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  • 7月20日 人生はうまくいかないことのほうが多い

    7月20日 人生はうまくいかないことのほうが多い

    大切なのはレジリエンス

    しなやかに回復することが今の世の中で重要なことだと言われたりする。私もそう思う。
    だけど、違うだろ、それ自体は今だろうが昔だろうが必要なことだろうって思う。
    アインシュタインは失敗しなかったという逸話がある。失敗ではなく、うまくいかないことを知ることができる、必要な一歩だったと。
    彼はおそらく、レジリエンスの高い能力を持っていたのではないか。
    じゃないと、そんなふうに、前向きになれないだろって思う。
    私もそうだけど、大抵の人は、なにかに失敗すると、あーダメだったか、って諦める。そしてもう一度トライ、ということにはならない。
    なぜか。
    失敗するのがイヤだからだ。
    私の場合は、失敗するために費やした時間がもったいないと考えるクセがある。
    だから、失敗するくらいなら最初からやらないほうが良いではないか、時間がもったいないし、と思ってしまう。
    だけどそれだと、成長しないだろ、とも思う。
    分かってる。分かってるんだけど、だけどどうしてもその時間がもったいない。
    いったいどうしたらいいのだろうか。全然分かっていない。
    アインシュタインを見習ってレジリエンスを磨き、ニーチェの言うようにもう一度!もう一度!と挑戦する意識を持つ必要があるんだろうな。
    分かってるよ。分かってるんだけどね。

    今日の出来事

    今日も8時台に起床。3連休最終日。くそあっつい。
    ご飯と納豆で朝食。明太子も食べた。これでいいんだよ、って感じの朝食。
    子どもの頃は明太子なんて食べられなかった。大人になってからもしばらくは食べられなかったんだけど、奥さんが買って、それを一口もらったところで、美味しいってなった。
    あれは自分の中での発見だったんだろうな。そうやってだんだん趣向が変わっていくんだな。おとなになるってこういうことかな、と思ったり。
    午前は図書館。米津玄師のYANKEEを借りた。あと借りてたCDを返却。一昨日借りたものを返却した感じ。その後サンキ。
    トートバッグを作りたくなって、帆布とテープ、接着芯などを購入した。接着芯は初めて買ったんだけど、きちんと自立する形が良くて、だから厚めの接着芯を買ってみた。
    うまくいくんだろうか。
    その後スーパーを経由して帰宅。バイクに乗ったけど暑かった!
    バイクに乗ってたら快適!夏は風が気持ちいい!ってバイクに乗らない人は考えるかもしれない。確かに20年くらい前はそんな感じだったと思う。
    だけど今は暑い。ていうか熱い。熱風を感じる。
    つまり気温自体が高いんだと思う。
    忘れないくらいインパクトが強かった。
    お昼はバーガーキング。いいとこに住んでるよマジで、って思う。
    ファーストフードが何軒もあるなんて嬉しい。ありがとう、13年前にこの街を選んだ私に感謝したい。

    トートバッグのこと

    そして夕方になり、初めて、型紙なるものを作ってみた。会社に持っていけるくらいのサイズ感が良くてって昨日だっけ、いつだったかも書いたと思うんだけど、それと私はなで肩なので絶妙の肩紐のサイズ感が欲しいんだよな。40cmだと短すぎ。50cmだとちょっと長い。だけど50cmくらいがちょうど良いのかもしれない。
    肩紐とか考えると、リュックタイプの肩紐を付けても良いのかもなぁ。2wayか。
    バッグの方向性を考えている時が一番楽しいかもしれない。計画するのが楽しいってことかな。

