適度な休憩を取ることは、仕事にとってプラスなのか

たまに、仕事に没頭すると時間を忘れることがある。特段自分の好きな仕事に集中している時なんかは、気づいたら数時間経っていた!なんてこともしばしば。
仕事は、基本的には好きなんだと思う。私は仕事=誰か、何かに貢献するということを無意識のうちに、念頭に置いている気がする。だから、誰かの必要となるための仕事だったら喜んで引き受ける。一方、誰のためにもならないもの、何の価値もないような仕事に対しては、とても億劫になる。
たぶんこれって仕事をする人みんな同じように思っているのではないだろうか。昔どこかで、意味もなく穴を掘り続け、ある程度掘ったら穴に土を入れて元通りにし、そしてまた穴を掘るという循環を続けると、人は壊れてしまうというのを目にしたことがある。そりゃそうだ、と私は思った。意味のない仕事は人間を壊す。同じノリで、無駄なパワハラみたいに、誰かの機嫌を取るためだけの仕事も、きっと同様だろう。

さて、仕事に没頭する自分に関連した話で、ある程度がーって仕事を進めた後、経っていた時間を見た瞬間とか、仕事をやり遂げた時に、どっと疲れを感じるということがある。たぶんそれは「集中が切れた」ということだ。そんな時に、定期的に休んでいれば良かったなーと考えても後の祭りで、仕事の疲れを癒すには何か食べるとか、風呂、寝るなどの休息を取ることが必要だと考える。
人間はそもそも、長時間労働に耐えうる身体を持っていないように思う。専門的な勉強をしてこなかったので詳しくは分からないけれど、8時間という、割と一般的に、一日で働くべき時間というのは、理に適っているんだろう。それ以上働くと集中力が落ちるし、腹は減るし。残業した後に電車に乗るのとかすげー辛いもんね。
そうならないために、例えば、30分タイマーみたいな、ポモドーロテクニックみたいなやつは、きっと人間をいい感じに働かせてくれるんだろうな。やったことないけど。
例えば、10時から11時までの間に2つの仕事を片付けなきゃいけないとしよう。それぞれ30分くらいあれば終わるような仕事。だとすると、25分頑張って、5分休憩、でまた25分、という風に繰り返せば良いんだろう。
たったそんなことで良いのか?!と思うけど、これもどっかで読んだんだけど5分休憩は、本当に、きちんと休憩を取る必要があるらしい。そこで、あえて「何もしない」という選択肢を取ることで、「仕事の続きがしたくてたまらない」状態にし、それでモチベーションを上げるのだとか。
なんだよそれ、ホントかー、なんて思ったけど、ちょっと想像してみると、確かにそうかもなと頷く自分がいたりして。
私はどちらかというとせっかちなタイプで、Teamsのチャットやメールなど、可能な限り早く返したいタイプなんだけど、きっと私みたいなタイプはその、「何もしない」時間が耐えられない気がする。その5分の間にメールチェックをしたり、Teamsで来てたチャットに返事したり、きっとしてしまうんだろう。
それだとダメで、厳密にやるのなら、いっそのことデスクから離れる、みたいなことを考える必要があるかもしれないなぁ。

ちょっと目線を変えて、「休む」ということに目を向けたい。
アドラー心理学的に言うと、まず働くということは、共同体への貢献、と今の私は理解している。
で、ChatGPTに意見を聞いてみたんだけど、彼はこう言った。

休むとは、「自分を社会へ返すための準備」

へぇ、みたいな、新たな発見だよね。自分を社会へ返すって。そもそも自分は社会から借りていたんだ、みたいなね。
共同体で生きるという、言わば現代の社会生活において、仕事をするというのは私の身体を使って、その共同体に貢献するということなんだから、仕事=社会貢献という目線で考えるならば、休憩はそれを行うための準備という風に考えることもできるよな。休み自体も貢献してることになるのかー、って感じだな。