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  • A7ノートとA6ノートの組み合わせ

    A7ノートとA6ノートの組み合わせ

    今年に入ってから、この2つのノートをメインで仕事やプライベートに使っている。
    A7ノートと書いてもぴんと来ない人がいるかもしれない。ロディアのちっさいやつのことである。

    日常は発見にあふれている

    いきなりA7ノートを渡されて、思いついたこと全部書いてください、と言われても、面食らう人が大勢いると思う。
    私もそうだった。書き残す必要のある事などない!と思う日だってある。むしろそんな日の方が多い気がする。
    日常は発見の連続だ。これは間違いのない事実だ。
    今日は天気が良い。
    とても暑い。
    雲が夏っぽくなってきた。
    蝉の鳴き声を聞いた。
    今年は子供をプールに連れていきたい。
    今日はビールを飲みたい。
    などなど、思いつくことを書いてみたが、これだって一瞬の出来事だ。
    こういうことに気が付かない人もいると思う。だけどそれは訓練すればできるようになる。
    感度を高くしてみるのだ。
    上述した、一瞬の煌めきのような発見は、ざっくり言うと状況の描写と、自分の願望に分けられる。
    状況の描写というのは、スマホを見ている目線を上に上げて、空を見上げるだけでできる。
    同じ空は、私が47年生きていて一度もないはず。
    雲が出ていたり、霞んでいたり。ここ数年は真夏が本当に猛暑で、ちょっとの時間外に出るだけでも日焼けしてしまいそうにジリジリと照り付けられるけれど、その時に感じる肌の刺激なども、発見とも言えるだろう。
    また、願望についても、~したい!のような願望はいつだって湧いてくるものだ。
    ~のようになりたい!という自分を変えたいモチベーションとなるのは、そのきっかけとして発見が挙げられる。
    また、そんな高尚なものではなくとも、今週末にやりたいことなども良いだろう。
    平日、5日間働いている間に思いつくような、週末やりたいことって本当に多い。けれど週末になると忘れてしまう。
    それを防ぐことができる。

    自分が何を考え、メモを取っているか

    これは私ができていないこと。
    どんな事に気づき、メモを取っているか統計を取ること。
    よほどの暇人でもない限り、それをやっている人はいないだろう。いや、そんなことないか。
    だけどこれって結構な効果が見込まれる気がする。
    それはつまり、自分の考えのクセを発見することができるということ。
    私の場合、自分の心情をささっとメモしたりすることが多い。そしてそれはもっぱら自分の中でこんがらがってしまったりする時。
    なぜこんがらがってしまうのか。混乱の元を辿れるかもしれない。自分のクセを見つけ、考え方を変えるきっかけになれるかもしれない。
    やってみるとおもしろそうな気がしてきた。ちょっとやってみるか。

    発見を耕すのは、大きなノートで

    そして、タイトルにも書いていた通り、ここでようやくA6ノートの出番である。
    岡田斗司夫のスマートノートみたいな本を読んだ時に、面白いなと思ったのが、この耕すところ。
    発見の過去と未来を考えてみる。
    また、発見を抽象化するとどうなるか、そして具体化するとどうなるか。それぞれ4方向に渡って発見を耕していける。
    私はこうやって構造化するのが苦手で、だから物事を建設的に考えていくことができないのだけれど、このおかげで、私の発見の裏側にはどんなことが隠されているかを知ることができた。ありがとう岡田斗司夫さん。オネアミスの翼、大好きでした。

  • # 星を掬う 町田そのこ ★★★☆☆

    # 星を掬う 町田そのこ ★★★☆☆

    ## 星3つ

    とても重たい話です。私はこの登場人物たちの抱く感情や思考を100%受け入れることは難しくて、きちんと感情移入できませんでした。

    町田そのこさんを読むのは2作目、52ヘルツのクジラたちに続いてこれです。

    どちらの作品も、「家族」っていうものが作る絆とか、愛とか、そういうものをテーマに描かれており、今作もまた、家族というものの在り方を考えさせられるような内容でした。