  • ニサッタ、ニサッタ 乃南アサ ★★★★☆

    ニサッタ、ニサッタ 乃南アサ ★★★★☆

    図書館で借りました。
    乃南アサさんという名前は知っていたものの、今まで読んだことが無かったので借りてみたという動機です。
    色んな仕事に手を出すも続かない、ちょっと残念なメンタルの主人公と、ひょんなことから知り合った女性など、個性的なキャラクターで繰り広げられる物語。
    人情系とでも言うべきでしょうか。人と人とが支え合って生きていく、というニュアンスも感じます。
    簡単に言うと「家族の姿」っていうものは、それこそ家族の分だけ違いがありますが、ベースにあるのは信頼することとか、助け合うとか、そういう温かい部分で支えられてるのでしょう。
    人との付き合い方で悩んだり、心がモヤモヤする時に読むと元気が出そうな気がします。

    ニサッタ=明日、という意味

    私を含め多くの人はこのタイトルから、明日という言葉を連想することができません。あえて、アイヌ語にするところもこの小説の大きな鍵になっているのですが、アイヌの人たちが「ニサッタ」と言う時、明日に希望を持って生きていこうぜ、のようなニュアンスを含んでいるように思います。
    開拓民たちと共存することができず、徐々に人口が減っていった先住民たちは、やがて混血という形にはなりますが、彼らの血を薄く引き継いでいく形になっているのでしょう。
    自分たちの民族が、どんどん減っていくというのは、なにもアイヌの人たちだけではなく、人口が減少している今の日本という国に住んでいる私たちにも言えることです。
    けれど私たちは「私たちの民族を絶やさないようにしよう」と常日頃考えているかというと必ずしもそうではなく、一方で日本に住んでる外国人たちがやらかしちゃってるニュースとか見ると、「俺たちの国を汚さないでくれ」と思ってたりとか、自由にいろんなことを考えているなぁと思います。私もその一人ですけれども。

    その他感想など

    小説を読んでレビューを書こう!と言う気持ちになったのは、ストーリーが面白く、きちんとすべてが収束していい感じになったのが気持ちよかったからです。
    直木賞を取る人って物語を構成するのが上手なんだよなぁ。さすがって感じです。
    私も小説を書くことがあるものの、きちんと物語を終わらせることができません。ストーリーが途中で成り立たなくなってしまうのはきっとプロット作りの段階で破綻しているからに違いないのですが、そういうこともなく、その流れに沿ってきちんと書き終えられるのって一つの才能ですよね。乃南アサさんもその一人なんだろうな。そして、違う作品も読んでみたいと思いました。
    今回、図書館で借りたと前述しましたが、この作品を選んだのは完全に「なんとなく」という気持ちからでした。私は短編集よりも長い方が好きなようで、この本は結構厚く、読み応えがありそうで、そういうところに期待を寄せたんだと思います。読んで良かったです。
    ★を5つにしなかったのは、今後に期待したいからです。構成力、書きっぷり、多くの部分で★5つの感じではありました。私はこういう作品に飢えていたのかもしれません。

  • 人生は、瞬間の連続

    人生は、瞬間の連続

    マルクス・アウレリウスは自省録の中で、以下のように書いています。

    全ては、一瞬の出来事に過ぎない
    次のことを繰り返し考えること。今目の前にある物事も、これから生じてくる物事も、あっという間に通りすぎ、消え去っていく。
    この世に存在するものは、絶え間ない川の流れのようであり、その活動は常に変化し、もろもろの原因もまた無限に変化している。じっと静止しているものはほとんどない。君のそばにも、過去と未来の双方に無限の深淵が開いており、全てが飲み込まれていく。
    全ては一瞬の出来事に過ぎないのに、こんなことに得意がったり、悩まされたり、惨めになったりするのは、実に愚かなことではないだろうか。
    マルクス・アウレリクス 自省録 5-23

