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  • 他人に仕事を任せられない人のことを考えてみたら

    他人に仕事を任せられない人のことを考えてみたら

    他人に仕事を頼めないのは、自分がその人にものすごく期待しているから。
    期待の幅が狭いことによる。つまり自分のせい。

    もしその人が何か失敗をしたとしよう。
    その時、任せた人の責任になる。
    つまり、私の責任に。

    そうだ、私はその人が失敗した時に、責任を取りたくないから、それだったら自分がやってみて自分で失敗する方が、満足いくものになるから、結局いつまでたっても人に任せることができない。

    思い切って、ばーんと渡してみてはどうだろうか。

    もしかしたら、その人が、自分が期待していたものを上回る結果をもたらしたとしたら、その仕事を任せた自分の成果にもなるのだ。
    失敗した時には、もちろん私が責任を取ることになるんだけど、失敗にならないように適切なタイミングでフォローしてあげれば良いのではないか。

    もしそこで失敗したとしたら、きっと私は教訓を得るんだろう。
    そしてその後、同じ人、もしくは違う人に任せた時に、その時の教訓を生かすことができるのだ。

    人間だからな。失敗してナンボだよな。
    てか、失敗のうちに入らないだろそういうの。

  • 絞り出す声

    日々、一生懸命生きています、と自分が喉を振り絞って大声で叫んだとしても、それはあなたには届かないのかもしれない。
    あなたは、私の声に耳を傾けるようなことなんてしないから。

    それでも私は、叫ぶよ。
    叫ぶことで、自分のスタンスが明確になるから。

    エモいことを考えている。

    仕事は、お金を得るための道具。
    仕事は、自分を承認するための道具。
    仕事は、自己実現のための道具。

    そんな仕事に振り回され、気分を害する。それによって本来、美しく過ごすべき生活が、美しいと感じられなくなってしまう。

    そんな人生なんて、つまらないだろ。

    仕事に振り回される人生なんて。

  • 人生がうまくいかないなんて百も承知でした

    人生がうまくいかないなんて百も承知でした

    主に仕事関係で、うまくいかない感じのものごとが続いていて、心の居所、持って行き所がきちんと定まらない一日でした。

    知ってる。そんな一日があることなんて、生まれた時から知ってた。
    知ってたけど、知ってるんだけど、どうやってもおさまりどころが見つからない今日は、その場をしのぎつつ、とりあえずやっつけました。

    自分の思い通りにいく人生のほうが、もしかしたらつまらないのかもしれません。
    なるべくなら苦労派したくない、できるだけ楽して過ごしていきたい。そう願う人も多いでしょう。
    お金が湯水のように使えるような人生だった。もしかしたら仕事をせず、日々、自分のやりたいことをやって暮らしていく。宝くじがずっと売れ続けているのも、そんな生活を夢見ている人が多いからなのかな、と思います。

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    だけど人生は、そんなに甘くない。
    もしかしたら、生まれた家がそんな家で、いやーそうなんです、私、湯水の如くお金を使うことができるんです、という人は、こんなブログを書こうとは思わないでしょうね。
    私はそっちの人の心を読み取れないのと一緒で、そっちの人は私が抱える苦悩を知ることはできません。

    そっち側の人になりたいか、というと、ストレートにYesとは言えないんだよなぁ。
    多分ですけど、こういう苦悩があるからこそ、喜びの価値が見える気がするんだよなぁ。
    仕事は、お金を稼ぐための手段ですが、仕事から得られる喜怒哀楽は、人生にとって少しのスパイスになるかもしれないからです。

  • 好きなことを仕事にするのは、正解か否か。

    好きなことを仕事にするのは、正解か否か。

    結論から先に言うと、価値観による。

    仕事=楽しい、好きのようなポジティブな考えを持つ人は、おそらくこの問いは正解と考えるだろう。
    だけど仕事=楽しいものではない、と考える人だっているのだ。
    天職に出会っていない、という言い方が正しいのかもしれない。

    天職って、なかなか見つからない

    そもそも天職ってなんだよ、という話ではあるが。
    私の考える天職とは、ずっと続けていてもくたびれない作業で、そしてそれがお金になる職業のことである。そんなうまい話、なかなか見つからない

    そもそも自分の中で、「ずっと続けていてもくたびれない作業」とはいったい何か。私は、全くもって何も思い浮かばないのである。天職が見つかっていないのか、そもそも天職がないのか、分からない。こうして文字をタイピングしているのはくたびれないので、もしかしたらこれが天職かもしれないが。

    こうして毎日ブログを投稿することができているのは、もしかしたら一つの天職になり得る可能性だってあるだろう。だけど私の中で、それが、お金につながるとは思っていないし、そこまで大それた文章を書けている自信だって無い。だけど一つ言えることは、毎日続けていくことで、何かしら自分の中でひらめきが生まれるかもしれないということである。

    Karolina Grabowska at Pexels

    根底にある、毎日続けることという、基礎体力について

    天職については上述の通り自分のひらめきを待つことで、見つかる場合があると書いた。その、見つけ方であるが、単純に日々の生活を続けていて急にひらめくことがあるだろう。だけど、個人的にはそれは稀だと考える。なぜなら、日々の生活は、ほぼ何も考えずに過ごしているからである。それよりは、自分の好きな行為をわざわざ意識して行うことで、それを通してひらめくことができるような気がする。これ、私、続けてるけどくたびれないよな、と気づくためには、毎日続けるという基本的な姿勢が必要だと思う。

    そう考えると、毎日続ける気力や体力のある人は、天職に就きやすいのかもしれない。毎日続けることができれば、それが自然と天職であると認識しやすいので、なおさら気づきやすいような気がする。

    私の転職ってなんだろう。私はこのブログ投稿を、趣味として、遊びの範疇で続けているのだが、いつか、お金を稼ぐ日が来るのだろうか。