9月13日 信念を持つということ
ここ数日、とにかく寝まくった日々を過ごしていた。
過眠と言っても良いくらいのレベル。処方された薬の影響が多大にあるだろうけども、それよりも気持ち的に「早く時計を回したい」という気持ちが影響しているような気がする。
昨日の日記にも書いたけれど、やりたいことが山ほどあるのに、それらへの興味は波が引くように薄れ、何もやりたくないが気持ちのどまんなかに位置していた。すごい。気持ちってすごい。自分の意思ではどうすることもできないのがすごい。
次の機会に活かすべく、原因と対策をはっきりさせたいのだけど、これまた見つからないから怖い。
ちゃんと栄養摂ってる。ランニングもしてる。
だけど仕事でぐずついている。原因はおそらくそこ。何歳になっても人との関わりはうまくいかない。
後ろ向きだなぁと思う。コミュニケーションスタイルは人それぞれだから、私は私なりの思考回路でもって臨むしかないのだけど。
強い人間に憧れる。けれどそれって鈍感ということ?とも思う。強い人間っていったいどういうことだろう。
- 鈍感
- 自分の思い、意見を強く表明し、周りを扇動(先導?)する
- ぶれない
それって自分がやりたいことだろうか。私は良くも悪くも仲良くやってこうぜスタイルだから、それとは確実に、一線を画す。
強い人間になって、周りを扇動できるような人になりたい?
自分の意見に反するような声を潰して、無理やり前を向かせる?
いや、違う。
信念を持つこと。誰が見ても正しいと思えることに誰よりも早く気づき、それに導くこと。
そんな信念があれば、自然と周りは付いてくるはず。だってそれが正しいことだから。
そこには、小さな声を潰すということなどは存在しない。だってそれが正しいことだから。
歴史的に、周りを巻き込む人たちのことを考える。
織田信長、徳川家康、ナポレオン、ヒトラー、ジョブズ。
彼らは彼らなりの信念を持っていた気がする。ヒトラーあたりはなんとも言えないけれど、誰が見ても正しいと思えるようなことを見つけ、その方向に進むように扇動することに長けていた人たち。
私もそれになりたい、と思う。けれど私は、第一人者にはなれない。ならない。そういうのは好きじゃないから。
だけど、信念を持って上に立つ人に助言をする立場ならできそうな気がする。
仕事上、そういう人がいる。ここまで書いた直近300文字くらいの文章は、その人のことを念頭に置きながら書いてきた。森の中で一番高く聳える大木のように、孤高で、孤独で、だけど自分の中で確固たる信念を持って、仕事に臨んでいる人。尊敬してる?と言われたら、即答できる程度。
私の目は常にその人に向いている。
それが私の信念なのかもしれない。考えてたら気持ちが悪くなってきた。
今日は日曜日。明日は仕事に臨めるだろうか。

