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  • 7月25日 子供達のいない休日

    7月25日 子供達のいない休日

    珍しく子供達がいない

    9時くらいに起床。今日は珍しく、ホント珍しく子供達が二人ともイベントに参加して、子供のいない週末を過ごした。
    ホントに珍しい。長男が生まれて17年と4ヶ月、ホントに、週末に子供がいない日なんてなかったから。子供達でうちの世界が回っている。
    ちょっとだけ、子供達がこの家から旅立った後のことを考える。といっても大それた話ではなく、妻と私という二人で世界が続いていくだけ。生活を営んでいくだけ。腹は減るし、眠たくなるし。子供達がいてもいなくても、私たち夫婦はここで生きていくんだなぁ、と少し感慨深くなった。
    Primeでフジロックが中継されていたので少し見る。柴田聡子。雑感という歌が好きで、だけどSpotifyで聴いているだけでフジロックに出るくらいの知名度だったというのに驚く。ゆらゆらとした音楽。本人が楽しそうに歌っているのが良かった。初めて歌っている姿を目にした。
    メダカの水槽を掃除し、二人で行きたかったカフェでランチし、図書館で本を物色する。休みってこんな感じだよな。カフェは思ったほど混んではおらず、ソファ席に座れて、とても良い時間だった。コーヒーとハンバーガー。物価の上昇にビビりながらも、堂々とランチを楽しんだんだからいいよな、と。
    図書館ではバレットジャーナルの本を借りた。何回目だろう、5回くらい借りている気がする。いつも途中で続かなくなって挫折するんだよな。3日坊主なのはわかっているから、また始めればいいんだろうと軽い気持ちを抱きつつ、またやってみようかと思う。私にはもうバレットジャーナルだけあれば十分だわ、ってくらいにまで成熟させたい。頭の中にあるモヤモヤを全て書き出すことが大切なんだよな。GTDも一時期好きで、INBOXにいろんなことを詰め込む瞬間が好きだった。大切なのはその後の取捨選択なんだな。

    バレットジャーナル

    せっかく借りたので、備忘録として残しておこう。書いていくことで自分の中でも新たな気づきとか生まれる気がするので。

    セットアップ

    インデックス

    インデックスは目次のようなもの。どこに何が書いてあるかをパッとわかるようにするためのもの。バレットジャーナルは書いていくうちにどんどんいろんなことが増えていくから、インデックスも充実していくんだろうなぁ。

    フューチャーログ

    来月以降の、特定の日付の予定を記入しておく場所。今日が7月だから、8月以降の予定を書き込む。本では3ヶ月で1ページ、という形で紹介されている。
    フューチャーログって大抵仕事のことを書くのかなぁとぼんやり考えたけど、違うよな、仕事とかプライベートとか分けずにぜーんぶ書くのがいいんだろうな。
    フューチャーログは「順番を待っている列」のようなものだろう、だって。人生における責務の数々を意識する上でとても役に立つ。将来の計画をざっと示すタイムマシーンの機能を果たし、必要に応じて軌道修正を図ることもできる。
    なるほど!今までこれ必要あんのかな、なんてぼんやり考えていたけれど、将来の順番待ちタスクということなのね。

    マンスリーログ

    見開きで使う。左側に日にちと曜日を縦に並べる。右側にはその月のタスクを書く。
    月が始まった時に作るんだろうなぁと思う。前月の分は、私が辿ってきた軌跡を振り返ることができるね。予定は変わりやすいから、出来事が起こった後に書くことをお勧めするだそう。
    右側はタスクページと呼ばれる。今、頭の中にある「思考の目録」を書き出す。しばらく時間をとってゆっくり、頭の中でずっと泳ぎ回っているものを頭の外に出す。今月、重要なことはなんだろう?優先順位の高いものはなんだろう?
    思考を整理したら、前月に戻って、まだ完了していないタスクを確認する。重要な項目があれば、新しいマンスリーログのタスクページに移動させる。これはマイグレーションと呼ばれる作業の一つ。マイグレーションって結構重要なんだよな。マンスリーログでは、完了していないタスクを完了させるまで、きちんと忘れずにマイグレーションしていく必要がある。

