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  • 11月13日 題名のない日記

    11月13日 題名のない日記

    HHKBに使っている充電式乾電池の持ちがここ2ヶ月くらいで急激にへたれてきたように思います。
    定期的に充電する頻度がものすごく増えたんですよ。
    ダメになっちゃった?にしてもまだそんな使ってないんですけどね。

    いやー。寒くなりましたね。
    足元を暖めるパネルヒーターを出しました。
    ゆっくりと冬に向かっていけば良いものを、こんな急に変えることないのに。

    定期的に、このままいなくなっちゃっても別に良いかな、と思うことがあるんですが(この日記にも何度か書いてると思う)、やっぱり家族の存在って大きいよなぁ。
    特に子供。
    彼らが成長していく姿を後ろから見届けたい。そんなふうに思うようになりました。
    季節の移ろいのように、彼らもいつの間にか成長しているように感じるんですけど、それはイコール私も歳をとっているわけで、いつまで元気でいられるか分からないので、残された人生を全うできるように生きていきたいなと思っています。

    とは言うものの大したことはしていなくて、それこそ普通の生活を営んでいるわけですけど、それでもこうして日記を書くことで、自分の思っていることを可視化する程度にしか生きていないです。

    書くことないなー、と思いながらペンを走らせています。

    たまには会社のことを。
    上司で、とてもお世話になった人がいるんですが、その人が会社を辞めるという話を聞きました。
    とても悲しい、寂しいです。
    その話を聞いた時には条件反射で「ついていきます!」って言ったけど、そんな気楽に会社を変えるのもどうかな、とか、今の会社に不満は別にないんですけどね、とかを考えており、まぁ、このまま残ろうかなと思っています。
    その人は女性で、私よりも10歳くらい上の方なんですが、自分の意見をはっきり持ち、ばりばりと仕事をこなすタイプの人。
    彼女に救われたことは何度あるだろうか。結構多くの時間を共にしたように思います。

  • 9月8日 今日の私

    9月8日 今日の私

    うまくいったこと

    • 台風の中、会社に出社できた。思ったほど強くない台風7号は、とてもノロノロとしたスピードで日本へ上陸しようとしている。家から出るの、ダルいなぁ、ってだいぶ萎えたけどね。けどこういう機会がないとレインブーツを履く機会がないんだよな。
    • お昼ご飯はサラダ。Crisp Salad worksっていうお店。サラダごときに1500円?!と最初の頃は思っていたけれど、今では他に食べたいものがなければここにしてる。美味しい、食べやすい、翌日の便通が良い、のあたりがお気に入りポイント。

    うまくいかなかったこと

    • (実際にはうまくいかなかったわけではない、なぜならこれは私のサブタスクに近いものだから)Pythonの勉強に結びつくようなチャレンジがなかった。コードのほとんど全てをChatGPT-4に聞いており、せめて写経するくらいのことはしない限り、私のPythonコードスキルは上がっていかないような気がする。
    • ちなみに今日も私が願っているようなものは生成できなかった。BERT+GPT-2という組み合わせがよくないのか、それともGPT-2に頼りすぎているのか、それすらもよく分かっていない。困る。来週水曜に偉い人に進捗を報告するので、もうちょい本気出してやらないといけない。
    • Google Colabで回しすぎて、上限だぞ!って怒られた。上限があるなんて知らなかった。ChatGPT-4も上限に達しちゃったりするし、私、無駄に回しすぎな気がする。

    改善できる点

    • ChatGPT-4、Google colabいずれも、必要最小限で回す。
    • Pythonの勉強を兼ねて、ChatGPT-4からそのままコピペするのではなく写経するなどして自分が考えながらコードを書くようにする。

    所感

    • 来年の手帳をどれにしようか、毎日考えてしまう。幸せな悩みだなぁと思う。今のところ、ほぼ日カズンDay-freeにしようかと思っている。日付ありにするか迷っているところ。最近、ちょっと手帳に疎かになってきていて、毎日毎日書くことなんてないよなー、というマインドになっているので。それでも書くことをやめなければ、どっかで何かのブレークスルーを迎えることができるような気がしなくもないんだよなぁ。何を目指しているかはわからないけど。
    • Pythonの勉強について、基本的な構文はなんとなーく理解できてきてるんだよな。この次は自分が好きそうなライブラリの使い方を覚えていくと良いらしい。今のところ気になるのは、QAという職業柄unittestかpytestが気になっている。
    • TDDとBDDについて少し思い返すところがあった。Pythonで、それらを使った何かモックみたいなものを作ってみると、自分の理解が深まるのかなぁと思ったりする。例えばポーカーとか。そういうトランプゲームだったら、UIが不要だったりするから、サクっと作れちゃったりするんだよなぁと思う。
  • 8月17日 ビクビクせずにさ

