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  • 考えすぎないという知恵

    考えすぎないという知恵

    ──仕事に追われながら、心が少し救われた話。

    今の仕事になって、もう三ヶ月が経ちました。
    あっという間でした。時間が長く感じたことは一度もなく、それだけ覚えることが多く、仕事を回すのに必死だったということだと思います。そう考えると、たくさんの仕事があるのは、決して悪いことではないのかもしれません。
    なぜなら、余計なことを考えずに済むからです。

    たとえば、「なんのために生きているのか」という問い。
    誰もが一度は考えたことがある、けれど簡単には答えられないテーマです。私はその問いに、まっすぐ答える術をまだ持っていません。
    答えようとするたびに、相手の価値観と自分の価値観の間にあるズレが気になってしまうし、結局「今の自分はきちんと生きているのか」という自己否定のような考えに行き着いてしまうからです。

    けれど、そうした深い問いを考えること自体は、悪いことではありません。
    むしろ、自分に足りない部分を見つけ、成長へつなげるきっかけになることもあります。思索は、行動の芽を育てるものです。

    ただ、考えすぎると、思考が自分を追い詰めてしまう。
    仕事が落ち着いて時間ができると、つい考えすぎてしまって、出口のない迷路に入り込むような感覚になることがあります。
    だからこそ、手を動かし、目の前の仕事に集中している時間は、案外、心を守ってくれているのかもしれません。

    中途半端に考えること。
    それは怠けではなく、むしろ健全なバランス感覚なのだと思います。

  • 読書感想文 モモ ★★★★★

    読書感想文 モモ ★★★★★

    完全にナメてました。

    名作とは言え児童書だろ、しかもかなり前に出たやつだし、くらいの感じで。

    読んだきっかけ

    Xを通じて知り合った方が、ご自身を作り上げた本の中にこれを挙げていて、おいおいマジかよ、と思ったのがきっかけです。私はその方を信頼していて、そこまで言うなら、と図書館で借りたという経緯になります。

    私が住む自治体の図書館ではこれを児童書コーナーではなく、ヤングアダルトコーナーに置いていたので、探すのに少し苦労しました。借りた時は宝物を見つけたかのような気分。

    だけど分厚い。ものすごく分厚い。同時に、他に何冊も借りていたので2週間以内に読み切れるんだろうか、もしかしたらモモだけ読んで残り全部を返す羽目になるのではないか、と思いました。

    だけどそんなことは杞憂でした。

    帰宅してすぐに読み始めたところ、これがまためちゃめちゃ面白い。子供向けでもあるのでひらがなが多め、だから本が分厚いということなのかもしれません。

    この作者が上手いのか、訳者が上手いのか、もしくは両方とも上手いに違いないのですが、ストーリーへの緩急の付け方がとても上手いのです。

    そして物語を盛り上げていくところに対する書き方。

    灰色の、なんかよく分からない軍団が、だんだんとモモに近づいてくるところの描写が素晴らしく、話の展開が気になって仕方ありませんでした。

    主人公モモ

    モモという女の子が主人公なのですが、表紙に彼女の外見が描かれています。

    あえて彼女の顔を描かないところに、読者の想像力を掻き立てる工夫がなされています。

    おかげで、どんな顔をしているんだろう、これイタリアとかギリシャとか、そういうところだから、そういうところにいるような女の子なんだろう、みたいな想像をしました。

    モモは不思議な魅力を兼ね備えていて、会話をしていると、その相手がだんだん気持ち良くなってくる、とのこと。

    今の時代の言葉で言うなら、聞き上手ということになるのかな。

    なんでそんなふうに上手に、人の話を聞けるんだろう。

    モモに限らず、聞き上手な人は相槌の質が高いことが多いですね。

    相槌の質って本を読んでもなかなか上達するのが難しくて、というのも会話をしながら、どんな相槌を打ったら相手が気持ちよく喋れるんだろうか、って考えながら聞かないといけなくて、それには話を聞くと言うことと、相槌をどう打つか考えるという両面で物事を考えながら聞かないといけないからです。

    それは天性とも言える素質なのかなー、と思います。両方を頭の中で動かしながらってなかなか簡単にはいかないから。

    物語で心に残ったセリフなど

    モモはまるで、はかり知れないほどの宝のつまったほら穴に閉じ込められているような気がしました。しかもその財宝はどんどんふえつづけ、いまにも息ができなくりなそうなのです。出口はありません。だれも助けに入ってくることができず、じぶんが中にいることを外に知らせるすべはありません。それほど深く、彼女は時間の山にうずもれてしまったのです。
    284ページ

