10月23日 正論に対しての持論

今まで生きてきた人生の中で、一番楽しかったと思える時期はいつか。

そんな問いが頭に浮かぶと同時に、思い出は名前をつけて保存する、という記憶の仕方が浮かぶ。

一番楽しかった時はいつか。

これが、誰と話している時に出てきた問いなのかという文脈が必要だと言うことは、私の持論かもしれない。

奥さんと話していて、一番楽しかった時は、と話題に挙がったら、そりゃ家族、4人で過ごした日々に決まってるじゃないか、という話になる。それよりも前、独身時代とか、大学生とか、高校生とか、中学生とか、もっと小さな時代って言ったら、それじゃ今、この4人で暮らしている日々はその頃には勝てないのか、という話になってしまう。藪蛇というやつだ。

個人的な意見としては、高校とか、大学とかもそりゃ楽しかったよ、同等レベルで今と同じくらい楽しかったな、という点が考えられる。私はそれぞれ別名で保存するタイプだから、どれが一番、ということは無い。だけどそれをそのまま発言してしまったらカドが立つ、という話。

これがいわゆる、行間を読む、ということになるのだろうか。

さて、最近はTBSで過去にやっていたカルテットというドラマを続けて観ている。

みんな大好き坂元裕二氏が脚本を担当した作品。

どういうとこに惹かれるんだろうなぁ坂元裕二作品は。

頑張って言語化してみよう。

伊坂幸太郎と同じ匂いを時折感じる。見方によってはお洒落な台詞回し。上述の、名前をつけて保存辺りはまさに、どっかの坂元裕二作品で扱われたのではないかと思う。

カルテット 第一話では、唐揚げにレモンをかけるかどうか、かける前には食べる人にどう声をかけるか、のあたりで坂元裕二らしい会話が展開されていた。

普通は、「レモンかけていい?」とかなんだと思いながらドラマを観ていたけれど、かけていい?だとかけることが前提になっているから、それだとレモンかけてほしくない派としては、反論しづらいと。

細かいよなぁ、だけどこういう細かいレベルで人間模様って描かれるよな、ととても感心してしまった。

今年に入ってから特に、こういう機微なやり取りで綴られる小説を好んで読むことが多くて、だからこそ余計に、こんな人間臭い部分にぐっと来るんだろうなぁと思う。

小野寺史宜もドラマの脚本とかやったらいいのになー。絶対観ると思う、私は。

昨今の私で言うと、心療内科からもらっている薬のせい?かどうか分からないけれどなんとなく体重が徐々に増していて、それでも私史上最大まではまだ遠いんだけど、そんな状況でお酒をやめれば体重増加に歯止めをかけられそうな気がしている一方でやめておらず。こういう、正論に対しての持論っていう対立構造は、人間臭さが滲み出る部分だよなと思う。