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  • 5月24日 今日のレイソル

    5月24日 今日のレイソル

    今日は14時で仕事を終わりにして、レイソルの応援へ。カシマスタジアム。
    私は実家が茨城で、そして私の両親が鹿島アントラーズのサポーターということもあり、そのよしみで今日は父と観戦。
    つっても私はビジターのゴール裏だったので入り口でさよならでしたが。

    試合の雑感を書こうと思っているのですが、あいにく私はフォーメーションがどうのこうのっていうのはまだそんなに詳しくはないので、私から観た感想を少し書きたいと思う。

    試合前、スタメンを見た時。
    つい最近レイソルに加入!25年から!ってなってた関根くんがスタメンに入っててびっくりしました。まだ入ったばっかやん!と。
    だけど彼、結局フル出場しましたね。最後まで右サイドを駆け上がっていく姿が見られて、右サイドバック渋滞が起きている気がしました。これは川口さん、片山さんも負けてらんねーだろうな、と。まだ少し線が細い感じがしたので、先輩たちを見習って、柏から世界へ飛び立ってってもらいたいと思いました。

    あとボランチに中村慶太さんが!生で観るの、いつ以来なんだろう。
    彼が見られてよかったー、という気分でした。
    序盤から彼にボールが集まる機会が多く、ボランチでコンビを組んでた椎橋さんはボールを狩る係で、慶太さんはゲームメイクをする係、みたいな役割になってた気がするなぁ。とにかくプレーが面白い。前半終了頃だったかなぁ、左を駆け上がるサヴィオに向けて、左足でどかーんと蹴った時、おおお!と叫んでしまいました。
    後半の途中でタクトと変わったと思いますが、フル出場するの難しいのかなぁ、なんなら後半のここぞというところで使ってもらえると良いのになぁという印象。

    あと書きたいのは、両サイド。オータとファル。どちらも頑張って試合に絡もうとしている姿が見られました。ファルはサヴィオから薫陶を受けている感あり、サヴィオの指図にめちゃくちゃ頑張ってついていこうとしていました。あとオータね。後半だったかなぁ、すげぇミドルがあったんだよなぁ。残念ながら枠の外でしたが、あれ決まってたらヒーローになれたと思う。

    後半になり武藤とマオが投入され、試合がグッとこちら側に傾いたような感じでした。武藤さんすげーよね。うま!うま!って感じだった。マオは相手DFに負けずに、転ばずに前を向こうとする姿勢がすごかった。国内じゃ負けちゃうDFはいないんじゃないかなぁ。身体の入れ方なんすかね。

    そんなところ。試合は相手選手がセットプレーのもつれから華麗なゴールが決まり、負けてしまいましたが、私としては若い選手の躍動と、ベテラン選手のうまさが観られて良かったです。勝ちたかったけどねぇ。

  • 5月23日 ギンガムチェックの傘

    5月23日 ギンガムチェックの傘

    雨上がりの街。
    水面に残った雨が、水飛沫となって車の後を追っている。
    やがて、静かに空へと舞い上がり、またいつの日か地上に落ちてくるのを待っている。雲の隙間から、ぼんやりと。

    そんな循環を思い浮かべたのは、ついさっき思い出した、死んでしまった母のことがあったから。
    火葬の日、火葬場から舞い上がる煙のようなものが空に昇っていくのを見た。
    それはどこまでも舞い上がっていくように見えたけれど、そのまま宇宙まで飛んでいくとは思えず、どこかの雲に紛れて、母は小さな塵になってしまったのだと思った。
    そうしてまたいつの日か、私の傘にぶつかる雨音が、母の戻ってきた時を感じさせるのだろう。
    それは私にとって楽しみな出来事で、大好きだった母が、私の傘だと思ってくれるように、母が選んだギンガムチェックと同じ模様を何回も買い続けているのだ。

