タグ: 5日

  • 8月5日 善く生きるということ

    8月5日 善く生きるということ

    心療内科からきちんと卒業するということ

    6時くらいに起床。サクッと朝食、出社。この辺り何も考えずに動けるようになってきた。心療内科で処方されている薬を飲まないという選択肢を取っている今、将来的に挫けるようなことがあったらまた心療内科に行けば良いのだろうけど、このままいけば、次回の予約分から行かないということになる。
    心療内科からの脱却。正しくないやり方だと思っている。だって心療内科の先生と何年も付き合っていて、先生から、もう薬いらないと思う、来なくていいよ、って言われていないから。
    何度か減薬の相談をしたこともあったんだけど、一旦様子見で、っていう感じではぐらかされ? 2年近く同じままで続いていた。別に不信感を抱いているということではないのだけれど、このままずーっと薬を飲み続ける生活を送るのではないかと思ったりしてる。

    心療内科からちゃんと「卒業」する人って、通ってる人の中で多数を占めるのだろうか。私はここ 2年くらい、それこそ減薬を相談するくらいに調子が良く、鬱っぽいことを考えたり、そっち方面の気持ちが心に充満したり、ということからだいぶ脱却できてきた。それでも先生の言葉を信じ、通っていたけれど、さすがに 2年くらい減薬の相談をしても、私の願い?期待?通りに処方箋を更新してくれなかったのは、ちょっとどうなの、と思っている。

    だから私は、だいぶチャレンジングだと自認しているけれど、もう心療内科に行かない、という選択肢を取るのだね。そして、処方された薬を自分の意思で飲まない、という選択肢を取るんだね。

    きっと危険なことなんだろう。分かってる。またいつか、そういう系の衝動が急に芽生える可能性は、ゼロではないのだろう。
    私は薬を飲まなくなって、そしたら朝、快適に起きられるようになり、午前は眠くならず、いい感じにランニングしたりして、お酒の量を減らして健康への意識を高めるようになった。

    これってどう見ても、善いことなのではないだろうかね。
    私は、死ぬ時に後悔しない生き方を、というモットーを心に抱いて生きているから、その目的のためにどうしたらいいのか、ということを考えながら生きている。

    それってソクラテスの時代から言われているような、「善く生きる」ってことなのかもしれない。

    小野寺文宣 ひと 読了しました

    巻末の書評で中江有里さんが「実直」という言葉を使っていたけれど、全くその通り、これほどまでに実直な青年に、だいぶ感情移入してしまった。主人公は自分の人生を控えめに生きてきたけれど、だんだん、自分の意思で生きるようになるんだよな。
    そして、実直という言葉の通り、まさに誠実に生きている。両親を亡くし、お金に困窮しても決して挫けず、前を向いて生きているその姿を、善く生きると言わずして、なんと言えば良いのだろうか。

    昨日、まだ途中だけど、って体でその時点での読書感想文を書いた。
    そして今日、読み終わったけれど、この作者の、日常の描き方が本当に好きだ。そして、登場してくる人の温かさに関する描写が、とても適切な言葉で綴られていて、想像しやすい平易な言葉だし、その言葉の選び方がまた良かった。
    一人称、つまり主人公の目線で描かれているから、20歳の男子という目線で書く必要があるんだよね。だから、難しい言葉を使うわけにはいかないし(一般的な20歳の男子が知っている世界での、言葉を使うという意味)、そして行動や思考だってそのスコープに照らして書かないといけない。
    当たり前のことだけれど、これが自然にできないと、この主人公、実は何歳?みたいなことになってしまう。そういうところって自分の経験でできるのかなぁ、みたいなことを考えていたら、私の記憶の深さ、豊かさについて考えるようになった。

    20歳代の記憶が一番エモくて強い

    私は47歳になった今でも、大学時代にバイトしていた焼肉屋での風景や、そこで出会ったお店の人たち、お客さん、みたいなところの夢をよく見る。
    別にトラウマがあったとかではない。焼肉屋を営む家族みんなが優しくて、それこそこの小説に出てきた惣菜屋のみんなみたいな感覚だけど、だからイヤな思い出はほとんどなかった。

    一方、例えば、結婚してからとか、ここ10年くらいの記憶や経験をベースにした夢ってあまり見ない。それって、私の意識的に拾える脳の引き出しに入っていない、もしくは違う引き出しを見ているのかな、と思う。
    ここ10年、例えば妻や子供たちを愛していないとか、そういうことじゃないと信じる。私が家族のみんなが大好きだし、彼らが風邪をひいて熱を出しただけでも心配でしょうがない。家族のために全力で仕事をしているし(このへんも善く生きるに繋がるのかも)、だから、家族と得た経験や思い出は20代の頃のそれと比べても劣ることなんて全然ないと思う。だって家族旅行だってめちゃくちゃ楽しいし、行ってよかったといつも思うし、だから定期的に夢に出てきてほしいな、思い出を振り返りたいな、と思う。だけど残念ながら夢に出てくるのは、20代のあの頃なのだ。