    時間が、無限にのしかかってくる感覚。

    それを”財宝”と表現することで、作者の価値観を読者の心に植え付けているなぁと思いました。

    時間って、財宝なんでしょうか。あんまそんなイメージを持っていなかったので驚きました。

    けど、「自由な」という意味を付け加えることでより一層、作者の気持ちを汲み取ることができるなー、と。

    自由な時間。これは悪い意味で言うと、退屈でしょうか。

    何もすることがなくて暇を持て余している感覚。モモが、石段に座り、かつての友人たちを待つ間、彼女もまた、退屈と感じていたのかも知れません。

    今、私は家族で過ごす自由のために、自分の時間を会社、社会に提供し、その対価としてお金をもらっています。そのお金を使って「やりたいことをやる」という意味での、自由を手にいれることができます。時折、仕事によって気持ちが打ちひしがれてしまい、家族で過ごすはずだった自由な時間を楽しむことができないことがあります。

    それって、ものすごく残念なことです。

    ゆとりが楽しみを海、それによって対価を得るための活力を得るという循環が、どんなに貴重で、どんなに難しいことか。

    今の私は、その、ゆとりを感じながら生きているのだろうか、と本を読みながら感じていました。

    時間を、財宝と捉えるべきことに、私は違和感を抱いていないだろうか。

    自由を十分に謳歌できているだろうか。

    灰色の男たちに惑わされ、自由を疎かにし、財宝を見失って生きてはいないだろうか。自問が尽きません。

    きちんと考えるべき問題、人間が忘れてはいけない、とても大切で大きな問題だと思います。

    ふつうの場所では、時間はおまえの中に入っていく。それでおまえの中には時間がどんどんたまっていき、そのためにおまえは年をとっていく。

    315ページ

    時間が自分の中に入っていく、という感覚。

    原文は分からないのですが、これを訳した人の才能たるや。

    時間がまるで液体のように身体の中にたまっていき、それを栄養にして年をとっていく、とはすごい発想です。

    今までそう考えたことはなかったけれど、これからはそのように、時間を飲み込んで生きていくんだな、って考えていくことになる気がします。

    だけどもし、時間が栄養になるんだとしたら、きちんとした栄養として身体に取り入れたいものです。

    良い時間は例えば、貴重な体験とか、ゆとりのある時間から得られるでしょうから、例えば子供たちとすごす時間とか、大好きな趣味とか、睡眠とか、なるべく怠惰なことではなく、きちんとした時間を過ごしていきたいなと思いました。

    この物語のように、時間をもとに戻すことはできないので、過去を振り返ってもそれが糧になるとは限らないため、たまに参考にする程度で、日々、良い選択をしていきたいです。

    うーん、違うかな。

    過去、自分を肯定するために、自分が判断した選択は全て正しかった、と考えて生きるべきなのかもしれません。

    そんなことで後悔したってしょうがないから。

    はじめのうちは気のつかないていどだが、ある日きゅうに、何もする気がなくなってしまう。何についても関心が持てなくなり、なにをしてもおもしろくない。
    だがこの無気力はそのうちに消えるどころか、すこしずつはげしくなっていく。日ごとに、週ごとに、ひどくなるのだ。
    気分はますますゆううつになり、心の中はますますからっぽになり、自分に対しても、世の中にたいしても、不満がつのってくる。そのうちに、こういう感情さえもなくなって、およそなにも感じなくなってしまう。なにもかも灰色で、どうでもよくなり、世の中はすっかり遠のいてしまって、自分とはなんのかかわりもないと思えてくる。怒ることもなければ、感激することもなく、よろこぶことも悲しむこともできなくなり、笑うこともなくこともわすれてしまう。そうなると心の中はひえきって、もう人も物もいっさい愛することができない。ここまでくると、もう病気は治る見込みはない。あとにもどることはできないのだよ。うつろな灰色をしてせかせか動き回るばかりで、灰色の男とそっくりになってしまう。
    そうだよ、こうなったらもう灰色の男そのものだよ。この病気の名前はね、致死的退屈症というのだ。
    321ページ

