少しずつ春へ

少しずつ、人生を先に進めていく。
進めていく、という言い方は正しくない。進んでいくのだ。
時間は勝手に進んでしまう。私が、「ちょっと待って!」といくら叫んだところで、そんな甘えには耳を貸してくれないようなのだ、どうやら。

私はなにかを成し遂げたのだろうか。
私はこの先、なにかを成し遂げるのだろうか。

成し遂げる、とは。誰に対して、何に対して、何を遂げるのだ。

5年くらい前からであろうか、私は、生きる目的、生きる意味というのを見失ってしまった。
見失ったというよりは、それをマジメに考えようとして、深みにハマった。
それは、悩みだったのだ。考えるではなく、悩むほう。
つまり同じところをぐるぐると回り続け、答えを見出す活動には目を向けないほう。

それで5年費やした。私は生き延びている。途中何度か、もう分からないし、多分この地球に対し、世界に対し貢献をしていないはずだから、いなくなっちゃってもいいかな、という道を選ぼうとしたことがある。今でもそっち側に引きずられることがある。

Tima Miroshnichenko at Pexels

だけど、時間は相変わらず進んでいくのだ。
世界は変わっていく。私も歳をとっていく。

やがて、ぼんやりと気づく。
生きる目的とは、死ぬまで生きることであり、
生きる意味とは、この世に居ることである、と。
そしてそれらに「より良く」という言葉を先頭に付けるのであれば、
機嫌良く、死ぬまで生きることになり、
機嫌良く、この世に居ることになるのだろう。

それに気づいた時、ふっと、私は空に浮いた。