8月22日 記憶に残らない土曜日

8時に起床。5時くらいから目が覚めて何度か二度寝。夢は見ず。9時くらいからランニング。5km。気温29度。湿度76%。まぁまぁ暑い。キロ6分32秒。平均心拍144。ケイデンス167。暑いからケイデンスも上がらない。心拍はすぐに上がってしまう。走り始めから、これは暑くなるから控えめに行こうと考えていたものの、2km区間ではガッツリ飛ばしてしまって、そのせいもあり心拍が上がった。残り3kmはほぼ流して走る。残り500mくらいのところにあるスーパー、マルエツで冷たい水をいただく。冷たい水、めっちゃオアシス感あって良い。最後の、小川のせせらぎに気づいたメロスが、水を飲んだ時の心境を思い浮かべる。私は殺されるために走っているわけではないから、実際の心境を共感することは難しいのだろうけど。残り500mは気合いでゴール。暑い、苦しい、暑い、それ以外考えられない、みたいな心境。なぜ人はこんな、苦しいだけのランニングを趣味にする人が多いんだろう。私もその一人だけど。

暑いとか、寒いとか、雨だとか、風が強いとか、様々な障害とともにランニングをしていくのって、ほんと、時には苦行だろうと思うこともしばしばある。

数年前に出た霞ヶ浦マラソンは、42kmすべてが雨だった。今日だってそう。ずっと暑い。なんなら走る前から暑い。

それが、私の習慣だからと言って、暑かろうが寒かろうが走るべきなんだろうか。寒いのはむしろ良い効果があるから例えを出すのはアレだけど。

理由として一つ考えられるのが、走り終わった時の達成感や爽快感を得るためということ。

今日なんかもそう。実は走る前、というかベッドから体を起こした瞬間は、体が重いな、、とか、なんとなくだるい、疲れてるな、、なんてことを考えていた。まぁ実際には、着替えている頃にはそんなことを忘れているんだけど、そして走り終えた時にもやっぱり、走って良かった、という気持ちを抱いたんだよな。そして、走り終えた頃には、暑いからとか、朝、だるかったから走らなければ良かった、なんてことは思いもしなかったんだよな。

そうやって習慣って作られていくのかなー、と思う。気合いで「今日は行く!」と心づもりをするのではなくて、仕組みとして、週3習慣をするためには、今日、走ることは必要、と考えるようにすること。これが私の、気合いに頼らないランニング習慣の秘訣のように感じた。

ランニング中、電柱を工事している人たちに遭遇した。そんなには交通量のない道路だから、渋滞みたいなことにはなってなかったけれど。その中に、交通整理をしていた人がいい感じに太っていた。彼(彼女?)、体型に似合わず(失礼)動けるようで、往来する車の進行方向をきちんと見極め、テキパキと動いていた。彼には彼なりの人生があるんだろうな、土曜なのにお疲れ様です、と心で伝える。勝手な想像で大変失礼なんだけど、ストロングチューハイが好きなのかなとか、スーパーで好きなお惣菜はイカの唐揚げかなとか、寝る時、スマホを見ながら寝るのかな、その時には何を見て寝るのかなとか、そんなことを考えてしまった。

彼には彼の人生がある。だけど彼をモデルにして、物語を考えるのは私の勝手だ。名前すら知らない彼から、そしてこんなクッソ暑い中ランニングをしたご褒美のように、小説のネタが降ってきた。