タグ: 記憶

  • 9月26日 悪い思い出のこと

    9月26日 悪い思い出のこと

    自分の言葉で今日を振り返るのは、とても良い効果が得られると思う。
    まず、自分の記憶力を向上させることができる。
    今日、何があったかなー、どんなことしたっけか、と振り返ることで、自分の記憶の引き出しにしまわれたそれを取り出すことになるから。

    記憶は、人間にとって有用なものだろう。
    悪い記憶は時として、自分を攻撃することになるのだけれど、そこから何かを学ぶことは自分を成長させる大きな力となるだろう。
    そう考えると、悪い記憶、悪い思い出も一概に悪者だとは言えないような気がする。

    私は今までどのくらい、悪い思い出を積んできたのだろうか。
    なんかこういう系の日記を最近書いた気がする。
    過去と和解するための哲学と言う本を読んだことがあるんだけど、
    それって過去を赦すことにつながるのではないだろうか。

  • 9月3日 4人で一緒に過ごす日々が、

    9月3日 4人で一緒に過ごす日々が、

    人生の大半は、記憶にも残らないイベントばかりだ。
    私の人生で記憶に残ったことなんて、両手で数えられるくらいじゃないだろうか。
    一瞬一瞬をきちんと記憶に残しておきたいと思うけれど、そんなのは不可能で、昨日食べた晩御飯すらも覚えていないような感覚。

    記憶に残るのと、残らないのってどんな基準なんだろうなぁって常々考えていて、
    それはもしかすると「定期的に思い出すこと」が必要なのではないかと思ったりしている。
    定期的に思い出すってなかなか難しくて、定期的に思い出そう、ということすら忘れてしまう現状では全部の記憶を拾うことなんて至難の業だよなと思う。

    別に、忘れても良いんだよね。
    記憶の貧乏性とでも言おうか、写真と同じで、なるべく多くの物事を覚えておきたいと思っちゃうんだよね。ずっと前からそう。
    これは性分みたいなものだから、もしかすると考え方を変えるのって難しいかもしれないなぁ。

    今日はどんな1日だっただろうか。
    片手で収まる程度のボリュームでまとめられるとすると、その記憶みたいなボールの中には、どんな出来事が残ってるんだろうか。
    朝、起きてから、子供たちにご飯を作ったり、あつ森をやったり、家族とどっか出かけたりしたんだよな。
    その一個一個が、この、4人家族と一緒に過ごす日々が、あとで掛け替えのないものになるんだよなぁきっと。そう信じてる。

  • 5月15日

    22時すぎに就寝し、4時に目覚めるくらいが私にはちょうど良い気がしていて
    その時間感覚で自然に目が覚めるととても健やかな気分になるね。
    これが老化の一環なのかどうかはわからないけど、ハイボールを4杯くらい飲んだ日は
    眠りが浅いような気がする。

    そりゃそうよね、熟睡じゃなくて昏睡なんでしょ

    覚醒直前に面白い夢を見た気がする、けど思い出せなくて悔しい

    忘れていいような記憶もあるし、忘れなきゃいけない記憶もあるんだけど、
    一方で忘れたくない記憶、忘れてしまって思い出せない記憶もあるよなぁ

    遠い昔の記憶で、絶対に忘れられない理由は、それを何度も思い出すからってどっかで見たことがあるんだけど、そういう意味で、忘れたくない記憶は、何度も思い出せば良いということになるよね。ホントにそうかな

    走りに行きたいんだけど、これから雨が降るらしくて、それのせいで二の足を踏んでいる

  • 4月15日

    人がおやすみすると、途端に崩れる体制は、管理者がそのリスクに対して十分な対策をおこなってきていないからだろう。

    そんな1日だった。

    あっという間。

    ミーティングばかりで、自分の手持ちであるデスクワークについては、いつまで経っても片付かないばかりか、新たなものが積み重なっていくような雰囲気。

    あぁ今日は暇だわー、とか、在宅勤務って楽すぎて逆に辛いわ、みたいなシチュエーションに一度も出会っていないから、私の中ではだいぶブラック感が漂ってしまう。
    別に会社のことを悪く言うつもりはないのだけれど。
    今の仕事、楽しいし。

    楽しいんだけどさ、

    あれ、

    もうちょい、余裕が欲しいって話。

    ミーティングのための資料作りにずーっと時間を割かれ、一つのミーティングを乗り越えたと思ったら今度は次のやつに向けた準備が、みたいなのを繰り返し、いつの間にか金曜のこの時間を迎えている、という状態。

    忙しいのは、もしかしたら喜ぶべきなのかもしれないけどね。

    ホント、仕事の記憶しかない。今日。

  • 過去は振り返らない、未来には期待しない

    過去は振り返らない、未来には期待しない

    相変わらず機嫌良く暮らしていくにはどうしたら良いかと言うのを考えています。

    ホント、ものすごい時間を使って考え続けているような気がします。
    それだけ時間を使っているのに、思いつくのは、新たなアイデアではなく、哲学書や心理学の本で書かれていることばかりなんですよね。

    多分、私には新しいアイデアを思いつく才能がないのかもしれません。
    それよりは、過去の人が築き上げた知識をかみ砕き、自分の中で浸透させるほうが好きなのだと思います。

    Ike louie Natividad at Pexels

    そう考えると、今の自分は過去の人が作り上げてきた礎を眺めながら生きてきたのだろうなぁ。
    そして私からは、残念ながら何も生むことはできない。

    過去を振り返ると、自分のできなかったところばっかりが浮き彫りになり、
    未来に期待してしまうと、今の自分がとても小さな存在に見えてしまうのです。

    それって、自分が機嫌良く生きたいというマインドセットに対して、真っ向から対抗しようとしてるよなぁ、と感じます。
    今の自分に満足するだけで、もしかしたら、未来って明るくなのかなぁ、とか、

