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  • 7月11日 蝉の鳴き声を聞いた

    7月11日 蝉の鳴き声を聞いた

    自分を信じることは大切だ。
    自分を信じることは、過去に得た経験や知識を活かして、新たな活動への道しるべを作ること。
    可能性を広げるためにもきっと、自分を信じることがベースになるのだと思う。

    私は一時期、自分を信じることができない日々を送っていた。
    なんでそんな簡単なことを?と多くの人は感じるだろう。私だって不思議だ。ついこの間までできていたことが、急にできなくなるなんて。
    どっかで読んだけれど、自分を写している鏡に向かって「お前は何者だ?」と問いかけると、精神が崩壊するそうだ。怖くてやってみたことはないけれど、つまりそれって自分を疑うということなんだろう。自分自身が自分自身を疑うなんて、ちょっと怖くてできないや。
    自分自身は、自分自身だ。疑いようもない。鏡を見ないと自分の顔が分からないというのもなかなか不思議なことだけれど、私がここにいるということは間違いようもないし、私という自分自身のことを考えている私は、ここに存在するという証明になる、と信じる。強く言い切れないのは、実は脳が作り出した幻想の中に生きているだけで、実体として証明することができないから。

    話が脱線してしまったが、自分を信じるのってどうしたら良いのだろう。
    あの頃の私は、自分が嫌いで嫌いでしょうがなかった。
    自分の思い描く理想には程遠く、かと言って自分の足元を見て、地道に歩みを進めるということもできず、ただ自分への愚痴を肴に酒を飲み、日々をぼんやりと過ごしていた。
    そんな時代があったからこそ、今、自分のことを信じているのはとてもありがたいと感じることができている。
    綺麗事だよね、分かってる。青臭いなとも思う。
    だけど自分を信じることって人生においてランキングトップに入るくらい大切なことで、それがあるから、冒頭に書いたけれどまた新たな道を拓けることができる。途中で道に躓いたとしても、昨日書いたような気がするけれど、もう一回立ち上がって進もうって気持ちになれる。
    多分、昔の哲学者が同じようなことを言っているように思う。
    だけど私は、自分が培ってきた経験や知識を使って、自分を信じるのは大切なことだ、ということを改めて噛み締めたい。

    蝉はすごい。自分を信じているから、8年も地中にいて、やがて大空へ飛び出し、大切な伴侶を見つけるために大きな声で鳴くから。あんな小さな体で、あんな大きな音を鳴らすことができるのってきっと、自分を信じているからなんだろう。昆虫には「自分」ということを気づかないで生きているらしい。だけど彼らは、自分のことを誰よりも分かっていて、だからきっと今、鳴いてる蝉も、自分の経験や知識をフルに使って生きているんだろう。

  • ロディア No.11とA6ノートの基本的な回し方

    ロディア No.11とA6ノートの基本的な回し方

    いわゆる仕事術!みたいな考え方を目にすると、きちんとした型にはめて実行するものが多いように感じる。私はもっとゆるくて良いのではないかと思う。

    守破離という言葉がある。まずきちんと型を守る。そこからその型を破り、やがて離れていくという考え方だ。だから、まずその型を理解することが必要だ。そして離れていくために、自分流のやり方を見つける、というものである。

