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小説

10月4日 (小説)サトの初恋

  サトは大きく息を吐いた。そうすると、自動的に空気が身体に取り込まれるのが面白くて、何度か同じ動作を繰り返した。   届かない恋というのは面白いもので、そのおかげで人生が豊かになったような気がした。豊かというのは、サトの感覚で言うといろいろな感情が生まれるということ。好きな人がいるんだけど、彼に惹かれていじらしい想いをしたこと。恋に焦がれるというやつだ。舌でそっと上顎を撫でる。ざらざら、ごつごつ […]

8月7日 パパ活と、囚人のジレンマ

隣の席にいる二人の会話は続く。「信じられる?同じチームのタトさん、パパ活してるんだってさー。そんなことを堂々と言っちゃうあたりがもう信じられない。まぁ、元々信用してなかったんだけど」「タトさんかー。パパになってるってことでしょ?それ言っちゃってるんだ?うわぁ。デリカシーがないというべきか。それ、結局アレなんでしょー、俺は女ひとりを囲っておけるほどの経済力を持っているんだ、っていうのと、性欲をそこで […]

5月2日 キーホルダー

階段を昇っていくと、ちょうど電車が停車しているのが見えた。乗れるのなら乗りたい、と思ったがたまたま、私の前に歩いていた人のリュックについていたキーホルダーが目に入り、そして私は階段でつまづいた。電車は行ってしまった。周りに見られているような気がするのがとても気恥ずかしく、私は「こんなこと、へっちゃらですよ、日常茶飯事ですよ」という、なんてことない素振りをし、気を取り直して残りの階段を昇る。 「運動 […]

昔から変わってない

学級委員に選ばれるような人間だった自分、なぜそんな風に見られていたのかと考えてみたのだけれど多分、落ち着いて見えるからなのだと思う。 落ち着いているのではない。自分の中でたくさんの葛藤が生まれていたし、みんなと同じように喜怒哀楽、様々な感情を抱いていた。 条件反射的に動くことがあまり得意ではなかった当時、それができるような人間、例えば体育がめっちゃ得意な人、給食をめっちゃ早く食べられる人、彼らを羨 […]

親愛なる隣人

すぐに身体を求めてくるその思考。男って本当にどうしようもない生き物だ。一度、それを断ったらあからさまに態度を変えた男がいた。名前なんてすぐに忘れたけど。 私の身体は汚れているのかもしれない。私は、何かに縋りながら生きていかねばならぬと気付き、それが、私を求めてくる男という存在だと気づいたのに、そう長く時間はかからなかった。承認欲求。私で果て、そんな人間の腕に絡まりながら、自然と意識を混濁させていく […]

ほろ苦いビールの味

大好きだった彼と別れた。突然のことで、未だに頭が混乱したままだ。ただ、他に好きな人ができたという言葉だけを残して、彼はいなくなってしまった。 私が彼を繋ぎ止めておけるようなものは何も残っていなかった。いつも私が追いかけてばかりで、「付き合っていた」という事実は、実は、私が勝手に思い描いていた解釈で、 本当は、 私がずっと片思いをしていただけなのかもしれない。 遊ばれていた?と友人は今だからこそそう […]

雨が好きな人だっている

毎年、決まった時期に桜が咲くのだと思っていた。だいたいいつも、入学式が行われる頃。だけど今年は、それよりも早い、卒業式が行われる頃に、満開を迎えた。 死んだ母は、この季節が大好きだった。風に舞う桜吹雪を見ていると、なんだか嬉しくなるの、と口癖のように言っていた母は、土砂降りの中、横断歩道を渡っている時、母に気づかなかった車に轢かれた。当時のことはすっぽりと記憶から抜けていて、私はその頃、どういう心 […]

傘をしまうビニール袋が気になってしまう男の話

カフェは混んでいた。雨だし、こんな駅前のカフェはお昼時こそ、混むべきなのだろう。いつもはフロアスタッフが2人で回しているが、今日は3人で回している。1人分の人件費を賄えるほど、十分な利益が出ると見越したのだろう。確かに、周りを見渡すと多種多様な客でほぼ満席となっていた。 私はセットについてきたサラダを食べ終えた。今日のパスタセットのパスタはホウレンソウのペペロンチーノだった。ニンニクの入っている料 […]

私だって

私の声が届かない。そもそも、私の声はそんなに大きくないんだった。この世界は、私の声なんて必要ないのだった。私が何を考えて、何を発言しようが、季節は移り変わっていくのだった。 そんなことは4歳の頃から知っていた。 真夜中、1人で散歩していると、ある人のことを思い出す。少し好きだったような、けど別に恋人になるほどでは、、と躊躇してしまう人だった。もしかしたらあれが「男女間に芽生えた友情」なのかもしれな […]