    8月17日 ビクビクせずにさ

    自分が立ち上げようとしていたプロジェクトの難易度が結構高いことを気づき、呆然となった。
    敵前逃亡をするにはまだ早い。
    会社の叡智を集めて難敵に挑むべきなんだろう。
    だけど私は現実主義だから、実現可能性があまり高くないのに気づいてしまうと、怖くて尻込みしてしまう。

    自分のせいで、プロジェクトが失敗してしまったとしたら。
    みんなからの信頼を得て始めたプロジェクトなのに失敗したら申し訳ない、という気持ちでいっぱいになる。
    これは武者震いだろう、そう歌ったバンドがいた。
    彼らみたいに、軽やかに、歌い上げるようにプロジェクトが進められたら良いんだけど。
    なかなかそうもいかないよなぁ。

    明日、偉い人にプロジェクト立ち上げの打診をしてみる。
    手応えを嗅ぎとり、良さそうな雰囲気だったらプロジェクト立ち上げに向けてチームを結成する運びになるだろう。
    武者震いか、それとも怖くて震えてるか。
    後者の方が強いんだけど、ビクビクせずに、飛び込んでみたいと思う。

  • 7月25日 短い日記

    7月25日 短い日記

    仕事に没頭している。目の前にある仕事がとてもたくさんあって、休まる暇がない。
    自分の整理のために、現在仕掛かり中の仕事を整理する時間が欲しい。
    どれも優先度が高く、できれば早くやっつけてしまいたいため、自分の中できちんと整理して仕事を進めていかないと、何にもできていないじゃない!と怒られてしまうこと待ったなし。

    どれもこれも自分で蒔いた種だからしょうがない。自分が、自分でやりたいと手を挙げたのだから。
    いや、気分はだいぶ前向きだろ。
    たくさんの仕事があって嬉しいんじゃないか本当は。
    そうだね、その通りだね。

    今は自分の力をつける時だから、精一杯努力したいと思う。
    何度かツイートもしたけれど、ChatGPTにプロンプトを送り込んで、意図した回答を得られるように頭を使うのが今、一番楽しい。
    全くもって、全然うまくいかないの。
    笑っちゃうくらい。だけどそこが楽しいなぁと感じたりする。

  • 7月19日 Chat GPT記念日

    7月19日 Chat GPT記念日

    今日はChat GPTの世界へ飛び込んだ。それを使って、テストや品質みたいなテーマで何かできないか、という上長からのオーダーの下。

    私にとっては寝耳に水で、だけどなんとなく、面白そうだなと思った。そして先陣を切ってる何人かの同僚に話を聞いて、より一層面白そうだなと感じた。私にとっては未開の地。世間を一時賑わせたChat GPTと仕事ができるなんて!光栄だ!

    と思って少し掘り下げたので、今日はChat GPT記念日。まだ何にもしてないけどね。

    どうやら彼は、喋れるんだけど、例えばテストケースを作るのにも、こちらの要件を1から10まで教え込まないといけないらしい。

    例えるなら、冷蔵庫にピーマン、トマト、玉ねぎ、トマトケチャップ、ニンニクがあります。パスタは冷蔵庫の外にあります。食べる人は、スパゲティが好きです。

    と、ここまで書いて、で、何を作ればいいですか?そのレシピと共に教えてください、と書くと、おそらくナポリタンのレシピが提案されてくるわけです。

    そんな感じで、既に実装されている要件とともに、今度新たに入る要件をきちんと書いてあげて(しかも社外秘情報は除いて)、それでようやくテストケースが出来上がってくる、と。

    パッと聞いた感じだと、そんなん手でやった方が早いんじゃないか、と思うんです。だけどそこで、テストを自動化したいので自動化スクリプトを作ってください、となるとそれが作られてくるわけです。

    そんな感じで、彼に情報を食べさせなきゃいけないということがわかりました、まできたところ。ここからどう攻めようか。楽しみです。

  • 6月8日 手動テストのシナリオを自動化するのではなく、自動テストのシナリオを自動化すれば効率性、正確性の点でメリットがあるんじゃないか説

    6月8日 手動テストのシナリオを自動化するのではなく、自動テストのシナリオを自動化すれば効率性、正確性の点でメリットがあるんじゃないか説

    仕事で、自動化されたCucumberのシナリオを確認する仕事をしている。
    数百あるシナリオを、地道に1行ずつ見ていると、そのスクリプトを作成するチームのリードから、
    「数百のシナリオをある程度マージしたい。そうすることで効率的になると思うから」
    と言われた。