    ここで、私が最近取り入れているやり方を載せたい。ここ3ヶ月くらい、以下のやり方で仕事を回していて、結構気に入っている。

    日々の仕事

    1. まず、ロディア No.11をいつでもどこでも持ち歩く。通勤して出社する人なら、ポケットにロディア No.11とボールペンを入れておく。ロディアには、着想するすべてのアイデアや、やらなければならないことなどを1ページ1つの項目として載せる。ロディアの役割としては、情報を逃さないというもの。「あーあれやらないと!」と突然降ってきたような仕事を、出社してPCを立ち上げるまで覚えているのは不可能だ。仮にそれが可能だとしても、出社する時のエレベーターで同僚と会い、違う話をしていて忘れてしまうなんてことが多々ある。そういうのを防ぐために、情報を残しておくのだ。
    2. 出社してPCを立ち上げる。その時にもロディアが効く。一日のタスクリストを作るためだ。ロディアは1行が5mmという、文章を書くにはギリギリのサイズ感。そしてとても小さいため、タスクに載せるリストは最小限度の言葉を使う。その言葉だけを見れば、何をやらなければいけないかが瞬時にわかるよう、冗長な言葉は可能な限り排除する。この行為が割と重要で、いわゆるタスクのエッセンスだけを抽出するのだ。そうすることで、本質的に、何をすれば良いかが瞬時に理解できるようになる。と言うよりも、書いているうちに何をすれば良いか具体的なアクションが浮かんでくることに気づくはずだ。
    3. ここから、ロディアとA6サイズノートの共演が始まる。基本的にロディアになんでも書くが、仕事上で自分なりに思考する必要がある場合、ロディアではスペースが小さすぎる。だからここで、A6ノートに内容を拡げていく。サイズはA6ではなくても、もっと大きなものでも構わない。0秒思考のように、A4のコピー用紙あたりを使うのも良いだろう。私がA6ノートを使っている理由は、絶妙なサイズ感だ。私はスペースが大きすぎると、つい冗長的なことを書いてしまう。「そんなことを言われても、、」のように、ぼやきを入れてしまうのだ。これはこれで良いかもしれないと考えたこともあった。私の思考プロセスを可視化して、私が躓いているポイントをあぶり出すことができるからだ。だけどA6ノートでは、冗長的なことは書けず、ここもロディアと似たところがあるが、可視化する言葉を厳選する必要がある。このようにして、なるべく本質的なことから逃げずに、アイデアを膨らませたり、タスクを細分化することができる。

    以上が、私が最近取り入れているやり方だ。アイデアを失いたくないという私の貧乏性な性格が、このやり方を作り上げたと言っても過言ではない。私は仕事以外でも、小説を描いたりもするので、その点でもアイデアを逃すというのは書く機会を損失するということになる。

    たまたまこのブログを見つけた方には、いったんこのやり方を取り入れてほしい。ロディアは275円、A6ノートはページ数が少なければ100円、ボールペンなんて今お持ちのもので十分なので、イニシャルコストは数百円だ。

  • 痩せるために食生活を見直すと、世界が色褪せて見える

    痩せるために食生活を見直すと、世界が色褪せて見える

    なんだか常に口の中が酸っぱいなぁ、歯磨きした直後なので歯垢とかの問題ではないぞ、と思っており。

    その原因が、先日の健康診断で発覚しました。

    食道裂孔ヘルニア

    これは何かというと、胃が食道の方に出ちゃってる病気のようです。

    https://www.onaka-kenko.com/various-illnesses/esophagus/esophagus_07.html

    こうなると、呑酸と言って、胃酸が逆流しやすいんだとか。

    だから、私の口の中は常になんとなく酸っぱい感じになっているんです。

    で、これを治すには、痩せることが必要だと。

    私、ついさっき測った時は75.3kg、体脂肪21.7%という数値。BMI24.7という、ギリ普通体重と言えるけど、適正体重からは8kg程度痩せないといけないという状況。

    この状況。これですよこれ、私の人生をつまらなくしているのは。

    何がつまらないのか

    好きなものを、好きな時に、好きなだけ食べるって、人生の醍醐味じゃないですか。

    私、割と食べる方で、だからここまで体重が増加してしまったんですが、腹八分目で食事を終えると、なんとなく物足りないのです。もうちょっと食べたい、と思ってしまう。そういう時に、緑茶とかで我慢したりして、お茶を飲んでるうちにどうでも良くなってきて、結局食べないという、私としては涙の出るような努力をしているんです。

    ま、おっさんになってきているから当たり前なことなのでしょうけど。

    同居してる子どもたちは、食べたいものを食べたい時に、食べたいだけ食べていて、羨ましいなぁと感じるわけですよ。

    あぁー俺も回鍋肉でご飯お代わりしてぇ、とかね。食べながら感じるわけです。

    で、追い打ちをかけるような仕打ちが、あすけんに従って適正カロリーから200とか300kcalくらい少ない状態で1日をゴールしているのに、全くと言っていいほど体重には反映されないのです。

