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価値観

5月24日 最近の私

なんでもかんでも理想の自分、理想の生活を送ることを願ってやまないのだとすると、それが成長のためのモチベーションになっているならともかく、そうではないという状態なのだとすると、ちょっと変に固執しちゃってるんじゃないかな、って思いますよね。 はい、私のことです。 いつも何かが気に入らない。 自分の思い通りにいかないから気分が悪い。 いや、流石にここまでの感情を抱いているわけではありませんが、その、現実 […]

5月8日 心療内科では根本治療することができないものごとについて

久しぶりにブログを書きます。ここのところ自分の気持ちを整理したり、処理することをサボっていて、だからブログを書くために文章を考えようという気持ちからもちょっと遠ざかっていたりして。 近況はこのくらいで。 「もういなくなってもいいかな」という気持ち タイトルに書いた「ものごと」というのは、もう死んじゃってもいいかなぁーという気持ちについてです。私、今日心療内科へ通院する日でしたので、病院の待合スペー […]

9月4日 酔ってる

他者から嫌われても良いから、自分の思うように、自由に生きよう。かねてよりいろんなところで叫ばれているこの言葉は、私は、嫌われる勇気から学んだ。それを実践するほどの強い心を持っていないから、結局は読む前と変わらず、他人に気を遣って生きている。 別にそれが悪いことだとは思わない。これも嫌われる勇気から得た言葉だけれども他者への奉仕というマインドセットが、私の行動を引き起こしているような気がしてならない […]

8月31日 自分の理想と私

夏休みが終わっていくー。明日を待ち侘びる少年少女と、明日が永遠に来ないほしいと思っている少年少女、それぞれいると思う。彼らの思いを、厳密に嗅ぎ取ることはできない。けれどそこにあるのは、おそらく、「自分の理想」というものがあるんだと思う。 自分の理想を追い求めることは、もしかすると人間の生存本能に基づいて生まれることなのかもしれないから、持つこと自体は自然なことなのだろう。だけど、自分の理想通りに物 […]

8月30日 だからこそ私は、自分の味方になってあげるべきなのでは

今日は疲れた。特に夕方の会議。司会を担当したんだけど思うように議論が続かず、コントロールできない展開。茶を濁して終わったのだけれど、まさかの延長戦。これがまた疲れた。議論はミーティング中に行いましょうよ、と思う一方で、時間配分とかをうまくコントロールできなかったという点で責任を感じてしまう。 まぁそんなことなんていつものことだからね。別にうまくミーティングを回せなかったからって、自分の首が飛ぶわけ […]

8月29日 信念と社会と私

何年かぶりにジョージ・ウォーエルの1984年を読んでいます。前に読んだのは何年前だったか。確かスティーブ・ジョブズがこの話を題材に出して喋っていたことがあり、それで気になって読んだんだよな。 物語はものすごく閉塞感の溢れる世界の中で綴られています。未来なんてもんはねぇよ、そんなの気にした時点でお前は死刑だわ(誇張ではなく)みたいな話。どこの国の、なに党がそうさせてしまったのかは分からないけれど、き […]

8月28日 私が今までについた嘘

たまに、自分が今までに吐いてきた嘘を思い出しては、死にたくなってしまう。嘘なんてつかない方が良いに決まっているんだ。誰にも嘘をつくことなく、生きていけることができたら。それこそが、善人なんだろうか。嘘をついてない人なんて、多分いない。まだ十分に喋ることが出ない赤ちゃんだって、親の気を引くために嘘泣きをすることだってあるのだから。 だからと言って、私のついた嘘が許されるのかというとそれは疑問。だって […]

8月27日 腹黒い私

私はそこまで歴史に詳しい人間ではなく、学校の勉強で習った程度、それプラス、旅行した時にはそのあたりを治めていた領主のことをWikipediaで調べる程度なのですが、ちょっと思い立ってNHK大河ドラマの「どうする家康」を毎回欠かさずに観るようにしています。 どうする家康、っていう言い方がまた、彼の優柔不断さを体現しているように感じるのですが、その家康も回を重ねるごとに逞しく、頼れる人に成長していく様 […]