  • 5月22日 その人の極意

    5月22日 その人の極意

    お金を得るためなら、本来は、どんなことだってしても良いのだろう。
    私の目には、どこかの企業に就職して、働くことで得られる対価、というイメージが強いのだけれど。
    目の前に原稿がある人は作家だし、魚がいる場合は漁業だし、畑が見えるなら農業だろうけど。
    それぞれみんな、自分で作ったり、何かを獲ったり刈ったりして得たものをお金に換えている。

    お金がなくても、生きていける生活を考えてみる。
    いや、全くないというのは難しいから、最低限のお金だけを使う生活を考えてみる。
    最低限のお金って難しい。
    私の場合、家族がいるので、家の光熱費と、食費は最低限必要だ。それに住宅ローン。
    いわゆる「固定費」と呼ばれるあたりのものだろう。
    それらがあれば、あとの変動費は、最悪なくても良いのかもしれない。
    そう考えると、月20万円くらいあれば、なんとか生きていけそうな気がする。

    だけど人間は、裕福に暮らしたい、生活水準をできるだけ高く保ちたいと思ったりもする。
    インターネットは使いたいよね。たまにはお酒を飲みたいよね。スマホ使いたいんだけどさ。など。
    その辺りから、人生の豊かさみたいなものが生まれてくるような気がする。

    気がする、だけで、本当はそんなことはないのだろうか。

    貧乏は、心が廃れていく、とどこかのブログで読んだことがある。
    貧乏でも、ちゃんと生きていける人だっているのだろう。
    飲まず食わずの生活が続く、みたいな場合だけど、生きる以外のことは全部余計なものになるんだろうか。
    私は幸か不幸か、そんな状態になったことはないのだけど。
    そんな中でも、心は健やかに過ごせるのだとしたら、それはその人の極意なんだと思う。

  • 5月21日 やらないことリスト

    5月21日 やらないことリスト

    今日は家族のうち二人に用事がありそれぞれ出掛けていて、私と次男の二人で過ごしている。
    それぞれ気ままに、時間を過ごす。もうすぐ日が傾いてきそうなこの十六時までで、まだ家から一歩も外に出ていない。
    次男は宿題をしたり、Switchやレゴ、あと昼寝をして過ごした。
    私はピザを作ったり、本を読んだり(Kindle Unlimited に殺戮に至る病が出ていてそれを読んでる)メダカに餌をやったり、観葉植物を見ながらタバコを吸ったり、あとゼルダの新作をしたり。
    お金をかけなくても、こうして気力を回復させることはできるんだよな、と思う。
    別に、それが悪いという訳ではないけれど、家族に付き合って外へ買い物に出掛けたりするの、微妙ながらストレスになっているのかもしれない。そもそも私に欲しいものがないのに、買い物へ出かけることが、良くないのか。

    自分の意に反するような行動は、なるべくやめておくべき、というのが私の哲学なのかもしれない。
    だけど、家族の用事に付き合って出掛けて、人混みに疲れ、私は大した成果も得られずに時間を過ごす、と。
    土日のうちどっちかはそういうことをしても良いけど、残り1日は自分のために使いたいよなぁ。

    そうか、これって「やらないことリスト」になるのか。
    一時期、自分の人生でやらないことリストを作ろう、みたいな自己啓発が流行っているのを目にしたことがある。
    自分にとって気分が悪くなるようなことは、やめよう、みたいな。
    アドラー先生の、嫌われる勇気にも通じるところがあるような気がする。
    自分に被害がないことは、関わらない、みたいな。
    逆に、やると決めたことは、自分の意思を尊重して、やり遂げる必要があるよな。
    途中で力尽きてやめたとしても、それも意思の一つなんだから、それも肯定してあげるべき。