    星が3つだったのは、ストーリーが私には重すぎたからです。

    それぞれみんなが重たいものを抱えていて、ぶつけ合ったり、労りあったりするんだけど、その起伏が激しくて、正直なところ私は疲れてしまいました。

    町田そのこさんのすごいところは、丁寧さだと思います。ストーリーの展開もまた結構ダイナミックなんですが、それを進めるための登場人物たちが抱く心情をきちんと言語化していて、またそれが伝わりやすく、はっとさせられるシーンが何度もありました。

    辛い思いをした分、報われてほしいと心の底から思いました。

    ページの残りのボリュームから、そろそろフィナーレに向けて浮上していくんだろうなという予想を大きく裏切るような展開に、歯がゆい思いをしました。だけどそれでも、読みたくなってしまうのは、町田そのこさんの描く物語が魅力的だったからだと思います。

    ## 家族って

    私は恵まれています。たぶん。

    生まれ育った家族も、私が築いてきた家族も、みんないい人ばかりで、家族っていう軸で困ったことってそんなになかったように感じます。だから恵まれているんだと。

    100%そうとは断言できないこともあって、おそらく私は忘れてしまっている記憶の中に、いい人、という文脈から離れているようなエピソードだってあると思いますが、それでも、総括して「みんないい人」と感じることは、きっと幸せなことなんだと思います。

    家族って人間が生きていくためには必要で、子どもは成長していかなきゃいけないし、親は守ってあげなければいけません。

    この本を通して、家族の在り方とか、子どもに対して同接していけばいいのかとか、問題を抱えた時にどう対峙していけばいいのかとか、そんなことを常に考えたような気がします。

    みんな幸せに、健やかな家族ばっかりで、みんな素直に生きていけたらいいんだけど、そうはいかないもんな。

    私の中の常識を決して押し付けることなく、広い視野で見守っていきたいです。

  • ランニング 10km

    ランニング 10km

    今日も10km走りました。つっても途中少し歩いてしまった。
    今日はなんとなくペースが速めで、ゆっくりにしたかったんだけど上手くペースを作れず、途中でバテてしまいました。
    きちんと走り切るための技術ってのも重要なのかもしれません。
    あと走り方も。腕をきちんと振ることで消費カロリーが増える気がするんですが、腕を振るとペースが上がってしまうんだよなぁ。ペースを取るか、消費カロリーを取るか。どちらかを優先することで走り方が変わってくるような気がします。

    なんのために走るのか

    今日、走りながら考えていたこと。
    それはなぜ走るという選択肢を取ったのかということ。
    常々、痩せたいと考えていて、それなら食事制限をしつつ運動を、というのが基本ロジックなのですが、運動のところでランニングを選択したのはなぜか。
    私はロードバイクを持っているので、ロードバイクで走るというのも選択肢としてあるべきです。
    ちょっと調べてみると、ランニングとロードバイクって消費カロリーはあんまり変わらないんですね。

    引用: https://www.glico.com/jp/powerpro/citric-acid/entry63

    それならロードバイクでもいいのかもなぁ。
    ランニングばかりではなくロードバイクで走るっていうのも選択肢として持っておくと良いのかもしれません。

  • 自分に自信が持てないというのは、果たして悪いことなのだろうか

    自分に自信が持てないというのは、果たして悪いことなのだろうか

    ものは考え用だから、自分の発言や行動に自信が持てていないというのは、裏返すとそれらに対して慎重に進めていきたいということの表れなのだろうと思います。
    私は小さい頃からそうやって自分の発言や行動に対して慎重で、自分の意見を大きな声で言うような人間とは対極な存在でした。
    10歳くらいまでで人間の性格が出来上がるとよく言われますが、その通り、私は10歳くらいの頃のマインドセットから何も変わっていないような気がします。

    果たして、それは良いことなのか、悪いことなのか。

    今日、それについてじんわりと考える機会がありました。

    私は外資系の会社に勤めていて、年に一回、査定の時期がやってきます。外資系の会社ということで、いかにアピールするか、それによって自分の評価が変わり、その先にはボーナスの給付額が変わったりするのですが、2024年の査定で、初めて、あまり良くない評価をとりました。
    まぁ、多少ボーナスの支給額が少なくなったところで、そういうもんかな、と思うのですが、少しだけ、もっとアピールがうまかったらな、と思う自分もいたりして。
    お金が全て、ではないですが、会社からあまり良くない評価をつけられるというのは、やり方が良くなかったのかな、と反省するための材料になりました。
    つまりそれは、私が自分の発言や行動に対して自信がないから、上司へのアピールなんてもってのほか、実直に、今自分に求められている仕事を無難にこなすことで上司は見てくれる、と勝手に信じていたような気がします。

