漁港の肉子ちゃん 西加奈子 ★★★★☆

昨年の秋くらいから、まるで取り憑かれるように西加奈子さんを読んでいます。最初に読んだのはサラバ!で、今風の言葉、適切な言葉をあまり深く考えずに言うと「エモい」作品だな、というのが率直な印象だったのですが、そのエモさが私にとって妙にぴったりで、もっと読みたい!と思ったのを、数ヶ月経った今でも心に残っています。彼女の描くエモさには、何が含まれているのでしょうか。私は、彼女が持つ筆記具を握る指が、爪がめり込んで血が滲んでいるように思えるのです。彼女の全身全霊を賭して、文章を書いているような気がします。
一時、「作家は自分の経験をもとに作品を作り上げるのだろうか」と疑問を持つことがありました。だけどその疑問はすぐにNo、という結論で払拭されました。もしそうだとしたら、殺人事件を描くミステリー作家は、何人もの人を殺しているはずで、そんなことは常識的に考えてありえないと思ったからです。
だけど、西加奈子さんは、登場人物になりきって、「登場人物がこの状況に置かれたら、きっとこういう思いを抱くはずだ、そしてこういう行動を取るはずだ」というのが理にかなっていて、それがとても自然なように感じるのです。これとはまた違う作品ですが「夜が明ける」という作品では、(ネタバレになるので多くは語りませんが)登場人物が貧乏生活を送るシーンがあるのですが、その真実味が、ホントに貧乏生活を経験しなければ描けないであろう描写、熱量で描かれていて、私はこの人の才能に嫉妬しました。私はたまに小説を書くことがあり、どうやったら面白い、エモい小説を書けるのだろうと日々考えている中で、西加奈子さんの描く文章を読むと、絶対に勝つことができない、と考えるようになりました。
小説なんてものは作者の個性を十二分に発揮できるもので、その個性で勝負すべきであり、比べるものではないと思います。伊坂幸太郎さんと東野圭吾さん、どっちが面白いかなんて考えるべきではないし、「面白さ」の観点なんていくつも考慮すべきポイントがあり、そういう意味で公平に比べることができないからです。伊坂幸太郎さんにはキャラクターの愛嬌があり、会話のウィットさがあり、時折洒落た知識展開があり、一方東野圭吾さんには伏線の奥深さがあり、ストーリーの美しさがあったりと、ちょっと考えただけでも比べるなんて到底できないと思うのです。

西加奈子さんの好きなところ

これは伊坂幸太郎さんにも近しいところがあるのですが、登場人物を丁寧に、愛情を込めて描くところが好きです。良い点だけではなく、性格や生き方が抜けているところ、常識的な人間をベースとして考えた時に、欠けているところも余すところなく描き、それがまたキャラクターの愛嬌につながっているんだよな、と読んでて感じます。
あと、冒頭にも述べたのですが、情熱的に文章を描くところが好きです。これまた良いところだけじゃなくてエグいところ(適切な言葉が思いつかない)、沈むところもとことん沈ませるところとか。登場人物のことを書いていて、軽いストーリー展開をつけたら、それだけでひとつの作品になるんだろうな、なんて思います。
だけど、それを、決して軽々と描くのではなく、西加奈子さん自身が幾多の葛藤を経て、作品を上梓まで作り上げているんだろうなと感じるところが、また好きです。一生懸命に作り上げています、という雰囲気があるというか。

漁港の肉子ちゃんの感想(ここからネタバレを含みます)

だいぶ前置きが長くなりましたが、漁港の肉子ちゃんは、ストーリーに大きな魅力があるとは思えませんでした。よくある話、とまではいかないのですが、ストーリー展開が良かった!とは思いませんでした。キクりんの出生が最初の頃ぼやけて描かれているから後半で暴かれるんだろうな、とか、出生に関するエピソードが始まったあたりでピンと来たし、伏線を張るには軽いなとか、そんな風に感じました。だからストーリーに関しては分かりやすく、叙述的な描き方をされているなと思いました。
私が★4つをつけたのは、キャラクターの描写、外見や心理の描写が緻密で、読者の知りたい!欲をちょうど満たしてくれる程度のボリュームで、そしてなによりみんな幸せそうに暮らしていて、そこがとてもあたたかくて良かったです。小説はこうでなくちゃな、読み終わった時にどんよりした気分だと読んだ!良かった!と思わなくなってしまうし、この作家さん、次はないな(私は読むことがおそらくない)、と思ってしまうと作家さんとしても売れなくなってしまうから、こういう終わり方で、正解なんだろうなと思います。読んだあとに心があったかくなるのって大切だよな。