    つまり私の中で、取り出しやすい引き出しにある記憶って20代の頃で、それがとてつもなく強いレベルで保管されているように思う。エモい。眠くなってきたので唐突だけど終わり。何が言いたいのか良くわからなくなってきたけどこのまま投稿して寝る。

  • 7月5日 ジムでランニング

    コロナ罹患後の外出自粛推奨期間を経てようやく、ジムに行くことができました。
    仕事を終えてからジムへダッシュ。うちから1kmくらいのところにあるのでだいぶ役に立っています。

    最近はもっぱら筋トレしてからランニングというルーティンでしたが、今日はジム後に家族で出かける予定があったため筋トレをキャンセルし、ランニングのみ。10km走りました。

    7月5日ランニング10km エニタイムにて

    ジムへ行ったのは約2週間ぶりでしょうか。
    それでも10kmを走り切る筋力と体力があるのにはほんと助けられています。
    本日もいつものように気持ちよく走り切ることができてよかったです。

  • 9月5日 朝と私

    9月5日 朝と私

    本格的に朝の対策をしないといけないなーと思うようになった。
    朝の対策というのは、寝ぼけ眼で仕事に就かないようにするには、とかそういうところ。

    元々、朝は苦手ではなかった。5時に起きて読書したりとか、してたころが懐かしい。
    なぜこんな姿になってしまったのか。
    それはずばり、心療内科で処方されている睡眠薬な気がしてならない。
    ベルソムラ、少ない方で10mgだけど、それでも23時くらいには眠くなり、翌朝8時までしっかり寝ても眠い。まだまだ眠れそう、多分10時くらいまで眠れてしまうのではないだろうか、という有様。

    去年から診療内科に通う中で、夜中に何度か目が覚めてしまうんです、と先生と話して処方された薬だから、夜、ぐっすり眠れるのならば本望なんだと思うんだけど、無い物ねだりな人間だから、今度は朝ちゃんと起きられるような人になりたいです、という願望が生まれてきてしまった。困る。

    いや、違うのだ。
    最近は週に2〜3回程度出社しているんだけど、その時は眠くならずに出社できるんだよなぁ。
    そう考えると、今の自分に必要なのは、
    朝日を浴びることなのではないだろうか。

    在宅勤務の状況もあまり良くないんだろうなぁ。
    寝室で仕事してるし。ベッド(キャンプで使っている折りたたみ式ベッドを使っています)から起きて1.5歩で仕事してる机に移動できちゃうもんなぁ。そりゃ寝ぼけ眼だろ。

    朝日か。まずは朝日だな。
    散歩するところから始めれば良いかな。

  • 8月5日

    8月5日

    今日も暑かった。
    毎日暑い。

    自分の欲望を叶えたいと思った時、その欲望を満たすために貪欲になるのは生き物としての本能なんだろう。
    だけど足元にある幸せは見えているかい?と昨日のブログでは書いた。
    自分の幸せを噛み締めるって、簡単なことなのではないだろうか?
    だけど幸せってさ、その瞬間を過ごしている時に、気づかなかったりするよね。
    例えば、家族で団欒している時。
    私の子供は今13歳と8歳で、一緒に住んでいるわけなんだけれど、もしかするとあと数年したら、大学に通うためにこの家を出て一人暮らしするかもしれないんだよね。
    その時を思うと、子供と離れてしまうということに胸が締め付けられるような想いを抱くんだけれど、それじゃ、その時を今から想定して、彼と対話できていますか、というのをちょっと考えましてですね。

    もしくは健康ね。
    抗うつ剤を飲んで生活しているとはいうものの、身体的に不調なところはなく、少し太ってるから痩せないとなぁと思うくらいの悩みで、これも見方によっては幸せなことなんじゃないかな、とかね。
    あと、ご飯が美味しいとか。自分で茹でた枝豆が超美味しいとか。
    感謝、って言葉にすると胡散臭い雰囲気を纏ってしまうのでアレなんですが、そういう、恵まれた物事に対して感謝する気持ちを忘れずに生きたいものです。

