お墓の中に私はいない

幽霊やお化けという存在は人間が作りだした幻想だと思っています。そういう存在を作ることで、何か都合の良いことがあったのだろう、と。河童とかね。流れが速いところだから、子供たちをそっちで遊ばせないようにするため、とか。

だから、お墓参りに行ったとしても、そこに故人は住んでいない訳ですよ。そりゃそうだ、お墓には故人の骨しかないのだから。

もっと言うと、お墓参りって、自己満足なんですよね。
ちなみに私はお墓参り、大好きです。気持ちがすっきりするので。

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すっきりってどういうことなんだろう。

お墓参りの目的って、いったいなんなんだろう。

お墓参りに行くと、故人の思い出、それも良い思い出が思い浮かばれます。
あぁ、楽しかったなぁ、などと故人との関わり合いについて、思い出しますね。
その辺りの気持ちを思い浮かばせて、線香の独特な芳しい香りを感じる。
この一連の行動、心情展開が、気持ちをリフレッシュさせることに通じるのかな、と思います。

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あと、私は実際に見たことはないですが、一升瓶のお酒を持ち込み、お墓の前に座り、語り合いながら飲むおじさん。彼はきっと、故人に話を聞いてもらいたいのでしょう。
現実にも、話を聞いてもらう人はたくさんいるのだろうけど、きっと、おじさんは、故人にしか分からない目線、雰囲気で話をしたいのだろうなぁ。

その思い、シンプルに、良いなぁ、と思いますね。

人って孤独な部分があるからこそ、人との関わり合いを求め、それを思い出の棚にしまい、たまに思い出すのだろうなぁ。