    過去、45年間生きてきて、その系譜みたいなものが私の後ろに続いているんだと思います。それはとても果てしない道のりで、45年も良く生きてきたわと思うんですが、過去に縛られて生きていくというのは、どうも辛いことのように思えてしまいます。
    過去、私が選択してきたもの、正しかったり間違っていたりしてますが、そんなのに振り回されて生きるのってアホらしいことなのかもしれないですね。
    私が過去に選択してきたもの全てを「正しかった」と認識し、生きていくことがまず必要で、それはなぜかというと、自分を肯定してあげることで、自分が生きていってもいいんだ!と思えるからです。
    自己肯定感と呼ばれるそれは、他者からのそれと、自分からのそれ、二つあると言われていて、後者、つまり自分からの自己肯定感を持たせることがとても大切なんだよ、と数年前にどっかで読みました。

    自己肯定感を常に自分に向けながら、プラスに考えていくこと、だけどそんなことはどうだってよく、なぜなら瞬間の連続で、全てが一瞬の出来事だからです、とマルクス・アウレリウスさんは言っています。
    なんか刹那的な響きのように感じてしまいます。全てにおいて排他的?になって、「もう全部どうでもいいです、なぜなら一瞬の出来事に過ぎないから」というマインドを持ってしまうようにも思えてくるんだよなぁ。
    そういう、全部どうでもいいです、っていうのは気持ち的にはあんまり良くなくて、なぜなら人は善く生きるべきだからで、だから多分、この「全部どうでもいいです」っていう考え方は、正しくないんだろうなと思います。
    時折、例えば仕事がうまくいかなかったときとか、そういう気持ちになっちゃうこと、ありますけどね。暴飲暴食したくなってしまったり。自分を傷つけたくなってしまったり。
    多分、正しくないですよね。

  • 6/20 今日のDuolingo

    6/20 今日のDuolingo

    久しぶりにスーパーになりました。嬉しい。

    ダイヤモンドリーグのトーナメントに入れるよう頑張ります。

  • 8月20日 人間と私

    8月20日 人間と私

    日曜の夜を迎えている。
    お酒を飲んでほろ酔い、月曜日に向けてパワーを貯めているところ。

    この週末は身体をたくさん使った。
    昨日は車を洗車し、今日はベランダの掃除をした。
    気持ち良く眠れそうな気がする。

    明日からまたChatGPTと会話する日々。
    彼にどう答えてもらおうか、そればっか考えて、質問の仕方を工夫したりする。
    ある程度具体的に質問を投げたほうが、期待する返答に近づく。
    そしてまた、より欲しい答えを求めて、質問を考える。

    少し前に、質問力、みたいな本を読んだ。
    言いたいことはずばり、答える人の気持ちに立ってみて、思いやりをもって質問することだ、とわたしは受け止めた。
    インタビューに答える人は皆、自分のことを話したくてしようがないんだと思う。
    だから、その辺りをくすぐれば、気持ち良く喋ってくれるのだ。
    人間ってすごい。
    相手の言動や心持を考えて、質問を変えられるのだから。
    明日からまた仕事の日々だ。8月が終わっていく。

  • 7月20日

    7月20日

    なんと大阪まで車で来ている。GWくらいにUSJに行きたいねーなんつってチケットとホテルを取り、新幹線も良いけど車で行ってみるか、ということになり。私がドライバーなので550km、およそ8時間くらいかけてやってきた。

    それだけ一人で運転に没頭する時間があったので、140文字で作れる小説を考えていたんだけどなかなか着想には至らず。昔付き合っていた彼氏と同じ車を見かけた、から当時の思い出を巡って…みたいなのを思いついたんだけどなぁ。

  • 6月20日 開き直り、空元気みたいなもの

    6月20日 開き直り、空元気みたいなもの

    天気は今日も軽やかに快晴。
    梅雨の合間の晴れ間って何回書いただろう。

    自分はこうありたい、と考えてみて、それに近づくための努力をする。
    人間は成長する生き物だから、それは自然なことのように思う。
    だけどその目標みたいなものを見失ってしまうと、もしくは、自分の体調的にそこへ辿り着くための道から少し外れなければいけないと考えた時、人間はどうするのだろう。
    多分、停滞する。
    一休みして、また、その道に戻れば良いだろうと考えるはずなんだけど、その道に戻るためのやり方、方法が分からなくなったとしたら。
    仮定ばかりの話をしているけれど、明日は我が身、もしくは現在の自分が、そんな状態に陥っていることだってあるはずだ。