    デイリーログ

    日々の様々な用事やアイデアをリアルタイムで書き留めるようにデザインされる。
    準備としては、日付とページ番号を書く。それだけ。あとは、頭に思い浮かんだときに、タスク、イベント、メモなどをラピッドロギング記法で書き込む。
    何かアイデアが浮かんだら、その度にきちんと書き留めていかないと、いつまでも頭の隅で燻り続けて重荷になる。だからノートにきちんと保管することで、心を安心させることができる、と。なるほどね。
    私の中ではこれはただのタスクリストかな、という意味合いで考えていたんだけど、そうではないらしい。その日の経験を記録に残すことが大切。「今日は何も生産しなかった」ってクヨクヨしたことがあったなぁ、そんな日でも、小さなことでも良いから書いておくことが必要なんだろうな。
    私の場合、デイリーログは1ページで留めたいと考えてしまうんだけど、そうではないんだよな。デイリーログにはどのくらいのスペースが必要か、それはその日によってまちまち。だから1ページで無理に留める必要はない。そうだよね。

    バレットの種類

    通常は・を使う。バレット。
    重要なタスクには*を使う。
    ひらめきは!。わかりやすい。
    メモは最初にーを書く。
    翌日に回すんなら>。
    タスク自体がキャンセルされるなら横棒を使ってタスク自体を削除する。消すわけじゃないんだな。
    それ以外に自分なりにカスタムしても良いけど、多すぎるとどれがどれか分からなくなるから、少ない方が良いらしい。

    5、4、3、2、1年後の目標

    ゴールコレクションと呼ばれる。いつの日か、私は、、、を具体的に描く。未来の可能性を一覧表にする役割。
    5年後、私はどこで何をしているんだろうか。自分の意思で物事は動いていくから、今日、ここから何かを始めるっていうのは大切なことなのかもしれない。未来を見据えて動くなんてなかなかできないよな。

  • 地下の鳩 西加奈子 ★★★☆☆

    地下の鳩 西加奈子 ★★★☆☆

    繁華街。キャバレーの呼び込みを生業としている男と、その近くの店で働くチーママの、淡いけど深い恋愛物語。
    これを恋愛と呼んでいいのか分かりません。恋愛なんて、200人いたら100通りの恋愛があるわけで。

    たまに旅行とかでいつもと違う、知らない風景に佇む家を見ると、あぁ私にも知らない世界があって、そこで生活を営む人がいるんだなぁと感慨深い思いを抱いたりしますが、それは旅行だけではなく、たまーに、繁華街でオトナなお店へ呼び込もうとする人たちもまた、私の知らない世界で住む人間なんですよね。
    今回、主人公となった人たちもまさにその中に住む人間たちで、小説ってそういう人たちの生き様や考え方を知ることができ、良いものだなぁと思います。

    吉田とみさを

    男を吉田。女をみさをと言います。
    みさをが起こした小さなトラブルに巻き込まれる形で、知り合い、そこから少しずつ交流を深めていくところ。
    吉田は比較的、プライドを持って生きている人間。西加奈子さんが何度か書いている通り「俺はこんなところで燻ってる人間じゃない」という思いを抱きながら、だけど今の生活から抜け出せない、いや抜け出さない姿勢が垣間見えます。
    男ってなんでこうなんでしょうね。
    私も同じようなところがあって、毅然として、誠実でなければいけないなんて思っている節があります。
    だけどそれって誰かから強制されたワケではなく、あくまでも自分の意思でそうしていようと思っているような。
    みさをはそんなところを見抜いていて、だけどそれを揚げ足を取るような、プライドを切り裂くようなことはせず、優しい姿勢で接していました。
    駆け引きと言ってしまうと稚拙な表現になってしまいますが、一方、みさをの方も、今まで知り合ってきた男たちと同じような付き合い方をするのかと思いきや、今までの男たちとは一線を画す立ち振る舞いをする吉田に対し、困惑する箇所もあったりして。
    ボタンを掛け違えたかのような生活が続き、お互いがお互いに依存し始めた頃に、吉田の懐が枯渇し、2人の関係性が変わってくるところの描写が面白かったです。