    ここで私は、ちょっと立ち止まって考えてみた。そのことを今日の日記に書きたいと思う。

    考えたというのは、手動テストを自動化していくよりも、最初から自動化することに主眼を置いたテストシナリオを用意する方が良いのではないか、ということ。

    まだ私の中で、自動化スクリプト(Selenium + Cucumber)の良し悪しを隅々まで理解していないので、なかなか上手いことは言えないのが心苦しいのだけれど、以下のような違いがあると考えた。

    • 手動テスト:表示された画面やデータベースに保存された内容を見て、開発されたものが正しいかどうかを確認する。人の目で確認する。
    • 自動テスト:画面表示テストだったら、画面を構成するものが正しいPATHとかで置かれているか、またデータベースの中にあるものだったら、適切なタイミングでストアされているかを確認する。機械で確認する。

    やろうとしていることは同じように思えるのだけれど、人の目と、機械で確認するという違いは割と大きいように思う。
    人の目だと、見逃す、勘違いする可能性がある。
    一方、機械(コンピュータ)で確認すると、見逃しや勘違いすることはないだろう。ただ、きちんと期待結果を入力しておかないと、どれが正しいのか分からなくなってしまう。ここさえきちんとすれば、自動化の方が(きちんとメンテナンスされていれば)いつでもできるという点、間違いがないという点で、こっちをちゃんとやっておきましょう、というふうに考えることができるのではないか。

    で、そうなると、手動テスト(人の目)をベースとして作ったテストシナリオよりも、自動テスト(機械の目)をベースとして作ったテストシナリオの方が、作りやすいなどあったりするのではないだろうか、と。

    いや、テストシナリオの中にあるテストケースの、テストで確認したいポイントは同じでも良いのかもしれない。順を追って進んでいくテストステップのところで、わざわざ画面に表示されている「ボタンを押す」という行為を機械に押させるようなことはしなくても良いのではないか。
    「ボタンを押した状態」を意図的に作り出せれば、その方がSelenium+Cucumberとしてやりやすいのであれば、メリットが多かったりしないだろうか。

    私に自動化スクリプト作りのスキルがないから、これは仮説でしかなく、ここにスキルが加われば、仮説を検証することができるのになぁ。
    Still Day 1、ここが始まりで、コツコツ勉強していけばいいんだろうけども。やろっかな。

  • 6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    夜中に何度か目が覚め、その後にうつらうつらとしているところで何度か夢を見た。
    私はその夢をEvernoteとかTwitterにメモっておくのが好きで、そこから新たな着想を得られるからなのだけれど、今朝見たメモがなかなかのナイスアイデアだった。

    • 地方創生
    • ソフトウェア開発
    • テスト、品質
    • コンサル

    改めて見てみると、そのものズバリという感覚ではあるものの、地方のソフトウェアベンダーに対して、私の持つソフトウェア品質のあたりをベースにしてコンサルティングし、且つ必要となる人材を派遣して品質の向上を目指すみたいなビジネスモデルって、割とブルーオーシャンなのではないだろうか、と気づいた。

    多分私が夢の中で、地方に行きそこで頑張っているソフトウェア開発会社の人に品質向上をテーマとしたコンサルティング業務を請け負うみたいなものを描いたのだと思う。
    そこから得た着想を、忘れないうちにEvernoteにメモっていた、という顛末。
    地方で頑張っているソフトウェア開発会社は何社くらいあって、彼らが品質に対してお金を払いたいと思っているか。
    まずスタートラインはそこの調査から、ということになるかもしれない。
    とは言え、そんな簡単に事実を得られるとは思えないので、まずはココナラみたいなところで、私の持つナレッジを共有、気軽な相談会を作るところから開始しても良いのかもしれない。
    幸いなことにこちらはZoomで対応することが可能だから、気軽に話しましょう、みたいな敷居の高さを生かしつつ、やっていけるのかも。

    新しい事業を始めるのには勇気がいるだろう。
    私のこんな思いつきから、新たなビジネスが生まれるとか、というか「ビジネス」って呼んでいいのかわからない程度にしかならないかもしれないけれど、もしかしたら私の未来に、新たな可能性として道が生まれてくるかもしれない。
    怖いけどね。

  • 5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    昨夜は、私が前に在籍していた会社の元同僚たちと数年ぶりに会い、だいぶ飲みすぎてしまった。
    タバコも吸いまくったので、喉が痛い気がする。
    今朝方すこし二日酔いっぽかったけど、お昼にサバ味噌の缶詰をおかずにご飯を食べ、ようやくいつもの感覚になってきた。
    二日酔いって、宿酔いって書き方をするんだよなー昔の本だと。うまい字を充てるなぁと感心したことがあった。
    私がそれを知ったのは、太宰治の人間失格、だったかなぁ。芥川龍之介の何か、だったかもしれない。忘れてしまった。