    自分が今、どんな状態なのかすら分からなくなってくると、いよいよ大変。
    周りは日々成長しようとして努力しているのが見えるし、自分はなぜ、と焦ってしまうだろう。
    焦ることでまたエンジンをかけることができれば良いのだ。
    けれど、人間の気力って、不思議なんだけどそういう時に鍵ってエンジンをかけるための鍵が見つからなかったりする。
    自分だけ成長できていないのではないか、と日々自問自答し続け、やがて、焦りから体力までも消耗し、再び立ち上がるまでに長い時間を要することだってある。

    そうなりたくないな、と思っても、勝手にそうなってしまうことだってあるのだ。
    そんな人生。ハードモードすぎるわ。

    もしかすると、そういう時には開き直り、空元気みたいなものが必要なのかもしれない。
    自分を鼓舞する、と書くと言い過ぎかもしれないが、まずは自分を愛することから始め、自分の今置かれている状況をなるべく俯瞰して見えるようにし、また、体力と気力が戻ってきてエンジンをかけられるようになるまで、温存するべきだろう。
    その期間だって無駄じゃないはず。その時にしか見えない景色があるはずだから。鳥の囀り。季節の移り変わり。周りには味方ばかりだ。

  • 5月20日 新しい趣味が生まれるかもしれない

    5月20日 新しい趣味が生まれるかもしれない

    1ヶ月ぶり?くらいに外を走った。
    家族で買い物に出かけた時に、空がとても綺麗だったので、その空をずっと見ていたくて、そんなことを考えていたら、そうじゃん、走ればいいじゃん、と。
    お腹がだいぶたぷんたぷんしてきたから、継続すれば痩せるということは分かっているんだけれど、どうしても継続するまでのモチベーションにならないのがちょっと痛い。
    けど今日は、空がとても綺麗だったから、自分のお腹のことはちょっと忘れることにした。
    雲が高い位置にあって、その下を鳥が数羽飛んでいるのが見えて、その、遠くを飛ぶ鳥を見つけるのが最近のマイブームになっていて、とはいえ多分大したことない鳥なんだろうけど、それでも彼らが見ている世界は私が見ているそれよりもだいぶ高いところに置いているわけだから、とちょっと想像したりして。

    そうか!
    ドローンを買えばいいんじゃん。
    ちょっと好きかも、ドローン。
    鳥と同じ目線で、映像が観られるんでしょ。ちょっとやってみたいね。
    いい、なんかすごくいい思いつきだこれ。
    多分、ピンキリなんだろうなぁ。うーん、男の趣味って感じだからなぁ。
    3万円から5万円くらいなら、家族にも怒られないだろう。

    ところで、今日のランニングの成果を。
    6km。久しぶりに走ったのでゆったり、キロ6分前後。
    近所をぐるぐる。走るのには少し暑かったなぁ、21度とか?
    気持ちがそっちに向かなかったのでアレなんだけど、やっぱ3月辺りに走れたら良かったなぁ。その頃がベストシーズンだと個人的に思ってる。

    今日は柏レイソルの試合があったんだけど、家庭の都合で行くことはせず、家族との時間を優先したからリアルタイム観戦もせず、結果だけTwitterで知った。夜に見返して見ようかなぁ。

  • 4月20日 唐揚げのゴール

    4月20日 唐揚げのゴール

    彼の顔が好きなの。
    なんでか分かんないんだけど。
    彼の、ボールを跳ね返そうとする時の、歯を食いしばった時の顔が。

    応援しているチームが、防戦一方の展開。
    こちらとしてはなんとか自陣からボールを出してくれ、最悪タッチラインを割ってスローインでも良いから、と戦々恐々としている最中、彼女はそんなことを言った。