    「もう、金がない。」
    吉田は、そう言って、ぽろりと、涙を流した。
    不意をつかれた。
    みさをは、吉田を抱き寄せた。有紀子の絵を、昨日のチーフの姿を思い出し、不安だった。早く楽になりたくて、吉田の耳を舐めると、吉田は嗚咽しながら、みさをの服を脱がせた。
    地下の鳩 105ページ

    お互いに不器用なところがあって、とても愛おしい。
    恋愛に器用も不器用もなくて、それぞれ全力で恋愛に取り組んでいるはずで、吉田が、虚勢を張っているはずの吉田が、金がないと発言し、それは自分のプライドを捨てて、泣きながら、みさをに縋り付く男を見て、哀れに思ったのでしょう。一方みさをは病弱な妹や、キャバレーというキレイな場所で働く地味な女、チーフという別の境遇で暮らす2人を思いながら不安を抱えていたところだったので、吉田の泣き崩れる姿は、より一層哀れに思えたのかな、と思います。
    ↑と、書いていて感じましたが、私はイマイチきちんと理解していないかもしれません。
    男は、プライドを捨てる時、泣くのでしょうか。
    私は映画以外では久しく泣いたことがないから思いつかないです。が、映画を観て泣くのを、家族に見られるのはちょっと恥ずかしいです。
    感情が昂っています、というサインを受け取られることが恥ずかしいのでしょうか。
    引用したちょっと前に、みさをの家に泊まった時に使った灰皿が、誰のかと気にする吉田。みさをの全てを手に入れたいと考えているため、嫉妬してしまう吉田。
    そんな吉田に、少なからず共感を得てしまうのは、私も男で、吉田と似たようなところがあるからかもしれません。
    男の独占欲って人によってまちまちでしょうけど、これだけは手に入れたい!と思うようなものがあったら、他の人が手に入れようとするのを必死で排除してしまうのでしょう。可哀想な生き物です(褒めてます)。

    ミミィのこと

    この本は短編が2作入っていて、緩やかに連なっている作品なのですが、私の中では後半に訪れる「タイムカプセル」という作品の方が強く印象に残りました。
    のっそりしたオネエのミミィさん、イメージが完全にテレビで人気者のデラックスさんで脳内再生されましたが、壮絶ないじめを描くシーンは読んでいて辛かったです。
    地下の鳩、タイムカプセル、それぞれ、割とドヨーンとした空気に包まれている作品ですが、この、いじめのところの下降曲線っぷりがすごかった。
    報われてほしいなぁと思いつつ、ミミィさんのことを好きになりました。

    星3つ

    3つか4つか迷いました。心情描写が良かった、ストーリー展開が面白かった、場面展開がイマイチ良くわからなかった(多分これは私の想像力不足)、ってところでしょうか。
    西加奈子さんは私の中ではサラバ!と夜が明けるが特に素晴らしくて、それぞれ、良かったのは友情を描いていたところなのかなと思ったり。西加奈子さんの恋愛もの、初めて読みましたが、恋愛ってパッと見、キラキラ、ドキドキすることが多く、だいたいそれは若者たちの恋愛にて描かれることが多いように思いますが、そうではない、一線を画すような恋愛もので、綺麗なだけじゃないんだよなぁーと思ったり。
    新しい世界を見ることができて良かったです。