    そんなものをいつまでも引きずっていても、何のプラスにもならないですよね。
    切り替えて、明日からの仕事をまた頑張って行こう、と思うのですが、冒頭に書いたように自分に自信がないから、そんな簡単にピッカピカの自分をアピールしよう、と変身する事ができないのが困ったものです。

    まず自分にできることは何だろう、と考えてみても、前述の通り自分の仕事を実直にこなしていこう、しか思いつかず、それでも良いのかもしれないですが、もうちょっと、自分をアピールするということを考えてみても良いのかなぁ。
    まずどうしたらいいんでしょうね。
    簡単に意識を変えるのは難しいけど、ちょっと考えてみても良いかもなぁ。

  • 8月16日 あすけんのプレミアムプラン(半年)に登録しました

    8月16日 あすけんのプレミアムプラン(半年)に登録しました

    ここ数日、痩せたいスイッチが入っていて、5日連続で身体を動かす日々を過ごしています。と言っても会社の同僚とフットサルをしたり、エニタイムで10km走ったりする程度ですが。

    と言うのも、私、脂肪肝を持っている身体なのです。
    お腹が出てる、と一言で表すとそういうことになるんですが、お腹と言っても下腹部ではなく、肋骨の隙間からちょっと下あたり。そこがすごく出ています。
    ちょっと調べてみると、肝臓がその辺にあるんですよね。胃袋の後ろに。
    「あなた脂肪肝ですよ」と健康診断を受けるたびに言われはや3年。
    その前までは綺麗な評価Aだったので、一気に急降下してしまいました。

    このままでも良いのかもしれませんけど、私、個人的に、自分の身体がぶよっとしているのがどうも気に入らなくて、去年の年末くらいから自宅近くにある24時間やってるジムに通い出しました。
    それまでもランニングを定期的にやっていたんですが、お金を払うことで強制力を発揮し、自分の糧にしようと思い至ったのです。
    で、始めた頃はランニングばかりやっていて、そのうちに会社の同僚にジム行き始めたんすよね、って話したら彼は筋トレをやっているそうで、言われてみると腕の筋肉がめっちゃ太かったんですが、ただランニングだけやっててもダメ、きちんと筋肉をつけないと、と言われたのがだいたい3月くらい。
    そこから筋トレも始めて、なんとなく自分のペースを掴めるようになってきました。

    だけどそこからが続かない。
    近頃は2週間まったくジムに足が向かない日々があったりして、また会社の同僚たちと週に1回の飲み会が定期的に催されていてお酒をがぶ飲み。そんな生活を続けているうちに、お腹が出てくるようになりました。
    そこで一発奮起して、目標体重になるまでなるべく毎日ジムに通おう、と思ったのが先週の週末。
    今日はあいにく台風なので気持ちがだいぶ後ろ向きなのでアレなんですが、そんなことをぼんやり考えているうち、Googleで脂肪肝、と検索してみるといろんなダイエットの記事が。
    その中で、一番手っ取り早く手をつけられるダイエットが「レコーディングダイエット」だと。
    は、そりゃそうか今からでも始められるもんな、と思って数年前に入れたっきりのあすけんを開き、今日食べたものをぷちぷち入力してみました。
    今日は朝にフルグラヨーグルト、お昼に納豆ご飯、間食でまたフルグラヨーグルトみたいな感じで過ごしてきたのですが、そんなことをしているうちに、プレミアムコースのおすすめが表示されました。
    半年で1600円。毎月のジムがだいたい8000円なので、それに200円くらいをプラスするだけでいいのか、と頭を切り替えてみました。
    レコーディングダイエットって岡田斗司夫さんが考案したものでしたっけ。
    私はオネアミスの翼で育った過去がありますので、彼の発案したものに悪いものはないだろうと勝手に括り付け、清水の舞台から飛び降りたつもりで1600円を払いました。
    居酒屋だったらお酒2杯と一品料理が1つ2つくらいいただけるくらいの値段でしょうか。
    まぁ、今の私は標準体重から10kgくらいオーバーしているので、まずは標準体重となる65.8kgを半年でクリアすべく、気持ちを新たに頑張っていきたいと思います。

