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  • 7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    7月11日 何度目かのテスト自動化にトライ

    今日はセブンイレブンの日か。

    今日はPythonを使ったテスト自動化を勉強する時間があった。独学で。
    広大なインターネットの海を泳いでいれば、調べ方さえきちんとしていれば、ある程度確信度の高い情報が集まるよなー、と思っている。

    やっているのは、Python、Selenium、Behave(Cucumber)のあたり。
    これからの時代は自動化だよなー、と10年くらい前から考えていて、そうなると私はテストを自動化するエンジニアへと目指していくべきなんじゃないか、と思いつつ、だけどプログラミング言語を覚えるのがなー、そこが学校とか通えば良いんだろうけど、腰が重たいんだよなー、と思いながら、ほんとに10年くらい経ってしまった。
    2013年頃に、Pythonでしょ!と自分の中で決めた部分があったので、その部分で発生した熱を冷ます事なく、自分なりに地味に勉強していったら、今とは違った世界が見えていたかもしれない。
    たらればだからさ、そんな仮定の話をしていてもしょうがないんだけど、2013年にPythonを使ってテストを自動化するスキルを身につけていたら、今よりも尖ったテストエンジニアになっていたかもしれないなぁ。その頃Pythonがまだ流行り始めだったような気がするし、テスト自動化についてもまだそんなに、って感じだったからなぁ。
    時の流れというのは早いものですね、とぼんやりしてしまっている。

    だけど違うんだよ、今ここで、また何度目かの炎が生まれているのは確かなんだから、それを、今度こそは温め続けて、いつか大きな炎へと変えていきたいと思っているんだよ。
    今度ばかりは本気だぞ、と何度口にしただろう、だけど今度こそ、という気分でいる。
    小説を描くのと同じで、毎日でも地味にやってったら良いんだよなぁ多分。
    そうすることで、昨日学んだことを忘れないはずだから。
    そしてここで、今日の成果を書いていけば、それがまたモチベーションとなり、明日も頑張ろう、となるような気がするから。

    今日学んだこと

    • Pythonを使ったChromeの起動
    • Behaveの文法(Given, When, Then)
    • Featureファイルと、Step definition のフォルダ構成
    • Seleniumでの、find_element
      これちょっと罠にハマったんだよなー。
      XPATHでfind_elementしたかったんだけど、これ最近?のSeleniumの仕様で表現が変わったらしく、それに気づかずにうんうんと唸り続ける時間帯が辛かった。
      ちなみに現行仕様だと driver.find_element(By.XPATH, “”)が正しい模様
    • Pythonでプログラムを止める方法(time.sleep(10))
    • Pycharm ではCucumberのfeatureファイルを実行できず(プロだけの仕様らしい)、結局COT Editorとターミナルで動かしている。IDEなんて知らんわ、と言う気分で
  • 7月4日 体重と糖質制限と私

    7月4日 体重と糖質制限と私

    昨夜、うまく眠れず、今日一日を通してパフォーマンスの悪い日だった。
    加えて、糖質を制限しているせいか、頭にエネルギーがたまっていないような雰囲気もあり、無理な糖質制限はよくないな、と考える一日だった。

    理想の体型になるために、そこに向かって一直線を突っ走ったら良いだけじゃん、と考えたのは先週の今頃だった。
    確かにその通りなんだよね、何を俺はぐだぐだしているんだ、と自分のお尻を叩き、今日は5kmを走ることまでしてきた。
    明日の朝、体重を測るときに、どんな展開が待っているのだろうか。
    楽しみでもあり、楽しみでもある。
    今日はここまで追い込んだんだから、明日は多少痩せているだろう、と淡い期待を胸に、寝ようかと思っている。

    そうそう、眠りについても、糖質を制限していることで、眠りづらくなっているんじゃないかと考えたりもしていて。
    眠り、空腹、回らない頭と引き換えに糖質を制限するのって、ちょっとアンフェアじゃないか、と私の後ろにいる私が言っている。
    ホントそうだよね。
    食べたい時に、食べたいものを、お腹いっぱい食べるのが幸せだって気づかせてくれたのは、糖質、君だったじゃないか。
    何を私は敬遠しているんだろう。
    私は、一体どこへ向かおうとしているんだろう。