  • 12月25日 一体感

    12月25日 一体感

    テレビでは一面の海が映し出されている。
    海と言っても色は緑で、つまりサッカーの試合を放送しているのだ。
    いったいどこのチームとどこのチームが試合をしているかさっぱり分からない男、宮島は、カウンターで一人、酒を飲んでいる。
    というか、この試合を誰かが観ているのだろうか。宮島はさりげなく周りを見渡したが、誰一人としてこの試合を観ている者はいなかった。
    いったいこの年の瀬に、誰が好き好んでサッカーの試合など観るのだろう。そう思ったがテレビの端の方にはそれぞれ、贔屓のチームを応援する人間が大声を上げていた。テレビを通しても歓声って聞こえるんだな、と宮島は一人で頷いた。

    人が集うってすごい。宮島はランドセルを背負って登校していた頃にそのすごさを体感したことがあった。当時の悪ガキ達が通学路の曲がり角にあるカーブミラーを道端に落ちていた石で割ろうとしていた。石はなかなか思うようには飛ばず、ミラーは何回石をぶつけられても下に落ちることはなかった。悪ガキ達と言っても頭の悪い生徒ばかりではなく、たまたま帰る方向が一緒だからという理由でその集団に巻き込まれている、いわゆる優等生な人もいた。宮島は、なるべくそういうグループには混ざらないようにと親から釘を刺されていたから、それを守るべく道の反対の方をこっそり通ろうとしたが、その努力虚しく、悪ガキ達に呼び止められた。

    「おいミヤジ!お前ちょっとこっち来いよ。手伝って欲しいんだ」

    宮島は、聞こえないフリをすることだって可能だっただろう。だけどあまりにも声が大きく、宮島は咄嗟に振り返ってしまった。ぎこちない笑みを浮かべつつ、良心の呵責に耐えながらも宮島は大きな力に屈しながら、ゆっくりと悪ガキ達の元へ向かう。

    「あのカーブミラーが気に入らないからさ、一緒に、この石で割って欲しいんだよ」

    宮島はもちろん、カーブミラーを割ることが間違っているということを知っているはずだった。だけどそこにいた6人の悪ガキ(とその仲間)達は、宮島にも強要する。

    ここで、宮島が持つ良心に従って断ることができただろう。だけどできなかった。なぜか?報復が怖かったからだ。俺、やらない、と言って石を返し、先に帰る、と言ってその場を後にすればきっと宮島は、良心に従って行動した自分を褒めるだろう。そんなことは分かっていたのに、できなかった。翌日、悪ガキ達がいっせいに無視し、クラス全員の男子(と仲良しの一部の女子)達が宮島を無視することが明白だったからだ。

    意を決する、という言葉を当時の宮島が知っていたかどうかは不明だが、少なくともそんな気持ちを持って悪ガキの一人から石を受け取り、カーブミラーめがけてその石を放った。すると石は一番重要なところを捉えたようで、ガシャン、ともギャシャンともつかないような奇妙な音と共に地面へと落ちた。

    「逃げろ!」

    悪ガキの一人が叫び、悪ガキ達と宮島はその場から一目散に駆けて帰った。その時に、一体感と恍惚感を得たことは宮島の胸にそっとしまってある。

    翌日、案の定学校の先生に頬を殴られた宮島は、やっぱりやるべきではなかった、と後悔するのであった。それが、彼にとっての「属することの代償」だった。

    そんな宮島だから、サッカーを応援する熱狂的な席の感覚を味わってしまうときっと、抜け出せないような気がしている。店主に熱燗のお代わりを頼む。あの時に感じた、「仲間である」ということと、「自分が放った石によってカーブミラーを壊す」という二つの快感はきっと、サッカーを応援する人達も同じように感じているはずで、その思いを得たいからこそ現地で大声を張り上げて応援する人達の中に、当時の悪ガキ達がいるような気がしてしょうがなくなり、手元にあった牛肉の煮込みが冷めてしまった。

  • 8月25日 私とAIと人間

    8月25日 私とAIと人間

    相変わらずChatGPTと対話を続けている。
    彼はすごい。ChatGPT-4という、課金モデルを使っているせいか、期待以上の言葉が得られることが多い。
    私たちが普段使っている自然言語であれば、最高の話し相手になるかもしれない。
    この先、本当に、ウェブライティングみたいな仕事はChatGPTに取って代わる時代になるのではないだろうか。