    長い引用となります。

    生身の人間が、だんだんと灰色の男になっていく描写。余裕をなくし、何かに縛られてせかせかと働く人間の様を表しているように見えます。

    こうはなりたくないと思っていても、いざこの状況になってみると周りが見えなくなり、だんだん灰色になっていくんだろうなぁ。

    時間を節約して、効率的に生きることを否定するつもりはありません。

    私も、ライフハックとか、時短術と呼ばれる類の話はむしろ好きな方です。

    だけど、そればかり優先して大切な余裕とか、ゆとりとか、そういうのを見失ってしまっては人生が台無しになってしまうのではないでしょうか。

    人のフリ見て、というわけではないけれど、自分はワーカホリックなところがあるので、定期的にこのことを思い出して、自分を俯瞰して見つめ直す必要がありそうです。

    家族と過ごす時間とかもきっと、こういうことの役に立つ気がしますけどね。

    そういえば最近、子供と遊んでいない気がするなぁ。

    このままでいいんだろうか。

  • 10月31日 来年の手帳と私

    10月31日 来年の手帳と私

    来年の手帳をどうするか、頭から煙が出そうなほど悩んでいます。
    幸せな悩みですよねぇ。手帳なんて、本来はなくても生きていけるものだから。

    そう考えると、それがないと生きていけないものってどんなものがあるんだろう。

    • 食料
    • 衣類
    • メガネ

    私の場合、これくらいかなぁ。
    それ以外のものは、なくても生きていけるでしょ、という判断。
    スマホがないと死んじゃうっていう人がいるかもしれませんね。
    大災害が起きた時に、確実な情報を得るためのツールとして考えれば、スマホも必要なものになるかもしれません。
    けどそれもたらればの範疇を逸脱することはなく、バッテリーが切れたらおしまいなのです。
    スマホとか、ものに依存した生き方をしたくないなぁ、と思ったりもしています。

    さて。冒頭に述べた手帳の話。
    私は2010年くらいから手帳生活を始め、その時から一貫してほぼ日手帳を使っています。
    2018年くらいまで普通のオリジナルサイズ、A6のものを使っていたのですがその後にデイリーページのないdayfreeをしばらく使い、今年となる2023年からカズン(日付あり)を使っています。
    オリジナルのdayfreeからカズンへと移行した理由として、毎日たくさんのことを考えよう。それを書き留めておこう、と思ったのですが、このブログと同じような時期、秋口に入ったあたりから少しずつ疎かになってしまい、今ではそれが義務として考えるようになってしまいました。
    義務感を持って生きるのってちょっと自分の中ではないよな、と感じ、
    それに相まってほぼ日手帳カズンには大きく分けて3セクション(マンスリー、デイリーバーティカル、デイリー)あり、その2つ目のデイリーバーティカルにほとんど手を付けず、そんなことなら最初からなくていっか、と思ったりしています。

    ここに私の心境を書くことで、周りの人に見てもらいたいというよりかは自分の中での考えを整理したいという思いで書いているので、つまり、カズンのデイリーはもう使わなくても良いかな、と思っています。
    正直に言うとカズンはちょっと重たすぎた。在宅勤務が続くからデカいやつでもいいよなと思って買ったんですが、出社する時に携行しようとするとカバンが重たくなってしまい、ちょっと辟易しています。
    だけどサンクコスト効果もあり、せっかくカバーまで買ってしまったんだから中だけ来年のカズンを買った方がいいよなぁ、と思ったり。このあたりが超迷ってるポイント。
    で、結論を述べると、多分ですがカズンのdayfreeを買うような気がしています。
    日付なしモデル。dayfreeだとデイリーバーティカルがないし、デイリーページもないから、普通のカズンと比べると半分くらいの重さになるんですよね。それだったら持ち運ぶのも苦ではないよな、と自分に言い聞かせつつ。

    ほぼ日手帳をぜーんぶやめて、モレスキンとかロイヒトトゥルムみたいな外資大御所系とか、無印良品のちっさいノートとかも考えてはいるんですけどね。無印だったら気軽に使えるし、とか。
    悩みは尽きません。超幸せな悩みだと思う。
    まだ時間はあるので、まだまだ悩みたいと思います。

