地下の鳩 西加奈子 ★★★☆☆

繁華街。キャバレーの呼び込みを生業としている男と、その近くの店で働くチーママの、淡いけど深い恋愛物語。
これを恋愛と呼んでいいのか分かりません。恋愛なんて、200人いたら100通りの恋愛があるわけで。

たまに旅行とかでいつもと違う、知らない風景に佇む家を見ると、あぁ私にも知らない世界があって、そこで生活を営む人がいるんだなぁと感慨深い思いを抱いたりしますが、それは旅行だけではなく、たまーに、繁華街でオトナなお店へ呼び込もうとする人たちもまた、私の知らない世界で住む人間なんですよね。
今回、主人公となった人たちもまさにその中に住む人間たちで、小説ってそういう人たちの生き様や考え方を知ることができ、良いものだなぁと思います。

吉田とみさを

男を吉田。女をみさをと言います。
みさをが起こした小さなトラブルに巻き込まれる形で、知り合い、そこから少しずつ交流を深めていくところ。
吉田は比較的、プライドを持って生きている人間。西加奈子さんが何度か書いている通り「俺はこんなところで燻ってる人間じゃない」という思いを抱きながら、だけど今の生活から抜け出せない、いや抜け出さない姿勢が垣間見えます。
男ってなんでこうなんでしょうね。
私も同じようなところがあって、毅然として、誠実でなければいけないなんて思っている節があります。
だけどそれって誰かから強制されたワケではなく、あくまでも自分の意思でそうしていようと思っているような。
みさをはそんなところを見抜いていて、だけどそれを揚げ足を取るような、プライドを切り裂くようなことはせず、優しい姿勢で接していました。
駆け引きと言ってしまうと稚拙な表現になってしまいますが、一方、みさをの方も、今まで知り合ってきた男たちと同じような付き合い方をするのかと思いきや、今までの男たちとは一線を画す立ち振る舞いをする吉田に対し、困惑する箇所もあったりして。
ボタンを掛け違えたかのような生活が続き、お互いがお互いに依存し始めた頃に、吉田の懐が枯渇し、2人の関係性が変わってくるところの描写が面白かったです。

「もう、金がない。」
吉田は、そう言って、ぽろりと、涙を流した。
不意をつかれた。
みさをは、吉田を抱き寄せた。有紀子の絵を、昨日のチーフの姿を思い出し、不安だった。早く楽になりたくて、吉田の耳を舐めると、吉田は嗚咽しながら、みさをの服を脱がせた。
地下の鳩 105ページ

お互いに不器用なところがあって、とても愛おしい。
恋愛に器用も不器用もなくて、それぞれ全力で恋愛に取り組んでいるはずで、吉田が、虚勢を張っているはずの吉田が、金がないと発言し、それは自分のプライドを捨てて、泣きながら、みさをに縋り付く男を見て、哀れに思ったのでしょう。一方みさをは病弱な妹や、キャバレーというキレイな場所で働く地味な女、チーフという別の境遇で暮らす2人を思いながら不安を抱えていたところだったので、吉田の泣き崩れる姿は、より一層哀れに思えたのかな、と思います。
↑と、書いていて感じましたが、私はイマイチきちんと理解していないかもしれません。
男は、プライドを捨てる時、泣くのでしょうか。
私は映画以外では久しく泣いたことがないから思いつかないです。が、映画を観て泣くのを、家族に見られるのはちょっと恥ずかしいです。
感情が昂っています、というサインを受け取られることが恥ずかしいのでしょうか。
引用したちょっと前に、みさをの家に泊まった時に使った灰皿が、誰のかと気にする吉田。みさをの全てを手に入れたいと考えているため、嫉妬してしまう吉田。
そんな吉田に、少なからず共感を得てしまうのは、私も男で、吉田と似たようなところがあるからかもしれません。
男の独占欲って人によってまちまちでしょうけど、これだけは手に入れたい!と思うようなものがあったら、他の人が手に入れようとするのを必死で排除してしまうのでしょう。可哀想な生き物です(褒めてます)。

ミミィのこと

この本は短編が2作入っていて、緩やかに連なっている作品なのですが、私の中では後半に訪れる「タイムカプセル」という作品の方が強く印象に残りました。
のっそりしたオネエのミミィさん、イメージが完全にテレビで人気者のデラックスさんで脳内再生されましたが、壮絶ないじめを描くシーンは読んでいて辛かったです。
地下の鳩、タイムカプセル、それぞれ、割とドヨーンとした空気に包まれている作品ですが、この、いじめのところの下降曲線っぷりがすごかった。
報われてほしいなぁと思いつつ、ミミィさんのことを好きになりました。

星3つ

3つか4つか迷いました。心情描写が良かった、ストーリー展開が面白かった、場面展開がイマイチ良くわからなかった(多分これは私の想像力不足)、ってところでしょうか。
西加奈子さんは私の中ではサラバ!と夜が明けるが特に素晴らしくて、それぞれ、良かったのは友情を描いていたところなのかなと思ったり。西加奈子さんの恋愛もの、初めて読みましたが、恋愛ってパッと見、キラキラ、ドキドキすることが多く、だいたいそれは若者たちの恋愛にて描かれることが多いように思いますが、そうではない、一線を画すような恋愛もので、綺麗なだけじゃないんだよなぁーと思ったり。
新しい世界を見ることができて良かったです。