    そうなると、人間とAIの共存みたいな話題が当然出てくるだろう。
    現段階では、AIは感情や意見を持たないという段階であるので、AIが人間を支配するみたいな恐ろしい場面はないかもしれない。
    だけど、それは現段階の話で、例えばガストで食事を運んでくるロボットがいるけれど、彼が自分の感情を持ったとしたら、「私の進む先に人がいて邪魔だ!」みたいな感情が生まれ、たりするのかもしれない。
    かもしれない、ばかり言っているけれど、こんな未来は、実はもうすぐやってくる可能性だってあるのだ。

    未だファンタジーの枠を超えないけれど、AIが人間を支配する世界になったら、どんなことになるのだろう。
    人間が担っていた仕事の大部分をAIがやることになり、人間は余暇時間が増える。
    仕事がないから、給料がもらえない。けれどそこは国がベーシックインカムを導入して、最低限の暮らしはできる。贅沢はできないけれど。
    そうなっていくと、人間の生活はだんだんと格差がなくなっていき、少しでも贅沢をしようとする人がいたら監視され、みたいなことになっちゃったりするんだろうか。
    ジョージウォーエルの1984みたいだな。実は15年後とかに、そんな世界になったりして。だとしたらイヤだなぁ。

  • 7月25日 短い日記

    7月25日 短い日記

    仕事に没頭している。目の前にある仕事がとてもたくさんあって、休まる暇がない。
    自分の整理のために、現在仕掛かり中の仕事を整理する時間が欲しい。
    どれも優先度が高く、できれば早くやっつけてしまいたいため、自分の中できちんと整理して仕事を進めていかないと、何にもできていないじゃない!と怒られてしまうこと待ったなし。

    どれもこれも自分で蒔いた種だからしょうがない。自分が、自分でやりたいと手を挙げたのだから。
    いや、気分はだいぶ前向きだろ。
    たくさんの仕事があって嬉しいんじゃないか本当は。
    そうだね、その通りだね。

    今は自分の力をつける時だから、精一杯努力したいと思う。
    何度かツイートもしたけれど、ChatGPTにプロンプトを送り込んで、意図した回答を得られるように頭を使うのが今、一番楽しい。
    全くもって、全然うまくいかないの。
    笑っちゃうくらい。だけどそこが楽しいなぁと感じたりする。

  • 6月25日 自分の親友になってみる

    6月25日 自分の親友になってみる

    今日は、良い一日だった。
    今日も、良い一日だった。

    朝起きたらすでに10時近くなっており、朝ランはできなかった。
    なんとなく私の中で、朝に走ることができたら、その日は良い日と考えている節があり、その基準で考えると今日は、あまりイケてない日ということになる。
    そうやって自分のルーティンを固定したまま暮らすと、今日は一日中陰鬱な気持ちで過ごすことになるんだけれど、最近読んだ本で、自分をポジティブに持っていくためにこういう負のルーティンを壊すことが肝要、みたいなことが書いてあった。

    鋼の自己肯定感 最先端の研究結果×シリコンバレーの習慣から開発された”二度と下がらない”方法 [ 宮崎 直子 ]

    この本では繰り返して「アファメーション」という言葉を使っていて、これをちょっと調べてみると、要は自分の心をポジティブにするような言葉を繰り返し言い続けることで、気持ちが自然と明るく、前向きになれる、みたいなことなんだけど、そんな感じでイケてない日も「今日は良い日だった」と唱えることで、気持ちを明るくさせていけたら良いな、と思っている。

    また、悪いことばかり探していると、そればかりが目につくようになってしまい、良くないことだとか。
    今、ここに在るもので十分じゃん、とか、私は理想の体型から程遠いけど、それに向かって頑張っているんだ、とか言うことで、今の自分を応援することができる、と。
    自分の親友になろう、みたいなことも書いてあった。