    昔のメンバーと、昔話をするのって楽しい。
    皆、それぞれの現在地点は別々だけど、当時を振り返って色々な思い出話をするのは、なんて楽しいんだろう。
    生きてるって感覚。私がその道を辿ってきたからこそ、こうやって人生のご褒美みたいな楽しみが生まれるんだから。
    最近は心療内科に通っていて、太ってきた点と、走る方に気力が向かないと言ったら、みんな驚いていた。
    あと、その会社に残っているメンバーから、会社に戻ってきてほしいと言われた。嬉しかった。
    私を必要としてくれているというのが、話の端々から、ひしひしと伝わってきていた。ごめん、戻らないけどね。とは言わなかった、言えなかった。
    いつか戻っても良いとは思っている。そういう心理的安全があるのって、安心する。

    私が、今の会社に留まっている理由ってなんだろう。
    給料。人間。やってる内容。
    「給料」が一番最初に思い浮かぶのって、なんかそういう人間なんだなぁって思ってしまう。
    一番大事でしょ、と思うけど。
    私は、情熱だとか、絆みたいなものにはあんま惹かれないんだよなぁ。ドライというべきか。
    あ、けど今の会社で私のロールモデルになってる人がいて、その人がいるからこの会社にいる、っていうこともある。こういう人間のつながりって大切な気がする一方で、だけど一番大事なのはそこじゃな、というダブスタっぷり。人間だもの、どっちも大切だって思ったっていいじゃない。
    そういう人が、私が前いた会社にもいたら良いのかもしれない。今の段階では、その会社の中に、そういう人は見つからなさそうな気がしている。

  • 3月31日 仕事の話

    3月31日 仕事の話

    システム開発の品質を考える仕事についていると、常に不安と戦っているような気分になる。
    リリースしたあとに、システム障害が出るかもしれないという不安。
    その不安を払拭するために、様々なテストを考えて、事前にそのリスクを取り除く。

    けどどんなテストをしたって、システム障害が出る時は出るんだよな。
    テストでは不具合がないことを証明できない。システム障害のリスクを限りなくゼロにしましたって観点でしか貢献できない。
    その時に、真っ先に「どうなってんだー!」って言われる人。
    手を替え品を替え、こちらとしては思いつく限りのテストをしましたよ、って体なのにね。
    もっと自信を持ったらいいのかな。

    一方で、

    辛い商売だな、とふと感じる。
    システム障害が全く出ないような、安定したシステムになっていくと、品質を考える人は不要でしょって要員整理の対象になるから。
    つまり自分の首を絞めるために、仕事をしているんだよな、と。

    もし、そんな、安定したシステムを作り続けられるような会社になったら、その時は自分の居場所がなくなってしまうかも、みたいな。
    そしたら別の、安定したシステムを作れない会社に入って、またゼロから組み立てていくのかもしれない。

  • 6月3日

    あっという間に、日常がすぎていく。
    つい最近書いた気がするけど、仕事に没頭されて終業後の夜時間すらも一瞬で過ぎ去っていくという程度のノリ。

    こうやって、43歳っていう私の時代も、大した記憶が残らずに過ぎ去っていくんだろうなぁ。

    仕事が忙しいとか、お酒をたくさん飲めるとか、ご飯を胃が痛くならずに食べられるとか、身体が健康だからやってられるわけで。
    そのことを蔑ろにしてしまってはいけないなぁと思うのよね。

    もしかしたらこの日記を書いている途中に気持ちが悪くなり、病院へ運ばれ、そのまま還らぬ人になってしまう可能性だってあるのだから。

    健康でいたいんだろうか、自分は。

    つい最近、ある人と話している中で、ここでも何度か書いている「もう死んじゃっても構わない、決してそれは後悔していないという体ではなく、どちらかというとネガティブな意味での諦観」みたいなことを話したら、何がしたいのか分からない、そうしたいんだったらそうすればいいじゃん、って言われて、

    それは流石に凹んだよね。
    別に、「死んでほしくないよ!」って言ってほしいわけではないんだけどさ、止めて欲しかったっていうか。
    なに他人よがりになってんだ、って話ではあると思うんだけど。

    自分に課せられたことは、ただ一つ、生きることだと思うんだけどね。
    そこからさらに、子供を育てるとか、自分のやりたいことを実現させるだとか、そういう面でのあれやこれやは出てくると思うんだけど、

    結局、諦観っていう視点葉、なくなることはないんだよなぁ。

    これって良いことなんだろうか。