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小説

5月23日 ギンガムチェックの傘

雨上がりの街。水面に残った雨が、水飛沫となって車の後を追っている。やがて、静かに空へと舞い上がり、またいつの日か地上に落ちてくるのを待っている。雲の隙間から、ぼんやりと。 そんな循環を思い浮かべたのは、ついさっき思い出した、死んでしまった母のことがあったから。火葬の日、火葬場から舞い上がる煙のようなものが空に昇っていくのを見た。それはどこまでも舞い上がっていくように見えたけれど、そのまま宇宙まで飛 […]

5月18日 優しい嘘

どっちが正義だとか、良く分からなくなっちゃってさ。少年は、自分が原因で起こしたクラス内での諍いを、隣の部屋に住む、なんの仕事をしているか良く分からないおじさんに話した。いじめられている友達を庇ったら、今度は少年がいじめられるようになってしまった。こんなことなら、庇うなんてことしなかったのに、と。物事はこれ以上なくシンプルだ。いじめられている子が悪い。だけどそのいじめられている子は、家では二人目のお […]

5月2日 キーホルダー

階段を昇っていくと、ちょうど電車が停車しているのが見えた。乗れるのなら乗りたい、と思ったがたまたま、私の前に歩いていた人のリュックについていたキーホルダーが目に入り、そして私は階段でつまづいた。電車は行ってしまった。周りに見られているような気がするのがとても気恥ずかしく、私は「こんなこと、へっちゃらですよ、日常茶飯事ですよ」という、なんてことない素振りをし、気を取り直して残りの階段を昇る。 「運動 […]

4月20日 唐揚げのゴール

彼の顔が好きなの。なんでか分かんないんだけど。彼の、ボールを跳ね返そうとする時の、歯を食いしばった時の顔が。 応援しているチームが、防戦一方の展開。こちらとしてはなんとか自陣からボールを出してくれ、最悪タッチラインを割ってスローインでも良いから、と戦々恐々としている最中、彼女はそんなことを言った。 私の願いが叶ったというべきか、あまりうれしくはない願いなのだが、ボールが本当にタッチラインを割り、相 […]

4月8日

相変わらず風が強い。春ってこんなに風の強い日が続くんだっけ、と曇り空を眺めながら思った。今にも降り出しそうな空だ。雨は洋服が濡れるから嫌いだ。 ついさっき立ち寄った定食屋に、読みかけの文庫本を忘れたことに気づいたのは、店を出てから数時間経った後のことだった。ぶらぶらとウインドウショッピングをしていたが足の向きを変え、定食屋へと向かった。店は準備中という看板が掲げられていた。腕時計を見ると15時40 […]

4月3日 希望の葉

少しずつ木々に緑色が増えていくように、人間にも希望の葉が増えていくような時期がある。最初は自分でも気がつかないんだ。それはとても小さな葉っぱだから。だけどそんな状態から、忘れずに水をやって注意深く観察していると、だんだんと葉っぱが大きくなっていくのが分かる。そんなふうに、希望の葉が、大きくなっていくような時期。四季で言うと春のような時期なんだけど、それが人間の春なんだと思う。 猫は窓から見える木々 […]

5月1日

図書館で伊坂幸太郎の、フーガはユーガを借りられたのでとても嬉しかった。読むのは2回目で、1回目はだいぶ長い順番待ちをしたものだ。それが、もう予約は不要で借りることのできたという、時間の流れに少しだけ驚いた。あれからまだ1年くらいしか経ってないんじゃなかったっけ。 伊坂幸太郎は、ストーリーの非現実性と、言葉の選び方や小ネタの挟み方がとてもオシャレなところが良い。あとは気持ち悪い性描写や、暴力的なとこ […]

エンターテインメント小説

自分と等身大の主人公が、日々葛藤していく小説とか、描いててつまんない気がするんだよな エンタメだとしたら、肉欲に溺れるとか、カネに、とか、やっぱそういう方面だよな

親愛なる隣人

すぐに身体を求めてくるその思考。男って本当にどうしようもない生き物だ。一度、それを断ったらあからさまに態度を変えた男がいた。名前なんてすぐに忘れたけど。 私の身体は汚れているのかもしれない。私は、何かに縋りながら生きていかねばならぬと気付き、それが、私を求めてくる男という存在だと気づいたのに、そう長く時間はかからなかった。承認欲求。私で果て、そんな人間の腕に絡まりながら、自然と意識を混濁させていく […]

ほろ苦いビールの味

大好きだった彼と別れた。突然のことで、未だに頭が混乱したままだ。ただ、他に好きな人ができたという言葉だけを残して、彼はいなくなってしまった。 私が彼を繋ぎ止めておけるようなものは何も残っていなかった。いつも私が追いかけてばかりで、「付き合っていた」という事実は、実は、私が勝手に思い描いていた解釈で、 本当は、 私がずっと片思いをしていただけなのかもしれない。 遊ばれていた?と友人は今だからこそそう […]