  • 5月20日 新しい趣味が生まれるかもしれない

    5月20日 新しい趣味が生まれるかもしれない

    1ヶ月ぶり?くらいに外を走った。
    家族で買い物に出かけた時に、空がとても綺麗だったので、その空をずっと見ていたくて、そんなことを考えていたら、そうじゃん、走ればいいじゃん、と。
    お腹がだいぶたぷんたぷんしてきたから、継続すれば痩せるということは分かっているんだけれど、どうしても継続するまでのモチベーションにならないのがちょっと痛い。
    けど今日は、空がとても綺麗だったから、自分のお腹のことはちょっと忘れることにした。
    雲が高い位置にあって、その下を鳥が数羽飛んでいるのが見えて、その、遠くを飛ぶ鳥を見つけるのが最近のマイブームになっていて、とはいえ多分大したことない鳥なんだろうけど、それでも彼らが見ている世界は私が見ているそれよりもだいぶ高いところに置いているわけだから、とちょっと想像したりして。

    そうか!
    ドローンを買えばいいんじゃん。
    ちょっと好きかも、ドローン。
    鳥と同じ目線で、映像が観られるんでしょ。ちょっとやってみたいね。
    いい、なんかすごくいい思いつきだこれ。
    多分、ピンキリなんだろうなぁ。うーん、男の趣味って感じだからなぁ。
    3万円から5万円くらいなら、家族にも怒られないだろう。

    ところで、今日のランニングの成果を。
    6km。久しぶりに走ったのでゆったり、キロ6分前後。
    近所をぐるぐる。走るのには少し暑かったなぁ、21度とか?
    気持ちがそっちに向かなかったのでアレなんだけど、やっぱ3月辺りに走れたら良かったなぁ。その頃がベストシーズンだと個人的に思ってる。

    今日は柏レイソルの試合があったんだけど、家庭の都合で行くことはせず、家族との時間を優先したからリアルタイム観戦もせず、結果だけTwitterで知った。夜に見返して見ようかなぁ。

  • 5月19日 誰にも迷惑をかけず、心配をかけずに消えることができるなら

    5月19日 誰にも迷惑をかけず、心配をかけずに消えることができるなら

    記憶に残らない日々の繰り返し。
    長期記憶のトリガーになるような、心が反応するような物事がなく、ただ、時間を過ごしているだけ。
    そんな日々にも意味があるのだとしたら、いったいどんな理由があるんだろう。

    いや、意味なんて必要なくて、死ぬまで生きれば良いだけなのではないか。
    そうやって本質を誤魔化し、食べる、寝るなどの要求をこなすだけ。
    それを数十年繰り返し、人生に諦めがついた時にようやく、呼吸を止めるようになる。

    目をつぶってみて、本当に最近の日々は心に引っかからずに過ごしてきたのか確かめてみる。
    すると、ぽつぽつと浮かび上がってくる、ごく短期的な思い出。
    と同時に、今朝方に見た夢を思い出した。
    路面電車の走る街。
    今いる場所から4つ先にある駅まで歩こうか、電車に乗ってしまうかを迷っている。
    そのそばには堤防が広がり、その先には大きな川が流れているのが容易に想像できる。

    現実に戻り、もしかしたらそれは、都電荒川線の、熊野前付近ではないかと勘繰る。
    夢に見た風景の答え合わせをしたところで、なんのプラスにもならないのは明確だけど、自分にとって思い出の場所ということに、改めて再確認することができる。

    現実が、つまらないのだろうか。
    自分の内面に聞いてみても、良く分からないんだよね、という回答しか思い浮かばない。
    なにか光でもあれば、その指し示す方向に向かって歩いていけるのかもしれない。
    その光は自分で放つべきものなのか。誰かに頼り、照らしてもらっても良いのだろうか。
    心の中にある光。それがないから、心が薄暗くて、自分がどう思っているのか、どう感じているのかすら、その輪郭すらも掴むことはできない。
    何かがあれば楽しい、とか、そういうレベルのものではない気がするんだよなぁ。
    逆にそれは、心の闇とでも言うべきか。
    理性なのか。分からない。消えたくなってくる。誰にも迷惑を、心配をかけずに消えることができるなら。