  • 10月19日 海外文学とジェットストリームと私

    10月19日 海外文学とジェットストリームと私

    15日ぐらいぶりに、日記を投稿します。
    何かを書きたい!というわけではなく、何か書かないと!というスタンスで日記を書いています。
    今年の2月くらいからコンスタントに日記を投稿してきたのですが、ここまで開けたのは初めてです。
    この存在を忘れていたわけではなく、日々の生活で他のことが優先されてしまって、時間をうまく確保できなかったのが一番の理由です。
    この、「日記を書かなかった」という過去の出来事から、ダメだな自分、、と少し寂しい気持ちに浸っていても何もプラスにならないので、大切なのは今、ということで前を向いて生きていきたいと思います。
    まずできるのは、日記を書くということ。
    自分の気持ちを深く知るきっかけにもなるんだから、そういう点でも日記を書くということを大切にしていきたいと思います。

    最近は、同僚から勧められた、海外文学を読んだりしています。
    直近ですとサローヤンの、パパ、ユーアクレイジーを読みました。
    あんなお父さんになりたいなぁと思えるような、ユーモアのあるお父さんと、10歳の息子のハートフルストーリーという感じでしょうか。
    もちろん、小説には描かれないお父さんの素性があるのでしょうけれど、少なくとも小説に描かれている範囲では素敵なお父さんだった、という印象です。
    今私の手元にある本は、たんぽぽのお酒と、夏への扉。これらもオススメされました。
    図書館の返却期限までに読み切らねば。


    別の話題。
    最近、文房具の神が唐突に舞い降り、ジェットストリームを使い始めました。

    ジェットストリーム 3色ボールペン スヌーピー ヴィンテージハウス キャラクター 0.5mm 赤 青 黒 SNOOPY PEANUTS 水色 カミオジャパン JETSTREAM 三菱鉛筆 筆記用具 ペン グッズ

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    感想(2件)

    こんな感じのやつです。

    ジェットストリームを使うのは人生で2本目で、以前はほぼ日手帳を通販で買った時についてきたものを以前使っていました。
    そうそう、ほぼ日手帳を通販で買うと、ジェットストリームが付いてくるのは今でも続いていて、毎年更新されるからどんどん増えていくんじゃないかなーと思ったりしています。
    余計なものは持ちたくないので2年目以降は近くにあるLOFTで買うようにしていますが。
    私が今使っているものは、スヌーピーのピーナッツが大好きな奥さんが持っているもので、使っていいよ、と気軽にくれました。色合いとかもちょうど良い感じで、私もスヌーピーが好きなので、大切に使っていきたいです。

    さて、ジェットストリームの何が良いのか。
    使っている人なら分かると思うんですがペンの滑りが良いんです。
    あまり力を入れなくてもすらすらと文字が書けるという点、私の中では結構高めに優先度を置いていて、本当に気持ちよく書くことができます。「すらすらと」というのが強調したい点。ボールペンも進化してるよなぁ。気持ちよく書けるペンが増えたように思います。
    次に、インクの出がちょうど良いという点。
    私の中でジェルインクはちょっと出過ぎる感があってそんなに好きではなく、普通のボールペンだと少し物足りない。
    その点で、ジェットストリームはちょうど良い印象を抱いています。
    相変わらず万年筆も併用しているんですが、乾くまで待つとか、書く時のペンを当てる角度とか気にするのがちょっとな、ということで少しだけ熱が冷めている状態。まぁ、しばらくしたらまた万年筆最高!と思える日が来ることと思います。

    好きなものに囲まれて暮らすのってすごく重要ですね。
    ジェットストリームとか、手帳を含めた文房具もその一つだし、残り少ない人生を謳歌するには小さいところから最善を尽くしていくのって何気に大切だなと思います。
    世の中って大半はどうでも良いことである一方で、自分の中で譲れないと思うものに関しては、きちんと自分の中にある心の声を取り入れていくべきです。
    シンプルに言うと、気分が明るくなるんですよね。
    気分が明るくなると機嫌が良くなるし、そうなると世の中のいろんなことが自分にとって肯定的に映ります。
    大人になったら、自分の機嫌は自分で取る必要があるので、そういう点でも、好きなものに囲まれて暮らすというのはとても大切なことだと思います。
    この日記を読んでくれている人、身の回りにある「好きなもの」を意識して、自分の気分がどんな状態なのかっていうのを考えてみるのも良いかもしれません。