  • 8月5日

    8月5日

    今日も暑かった。
    毎日暑い。

    自分の欲望を叶えたいと思った時、その欲望を満たすために貪欲になるのは生き物としての本能なんだろう。
    だけど足元にある幸せは見えているかい?と昨日のブログでは書いた。
    自分の幸せを噛み締めるって、簡単なことなのではないだろうか?
    だけど幸せってさ、その瞬間を過ごしている時に、気づかなかったりするよね。
    例えば、家族で団欒している時。
    私の子供は今13歳と8歳で、一緒に住んでいるわけなんだけれど、もしかするとあと数年したら、大学に通うためにこの家を出て一人暮らしするかもしれないんだよね。
    その時を思うと、子供と離れてしまうということに胸が締め付けられるような想いを抱くんだけれど、それじゃ、その時を今から想定して、彼と対話できていますか、というのをちょっと考えましてですね。

    もしくは健康ね。
    抗うつ剤を飲んで生活しているとはいうものの、身体的に不調なところはなく、少し太ってるから痩せないとなぁと思うくらいの悩みで、これも見方によっては幸せなことなんじゃないかな、とかね。
    あと、ご飯が美味しいとか。自分で茹でた枝豆が超美味しいとか。
    感謝、って言葉にすると胡散臭い雰囲気を纏ってしまうのでアレなんですが、そういう、恵まれた物事に対して感謝する気持ちを忘れずに生きたいものです。

  • 7月5日 ドメインを持っているのは、本当に必要なんだろうか

    7月5日 ドメインを持っているのは、本当に必要なんだろうか

    最近はYouTubeやTwitterから情報を得ることの多い世の中になっているだろうから、ここで私が声を大にして人生について叫んだところで、誰の耳にも届かないんだけど、それじゃ私はここでなぜ書いているの?という質問に対しては、それは自分のために書いてます、自分の考えをアウトプットして可視化することで、私が何をどのように考えているかを理解することができるからです、と応える。
    となると、別に誰に見られなくても構わないわけで、自分の考えが尖っていようが、明後日の方向を向いていようがどうでも良く、私はここを私の日記として作っているだけで、人に見られたいとかそう言うことは考えていない。
    となると、わざわざブログ形式にしなくても良いのでは?Evernoteとかに日記を書いておけば良いのでは?と思ったりもする。
    そこはちょっと違っていて、誰も見ていないとしても、誰かに見られるかもしれないという考え方に基づきある程度は文章として成立させるよう思考が働くから、そこはこのままで良いと思っている。

    とは言え。とは言えですよ。
    ここでわざわざドメインとって、Wordpressを使ってブログを更新してるわけですが、そこでも葛藤があったりするのです。
    というのもそのドメインと、サーバーの保守として年間で1万ちょっとくらいかかっていて、投資対効果が出てるのか、というところは吟味しないといけないんですよね。
    上述したEvernoteも年間4000円とか使ってて、たまに小説とか、夢に見た風景を速記したりしてるくらいで、それで十分なのか、っていうところも、私の中にいる私の監査人は目を光らせているわけです。

    ここを始めた時は、ここでTシャツを売ったり、応募済みで落ちた小説を公開したりしようかと思ってたんですが、そんな野望みたいな妄想は未だ実行せず。いい加減小説は完成させたいところですけども。
    普段仕事してるとねー、なんて甘えた気分でいます。ちょっとでも毎日、ないし隔日くらいでは進めるような気持ちを持ってないとダメだよなー。HHKB買ったからせめてそのお金分くらいは稼げるような商売をしたいと思っています。
    商売かー。本業があるから、副業に手をつけるにはある程度の気力を残しておかないと、そっちへのやる気が湧いてこないんだよなー。なんて甘えた気分でいます。
    もっと若かったら、その気力みたいなものに勢いがついているのかもしれない。知らんけど。
    だけど、残りの人生で、一番若いのは今ですからね。林先生の名台詞じゃないですけども。

  • 6月5日 大数の法則とマッチングアプリ

    6月5日 大数の法則とマッチングアプリ

    ちょっとした投資を始めてみると、今まで考えていなかったようなことに出会う。
    大数の法則とか、なんかどっかで聞いたことのある名前だったが、投資を続ける上でかなり重要な法則だということに気づいた。

    簡単にいうと、サイコロの目。
    何度か振ってみると、ある数値に偏った結果が出るかもしれないが、その回数を繰り返していくと、限りなく1/6に近づくというようなもの。
    つまり投資も同様で、何度も繰り返していくうちに、勝率が50%になっていくのだろう、ということ。
    私はまだほんとに始めたばかりで、実をいうとすでに10%くらい負けてしまっているのだけれど、もっと少額で繰り返すことで、徐々に勝率を上げていくことができるのではないだろうか。