  • 5月18日 優しい嘘

    5月18日 優しい嘘

    どっちが正義だとか、良く分からなくなっちゃってさ。
    少年は、自分が原因で起こしたクラス内での諍いを、隣の部屋に住む、なんの仕事をしているか良く分からないおじさんに話した。
    いじめられている友達を庇ったら、今度は少年がいじめられるようになってしまった。
    こんなことなら、庇うなんてことしなかったのに、と。
    物事はこれ以上なくシンプルだ。いじめられている子が悪い。
    だけどそのいじめられている子は、家では二人目のお父さんに頬を打たれることが多いと知ってしまった。
    そうなると悪いのはそのお父さんじゃん。いじめてる子は悪くないじゃん、と。
    おじさんは変わった匂いのタバコを吸いながら、少年の話を聞く。明後日の方向を向きながら。

    もしかすると、そのお父さんも、誰かにいじめられているのかもしれないぞ。
    だとしたら、お父さんすらも悪くはなくなってしまうよね。
    そうやって、世界って回っているのかも知れないなぁ、とおじさんは、少年に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。
    タバコが、最後まで行ったようで、胸のところについてる小さなポケットから携帯灰皿を取り出し、タバコをその中に入れた。パチッ、とボタンを留めるような音がなり、その後におじさんは携帯灰皿を潰すようにして、タバコを吸う一連の作業を終わりにした。

    だけどな、少年、君がやったこと、友達を庇うことは悪いことではないだろ?
    おじさんは、ゆっくりと、諭すように少年に聞いてみる。
    少年は少し考えるようにして、そうだね、友達が可哀想だったから、と少年は応える。
    いいんだよ、それで。目の前に困っている人がいたら、助けちゃえばいいんだから。
    お父さんに打たれる?だからって友達をいじめて良いなんてルール、ないだろ?
    少年、君は自分の道を信じて、明日も学校に行けばいいんだよ。
    いじめられることがあったら、うちの隣にヤクザが住んでるんだよね、この間友達になってさ、くらいのことを周りに言いふらしてみ、そしたらいつの間にか、君はいじめられなくなるんだから。
    おじさんはそれを、優しい嘘と名づけた。
    でもおじさん、嘘をつくのは悪いことじゃないの、と言うと、おじさんは笑って、次のタバコを吸う準備をしながら、ついてもいい嘘ってのもあるんだよ、と言った。
    青空を、数羽の鳥たちが、どこかへ飛んでいくのが見えた。

  • 5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    昨夜は、私が前に在籍していた会社の元同僚たちと数年ぶりに会い、だいぶ飲みすぎてしまった。
    タバコも吸いまくったので、喉が痛い気がする。
    今朝方すこし二日酔いっぽかったけど、お昼にサバ味噌の缶詰をおかずにご飯を食べ、ようやくいつもの感覚になってきた。
    二日酔いって、宿酔いって書き方をするんだよなー昔の本だと。うまい字を充てるなぁと感心したことがあった。
    私がそれを知ったのは、太宰治の人間失格、だったかなぁ。芥川龍之介の何か、だったかもしれない。忘れてしまった。

    昔のメンバーと、昔話をするのって楽しい。
    皆、それぞれの現在地点は別々だけど、当時を振り返って色々な思い出話をするのは、なんて楽しいんだろう。
    生きてるって感覚。私がその道を辿ってきたからこそ、こうやって人生のご褒美みたいな楽しみが生まれるんだから。
    最近は心療内科に通っていて、太ってきた点と、走る方に気力が向かないと言ったら、みんな驚いていた。
    あと、その会社に残っているメンバーから、会社に戻ってきてほしいと言われた。嬉しかった。
    私を必要としてくれているというのが、話の端々から、ひしひしと伝わってきていた。ごめん、戻らないけどね。とは言わなかった、言えなかった。
    いつか戻っても良いとは思っている。そういう心理的安全があるのって、安心する。