  • 10月4日 (小説)サトの初恋

    10月4日 (小説)サトの初恋

      サトは大きく息を吐いた。そうすると、自動的に空気が身体に取り込まれるのが面白くて、何度か同じ動作を繰り返した。
      届かない恋というのは面白いもので、そのおかげで人生が豊かになったような気がした。豊かというのは、サトの感覚で言うといろいろな感情が生まれるということ。好きな人がいるんだけど、彼に惹かれていじらしい想いをしたこと。恋に焦がれるというやつだ。舌でそっと上顎を撫でる。ざらざら、ごつごつした上顎は、今までいくつの食物が通り抜けていったんだろう。
      北脇くんという、3つ隣のクラスにいる彼とは、ちょっと前に学校の購買前で見かけた。陽キャとは正反対の、重たい前髪、分厚く、地味なメガネを装った彼は、誰にも見つからないようにそっとパンを買いに来たのか、というほどに存在感がなかった。
      彼の何に惹かれたのだろう。具体的には分からないのだけれど、一つ言えるのは、サトも北脇くんと同じようなメガネをかけて、そして陽キャとは正反対の人種ということだ。共通点が多い、とサトは考えたのかもしれない。上履きの中に小石が入っているのに気づいたサトは、誰も見ていないことが明らかな2時間目の休み時間に、そっと音を立てずに上履きを脱ぎ、履いている方を反対にして小石と思われるものを落とす。少し振ると、黒っぽい、小さな物体が下に落ちるのが見えた、ような気がした。
    こんな小さなことでも、北脇くんだったら聞いてくれそうな気がするとサトは考える。休み時間は何をしているんだろう。3つ隣の、3年5組にいると知った時は嬉しかった。まるで宝物の場所を見つけた時のような気分だった。そこから数日しか経っていないんだけれど、北脇くんのことをもっと知りたい、と思うようになった。
    こういう時って行動に移したほうが良いんだろうか、とサトは考えた。サトにはこれが初恋とも言えるようなほどの、心を揺さぶられるイベントであった。だから、残念というべきか、サトには経験がないからどうやってアプローチしたら良いのか、全く分からなかった。最初に思い浮かんだのはラブレターだった。この、スマホを一人一台持つ時代に、あえての手紙。そんな演出はただただ気持ち悪いだけだ、とサトはそのアイデアを切り捨てた。それ以外のアイデアが思いつかないサトは、3時間目へと入った。
    こういう時に、相談に乗ってくれる友達とかいたらなー、と空想みたいなことをサトは考えた。これもまた残念なのだけれど、サトにはそういうことを気軽に喋ることのできる友達がいないのだった。一緒にお弁当を食べてくれる太田さんという人はいるのだけれど、彼女もサトと同様に、恋というイベントに対して経験は少なそうな感じがしたのだ。だから相談するだけ無駄かな、ごめんね太田さん、とサキは考えた。そんなことを考えていたら先生に指され、サトは話を聞いていなかったことが露呈し恥をかいた。
    何事も進展がなく、一週間が過ぎた。これが恋愛小説だったらつまらないだろうな、私だったらここで読むのを止めるな、とサトは考えた。そこでアイデアが天から舞い降りてくるのを、サトは感じた。そうだ、図書館に行ってそういう本を借りたらいいんじゃないか、とサトは思いついたのだ。図書館なんて小学校の時にやった読書感想文の本を借りた時以来だ、まず図書館のカードがどこにあるかを探さなければいけないな、とサトは考えた。そして、いや待てよ、とサト。借りなくても、図書館で読めばいいんじゃん、と思いつく。週末の予定が決まった。私の恋愛小説を読んでくれている読者のためにも、私のこの初恋を先に進めなければいけない、と誰も読んでいないことを想定していないサトは、訳のわからない自意識の下、週末に図書館へと挑む。
    ここで北脇くんも図書館に来ていたら、恋愛小説としては急展開なんだけどな、とサトは考えたが、そもそも北脇くんが私と同じ市内に住んでいるかどうかわからないんだった。私の高校は4つくらいの市から生徒が通っているから、北脇くんはきっと違う市に住んでいるのだろう、とサトは勝手に解釈した。
    そもそも本を読まないサトは、この膨大な本の中でどんな風にお目当ての本を見つければ良いか全く分からなかった。恋愛のお手本?それは小説なのだろうか、それとも自己啓発みたいなタイプの本なのだろうか、それすらも分からなかった。恋愛小説の女王みたいな触れ込みの小説家とかいたよなー、誰だっけ、といつだかやっていた王様のブランチみたいな番組の内容を思い出そうとしていたが、残念ながらそれ以上の情報がサトの脳内には存在せず、すぐさま空中に飛び散った。
    ところが、ところがである。図書館に北脇くんと良く似た人がいるではないか。何やら分厚い本を脇の下に抱え、自習できそうなエリアへと向かっている姿が見えた。あれは本当に北脇くんだろうか、横顔、それもほぼ後ろに違い角度でしか顔を見ることがなかったから、あまり自分の目が信用できないサトは、北脇くんにはバレずに、顔を確認することができる場所を探すことにした。
    これでは何をしに来たのか分からないではないか、と読者は考えるだろうな、とサトはぼんやり考えた。読者のことなんて忘れてしまえ、と私は思わずにいられない。こうなったらサトのことを応援するしかなかろう、と読者は考えるに違いない、とサトは考え、自分勝手だな私って、ふふ、と一人でニヤついていたら、北脇くんみたいな人が大きなテーブルにある椅子を引き、そこに座った。
    驚く事に、北脇くんの隣には同い年くらいの女性が座っているではないか。北脇くんが見つけてきた本を二人で眺めながら、何か小さな声で喋っているのが窺い知れた。
    終わったな。まだ、始まってもいない私の初恋は、ここで散ってしまうのか、そう考えたサトは、本来の目的である恋愛にまつわる本を探すことなく、図書館を後にした。そういえば私が小学校だった頃に来た図書館って入り口で靴を脱いで、自分で持ってきた上履きを履いたような、とぼんやり考えたサトは、ついでに、その上履きにも、小さな小石が入っててすごく気持ち悪いことを思い出したのだった。

