傘をしまうビニール袋が気になってしまう男の話

カフェは混んでいた。
雨だし、こんな駅前のカフェはお昼時こそ、混むべきなのだろう。
いつもはフロアスタッフが2人で回しているが、今日は3人で回している。
1人分の人件費を賄えるほど、十分な利益が出ると見越したのだろう。
確かに、周りを見渡すと多種多様な客でほぼ満席となっていた。

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私はセットについてきたサラダを食べ終えた。
今日のパスタセットのパスタはホウレンソウのペペロンチーノだった。
ニンニクの入っている料理はだいたい好物だ。
早く出てきて欲しい、と思う反面、この客の入りだと、もしかしたら時間がかかるかもしれない、とコップに残っていた水を飲み干しながら、少しだけ覚悟を決めた。

カラン、とグラスに入っている氷がぶつかったのかと思った。
が、よく見ると私の器には氷が入っていなかった。
少しだけ周りを見渡すと、隣に座っている男性の二人組のうち、1人が、私と同じタイミングで水を飲み干し、そこに残っていた氷が音を奏でたのだった。
私は一瞥したが、ジロジロ見るほどの興味は無かったので、パスタが出てくるであろう厨房のほうをぼんやりと眺めた。ホールの3人が視界の端っこに映る。皆、せわしなくは働いているのが感じられた。

ほどなくして、氷を鳴らさなかったほうの男が、暇を持て余すかのように話し始めた。
何気なく聞くともなく自然と耳に入ってきたのだが、彼の声が心地良く通るので、つい聴いてしまった。

「スーパーにさ、あ、良く、雨が降ると、このビニールをお使いください、ってさ、ビニール袋、出るとこあんじゃん」

「あぁ、え、あるけどいきなりなんだよ」

「あぁ、この間かなでさんと休憩中にめっちゃ盛り上がった話なんだけど」

「かなでさんってあれだっけ、めっちゃおっぱいの大きな先輩」

「そ、もう俺そこにしか目が行かないから、一緒のシフト、辞めて欲しいって言ったんだよ。そしたらかなでさん、なんて言ったと思う?」

「俺さ、かなでさん、見たことないんだから全然わかんねえって。え、なんだ、触ってもいいよとか言ったの?」

「お、さすがだな。私を楽しませてくれるんなら、考えてあげてもいいなーだって」

「なんだよその上から目線!無理だわ俺ー。もっと癒されたいもん」

「お前はそうだよなー。俺、かなでさんと寝れるんならどうやって楽しませられるか、めっちゃ考えるわ」

「てかさ、スーパーのビニール袋が、どうしたの」

「あー、かなでさんがさ、あれ、傘をしまう時、めっちゃアレな感覚になるって言ってて。はぁ?なにそれ、って思ってたの」

そこで私のパスタが到着した。
ここで話が盛り上がるような気がしてきた。私はパスタよりも男の話が気になって仕方がなかった。
男の結末は。かなでさんと男は夜を共にできたのだろうか。
私は必至にパスタをくるくるさせながら、少しずつ口に含ませた。

「アレってなんすか?って聞いたのよ。全然意味わかんなかったし」

「え、いやー、それってさ、、」

「え?!お前、もしかして、、」

「あれだろ?ゴムを付ける時のやつに似てるんじゃねーの?なんか、装着してる感、あるもんね」

「うーそーだーろー!!お前もそう思ってたのかよ!なんだよ、知らなかったのは俺だけか!87初恋の吾郎さんみたいじゃねーか!」

「いやでもさ、結局、それで分からない、ってなって、どうなったの?かなでさんとはその後やれたりした?」

「いやーそれがさー、分からないっす、って答えたら童貞だろお前、って言われてさー」

「あ、それはショックだ。お前が童貞かどうかはさておいて、なんかプライドが傷つけられたんだよね」

「確かにそうだな。87初恋の吾郎さんみたいだな」

彼らはやけに北の国から、87初恋を例えに出すような気がした。
なぜ、今。

「そしたらかなでさん、私、童貞、嫌いじゃないのよね、って誘うからさー。嘘だろ、これなんてAVだよ、って思って、怖くなって、いや、俺、童貞じゃないす、って応えてしまった」

「お前そこは童貞です、ごちそうさまです!だろー。なんでそこで見栄張ってんだよー。童貞じゃなかったとしてもそこは童貞でいかないと。そこ頑張ったらかなでさんのおっぱいだぞ」

私はがっかりした。私は童貞だったからだ。そして、かなでさんという存在がとても気になり、彼らがどこで働いているか知りたくなり、パスタの味が全く分からなくなった。