    これがものすごくつまらないのです。

    せっかく頑張っているのだから、結果で見せてほしいのだよ!俺の身体!と思ってしまうのです。

    ついさっきもそう。私は起きてすぐトイレに行き、その直後で体重を測るようにしており、昨日は2389kcalの目標に対し1954kcalという実績(435kcalのマイナス)でゴールしたのだから、さすがに痩せるだろ!と思って、そこには「俺だって少なからず頑張ってるんだから、少しくらい期待してもいいだろ!そして結果で見せてくれよ!俺の身体!」という思いが、私の頭のてっぺんから足の爪先までぱんぱんに詰まった状態なのです。

    ところが、結果は、昨日と変わらず75.3kg。

    もうさぁー俺の努力とかさ、マジ、全部無駄じゃん、とか思うわけですよ。

    せめて数百グラムでいいからさ、結果を見せてくれよ!俺の身体!と思ってしまうのです。

    まぁ、口が酸っぱいうちは続けますけどね。多少はさ、結果で見せてほしいですよほんと。

  • バイクを買いました

    バイクを買いました

    大学生の頃に友人たちとバイクに乗っていて、社会人になってからは乗らなくなり、一度手放してしまったんですが、そこから20年もの年月を経て、バイクを買いました。

    いわゆる、リターンライダーってヤツでしょうか。
    20年ぶりに乗るバイクは、めっちゃスピードが出て怖かったです。
    普段は車しか乗っていなかったので、直接風を浴びる圧力だったり、横を走り去るたくさんの建物、田園風景だったり、そういうものがダイレクトになんのオブラートにも包まれずに五感から脳に突き刺さる感じがもう、バイクにしか味わえないものだよな、という感じです。

    どんなバイクを買ったのかというと、それまた大学時代に乗っていた、ヤマハのSRVルネッサというバイクです。同じバイクを買い直したんです。
    全く同じというわけではなくて、少し細かい話になるんですがマフラーとか、ウィンカー、ハンドル、というバイクカスタムの基本3点セットはすでに前オーナーが換えている状態です。
    ま、細かいところはどうでもいいから、私はルネッサというバイクにまた乗ることができて良かったです。

    どんなところから買ったのかというと、ヤフオクです。個人売買ってヤツですね。
    自宅から電車と徒歩で行ける圏内でバイクを出品していて、少し様子を見ていて、気持ちを込めて入札。私が入札した金額を誰も上回ることなく、無事に購入することができました。
    それにしてもアレですね、ヤフオクってバイクの車体を買う時って追加の手数料がかかるんですよね。もし買われる方はお気をつけください。

    https://support.yahoo-net.jp/PccAuctions/s/article/H000005313#t-raku

    さて、無事にバイクを受け取ったのち、ホクホク顔でバイクに乗って帰ってきたワケですが(落札前に自走引き取りがオッケーか確認しておりました)、無事に自宅まで帰ってくることができました。
    ヤフオクで相手は業者っぽい感じの方でした。とは言え、ヤフオクは個人売買ということになるので、バイクの状態はだいぶ気にしてたんですけどね。
    実際はきちんと走る、止まることができる、ちゃんとしたバイクでした。

    が、

    いったん自宅に戻り、そこから自宅近所へまたバイクで出かけた時に、事件が起こりました。
    近所というのは図書館で、自宅から4kmくらいのところにあるのですが、そこへ着いた時に、「このスイッチなんだ?」と思って押してしまったのがキルスイッチで、これはバイクが倒れたとか緊急事態に陥った時に押すボタンなのですが、それを押してエンジンがストップ、でそこからかけ直そうとしても全然かからなくて。
    俗に言う、エンジンがかぶるというヤツです。ガソリンが変な風にエンジンに残ってしまい、プラグの火花が飛ばないっぽい感じのヤツ。
    幸いなことにバッテリーはきちんと残っていたので、そこから何度もエンジンをかけようとスイッチを押しまくったり、また、ギアを1速、2速に入れてがーっと走り、そのはずみでエンジンをかける押しがけというヤツを試したりしてもダメでした。
    30分くらい頑張ってたんですが結局ダメで、4km、鉄の塊を運んできました。超辛かった。
    そういえば昔乗っていた頃もキルスイッチを使って以降はエンジンがかかりづらかったのを後々になって思い出すという事態。