  • 10月2日 iPhone SE第2世代で、iOS17にアップグレードしたその後

    10月2日 iPhone SE第2世代で、iOS17にアップグレードしたその後

    バックアップを取らずにiPhone SE 第2世代をiOS 17にアップグレードした途端に動作が鈍くなった件、続報となります。

    前回の日記では、バックアップを取り、ダメ元でiPhoneを工場出荷状態に戻すとどうなるか、試してみます、で止まったところでした。

    今回はその後にどうなったかを書いてみたいと思います。

    工場出荷状態に戻す前にやったこと

    • バックアップを取った
    • LINEのトークをバックアップした(工場出荷状態にした後、何らかの理由でバックアップから復元することができなかった場合に備え、念のためやっておきました)

    工場出荷状態にする方法

    1. iPhoneの設定メニュー → 一般 → 転送またはiPhoneをリセット → 全てのコンテンツと設定を消去
    2. 待つ(15分くらいかかった)

    結果、どうなったか

    • iOSがダウングレードされてたら嬉しいなぁーと思ったのですが、残念ながらされてませんでした。iOS 17.0.2のまま。
    • ええい、しょうがない、と思いいくつかアプリをダウンロードして、ざっくりとした使用感を確かめてみたところ、工場出荷状態に戻す前と比較して体感的に速い動作が得られました。
    • しばらく使ってみたのですが、大丈夫そうだな、と思い、このまま使ってみたいと思ってます。

    私はそこまでiPhoneというかスマホに依存していない(気がする)ため、工場出荷状態という、いわば「まっさらな状態」に戻ったところであまり苦労することはありませんでした。
    それよりも、不要だなーいつか捨てよう、と思ってたアプリを一掃できたので、個人的にはスッキリした気分になりました。
    いろんなアプリをインストールしておくと、iPhone自体は重たくなるということだけでなく、気持ち的にも「もっさりした気分」になってしまうのかなーと思ったり。
    iPhoneの中身を断捨離するっていうの、定期的に必要かもしれませんね。

    ちなみに、工場出荷状態にした後にインストールしたアプリはだいたい30個くらいです。
    これら、プラスiPhoneに最初から入っているアプリで、だいたいのことに対応できるんだなーと思ったり。

  • 10月21日

    10月21日

    昨夜は飲み過ぎた。
    家飲みだからと言ってムダにがぶがぶ飲んでたら酔っ払うに決まってるじゃないか。
    どうせ気持ち良いのは最初の2杯くらいなもんなんだから、それ以上手を出そうとしたら、意識的に止めるくらいのことを念頭に置いておくくらいの方が良いだろう。

    風が、空気が、すっかり秋めいてきた。
    いい季節。運動、読書。2022年の秋、きっとすぐ忘れちゃうんだろうけど、きちんと噛み締めて生きていきたい。

  • 2022年の流山Beer電車

    2022年の流山Beer電車

    なんと3年ぶりの開催と言う、流山駅でビールが飲めるイベント。
    我が家は今回で2度目の参加になります。

    今回は人数制限があり、3部構成になっていました。
    事前にチケットを人数分購入し、時間になったらゲートを越えて中に入って飲み食いする、的な催しになっていました。

