5月18日 優しい嘘

どっちが正義だとか、良く分からなくなっちゃってさ。
少年は、自分が原因で起こしたクラス内での諍いを、隣の部屋に住む、なんの仕事をしているか良く分からないおじさんに話した。
いじめられている友達を庇ったら、今度は少年がいじめられるようになってしまった。
こんなことなら、庇うなんてことしなかったのに、と。
物事はこれ以上なくシンプルだ。いじめられている子が悪い。
だけどそのいじめられている子は、家では二人目のお父さんに頬を打たれることが多いと知ってしまった。
そうなると悪いのはそのお父さんじゃん。いじめてる子は悪くないじゃん、と。
おじさんは変わった匂いのタバコを吸いながら、少年の話を聞く。明後日の方向を向きながら。

もしかすると、そのお父さんも、誰かにいじめられているのかもしれないぞ。
だとしたら、お父さんすらも悪くはなくなってしまうよね。
そうやって、世界って回っているのかも知れないなぁ、とおじさんは、少年に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。
タバコが、最後まで行ったようで、胸のところについてる小さなポケットから携帯灰皿を取り出し、タバコをその中に入れた。パチッ、とボタンを留めるような音がなり、その後におじさんは携帯灰皿を潰すようにして、タバコを吸う一連の作業を終わりにした。

だけどな、少年、君がやったこと、友達を庇うことは悪いことではないだろ?
おじさんは、ゆっくりと、諭すように少年に聞いてみる。
少年は少し考えるようにして、そうだね、友達が可哀想だったから、と少年は応える。
いいんだよ、それで。目の前に困っている人がいたら、助けちゃえばいいんだから。
お父さんに打たれる?だからって友達をいじめて良いなんてルール、ないだろ?
少年、君は自分の道を信じて、明日も学校に行けばいいんだよ。
いじめられることがあったら、うちの隣にヤクザが住んでるんだよね、この間友達になってさ、くらいのことを周りに言いふらしてみ、そしたらいつの間にか、君はいじめられなくなるんだから。
おじさんはそれを、優しい嘘と名づけた。
でもおじさん、嘘をつくのは悪いことじゃないの、と言うと、おじさんは笑って、次のタバコを吸う準備をしながら、ついてもいい嘘ってのもあるんだよ、と言った。
青空を、数羽の鳥たちが、どこかへ飛んでいくのが見えた。