ざらざら、ごつごつした上顎は、今までいくつの食物が通り抜けていったんだろう。
      北脇くんという、3つ隣のクラスにいる彼とは、ちょっと前に学校の購買前で見かけた。陽キャとは正反対の、重たい前髪、分厚く、地味なメガネを装った彼は、誰にも見つからないようにそっとパンを買いに来たのか、というほどに存在感がなかった。
      彼の何に惹かれたのだろう。具体的には分からないのだけれど、一つ言えるのは、サトも北脇くんと同じようなメガネをかけて、そして陽キャとは正反対の人種ということだ。共通点が多い、とサトは考えたのかもしれない。上履きの中に小石が入っているのに気づいたサトは、誰も見ていないことが明らかな2時間目の休み時間に、そっと音を立てずに上履きを脱ぎ、履いている方を反対にして小石と思われるものを落とす。少し振ると、黒っぽい、小さな物体が下に落ちるのが見えた、ような気がした。
    こんな小さなことでも、北脇くんだったら聞いてくれそうな気がするとサトは考える。休み時間は何をしているんだろう。3つ隣の、3年5組にいると知った時は嬉しかった。まるで宝物の場所を見つけた時のような気分だった。そこから数日しか経っていないんだけれど、北脇くんのことをもっと知りたい、と思うようになった。
    こういう時って行動に移したほうが良いんだろうか、とサトは考えた。サトにはこれが初恋とも言えるようなほどの、心を揺さぶられるイベントであった。だから、残念というべきか、サトには経験がないからどうやってアプローチしたら良いのか、全く分からなかった。最初に思い浮かんだのはラブレターだった。この、スマホを一人一台持つ時代に、あえての手紙。そんな演出はただただ気持ち悪いだけだ、とサトはそのアイデアを切り捨てた。それ以外のアイデアが思いつかないサトは、3時間目へと入った。
    こういう時に、相談に乗ってくれる友達とかいたらなー、と空想みたいなことをサトは考えた。これもまた残念なのだけれど、サトにはそういうことを気軽に喋ることのできる友達がいないのだった。一緒にお弁当を食べてくれる太田さんという人はいるのだけれど、彼女もサトと同様に、恋というイベントに対して経験は少なそうな感じがしたのだ。だから相談するだけ無駄かな、ごめんね太田さん、とサキは考えた。そんなことを考えていたら先生に指され、サトは話を聞いていなかったことが露呈し恥をかいた。
    何事も進展がなく、一週間が過ぎた。これが恋愛小説だったらつまらないだろうな、私だったらここで読むのを止めるな、とサトは考えた。そこでアイデアが天から舞い降りてくるのを、サトは感じた。そうだ、図書館に行ってそういう本を借りたらいいんじゃないか、とサトは思いついたのだ。図書館なんて小学校の時にやった読書感想文の本を借りた時以来だ、まず図書館のカードがどこにあるかを探さなければいけないな、とサトは考えた。そして、いや待てよ、とサト。借りなくても、図書館で読めばいいんじゃん、と思いつく。週末の予定が決まった。私の恋愛小説を読んでくれている読者のためにも、私のこの初恋を先に進めなければいけない、と誰も読んでいないことを想定していないサトは、訳のわからない自意識の下、週末に図書館へと挑む。
    ここで北脇くんも図書館に来ていたら、恋愛小説としては急展開なんだけどな、とサトは考えたが、そもそも北脇くんが私と同じ市内に住んでいるかどうかわからないんだった。私の高校は4つくらいの市から生徒が通っているから、北脇くんはきっと違う市に住んでいるのだろう、とサトは勝手に解釈した。
    そもそも本を読まないサトは、この膨大な本の中でどんな風にお目当ての本を見つければ良いか全く分からなかった。恋愛のお手本?それは小説なのだろうか、それとも自己啓発みたいなタイプの本なのだろうか、それすらも分からなかった。恋愛小説の女王みたいな触れ込みの小説家とかいたよなー、誰だっけ、といつだかやっていた王様のブランチみたいな番組の内容を思い出そうとしていたが、残念ながらそれ以上の情報がサトの脳内には存在せず、すぐさま空中に飛び散った。
    ところが、ところがである。図書館に北脇くんと良く似た人がいるではないか。何やら分厚い本を脇の下に抱え、自習できそうなエリアへと向かっている姿が見えた。あれは本当に北脇くんだろうか、横顔、それもほぼ後ろに違い角度でしか顔を見ることがなかったから、あまり自分の目が信用できないサトは、北脇くんにはバレずに、顔を確認することができる場所を探すことにした。
    これでは何をしに来たのか分からないではないか、と読者は考えるだろうな、とサトはぼんやり考えた。読者のことなんて忘れてしまえ、と私は思わずにいられない。こうなったらサトのことを応援するしかなかろう、と読者は考えるに違いない、とサトは考え、自分勝手だな私って、ふふ、と一人でニヤついていたら、北脇くんみたいな人が大きなテーブルにある椅子を引き、そこに座った。
    驚く事に、北脇くんの隣には同い年くらいの女性が座っているではないか。北脇くんが見つけてきた本を二人で眺めながら、何か小さな声で喋っているのが窺い知れた。
    終わったな。まだ、始まってもいない私の初恋は、ここで散ってしまうのか、そう考えたサトは、本来の目的である恋愛にまつわる本を探すことなく、図書館を後にした。そういえば私が小学校だった頃に来た図書館って入り口で靴を脱いで、自分で持ってきた上履きを履いたような、とぼんやり考えたサトは、ついでに、その上履きにも、小さな小石が入っててすごく気持ち悪いことを思い出したのだった。