  • 12月16日

    12月16日

    またしばらく、日記からご無沙汰してしまいました。
    日常が忙しかったのかというと決してそんなことはなく、働いたり、笑ったり、クスリと笑ったりしていましたところ、この日記を書くのが少し面倒になってしまいました。

    日々、振り返り、内省をしないというのは、良いことなのか悪いことなのか分かりません。
    いや、内省はしたほうがいいだろ派だったんですけども、上記のようにとりあえず日々を生きることで精一杯な人にはこの内省というものがやけに重たく、そんなことをするくらいだったら違うことをしている方が良いですわなんていう人もいるでしょうから、そんな人に「おい君、内省をすることがどんなに大切か分からないのか」なんて言ったとて、暖簾に腕押しというものでしょう。

    要は価値観、という話ですね。

    最近は何に興味があるのかというと。

    インスタには少し載せていたりするんですけど、メダカを60cmの水槽で買うようにしています。中には30匹くらいのメダカがいるのかなぁ。この前はIKEAの子供の玩具を収納するプラスチックのバケツみたいなやつに飼ってたんですが、冬になっていくにつれてメダカたちは冬眠していって動きが鈍くなって面白くないよなと考えるようになったのと、まだ子供くらいのサイズのメダカたちが結構いて(9月くらいに孵化したのでまだ大きくなってなくて)、この子たちを外飼いしたら寒さで春を迎えられないんじゃないかと思い、一発奮起、ガラスの水槽に挑戦です。
    こんなやつ。超でかいです。

    いざ、こういうのを用意してしまうと、ここでずーっと眺めてても飽きないので良いです。もっと早くやれば良かったかもしれません。
    あと、60cmにして良かったなと思いました。
    最初は45cmとか、30cmとかでいいかななんて思ってたんです。最初だし小さいやつから、みたいな安易な思い込み。だけどメダカが20匹以上いるのは分かっていたし、この子達が窮屈なところで暮らしてその結果酸素が足りなくなって死んでしまったりしたらかわいそうだよな、てかそれだったら60cmでいいじゃん、とひとりブレストして決めました。いやー。楽しい。

    別の話題。最近読んだ本。
    宇佐見りんさんの、かか。

    これネタバレになってしまうと思うのであんまいろんなことは書けないですが、主人公の、かかを思う気持ちを親身になって考えてみると、ギューって胸が苦しくなる思いです。
    いわゆる、毒親なんですよね。毒親に育てられた子供は、その家庭が作る世界が全てだと思ってしまうから、毒親が話すように話し言葉を覚えるし、だから、この書き方になってるんだろうなぁ。
    怪物級の描きっぷりですね。ここまで独創的に描けるのすごい。勝ち負けの話ではないですが、私には到底追いつくことのできない描きっぷりです。

    そんなところかなぁ。まだ何冊か読んだんだけど忘れました。

  • 9月16日 75kgになった私

    9月16日 75kgになった私

    良かったこと

    • 図書館に行って本を借りることができた。ユリシーズ。ジェームズ・ジョイスの。ひょんなことから読んでみようと思い、図書館の奥底に眠ってそうなエリアから引っ張り出してきたそいつは1997年版とのこと。全部で17あるうちの、最初の3つが収められているもの。

    うまくいかなかったこと

    • 身体を動かしたとは言えない生活。体重が75kgになってしまい、私史上一番重たい身体を纏ってしまっている現状を重く受け止め、食事の量を減らし、運動をせねばと奮起したはいいものの、鼻息だけ荒くなっている状況。図書館まで自転車で向かったくらいしか、身体を動かしたとは言えない。

    改善できること

    • 身体を動かすという意識。

    所感

    • 相変わらず暑い。9月の後半になったらだんだん落ち着いてくるんじゃなかったっけか、と思ったけれど、いまだに暑い。違う違う、暑さ寒さも彼岸までという諺があるんだった。あと1週間ってところか。長い。良い加減、暑いのに飽きた。
    • ユリシーズは1900年代を代表する作品と言われているらしいのだけれど、私にはそれを正当に評価するような読解力を持っていないように感じる。どこがすごいんだろう、と思ってしまう。文学部とか出てたら、そういうとこに気付けたのかなぁ
  • 8月16日 動じない心を持つのって難しい