    私が、今の会社に留まっている理由ってなんだろう。
    給料。人間。やってる内容。
    「給料」が一番最初に思い浮かぶのって、なんかそういう人間なんだなぁって思ってしまう。
    一番大事でしょ、と思うけど。
    私は、情熱だとか、絆みたいなものにはあんま惹かれないんだよなぁ。ドライというべきか。
    あ、けど今の会社で私のロールモデルになってる人がいて、その人がいるからこの会社にいる、っていうこともある。こういう人間のつながりって大切な気がする一方で、だけど一番大事なのはそこじゃな、というダブスタっぷり。人間だもの、どっちも大切だって思ったっていいじゃない。
    そういう人が、私が前いた会社にもいたら良いのかもしれない。今の段階では、その会社の中に、そういう人は見つからなさそうな気がしている。

  • 5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    狂い咲く坂道 笑い出す口笛
    どこからか聞こえては 埋め尽くす
    色干からびた空を 焼き付ける

    THEE MICHELLE GUN ELEPHANT / ダニー・ゴー

    そのバンドに出会ったのは、私が大学生の頃だったような。
    バードメンという歌で、彼らを知り、一瞬で好きになった。
    全員、モッズを彷彿とさせるような細身のスーツ姿。
    ギターを「かき鳴らす」という言葉がピッタリの、ギャンギャンしたバンドサウンド。
    ガレージロック。学生時代、カラオケで何度も歌った。
    その中でもダニー・ゴーという歌が、彼らの放った作品の中で、一番好きだ。
    錆びた風。乾いた口笛。
    イントロの、うねるようなベースライン。鳥肌が立つ。
    サビへの流れるようなメロディーライン。ギターソロ。
    調子良い8ビート。
    まるでアメリカの、乾いた地域を真っ直ぐ走っている国道を、古臭い車で爆走しているかのよう。
    私はいつの間にか彼らの音楽から離れてしまったけれど、その間に彼らは解散し、メンバーの一人は死別し、そしてフロントマンの彼は今、ガンと戦っている。
    彼らの残したものは偉大だ。ただのファンが放つ言葉なんて薄っぺらいだけだから、私がここで大声を出して彼らのことを叫んだとしても、誰の目にも、耳にも届かないだろうけれど、私は彼らからそんな景色を受け取った。
    彼らが今、どんな景色を見ているか分からないけれど、彼らの目にも、脳裏にも、そんな、アメリカの、乾いた地域を爆走する景色が浮かんでいると良いなと思う。

  • 5月15日 エレベーターの到着を告げる音

    5月15日 エレベーターの到着を告げる音

    人生ってドラマの連続だから。
    私が何気なく過ごした2023年5月15日は、誰かにとっては掛け替えのない一日だったはずだから。

    今日の私はいつもと同じように、週明けのどんよりとした空気を纏ったまま、会社へと向かった。
    余計なことは考えずに。
    ひたすら、最近読んでいる「竜馬が行く」の文章に目を通しつつ、国会議事堂前駅を通り過ぎないように。
    物語の中にいる竜馬は、どこかあどけない。
    彼の目に映る世の中は、いったいどのようなものだっただろう。
    そんなことを考えながら、国会議事堂前駅までの時間を潰した。
    途中、多くの人が大手町、そして霞ヶ関で降りる。
    彼らには彼らの、彼女らのドラマがあり、頭の中で蠢いている電気信号のことをちょっと考えただけで、それが膨大な規模になるということに気づき、少し気持ち悪くなる。
    私は、私一人の頭だけで精一杯だというのに。
    神は、皆それぞれの頭の中をデザインしているのだろうか、と。

    会社の最寄り駅に着くと、雨はやんでいた。
    空を、見上げる人。
    そんなものには目もくれず、ひたすら会社への道を歩む人。
    私は、どちらのことを考えながら、オフィスへと昇っていくエレベーターのボタンを押した。すぐに、ピンポーンとエレベータの到着する音が聞こえた。