    同様のことを考える。
    数打ちゃ当たる、なノリ。
    例えば、ある女性のことを好きな男性がいるとする。
    この男性は奥手で、女性と話そうとすると目を合わせることすら難しく、喋ろうとすると敬語になったり、声が上擦ったりしてしまう。
    こんなことではいつまで経っても付き合えないと考えた彼は、ある日、大数の法則を知る。
    男性はすぐさま、自分の女性遍歴について考えを巡らせる。
    もしかすると、数打ちゃ当たる方式で、僕にもいつの日か彼女ができるかもしれない。
    そう考えた男性は、マッチングアプリに登録する。
    いいな、と思った異性には積極的に声をかけ、会うようになる。
    最初は相変わらず声が上擦ってしまったけれど、確かに、場数を踏んでいくと声はそのまま出せるし、やがて目を合わせることもできた。
    男性はさらに雑談力を磨いていく。相槌の打ち方、目の合わせ方。
    ご飯の次にはデザートを食べるという、王道の順番。
    そしてようやく、男性には意中の人のハートを射抜く。

    なんて、典型的なサクセスストーリーだけど、これって大数の法則に則って何度も繰り返したというところが報われたワケだし、

    ていうか、

    割とこういう話ってあるような気がしてきた。
    大数の法則に則ったストーリーを考えれば、意外に売れたりするかもしれない。

  • 5月5日 モフモフ効果

    5月5日 モフモフ効果

    実家に帰っていたから、という口実で日記を書く時間がなかった。書く時間をきちんと取れば良かった。5月6日に書いている。しかもスマホから。

    実家には、新しく迎えられた子犬がいた。芝犬。まだ産まれて3週間とか。たくさん触り、癒されてきた。オキシトシンという成分が分泌され、脳の中で癒し効果が得られるのだとか。ソースはこちら

    すごいね。犬を触るだけで脳の中で特別な物質が分泌されるなんて。もしかすると古代の昔から、犬や猫はそんな形で人間の癒しに寄与してきたのではないのかと。

    これで実家に帰る楽しみができた。

  • 4月5日

    4月5日

    辛い時には、涙を流したって良いんだよ。
    彼だと思っていた人が、私からのメッセージに既読をつけたくせに何も返してこなくなって、そこから2日が経った時、優しかった同僚がそう声をかけてくれた。
    私は別に、泣くために恋をしているんじゃないんだから。
    そう心の中で強がると、同僚は少し困った顔をした。

    もしかして、彼ではなかったのかもしれない。
    恋人という定義は人それぞれだから、私にとっては恋人だったけれども、彼にとって私はそれではなかったということだって十分にあり得るだろう。
    ただ、お酒を飲んだ席で、たまたまトイレのタイミングが一緒になり、その時に「二人で抜け出して、違うところで飲まない?」と言われた時、私の胸が躍ったのは確かだったし、そんな風に声をかけてくれたということは、多少なりとも私に好意を持ってくれていたということについては、私は確信を持っていた。

    きっと彼には何か返事ができない事情があるのだろう。
    そんな風にポジティブに考えられたら良いのに。
    だけど私にはそんな風に考えられない人間だから、

    私には、そんな風に前向きなことを考えられない人間だからこそ、

  • おおたかの森 Ancerでワインをがぶ飲みした話

    おおたかの森 Ancerでワインをがぶ飲みした話

    前々から気になっていた、ワイン50種類を1時間、がぶがぶ飲めるお店。Ancerって、日本語ではアンサーと呼ぶそうです。

    場所はこちら。おおたかの駅西口から歩いて1分の好立地。

    ワイン50種類なんてホントかよ、と思っていたのですがごめんなさい、ホントでした。

    赤、白、それぞれ25種類くらいでした。どれを飲めば良いか分からない人用の分布図を見せてくれたので、それを見ながら自分の気分に合わせて選ぶ感じ。

    Ancer 白ワインリスト
    Anxer 赤ワインリスト

    注意が必要なのは、フードを1品頼んでくださいねー、ということ。まぁ、680円だけで飲むのはやめてね、は常識的に考えても妥当ですよね。

    てかフードも普通に美味しかったです。

    鴨のメンチカツ、1200円くらいだったかな

    鴨のメンチカツと、チーズの盛り合わせを頼みました。チーズの方、写真を撮るの忘れた、羊のと、牛、ゴルゴンゾーラ、あとオレンジ色のチーズを盛り合わせでいただきました。

    フードやサービス料込みでトータル3500円くらい。ワインは5杯いただきました。私は普段チリのワインばかり飲むので飲み口の軽い、フルーティなノリですが、複雑な味のワインなどはとても面白かったです。ワインっていろんな味があるんだなー、と感心しきり。

    ワインに興味のある人は行ってみると面白いと思います。店内に大きな冷蔵庫があり、そこから飲みたい銘柄を見つけて自分で注ぐ、言わばドリンクバー的なスタイルなのも面白かったです。そりゃそうよね、店員さんが注ぎに回ってたらキリがないもんね。

    何杯目かの赤ワイン
    何杯目かの白ワイン