    さて、明日にはかかるでしょうか。
    試してみたいと思います。
    また、せっかくの機会なのでプラグを新品のものに替えてみても良いのかなと思いました。
    どうやら品番はCR7HSAというものだそうです。
    プラグを替えたらまたブログに載せたいと思います。

  • 9月11日 少しずつ秋へ

    9月11日 少しずつ秋へ

    うまくいったこと

    • とりあえず8時間働けた。これくらいしか今日は良い成果がない。
    • このフォーマットで日記を書こうと思ったけど、この欄がだんだん見つからなくなっていき、最終的には「無事に生き抜くことができた」くらいしか無くなってしまうのではないかと少し不安になる。別に不安になることないか。人生の目標なんて、おっとこの先は所感エリアで書こう。

    うまくいかなかったこと

    • 相変わらず機械学習のモデルを使ってテストケースを生成しているのだけれど、相変わらずうまくいってない。期待するようなものが全くと言っていいほど生成されない。
    • あともう一個あった。VS Codeで環境が良くないのか、モジュールによってはインポートできねーぜ!って言われちゃう。めっちゃ困ってる。いくつかウェブサイトを見て環境をどうのこうのしてみたんだけど、全く改善せず。多分だけど仮想環境とかそういう系の問題なんだよなぁ。ずっとこんな感じのメッセージがで続ける。

    改善できる点

    • 明日も同じようにやってくしかないかなーと思ったりする。

    所感

    • 人生の目標なんてたかが知れていて、日々変わる人だっていると思うんだ。私の、今現在の目標なんて、日々を軽やかに生きるくらいにしか考えていなくて、それで十分だと思ったりしてるのだから。
    • 昼夜の寒暖差が徐々に大きくなってきた。秋に近づいているなぁと感じる。空気が軽くなってくる感覚。湿気が少しずつなくなっていき、もっともっと乾燥していくんだよな。
  • 8月11日 動物園へ

    8月11日 動物園へ

    ちょっとだけ、ぼやぼやしてたらあっという間に8月の3分の1が終わってしまったという事実。
    本当に、時間の経つのが早い。こんなことなら五年後、十年後に感じる時間の経過スピードってどれくらいのものだろう。

    今日は家族で、ある動物園へ行った。
    灼熱の、太陽の陽射し。熱風。水分を摂ってもすぐに汗として排出される。
    そんな中でも、健気に生きようとする、動物たちを見た。
    彼らも、彼らなりに一生懸命生きているんだよな、と感じる。
    至るところに、動物のふん?から湧き出る、生き物の臭い。
    ふんの臭いを嗅ぐと、動物園に来たな、という感覚が得られる。

    いったい、彼らと、私、どっちの方が一生懸命生きているんだろうか、とふと思った。
    けれどそれは比べるべきものではなくて、というのもお互いの価値観とか、考え方が違うはずだから、比べることなんてできないでしょ、と思ったりした。
    どっちも、それぞれの価値観に基づいて、一生懸命生きてるんだよな、きっと。
    ナマケモノは、怠け者と呼ばれながらも、懸命に木を登ろうとしていたしね。

  • 7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    今日はセブンイレブンの日か。

    今日はPythonを使ったテスト自動化を勉強する時間があった。独学で。
    広大なインターネットの海を泳いでいれば、調べ方さえきちんとしていれば、ある程度確信度の高い情報が集まるよなー、と思っている。

