自信がないから自信をつけたいと思っていたのは、ただの妄想だった

自分にはなにひとつ誇れるものがなくて、小さな人間だよなぁと常日頃感じていました。
そういう風に気づいたのは、中学生の頃です。

それは慢心になるための、第一歩に過ぎなかった

この本によると、自信をつけるということは、言い換えると他人よりも優位に立つように見せることの一つなのだと。
自信を持つと多弁になり、自分が培ってきた知識を披露することになるだろうから、そうすることで自分は良くしっている=すごい、とアピールすることに繋がるのかな。

ブッダの考え方にてらせば、自信がある・ないというのも「判断」にすぎません。
「判断」は妄想の一種ですから、すぐに吹っ飛びます。ハードな「現実」を前にして、弱気になったり、緊張したり、自信喪失したりといった具合です。

とは言え、自信をつけたい!をモチベーションにして、自分を成長させていくという過程は、人間が成長していくためにはとても自然なことのように思えるから、多分使いようなんだろうな。

逆に、自信がないというのは?

自信がないから、、、と言いながら、与えられた良い機会を遠慮してしまうことがあります。
この本によると、自信を持つ機会にはいつまでたっても至らないのだから、今現在、持っている能力を使ってただやってみれば良いのだと。
そこで失敗してしまったら、失敗してしまった、残念、次頑張ろうと思えば良いだけなのだ、と。

ものすごくシンプルな考え方ですね。

自信がないということについて、見方を変えて考えてみると、失敗した時の言い訳を最初から用意しているように思えてしまうんだよなぁ。

私はずっと自信がないから、、と言って様々なことにチャレンジしてこなかったので、それは言い換えると良い機会を自分から遠慮してしまっていたんだろうな、と。様々なことにチャレンジしていたら、もしかしたら、今とは違う自分を、自分の特性を手に入れていたかもしれません。

時間は戻すことができないので、この先を見据え、自信がないとは言わないようにする、自信を持つということは一生やってこないのだから、今持っている能力を生かしてチャレンジしていくように、考えを改めていきたいなぁと思います。