    私の願いが叶ったというべきか、あまりうれしくはない願いなのだが、ボールが本当にタッチラインを割り、相手チームのスローインとなった。
    ボールがフィールド内に投げ入れられ、受ける人とそれをマークしてる人の小競り合いが始まる。もう一度スローインとなった。

    けどさ、その、歯を食いしばった時の顔ってさ、ちょっとサディスティックじゃない?
    彼女にそう言った。
    だって普通じゃないもんそれ、と続けて言うと、彼女は少しむっとした顔をした。
    私の好きな、彼女の顔だ。

    うっせーなー!と彼女は言い、食べかけていた唐揚げを私の口に無理やりねじ込んだ。
    まるで数年前に14番をつけていた外国人選手が、彼の身体的アドバンテージを前面に出し、あらゆる選手を薙ぎ倒して最後のゴールキーパーまでひらりと交わした後に決めたゴールのような、唐突さ。
    私の口は咄嗟の攻めにゾーンディフェンスで対応することができず、唐揚げは私の口に、見事とも言えるゴールを決めた。
    ゴールを決めた彼女の顔は、勝ち誇ったような恍惚とした表情で、私の大好物だった。これだからサッカーはやめられない。

  • 考え方の癖に気づくための努力

    考え方の癖に気づくための努力

    何度かこのブログでも書いていますが、自分ってネガティブ思考だよな、ということにショックを受け、更にネガティブになっていく、という負のスパイラルに陥っています。

    これは改善しないと、きっと人生がつまらなくなってしまう原因にもなり得るな、と。

    こういう人って一般的には、他人へのアドバイスにはものすごく前向きにできるという話をどっかの記事で読みまして、それを自分に置き換えてみると、確かにそうだよなと思ったりしてます。

    なので、普段はそんなだから、私、ネガティブ思考なんすよね、とカミングアウトするとたいていの場合びっくりされます。
    ホントはそんなことないのにね。

    ネガティブ思考を全否定するつもりはない

    それ自体は、物事を慎重に考えることにつながるので、悪いわけではないんですよね。
    だけど、自分を追い詰めてしまうことに繋がってしまいます。

    だからこそ、ネガティブ思考を受け入れつつ、考え方の癖に気づき、違う観点から思考を変えていくことで、人生が豊かになるのだと信じています。

    例えば、旅先で、雨が降ってきたとしたら。

    あぁ、私が雨男だから、こんな時に雨が降ってしまったぜくっそ、って思うでしょう。

    だけどそれは天気がたまたまそうなっただけであって、私のせいではないはずです。
    だけどネガティブ思考の人は、そんな風に考え方の癖を持っているから、自分は雨男=全部自分が悪いんです、と思うようになってしまいます。
    で、機嫌が悪くなる、と。

    考え方の癖から抜け出してみよう

    これは認知行動療法の本を読んで知ったのですが、自分の考え方ってなかなか自分で見つけることはできません。
    それを見つけるやり方としては、まずネガティブ思考に陥ってしまったことを紙に書き出してみること。
    その次に、その事柄から得られた感情を、パーセンテージ付きで羅列し、自分の感情にはどんなものが含まれているか考えてみることが良いらしいです。
    で最後に、目線を変えてみて、本当に自分のせいなのか?と問いかけてみると、雨が降ったこと自体は私のせいではないよね、と考えに至るのだとか。

    確かに雨が降ったこと自体は、私のせいではないです。
    まぁ百歩譲って雨具の準備くらいはしてきても良かったよな、とさりげなく自分の改善ポイントを見つけつつ、前を向いて歩く、これがポイントです。

    これちょっとやってみようかと思って。
    週に1回か2回くらい、原因不明の憂鬱な気分に陥ることがあるんですが、それにはきっと原因があり、そしてそれが自分のせいなのか、をちゃんとはっきりさせてみようかなと思っています。