    やっているのは、Python、Selenium、Behave(Cucumber)のあたり。
    これからの時代は自動化だよなー、と10年くらい前から考えていて、そうなると私はテストを自動化するエンジニアへと目指していくべきなんじゃないか、と思いつつ、だけどプログラミング言語を覚えるのがなー、そこが学校とか通えば良いんだろうけど、腰が重たいんだよなー、と思いながら、ほんとに10年くらい経ってしまった。
    2013年頃に、Pythonでしょ!と自分の中で決めた部分があったので、その部分で発生した熱を冷ます事なく、自分なりに地味に勉強していったら、今とは違った世界が見えていたかもしれない。
    たらればだからさ、そんな仮定の話をしていてもしょうがないんだけど、2013年にPythonを使ってテストを自動化するスキルを身につけていたら、今よりも尖ったテストエンジニアになっていたかもしれないなぁ。その頃Pythonがまだ流行り始めだったような気がするし、テスト自動化についてもまだそんなに、って感じだったからなぁ。
    時の流れというのは早いものですね、とぼんやりしてしまっている。

    だけど違うんだよ、今ここで、また何度目かの炎が生まれているのは確かなんだから、それを、今度こそは温め続けて、いつか大きな炎へと変えていきたいと思っているんだよ。
    今度ばかりは本気だぞ、と何度口にしただろう、だけど今度こそ、という気分でいる。
    小説を描くのと同じで、毎日でも地味にやってったら良いんだよなぁ多分。
    そうすることで、昨日学んだことを忘れないはずだから。
    そしてここで、今日の成果を書いていけば、それがまたモチベーションとなり、明日も頑張ろう、となるような気がするから。

    今日学んだこと

    • Pythonを使ったChromeの起動
    • Behaveの文法(Given, When, Then)
    • Featureファイルと、Step definition のフォルダ構成
    • Seleniumでの、find_element
      これちょっと罠にハマったんだよなー。
      XPATHでfind_elementしたかったんだけど、これ最近?のSeleniumの仕様で表現が変わったらしく、それに気づかずにうんうんと唸り続ける時間帯が辛かった。
      ちなみに現行仕様だと driver.find_element(By.XPATH, “”)が正しい模様
    • Pythonでプログラムを止める方法(time.sleep(10))
    • Pycharm ではCucumberのfeatureファイルを実行できず(プロだけの仕様らしい)、結局COT Editorとターミナルで動かしている。IDEなんて知らんわ、と言う気分で
  • 6月11日 楽しい思い出だけ抱えて、生きていけたら

    6月11日 楽しい思い出だけ抱えて、生きていけたら

    今日は夜ラン。聖地、日立台のスタジアムを折り返し地点とした11km。
    すこーしだけ霧雨が降っていて、それが逆に心地よかった。

    今日は何か考えごとをしながら走ったかな、と思っても、特に思い当たるものはなし。
    深く考えずに、自分の走るペースと、心肺機能が限界を迎えないようにすることをずーっと考えていたような気がする。
    耳には2020年の私のプレイリスト。当時は長男がある日本のバンドにハマっていて、その曲がたくさん流れるようなプレイリストに仕上がっていた。
    あれから3年。そうか、2020年といえばやはりコロナウイルス最盛期だった頃じゃないか。
    私はずっと在宅勤務になり、生活がガラッと変わった。
    私なりに考えてみて、大きな変化は、通勤がなくなったことで本を読む時間がガクンと減った。当時はよく、朝と夕方にモラトリアムみたいな時間を設け、その時間にウォーキングをしたり、読書したりすると良いみたいな記事がたくさん目についた。
    私はそんなふうに時間を使うことはなく、仕事を長めにしたり、早く仕事が終わった時にはお酒を飲む時間にしたり、あまり特定の物事に決めることなく時間を使っていたように思う。
    いや、というか、2020年は私史上、一番やばいプロジェクトのQAをやっていたんだった。当時は21時からミーティングがあったり、朝も8時くらいから仕事したりなど、通勤時間がなくてよかった、なぜなら仕事ができるからみたいなマインドで生きていたのを思い出した。
    レイソルはどんな年だったっけか。J1に戻ってきた年だったよな。ミカがいたり、江坂がいたり、クリスがいたりした年だったか。何度かスタジアムに足を運んだような気がするけれど、ごめん、あんま覚えていないな。

    2020年なんて、つい最近のことなように思う。
    けれどそれから3年、きちんと地に足をつけて、生きてきたんだよなぁ。
    あの頃は楽しかった?と自問しても、あんま覚えてないんすよね、くらいしか返す言葉が見つからないんだけどね。
    過去、楽しかったかというと、その都度つらかったようなことがあったんだと思う、だけどそういうのって昇華してしまう気がするんだよな。
    楽しい思い出だけ抱えて、生きていけたら良いのかもしれないけどね。

