恋よりも、嫉妬の話をしたくなった

恋焦がれる、という言葉がある。
気持ちが焦げるほど好きだと、今の私は理解している。
では、恋をしている時っていったい、どんな気分なんだろう、とテレビのCMでプロポーズをする男性と女声の姿を見ながら考えた。

気持ちが焦げるほど、熱い思いを抱く。
私は柏レイソルが好きで、現地のゴール裏で応援する時はそれこそ、熱い思いを抱いて精一杯大きな声を出して応援する。
しかし「焦げる」って。やり過ぎではないだろうか。
ものが焦げると、もとに戻すことができなくなる。不可逆だ。
まぁ気持ちについてはそれほど、後戻りができないほどの思いを抱くってことはさすがにないだろうけれど、と思いながらもふと、嫉妬という言葉を思いついた。
嫉妬は怖い。もとに戻ってこれなさそうな気がする。
私は嫉妬というと、憎悪という言葉を連想する。
ねたみ、そねみ、という言葉の持つ強さ。

嫉妬は、自分が手に入れることのできなかったものを他の人が手に入れたと知った時、気付いた時に感じるもの」

という言葉を最近知った。
自分があれほど恋焦がれるほど好きだった相手を、他の人がかっさらっていったと気付いた時、人はどんなことを思うんだろうか。
後戻りできる程度で、「まぁ、時期が悪かった」とか、「もともと合う人ではなかったのだ」とか、「縁がなかった」くらいで片付けることができる人は、もしかすると恋焦がれるというレベルに達していないのではないだろうか。

いや。
うーん。

恋焦がれるレベルというのは、人それぞれだから、それは私の考える程度の話か。
となると、恋焦がれる=後戻りできない、という式は、成り立たないのかもしれない。

それよりも私は今、恋焦がれるということよりも、嫉妬の方に気持ちが惹かれているのを否定できない。
嫉妬モノ、というジャンルの作品、映画やドラマってなんで人気があるんだろうか。
映画やドラマって、昨日も書いたけど、非日常を楽しむものだから。
嫉妬って自分の日常には大して転がっていない。私の周りはいつも平和だ。
そんな私が、普段触れることのない嫉妬について煮詰めてみて、それを作品にしたらどうだろう。
世間では良くあるネタではあるから、きっとストーリー自体はあっと驚くようなパターンにはならないだろう。
恋愛モノでは少し詰まらない気もする。私は真っ当な、普通の恋愛しかしてこなかったので嫉妬に関する引き出しが少ない。
私は素直すぎるところがあるから、嫉妬という感情の変化球にはついて行けない気がする。

いや。
うーん。

それは私の思い込みかもしれないね。
嫉妬についてもうちょっと考えてみようと思う。