    私の場合、自分が不幸になっても良いから周りをサポートしたい、みたいな献身性が心のどこかにあったのだけれど、それって自分にとっては害悪でしかないんだね。
    私が幸せになるために生きてて、それを蔑ろにしてしまっては良くないことだと。まぁ、自分が誰かの役に立った=自分が幸せになった、ということであれば、良いのかもしれないけれど。

    ここ数年、少なくとも10年くらいは、自分が幸せになる方法のようなものを考えてこなかったように思う。
    奇しくも、子供が生まれた頃からそうだったのかもしれない。
    家族のために仕事、自分のやりたいことは二の次、と考えているうちに、あれ、自分のやりたいことってなんだっけ、と、いつの間にか現れた戸惑い。
    それが起点となり、その先に、自分、この先生きていても楽しいことなんてないだろ、と考えるようになってしまったように思う。
    その時々で、自分のやりたいことを見つけ、時間と費やしてきたけれど、それらは全て付け焼き刃で、結局のところ、なーんにも残らなかったような。
    そんなことないか。
    だけどここから、まずは自分の親友になってあげて、自己肯定感を高めていくようにしていきたい。

  • 4月25日 給料日を迎えて

    4月25日 給料日を迎えて

    今月も無事に給料日を迎えることができた。

    四十四歳にもなり、家族がいるような身では、給料日だぜー!やったー!みたいな喜びはなく、もっと言うと給料が入ったことにすら気づかないほどの財務状況なので、まぁ、良くも悪くも給料日に執着していないということに喜びを噛み締めるべきなのだろう。
    それでも少しだけ、給料日を迎えたら自分へのご褒美で、何かしら買うことで、自分が普段頑張って仕事をしていることに対するモチベーションを作ることができるのかもしれないね。

    と、考えた時、今は何が欲しいのだろうか。
    ちょーっとだけ高い、ウイスキーくらいしか思いつかんね。
    五千円とかの。

    それこそが、幸せなことなのかもしれないなぁ。
    欲しいものがない、満たされている、という幸せ。
    それも考え方の違いで、欲しいものがない=お金を稼ぐモチベーションが足りない=不幸!とも思えるのだから、人生って刺激的だなぁ。

    お金で買えないもので、欲しいものはちょっとあるんだけど。
    時間と、気力。
    特にTOEICを勉強するために必要なものたち。
    平日は仕事をした後に勉強をしよう!という気持ちになるのが難しく、それはその分仕事をきちんと頑張ったからだからしょうがないんだけど、それでも継続して勉強することで自分のプラスになるんだろうから、本当は毎日勉強するくらいの気力と、時間が欲しいんだよなぁ。
    大学の頃とかにもっと勉強しておけば良かったのかもしれない。
    あの頃は気力だって、時間だって、人にあげてもいいほどあったではないか。

  • 3月25日

    3月25日

    今日は期待以上に生きることができた。
    小さな喜びが、胸の辺りに、仄かに灯る。

    最近雨ばかりで、それだけを考えると気分が滅入ってしまうのだけど、家の中で暮らすことを考えてみたら意外とやれることが多いなって思って、その中から私の気分が上がることを優先してやっていったら、あっという間に1日が終わってしまった。

    こんな感じで、小さな喜びを心に積み重ねることで、私を肯定する私が生まれるんだなと、ちょっと思ったりする。
    それはまるでポイント生活みたいだ。スーパーのポイントカードのような。
    普段の買い物ではなんにも気に留めないようなことだけど、それを知らず続けていくと、500円のお買い物チケットに化けたりするのだから。

    もしかすると人間は、大きな喜びを得ることよりも、こんな瑣末なことで積み重ねていった方が、死ぬ時に、後悔せずに逝けるんじゃないだろうか。
    私は知らない間に大人になってしまったけれど、こんな「人生の真理」みたいなことに、なんで今まで気づかなかったんだろう。
    いや、本当は気づいていたのかもしれない。
    駅までの道すがら、越えなければいけない歩行者用信号が全て青だった時。
    夜明けごろに目が覚めてしまって、トイレへ行った後にたまたま見つけた朝焼けの色に気づいた時。
    ちょっと好きだった人と、音楽の趣味が合うと知った時。
    ガリガリ君の当たりクジ。