  • 深く考えずに生きることの潔さ

    深く考えずに生きることの潔さ

    考えすぎは良くない。
    だいたいのことにおいて考えすぎると、悪い方向へ行きがちである。
    特に、生きることの目的や、死ぬことへの不安、他人とのこと、この辺りを考えると良くない。
    昨日のブログでも取り上げたが、過去も良くないだろう。

    人間だもの、それらについて何か感じ、そこから何か考えていくことは自然なことなのだと思う。
    ただそこで、あまり考えすぎないようにするべきで、もっと言うとそれらから何も感じないことが大切だ。

    ただ、そのあたりから創作される物語は多い。
    多分、心の琴線に触れやすい敏感な箇所で、人々はそれを観ながら鑑賞に浸ったりするのが楽しいから、作品になりやすいのだろう。
    過去を想う作品。このテーマだけでも良いストーリーが描けそうな気がする。

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  • 日々、あっという間に過ぎていくから

    日々、あっという間に過ぎていくから

    この3連休、何してたっけ?と3ヶ月後に思い出そうとしても、なかなか思い出せない。

    そもそも思い出す必要はないのかもしれない、けど、忘れたくないことまで忘れてしまうから、せめてもの思いということで手帳にちょっとしたことを書き記す。

    小さな思い出を大切に記すことは、丁寧に暮らすことの第一歩な気がする。
    紙とペン、あと少しの時間があればできるのだから。

    そうやって少しずつ習慣にしていくと、やがて手帳の存在が大きくなっていく。
    手帳には、自分が良かったと感じる思いが残るからだ。

    手帳を開けば、気分が明るくなる。

    たぶん、こういう使い方が一番良いのではないかと思う。

  • 覚えておきたい

    覚えておきたい

    お酒の量が多いから脳細胞がたくさん死んでいるのかもしれないのだけど、記憶力がどんどん弱くなっていくのを実感することが増えてきた。7-9桁くらいのパスワードとか、前まではソラで覚えられていたのだけど、数日経つと覚えられなくなった。携帯電話の電話番号とかね。それ系の記憶ってめっちゃ得意だったのだけど、今じゃ別人のような気持ち。

    パスワード的なものはメモっておけば良いのだけど、それと同じくらい、自分が感じ取ったことを覚えておきたいと思っていて。常々。そのためにほぼ日手帳を肌身離さず持っているけど、流石に運転中や散歩中など、書けないもんね。しかしそういうタイミングでいろいろなアイデアなどを思いつくという始末。世の中はうまくできている。

    思い立ったらすぐにツイート、みたいなのも一度トライしたことがあるのだけど、歩きスマホになってしまうし、良くないのよね。というかそもそもそんなに頻繁に残すべきものではないのかな、と思ったりもする。そっちのほうが正しい選択なのかもしれない。

    人は忘れていく生き物で、それがあるから生きていけるのだから、トレードオフとして良い思いも同じくらいに忘れていくのかもしれないなぁ。
    しょうがないよね。もしかしたら時折、思い出すかもしれないけどね。って、そんないい思い出ばかりじゃないかもしれないけど。

  • 思い出したくないことを、何度でも思い出してしまう

    思い出したくないことを、何度でも思い出してしまう

    人間って不思議なもので、忘れたいことって忘れられないから困る。
    子供の頃に抱いた嫌な思いを、40を過ぎてからも余裕で思い出せるのとか、むしろなにかの才能なのではないかと思ったりもする。

    きっとそれは定期的に思い出しているからで、時々嫌な思いを思い出し、嫌だったな、という思いを改めて抱き、また引き出しへとしまう行為を繰り返しているからなのかな、と。

    そしてそれを繰り返しているのは、多分、嫌な思いを期待してしまうからなのかな、と。
    期待する結果が得られると、人間はその行為を繰り返してしまうという、あれです。

    どうしたらいいんでしょうねそういうの。
    忘れたいのにさ。

    うーん。

    考え方を変える必要があるのだろうな

    そもそもその、嫌な思いを抱くことが期待結果なのであれば、それは私にとって期待結果じゃないんすよねもう、という気持ちを抱くようにすれば良いのかな。

    嫌な思いを抱いたあとに、もうこれは私の期待結果じゃありません、だからもうこれを思いだすのはやめる。この思い出がしまってある引き出し、もう鍵をかけて開かないようにする、みたいに考え方を変えることで、地味な試みですけど、やがてそれが大きな成果を生むようになってくるのだと信じる。

    あとは、楽しい記憶をどんどん埋めていくこと。
    思い出して、楽しかったなぁという気持ちを抱く。これを繰り返すことで嫌だった思い出よりもこっちを引き出すように心がける。
    シンプルな試みですけど、これも効果があるような気がする。

    みずみずしい記憶には、相応の気持ちがくっついてくるはずだから

    子供の頃、家族で行った旅行、友人たちと交わした会話、思春期の頃に付き合った人、聴いた曲、そして培った経験は、大人になっても忘れないことが多い気がするんすよね。

    それってきっとその時に抱いた気持ちのせいで、例えば家族で温泉旅行に行ったとして、温泉旅行に行っただけでは思い出に残りにくく、温泉が温かかった、ご飯が美味しかった、みたいに自分が抱いた気持ちがくっついてきてるので、結果として記憶に残りやすいのかなと。

    なので、これから生きていく中で経験することも、同じように自分がどんな気持ちを抱くか、その気持ちを自分で感じとることで記憶として引き出しに入れられていくのだろうと思います。

    これ系の研究をしている人がたくさんいると思うので、これは単純な思いつきに過ぎませんが、ちょっとこの感覚を持ちながらもうちょい生きていきたいと思います。