  • 8月7日 パパ活と、囚人のジレンマ

    8月7日 パパ活と、囚人のジレンマ

    隣の席にいる二人の会話は続く。
    「信じられる?同じチームのタトさん、パパ活してるんだってさー。そんなことを堂々と言っちゃうあたりがもう信じられない。まぁ、元々信用してなかったんだけど」
    「タトさんかー。パパになってるってことでしょ?それ言っちゃってるんだ?うわぁ。デリカシーがないというべきか。それ、結局アレなんでしょー、俺は女ひとりを囲っておけるほどの経済力を持っているんだ、っていうのと、性欲をそこで満たしていますっていうアピール?みたいなのを周りにひけらかしてるんでしょ?キモいわー」
    「そうそう、そういうとこなんだよね。元々信用してなかったっていうのはその通りなんだけど、ノリさんが本当にパパ活してるなら、それはそれで経済力があるってことだし、本当に女性を囲ってるんだったら、人間的魅力もあるってことなんじゃない?ただ、それを堂々と言うことこそが問題なんだよ。人に言うってことは、どこかで自己満足の一部で、自分を高めるために他人を利用しているんじゃないの?それって、信用できる行為だと思えないんだよね」
    「あー、それは確かにそうだよね。自分の行為を正当化するために他人を利用するって、なんかえぐいよね。それって、逆に信用を失う原因にもなるんじゃない?」
    「そう、それがノリさんの大きな問題だよ。自分の行為を肯定するために他人を利用するなんて、そんなの長くは続かないよ。それに、そういう人には信用がないんだよね」
    「分かる。なんかさ、そのノリさんの話、何だかあの有名なゲーム理論、囚人のジレンマを思い出させるんだよね」
    「囚人のジレンマ?」
    「簡単に言うと、それぞれが自分の利益を最大化しようとがんばった結果、全体として利益を損なう、みたいな。ノリさんのパパ活公言もそんな感じに思えるんだよね。彼は自分のステータスを示すためにそれを公言してるけど、結局その結果として俺たちからの信用を失ってる。それって、ちょっと囚人のジレンマに似てると思わない?」
    「なるほど。面白い。確かにノリさんの行動は、自分だけの利益を追求する結果として、結局は全体の評価を下げてしまってるかもしれない。その観点から見れば、囚人のジレンマに似てると言えるかもね。だとしてもさ、なんで俺らがそういう風に、彼への評価を下げちゃうんだぜ、って考えつかないんだろうね。不思議だわ」

  • 7月26日 恋愛小説はもう描けない

    7月26日 恋愛小説はもう描けない

    自分にはもう、恋愛ものの小説は描けないと思う。なんというか、自分自身にそっち側の気持ちが湧いてこない感覚があって。図書館でそれ系の本を、いわゆるロマンス系?を借りようという気持ちも、全然湧いてこない。抗うつ剤を飲み始めてからかな?だいたいそのくらいから。

    とは言えエンタメ的にはその方面が好まれるのは分かっていて、受けを狙うのであれば書くべきなんだろうけれど、そっち側のことを考えようとしても全然頭が働かなくて。ある程度テーマを絞って描きやすく環境を整えても、筆の進みが悪い。というか進まない。

    これが40代男性における性欲の減退だと言うならば、ほんと人間の本能に対して素直すぎるだろ、と思ってしまう。

    では、私はどんなテーマで描きたいのだろうと、しばし考えてみる。すると、私は人間の生死や、出会いと別れ(恋愛とは関係のないもの)を描きたいのだと、思い至る。

    本当に描きたいものを考えているとき、私は幸せだと感じる。もくもくと頭の中から白い雲が頭上に湧き出て、その中には私が産んだキャラクターが、初めはぼんやりとしているのだけれど、時間が経つにつれて輪郭が強調されてくるのをイメージする。