    もしこれから大きな喜びを得ようとして大きな壁にぶつかってしまったら、その壁を乗り越えるのに無理してもがくことよりも、壁の下に咲くタンポポを見つけてみよう。そのタンポポに癒されることで英気を養い、その力で壁を乗り越えられるのかもしれないから。

  • Apple arcade | アウトランダーズ | ステージ18 オリバー王子

    Apple arcade | アウトランダーズ | ステージ18 オリバー王子

    ステージ17が私にとっては超絶過酷でしたので、アウトランダーズのステージ18は正直難しくありませんでした。
    失敗せずに、無事にオプションを含めステージをクリアすることができました。

    やったこと全部書く

    • まず人を、農場と工務店に全振り。朽ちかけた建物は全部リサイクルへ。それで結構な丸太の数を確保することができます。
    • 農場ではステージ17と同様、レタス多め。ついでとうもろこし、トマトの順番。
    • パン屋と風車小屋があるのは嬉しい。人が余ればそこへ。
    • 木工所はもはやデフォルトで必要な設備になりましたね。
    • ここでも余裕が出た瞬間に植林を作ります。木を植えていこう。
    • 最終的には農場が2つになりました。人を50人まで増やそう、ということで最初から用意されているの1つだけじゃ足りなくなると思ったためです。
      2つ目でもレタス、とうもろこし多め。小麦を少々。
    • ここ、なかなか人が増えていかなくてちょっと焦ります。
      だけど大丈夫、居酒屋を作ることで出生率が上がります。困ったらお酒の力、ってやつですね。
    ほぼ最後頃の全景。食物に余裕があるのって本当に幸せなことなんですね、って哲学的なことを考えたり考えなかったり。
  • 6月25日

    季節は梅雨真っ只中のはずなのに、めちゃくちゃ暑い。朝の時点で既に29度をマークしていた。
    一応、日課になっている朝ランを目論んで走り始めたのだけれど、日差しの強さに気持ちがヘタり、3kmくらい走ったところでやめてしまった。
    自分の意思が弱いのかもしれない、けれど、無理をすると熱中症という可能性があるということで、大事をとって残りの距離を歩いてやり過ごした。

    頑張るの限界という線引きを適切なタイミングで見極めることってとても重要。
    昨日やってたトイストーリー4では、バズが「内なる声」ってワードで発言していたけど、ほんと、その声を大切にして、無視しないようにしなければいけない。
    限界を超えてしまった人間はどうなるか、想像は難しくない。
    時には、無理したくなる時だってあるけどね。私の場合、それは仕事でよく現れるのだけど。仕事ですげー頑張って残業とかしちゃうと、翌日はガス欠になってほとんど何もできなくなってしまうことがあったりするんだよなぁ。8月31日にがっつり頑張るのも、思い出作りという観点では良いのかもしれないけれど。

    だけどたまに、自己啓発書とか読むとさ、そういうストレッチしたタイミングの後で、自分が成長したりするとか書いてあるんだよねぇ。
    わかるといえば、まぁわかるんだけど。
    英語ができない、それが超苦手なんです、っていう同僚がいたんだけど、しばらく英語漬けの職に就いて我慢してたら、今じゃもう英語は全然怖くありません、会話まで含めてがっつりやれます、みたいになって、とても嬉しかったのよね。
    多分、そういう時にストレスを受け流しながら頑張ることのできる人には、きっと成長の神様が憑いているんだと思う。

    頑張ってる時って、自分がどんだけヘビーなストレスを受けてますってのが見えなかったりするからなぁ、気づいたら取り返しのつかないほどヘビーなものを抱えちゃってて、これもう人として終わっちゃうかもしれません、みたいなことになることもあるから、気をつけなければいけないよなぁと思ったり