    だけど今日は5km走ったということで、ご褒美に350mlのビールを飲んだ。
    プラス、ご飯は80gくらい。あとはちょっとしたおかず。
    痩せてって欲しいなぁ。このまま痩せてってくれたら嬉しいんだけどなぁ。

  • 6月27日 私にとってのゴールってなんだろう

    6月27日 私にとってのゴールってなんだろう

    出社。適度に人と話し、お互いを認識する活動を経て、私は生きていると感じられた。大事なのは目を合わせることで、そうすることで言葉だけでは伝えられない空気感を共有することができるよなぁと実感した。私の拙い英語でも、ちゃんと理解しようとしてくれる人がいるのはありがたい。相手はインドの人。お互いに第一言語が英語ではないところも効いてるのかもしれない。

    英語を話せると、13億人と話せるようになる、と子供の頃に聞いたことがあった。だけど今はインドだけでその人口になっているのだから、今はもっと多くの人と話せるようになるのだろう。インドの情熱はすごい。インドに頭の良い人が多いみたいな触れ込みがあるけれど、実際のところ、全人口に対する割合は日本のそれと近いのではないだろうか。頭の良い人が多い、なんて十把一絡げにしてしまうところにミスリードが生まれているような気がする。

    人間は一様ではないから、それぞれに得手不得手があるだろう。私にとっては交渉事が苦手、人にものを頼むのが苦手だったりする。たぶん、そういうところをみんなで補いあって社会が成り立っているんだろうなぁ。全能な人なんて幻想だ。そういうスーパーマンには憧れるけど、スーパーマンにだって不得手なところはあるだろう。だから、人をある決まった側面だけで見るのは良くないよ、という話。

    だけど、人間はみんな成長したがっている。昨日の自分を超えるために、日々、努力しながら生きている。人生のゴールってなんだろう。私にとってのゴールってなんだろう。答えなんてすぐには見つからず、というかそれを探しながら生き続けるのかもしれない。もしかするとゴールなんてただの幻想で、ただ生き、自分の寿命を全うするのがゴールなのかも。そういうことだろ。

  • 6月20日 開き直り、空元気みたいなもの

    6月20日 開き直り、空元気みたいなもの

    天気は今日も軽やかに快晴。
    梅雨の合間の晴れ間って何回書いただろう。

    自分はこうありたい、と考えてみて、それに近づくための努力をする。
    人間は成長する生き物だから、それは自然なことのように思う。
    だけどその目標みたいなものを見失ってしまうと、もしくは、自分の体調的にそこへ辿り着くための道から少し外れなければいけないと考えた時、人間はどうするのだろう。
    多分、停滞する。
    一休みして、また、その道に戻れば良いだろうと考えるはずなんだけど、その道に戻るためのやり方、方法が分からなくなったとしたら。
    仮定ばかりの話をしているけれど、明日は我が身、もしくは現在の自分が、そんな状態に陥っていることだってあるはずだ。

    自分が今、どんな状態なのかすら分からなくなってくると、いよいよ大変。
    周りは日々成長しようとして努力しているのが見えるし、自分はなぜ、と焦ってしまうだろう。
    焦ることでまたエンジンをかけることができれば良いのだ。
    けれど、人間の気力って、不思議なんだけどそういう時に鍵ってエンジンをかけるための鍵が見つからなかったりする。
    自分だけ成長できていないのではないか、と日々自問自答し続け、やがて、焦りから体力までも消耗し、再び立ち上がるまでに長い時間を要することだってある。

    そうなりたくないな、と思っても、勝手にそうなってしまうことだってあるのだ。
    そんな人生。ハードモードすぎるわ。

    もしかすると、そういう時には開き直り、空元気みたいなものが必要なのかもしれない。
    自分を鼓舞する、と書くと言い過ぎかもしれないが、まずは自分を愛することから始め、自分の今置かれている状況をなるべく俯瞰して見えるようにし、また、体力と気力が戻ってきてエンジンをかけられるようになるまで、温存するべきだろう。
    その期間だって無駄じゃないはず。その時にしか見えない景色があるはずだから。鳥の囀り。季節の移り変わり。周りには味方ばかりだ。