    彼らに囲まれている時、幸せなんだなぁと思う。そして普通に仕事している時に、描きたいものが浮かんでくると仕事の手を止め、しばし彼らと戯れる。

  • 5月23日 ギンガムチェックの傘

    5月23日 ギンガムチェックの傘

    雨上がりの街。
    水面に残った雨が、水飛沫となって車の後を追っている。
    やがて、静かに空へと舞い上がり、またいつの日か地上に落ちてくるのを待っている。雲の隙間から、ぼんやりと。

    そんな循環を思い浮かべたのは、ついさっき思い出した、死んでしまった母のことがあったから。
    火葬の日、火葬場から舞い上がる煙のようなものが空に昇っていくのを見た。
    それはどこまでも舞い上がっていくように見えたけれど、そのまま宇宙まで飛んでいくとは思えず、どこかの雲に紛れて、母は小さな塵になってしまったのだと思った。
    そうしてまたいつの日か、私の傘にぶつかる雨音が、母の戻ってきた時を感じさせるのだろう。
    それは私にとって楽しみな出来事で、大好きだった母が、私の傘だと思ってくれるように、母が選んだギンガムチェックと同じ模様を何回も買い続けているのだ。

  • 5月18日 優しい嘘

    5月18日 優しい嘘

    どっちが正義だとか、良く分からなくなっちゃってさ。
    少年は、自分が原因で起こしたクラス内での諍いを、隣の部屋に住む、なんの仕事をしているか良く分からないおじさんに話した。
    いじめられている友達を庇ったら、今度は少年がいじめられるようになってしまった。
    こんなことなら、庇うなんてことしなかったのに、と。
    物事はこれ以上なくシンプルだ。いじめられている子が悪い。
    だけどそのいじめられている子は、家では二人目のお父さんに頬を打たれることが多いと知ってしまった。
    そうなると悪いのはそのお父さんじゃん。いじめてる子は悪くないじゃん、と。
    おじさんは変わった匂いのタバコを吸いながら、少年の話を聞く。明後日の方向を向きながら。

    もしかすると、そのお父さんも、誰かにいじめられているのかもしれないぞ。
    だとしたら、お父さんすらも悪くはなくなってしまうよね。
    そうやって、世界って回っているのかも知れないなぁ、とおじさんは、少年に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。
    タバコが、最後まで行ったようで、胸のところについてる小さなポケットから携帯灰皿を取り出し、タバコをその中に入れた。パチッ、とボタンを留めるような音がなり、その後におじさんは携帯灰皿を潰すようにして、タバコを吸う一連の作業を終わりにした。

    だけどな、少年、君がやったこと、友達を庇うことは悪いことではないだろ?
    おじさんは、ゆっくりと、諭すように少年に聞いてみる。
    少年は少し考えるようにして、そうだね、友達が可哀想だったから、と少年は応える。
    いいんだよ、それで。目の前に困っている人がいたら、助けちゃえばいいんだから。
    お父さんに打たれる?だからって友達をいじめて良いなんてルール、ないだろ?
    少年、君は自分の道を信じて、明日も学校に行けばいいんだよ。
    いじめられることがあったら、うちの隣にヤクザが住んでるんだよね、この間友達になってさ、くらいのことを周りに言いふらしてみ、そしたらいつの間にか、君はいじめられなくなるんだから。
    おじさんはそれを、優しい嘘と名づけた。
    でもおじさん、嘘をつくのは悪いことじゃないの、と言うと、おじさんは笑って、次のタバコを吸う準備をしながら、ついてもいい嘘ってのもあるんだよ、と言った。
    青空を、数羽の鳥たちが、どこかへ飛んでいくのが見えた。

  • 5月2日 キーホルダー

    5月2日 キーホルダー

    階段を昇っていくと、ちょうど電車が停車しているのが見えた。
    乗れるのなら乗りたい、と思ったがたまたま、私の前に歩いていた人のリュックについていたキーホルダーが目に入り、そして私は階段でつまづいた。
    電車は行ってしまった。
    周りに見られているような気がするのがとても気恥ずかしく、私は「こんなこと、へっちゃらですよ、日常茶飯事ですよ」という、なんてことない素振りをし、気を取り直して残りの階段を昇る。