  • 5月11日 心療内科の先生に相談する内容とは

    5月11日 心療内科の先生に相談する内容とは

    心療内科って書こうとしたら、間違えて新緑、となってしまい、そうじゃん、新緑の綺麗な季節になってきたな、と思い返した。
    昨日と今日、家から一歩も出ていない。緑が遠い。
    ベランダで飼っている観葉植物を眺めながら、彼らが自らの腕のように延ばし始めた枝、そこから生えた葉が多くなってきたなぁと感じる。
    そんなふうに、ぼんやりしていたらどんどん暑くなって、知らず知らずのうちに夏を迎えるのだろうか。
    すでに43回分の夏を経験している身としては、44回目を迎えたとしても、今までと大差ない夏がきたな、と感じるんだろうなぁ。

    今日は心療内科へ通院する日。
    何を喋ろう、と思うと、少しだけ緊張する。
    緊張する心療内科ってどうなんだろう。良いのか、悪いのか。
    私の通う心療内科は、「誰でも気軽に来てくださいね」みたいな雰囲気で迎えてくれるのだが、私を診てくれる先生はやや口が重く、私からいつも喋り出すことになっている。
    他を知らないので、それが普通と考えてしまっている。もしかするともっと違う、私に合うような先生がいるかもしれないけれど。

    けれど、今になって病院を替えるというのは、サンクコスト的な考えもあり、腰がだいぶ思い。
    自分に合う/合わないってのがあるから、いろいろ見た方が良いよ、というアドバイスは今まで何人かからいただいたのだけれど、結局実行には移せていない。
    移せていない、というか、違う、今の自分としてはそこで満足している、のかもしれないから、新たなところを開拓する気がない、というのが正しい、

    ような気がしている、けれど、

    いつまでこの薬を飲み続けるんだろう、という思いがある。
    その前に、私がどういう状態になったら、この薬をやめられるのだろうか。
    元気になったら?と考えてはみるけれど、それじゃ今の私は元気じゃないのか、という問いが自然に浮かぶ。
    元気な時は元気だけれど、そうじゃない時だってあるさ、だけどそれって人間だもの、抗うつ剤を飲んでないような人だって同じようなことあるでしょ。
    分からない。
    極論を言うと、先生に決めてもらいたいと思ったりしている。
    私自身じゃ、分からないから。
    どの状態になったら薬をやめる、通院をやめることができるのか、分からないから。
    試しに、薬を飲まないで生活してみる?みたいなことも考えた。
    けれど、それで失敗して不幸のどん底みたいなマインドになってしまったら嫌なので、まだ実行に移したことはない。
    こういうことを、先生に相談してみても良いのだろうか。
    他の患者さんは、どんなことを先生に相談しているのだろうか。ちょっと気になる。

  • 4月11日

    4月11日

    司馬遼太郎の関ヶ原を読み直している。
    どうする家康で、大河ドラマがやっているから。
    いつ買ったんだっけなぁ、買った当初は石田三成を推していた頃だったので、家康が悪者に見えてしょうがなかった。
    ところがそれかr幾年か経ったのちとなる今、それを読み返していると、石田三成の気の効かなさに切なくなってきてしまう。

    子供を想う、親の気持ちとも言えるほどの。
    じれったい、ってやつかもしれないなぁ。
    まぁ、司馬遼太郎のエッセンスが入り込んでいるだろうし、そもそも史実の通りに描くことは難しい局面もあるだろう。
    だからこれが石田三成の個性、という一方的な見方で捉えるのもちょっとアレだよなぁと思いつつ。

    もっと、周りに気を配ることができたら、西軍に軍配が上がったかもしれない。そうなったとしたら東京という街は今ほど栄えておらず、滋賀県のあたりが日本の中枢になっていたかもしれないと思いを馳せてみると、この戦いがあったから今の日本になってるんだよなぁと思ったりする。
    たらればだからね。思いを馳せるのは私の自由だけれども。