  • 6月13日 自分の好きな時に、好きなものを、好きなだけ楽しみたい、っていうのから、少しずつ遠ざかっていく

    6月13日 自分の好きな時に、好きなものを、好きなだけ楽しみたい、っていうのから、少しずつ遠ざかっていく

    私の低血糖による症状の話。

    もしかすると前日の飲酒ではなく、当日の昼食が関係しているのかもしれない、と気づいたのは、今日の症状から。
    今日も17時くらいから、耳周辺がこわばるというか、痺れるという感覚が。
    そこから、昨夜、お酒はちょっと飲んだけど、酩酊するほどではないよなぁ、と思い至り(ビール、350mlを1本とウイスキーをロックで1杯)、となると、昼食、今日は出社して近くの中華料理店でレバニラ炒めを食べたんだよな。中華料理ってご飯は多めだよな。そこでたくさん白飯を食べたんだよなぁ、と。
    となると、昼食時に炭水化物をなるべく摂らないほうが良いのでは?とか。
    そもそも血糖値が低くなるのが悪くて、その前に血糖値が高くなるのが悪いんだから、というか血糖値をなるべく上昇させないようなご飯が良いのではないかと思っていて。

    はぁ。

    こういうところに頭を悩ませる世代に入ってきたんだなぁ、とぼんやり考える40代中年男。

    食の楽しみとは。
    自分の好きな時に、好きなものを、好きなだけ楽しみたい、っていうのから、少しずつ遠ざかっていく。
    まぁ、ここで気持ちを切り替えて、健康的な食事を追求するっていう考え方になっていけたら良いのかもしれないけれど。
    まだ、もうちょいこのアンニュイな気分に浸っていたい。

  • 6月6日 自分の歩む先を、自分の理想とする方向へと

    6月6日 自分の歩む先を、自分の理想とする方向へと

    あの頃の自分に戻れたら、と自分のふっくらしたお腹を見て思う。
    あの頃、今から10kgぐらい痩せていた頃の体型が、とても大好きだった。

    過去の、自分がかつて歩んできた道の頃を考えてみることは、自分を前進させているのだろうか。
    もしかすると、今の自分という存在を否定しているのではないか、と。

    違うのだ。
    今の私は未来に向かんで少しずつ歩んでいるのであって、過去の自分に戻りたいわけではない。
    たまたま、私の歩んできた道のなかで、「あの頃は良かったな」と思える瞬間を思い浮かべているだけなのだから。

    もしかするとそれは、恵まれていることなのかもしれない。
    自分の思い描く理想を、自分が歩んできた道の瞬間に出会っていたのだから。
    だとすると、今の自分をまず肯定してあげて、あの頃生きていた自分を思い描き、それに向かって進むだけなんだろうな。

    未来って難しい。難しいけれど、未来は359°の可能性に満ちているから、自分の歩む先を、自分の理想とする方向へと足を向けるだけなんだよな。
    もしかすると、私の選択は、未来の方向性を340°狭めてしまうかもしれない。だけど、残り19°あるんだから、そこからまた自分の思い描く方向へと、足を向ければ良いのだろう。

  • 5月30日 仕事の話

    5月30日 仕事の話

    やっと火曜日が終わる。
    この頃になってくると、ようやく1週間が始まった感覚を持つ。
    月曜日はどうしても力が入らず、惰性で、実際には月曜から金曜まで惰性で暮らすのかもしれないが、なんとなくそんな感覚。
    今週は何をしよう、と思う。仕事のこと。
    私の仕事は長い目で見るものなので、1週間の中で物事が完結するということは少ない。
    だからこそ、今週金曜で終わらせようみたいなものは持っていないのかもしれない。

    今は、会社としての品質計画書をどのように捉えるかということに注力している。
    品質って難しい。
    そればかり優先すると納期が遅れ、コストは嵩み、結果として品質は良かったけれど失敗したプロジェクトになってしまう。
    予算が強いのかもしれないなぁ、と思い無駄なコストを削減しようとすると、それは実際は無駄ではなくて、市場に出しても良いと思われる品質まで高めようとチャレンジしたものであり、そうなると、本当は必要だったコストということになってしまう。