    個人的にはこのやり方がすごく良かったと思いました。
    前回はコロナ前で入場制限とかなかったから、大混雑していてフードが早めに終了してしまったような形になっていたので。
    それが教訓になったのかどうか定かではないですが、十分にフードもドリンクもあったので、めちゃくちゃ満足度の高いイベントとなりました。

    1杯目のビール

    中に入り、ビールとカレーを嗜みつつ、ジャズの心地良いサウンドに耳を傾ける時間。
    なかなか良かったです。
    流山ってなんか人気のある街!だとか、母になるなら流山!とか叫ばれていますけれど、このイベント会場にもなった流鉄流山線だとか、この駅舎もそうですけれど、いわゆる「古き良き街」というのをきちんと守り、そちらにも目を向けるようなイベントを催していたりするところに、大きな価値があるように思います。
    おおたかの森に10年くらい前に引っ越してきた身分としては「よそから来ましたよ」的な感覚はいつまで経っても拭えませんが、それでも流石に10年くらい住んでいると街のことをだいぶ分かってきた気がしますし、この街に住めて良かったな、と思えるようになってきました。
    そういうのを実感できる、素敵なイベントでした。

    別に、流山駅みたいなところがなくても、この手のイベントって様々な街でできる気がするんですよね。
    人が集まらないかも、とか思っちゃったりしますが、人を集めるために何が必要かということを考えるのもまた、まちづくりの一つなのではないでしょうか。

    それにしてもお酒が美味しかったです。

    名物!流山白みりんがほのかに香る厳選和牛ホホ肉赤ワイン煮込み 1200円
    ほぼ最後までいました、、テーブルがちょっと少なかったかなぁ、けど左側のレールみたいなところでお酒を飲むのもまた楽しかったです
  • ランニング | 10km | 5分40秒/km

    ランニング | 10km | 5分40秒/km

    3連休の最後に。身体を動かしたかったので。

    昼間、アリオ柏にあるラウンドワンに行ったのですがめちゃくちゃ人がいて、ゲームセンターの音もすごくて、それだけで疲れてしまって。こりゃリセットが必要だなと思い、お昼ご飯がまだ胃袋に残ってましたが走っちゃいました。

    途中、何度かおえっ、ってなったのは良き思い出です。

  • 読書感想文 | 沈黙のパレード | 東野圭吾 | ★★★★☆

    読書感想文 | 沈黙のパレード | 東野圭吾 | ★★★★☆

    図書館で予約してまして、順番が回ってきたので読みました。3日くらいでばーっと読んでしまった。

    以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。

    東野圭吾さんはすごいね。この文字量で、且つきちんとした論理で伏線を回収していくんだもんね。
    最近は改行してページ数を稼ぐ本が多いような気がしていて、それはそれで空気感を楽しむという点でアリだとは思うのですが、正直なところ読み応えという点では、やっぱり東野圭吾さんくらいの文字量があると嬉しいです。
    物理のことをちらっと書くあたりも、本筋とは違いますがちょっとした知的好奇心を満たす役割を果たしていて、私としてはすごく好きです。

    さて。ストーリーの感想を。

    人の気持ちって分からないです。自分の夢を叶えるために、実現させるために、他人を道連れにしてしまっても良いということはないでしょ。
    賛同してくれているならまだ分かるんですけども。
    けどそれが途中で気が変わり、道を違えるようなことになるのならば、他人は、その人の人生を歩むべきだから。
    まぁでも、自分たちの夢を叶えるほどの逸材に出会い、そのために骨身を削って夢を実現することに捧げてきたのだから、あんな感じになってしまってもしょうがないのかなぁ。

    浮かばれないのはなみきやの皆さん。真相を知ったところで、佐織は帰ってこないのだから。これでも最後の、やっぱり死んでませんでした、ホントのホントに殺したのは、っていう展開、必要だったんだろうか。そこまで転がすー?!って思ってしまいました。私としては留美がやりました、終わりでもうお腹いっぱいだったなぁ。
    いや、それが東野圭吾さんの面白いところなのかな。
    星4つにしたのは、この一連の転がし方が、私としてはやりすぎだったんじゃ、と思ったからです。ここまで転がすのが好きな人も当然いるでしょうけども。