    「運動不足なんだよお前。なんか運動とかしてんの?」
    お昼に、職場のけいちゃん先輩に、朝かっこ悪いことしちゃいました、と打ち明けたら、そんなことを言われた。運動って。どこまでが運動という範囲なのか分からないけれど、週末はサッカーチームを応援している、くらいかな。めっちゃジャンプして。大声出して。
    それ、結構な運動になると思うんすよねー、と語尾を伸ばして同意を求める。
    けいちゃん先輩は、意味わかんね、と私の意見をすぱっと切った。私の意見が、宙を舞うのが分かる。

    その日を境に、けいちゃん先輩は会社に来なくなった。
    というか、無断で欠勤しているという噂がまことしやかに流れ、一番仲良かったの誰だっけ?と課長からの問いかけに、みんななんとなく私の方を見て、それを察した課長が、最後の日に一緒にお昼ご飯を食べたということでサキ、お前、連絡先とか知ってるのか、ちょっと会社の金使ってでもいいから丸山(けいちゃんは丸山という苗字だった)に会ってきてくれないか、と言われた。
    私からの問いかけに、けいちゃん先輩が応えてくれるかどうか分からないので、まずLINE打ってみてからにさせてください、と線を引いた。
    正直めんどくさかったから、返事なんて来ないほうが嬉しいと思っていたのだけれど、けいちゃん先輩に打ったメッセージはすぐに既読マークがついた。このまま返事来なくても良いんだけどな、と思っている矢先、
    なんだよお前、急にどうした?
    と返事が来た。
    私は、課長に返事が来たことを報告しなかった。
    既読にもならないですねー、と語尾を少し伸ばしつつ、あ、ちょっとトイレに、と言って席を立った。
    どうしたじゃないですよー!3日も会社を無断で休むなんて!逆にどうしたんですか?!
    と、私にしては珍しくびっくりマークを多発させたメッセージを送信した。この間わずか22秒。

    その後、私は腹痛を訴え、仕事を早めに上がらせてもらった。
    「家のドアの開け方がわからなくなってさ」というけいちゃん先輩からの返事に、ただならぬ空気を感じたから。家がどの辺かは分からないけれど、最寄り駅なら分かる。まずそこまで行って、慶ちゃん先輩の様子を(会社に知らせる前に)きちんと把握しておきたかったから。
    私はただの、仕事の後輩であり、恋人関係にあるとか、そういう類のものではない、けれど、課長に指名されたってのも、あの日一緒にお昼を食べたってのもあって、変な使命感に突き動かされているような、死ぬためにセリヌンティウスの元に走るメロスのような感覚を持っていた。
    「ゆめみどう」という、広告。夢見堂なのか、夢御堂なのか、とぼんやり考えているうちに、けいちゃん先輩の住む街の駅に着く。ドアが開く。改札に向かう階段を昇り始めようとした時、私の前を歩いていた人のキーホルダーが目について、私はまたころ、びそうになるのをギリギリのところで回避した。けいちゃん先輩に、今度は転びませんでしたよ、と報告しよう、と心のノートに書き留めた。

  • 4月20日 唐揚げのゴール

    4月20日 唐揚げのゴール

    彼の顔が好きなの。
    なんでか分かんないんだけど。
    彼の、ボールを跳ね返そうとする時の、歯を食いしばった時の顔が。

    応援しているチームが、防戦一方の展開。
    こちらとしてはなんとか自陣からボールを出してくれ、最悪タッチラインを割ってスローインでも良いから、と戦々恐々としている最中、彼女はそんなことを言った。

    私の願いが叶ったというべきか、あまりうれしくはない願いなのだが、ボールが本当にタッチラインを割り、相手チームのスローインとなった。
    ボールがフィールド内に投げ入れられ、受ける人とそれをマークしてる人の小競り合いが始まる。もう一度スローインとなった。

    けどさ、その、歯を食いしばった時の顔ってさ、ちょっとサディスティックじゃない?
    彼女にそう言った。
    だって普通じゃないもんそれ、と続けて言うと、彼女は少しむっとした顔をした。
    私の好きな、彼女の顔だ。

    うっせーなー!と彼女は言い、食べかけていた唐揚げを私の口に無理やりねじ込んだ。
    まるで数年前に14番をつけていた外国人選手が、彼の身体的アドバンテージを前面に出し、あらゆる選手を薙ぎ倒して最後のゴールキーパーまでひらりと交わした後に決めたゴールのような、唐突さ。
    私の口は咄嗟の攻めにゾーンディフェンスで対応することができず、唐揚げは私の口に、見事とも言えるゴールを決めた。
    ゴールを決めた彼女の顔は、勝ち誇ったような恍惚とした表情で、私の大好物だった。これだからサッカーはやめられない。