    8月16日 動じない心を持つのって難しい

    ChatGPTと哲学について語り合っていたところ、「アパテイア」という言葉を教えてもらった。
    一言で言うと「動じない心」(と私は理解した)ということなんだと思う。

    動じない心っていうのは昔から、多くの人が考え、追求してきたこと。
    同じような考えが、仏教の教えにもあったように思う。

    動じない心、平常心を持つのって難しい。
    物事に対して一喜一憂、反応してしまうから、心が乱れる。
    人生には自分の心を一喜一憂させてしまうことが多い。
    それを避けて通るわけにはいかないので、そうなった時に、その物事を受け入れ、「こんなこともあるさ」と流せるようになれれば良いんだと思う。

    そんな簡単じゃないけどね。

    物事に対して反応しない、のではなく、物事+反応してしまう自分の心を受け入れることが必要なんだよなぁ。
    あと、なるべく、反応しちゃうもの、たとえばSNSとか、を近くに置かないって言うのも大切なことなんだろうなぁ。

  • 7月16日 ときめくかどうか

    7月16日 ときめくかどうか

    足るを知る。
    物欲はキリがないけれど、それは今の私に足りないと勝手に考えているからであって、実際はそんなことなくて、単純に「今持っているものに飽きてしまった」ということなんだと思う。
    飽きてくるのはしょうがないことなんだろうなぁ。
    慣れてしまって、その物から刺激を受けることが少なくなってきた、ってことが根底にあるんだと思う。
    そうやって、物事に飽きて新しいものが気になってくるからこそ、この消費社会が成り立っているんだよなぁ。

    こんまりさんが書いた本の中では、心がときめくかどうか、というのを一つの観点として挙げていたんだよなぁ。
    ときめくからまだ持ってる、逆にときめきを感じなくなったら、もうそれとはさよならをする、といった具合に。
    その時に、ものから離れにくい人ってどうしたっているんだよね。
    いつか必要とするかもしれないから、といった具合に。
    断捨離の精神では、過去1年間で使わなかったものはこの先もずっと使わない、と割と強い姿勢を見せていた。
    私はちょっとそこはダウトだと思っていて、3年経った今、急激に必要になりました、みたいなことだってよくあるんだよな。
    捨てる時にはそういう、次必要となった時には書います、という覚悟とともに捨てるわけだけど、それって自分の財産を削って買ったものなのに、もう1度財産を削ることになるわけだから、勿体無いなぁ、と感じてしまう。

    いや、だからこそなのかもしれないけど、次必要となる時にはもう買わないで、代替品や、もしくは、それが必要とならない生き方を考えていけば良いのかもしれないよなぁ。
    一度捨ててしまったものとは、それっきりの縁でした、となるわけだし。

  • 6月16日 嫌だったけれど、得たものはあった

    6月16日 嫌だったけれど、得たものはあった

    今日は暑かった。
    数日ぶりの出社だったけれど、会社までの道が暑かった。
    梅雨の中休みとでもいうべきか。

    今日は、自分で動かせるものの限界について考えていた。
    自分で動かせるものって案外少なくて、世の中のほとんどのことは自分では動かせないものということになる。
    それだけではない。
    自分の過去も、それがあった事実というものは動かせないのだ。
    だけど、解釈は違う。
    自分が過ごしてきた過去は、そのこと自体は動かせないけれど、それに起因する自分の解釈は、言い換えると考え方みたいなものは、変えることができる。
    いやだった過去の出来事は、もしかするとこの先、どっかで、嫌だったけれど、得たものはあった、と考えることだってできるのではないだろうか。

    それを日々、暮らしていく中で、鍛錬しているのかもしれない。
    過去と現在、未来は一本の線で結ばれているのかもしれないけれど、そこから生まれる自分の解釈は、改めることができるかもしれないのだ。
    だけどそれもいいことばかりではなくて、過去、良かった思い出が、悪かった思い出に変わることだってあるのだろう。
    だけど、それが自分の糧になるのであれば、ながーい目で見ると、良いことになるのかもしれない。それも解釈。