    また、品質って難しくて、市場に出てから、つまり一般ユーザーの手に渡ってから何も障害がないとしよう。
    すると、このプロジェクトでやってきた品質目標は過剰だったのではないか、という人が出てくる。
    だけどどの程度まで品質を高めれば良いのかって誰もわからなくて、神様ですらも分からないから、予算の許す限り品質向上活動に時間を割く人たちの要員を割いて、頑張って最良の品質を作り出そうとする。
    最良の品質っていうのもなかなか難しくて、市場で不具合が出てないから良い、だけど不具合が出ないギリギリのラインで品質を止めようとしても、その目安がわからないのだ。
    そう考えると、もしかすると、市場には多少の不具合が出ても良いのかもしれない。
    不具合は出るけれど、お客さんにとって致命的な不具合、命を脅かすだとか、お金が理不尽な形で減ってしまうだとか、そういうところにまで至らなければ良いのではないだろうか。
    暴論だと思う。
    けれど、会社のオプショナルな対応で完結できるのであれば、自社以外は誰にも迷惑がかかっていないのだから、良いのではないか、と。
    暴論だよね、わかってる。けどこれを論破できるロジックは、今の私には思いつかないのであったりする。

  • 5月23日 ギンガムチェックの傘

    5月23日 ギンガムチェックの傘

    雨上がりの街。
    水面に残った雨が、水飛沫となって車の後を追っている。
    やがて、静かに空へと舞い上がり、またいつの日か地上に落ちてくるのを待っている。雲の隙間から、ぼんやりと。

    そんな循環を思い浮かべたのは、ついさっき思い出した、死んでしまった母のことがあったから。
    火葬の日、火葬場から舞い上がる煙のようなものが空に昇っていくのを見た。
    それはどこまでも舞い上がっていくように見えたけれど、そのまま宇宙まで飛んでいくとは思えず、どこかの雲に紛れて、母は小さな塵になってしまったのだと思った。
    そうしてまたいつの日か、私の傘にぶつかる雨音が、母の戻ってきた時を感じさせるのだろう。
    それは私にとって楽しみな出来事で、大好きだった母が、私の傘だと思ってくれるように、母が選んだギンガムチェックと同じ模様を何回も買い続けているのだ。

  • 5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    狂い咲く坂道 笑い出す口笛
    どこからか聞こえては 埋め尽くす
    色干からびた空を 焼き付ける

    THEE MICHELLE GUN ELEPHANT / ダニー・ゴー

    そのバンドに出会ったのは、私が大学生の頃だったような。
    バードメンという歌で、彼らを知り、一瞬で好きになった。
    全員、モッズを彷彿とさせるような細身のスーツ姿。
    ギターを「かき鳴らす」という言葉がピッタリの、ギャンギャンしたバンドサウンド。
    ガレージロック。学生時代、カラオケで何度も歌った。
    その中でもダニー・ゴーという歌が、彼らの放った作品の中で、一番好きだ。
    錆びた風。乾いた口笛。
    イントロの、うねるようなベースライン。鳥肌が立つ。
    サビへの流れるようなメロディーライン。ギターソロ。
    調子良い8ビート。
    まるでアメリカの、乾いた地域を真っ直ぐ走っている国道を、古臭い車で爆走しているかのよう。
    私はいつの間にか彼らの音楽から離れてしまったけれど、その間に彼らは解散し、メンバーの一人は死別し、そしてフロントマンの彼は今、ガンと戦っている。
    彼らの残したものは偉大だ。ただのファンが放つ言葉なんて薄っぺらいだけだから、私がここで大声を出して彼らのことを叫んだとしても、誰の目にも、耳にも届かないだろうけれど、私は彼らからそんな景色を受け取った。
    彼らが今、どんな景色を見ているか分からないけれど、彼らの目にも、脳裏にも、そんな、アメリカの、乾いた地域を爆走する景色が浮かんでいると良いなと思う。

  • 5月9日 後悔は、私が忘れたくないと願った先にあるもの

    5月9日 後悔は、私が忘れたくないと願った先にあるもの

    たびたび、後悔を強く思い出させるような悪夢に苛まれて目が覚めることがある。
    そんな日は一日、調子が上がらない。
    そんなことで?と、自分ででも思ってしまう。
    早く忘れたいのに。
    アドラー流にいうと、私がそんな出来事を、後悔の一つと考えていたいから、その結果忘れようとしても忘れられていない、つまり私が望んだ結果なのだ、ということになるだろう。

    人生の98%はどうでも良いこと、と私の同僚が言っていたことがあった。
    どっちでもいいんだよ、と。
    確かにそうかもしれない。