TAG

価値観

カテゴライズすることで得られる、その場しのぎの安心感

私は内向的だから。私はO型だから。私はHSPだから。 誰かが決めたカテゴリーに則って、私は私のことを理解することがある。しかしこのカテゴリーに100%合致するはずはない。これを決めた人は、私のことを見て決めた訳じゃないから。私が、「なんとなくこれかな」と決めたカテゴリーに則っただけだから。血液型以外。 だけど、例えば、私はHSPなんだと自覚するだけで、生き方が楽になるのはなぜなのだろう。私は本当は […]

めんどくさいは悪だけど、魅力的

日々、いろいろとめんどくさいことをこなし、過ごしている。 めんどくさいという感情は悪だ。何のメリットもない。 そんなものはなるべく早く取っ払うべきだ。 分かっている。分かっているけど、そのめんどくさいという感情に振り回され、怠惰になりたい自分と、律しなければいけないという意識が闘う。 結果、怠惰なほうが勝ることが多い人生と、律する方が多い人生、それぞれが迎える未来の差はとてつもなく大きい。 それぞ […]

なんの役にも立っていない

なるべく客観的に、今自分の置かれている環境を見渡してみて、それに対して今の自分が、その環境に対して何か役に立つようなことを担っているのだろうかと考えた時に、その答えが、何一つとして浮かんでこなかった。 つまりそれは自分が今、この地球という環境に対してなんの役にも立っていないということを意味する。むしろ空気を吸い何かを食べ、つまり地球のリソースを無駄に消費するだけの生き物ということになるのであろう。 […]

私は凡人だから

日々、何かをインプットし、このように文章を排出している。この文章自体も、新たなインプットとして受け止め、それを基にしてさらに新たな文章を排出したりも、する。 だが、私がここで紡いでいる文章は、インプットがなかったら出来上がらなかったのだ。つまり、インプットしたもののコピーということになる。インプットしたものをいくつか組み合わせて排出したりもするから、それは見方によっては自分のオリジナルかもしれない […]

自由って難しい

自分は自由だ。 自由ってなんだ。 自由、っていう文字を何度も繰り返し、その文字自体を凝視していたら、じゆうって読めなくなってきた。 森博嗣によると、自由は、自分が計画した通り、予定した通りに生きること、だそうだ。 こんなにシンプルに、自由の意味を定義できるなんて!と、私は彼の才能に嫉妬した。 自由について少し考えたい。 生活な自由と聞いて連想するものは、たしかに、自分が思い通りに生きていることにつ […]

劣等感は自分が成長するためだ、にあまり納得できていない

なぜだろう、すっと腹落ちしていかないのは。 なんとなくむず痒い思いをしているのは。 素直に受け止めると、まぁそうだろうな、その劣等感を払拭するために自分が成長していくんでしょ、となる。だけど、全ての人がそうかというと、そうではないと思う。 その劣等感に負けてしまう人、もしくはその劣等感と仲良くなってしまう人がいるからだ。自分が抱くもやもやとした思いが、文章になっているか怪しい、けどその辺りの人たち […]

愛に飢えていると

私はいくつかの時代で、このようにブログを始めてはやめるを繰り返してきた。なんとなく気が変わって、急にやめることが多く、今回もそんな感じで突然やめるような気がしている。熱しにくく、冷めやすいと考えている。 書いていることはあまり変わりなく、いくつかのブログを移り変わっていても、ずっと承認欲求だとか、価値観について考えてばかりだった。たぶん、その方面を考えるのが好きなのだろう。何が好きなのかというと、 […]

人と比べるくらいなら、自分の生を全うしてみろよ

自戒を込めて。 ここ半年くらいで、だいぶ気持ちを切り替えてきているのだけれど、私はすぐ他人と自分を比べてしまうところがあって、自分はダメだと思うこともあれば、逆に、あいつはダメだと思うことがあったりもする。他人と自分を比べることで、相対的に自分が劣っているとか、優れているとか、そんなことを考えてしまうのはもしかしたら人間の性なのかもしれない。人間というか、生き物の性だったりするのかな。 けどそれっ […]

雄弁に語るよりも、傾聴を大切にしたい

このブログは、前置きを必要とする。それくらい怖い。これを表明することに自信がない。賛否両論あるだろう。そもそも賛と否だけで表すことはできない。それこそグラデーションのように、各種様々な意見があるのだろうと推測する。 発端は、自分が成長するためには、どういうインプットと、どういうアウトプットを組み合わせていけば良いのかという自問だった。吸収するだけでは、人は成長しない。暗記しようと英単語帳ばかり見て […]

障子の向こうが見たかったおじいさんのこと

先日Twitter断ちをした時に、彼と同じ心境なのかもな、と思う瞬間があった。何度か。彼は「絶対に見ちゃダメですよ」という忠告を無視し、障子を開けてしまった。そしてその障子の向こうにいた鶴はそれに憤慨し、飛び立ってしまう。 お爺さんはなぜ、我慢できなかったのだろう。人間はなぜ、「やっちゃダメですよ」と制限をかけられたものに対して、強い興味を示してしまうのだろう。 先週、Twitter断ちをした時に […]