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  • 7月5日 ジムでランニング

    コロナ罹患後の外出自粛推奨期間を経てようやく、ジムに行くことができました。
    仕事を終えてからジムへダッシュ。うちから1kmくらいのところにあるのでだいぶ役に立っています。

    最近はもっぱら筋トレしてからランニングというルーティンでしたが、今日はジム後に家族で出かける予定があったため筋トレをキャンセルし、ランニングのみ。10km走りました。

    7月5日ランニング10km エニタイムにて

    ジムへ行ったのは約2週間ぶりでしょうか。
    それでも10kmを走り切る筋力と体力があるのにはほんと助けられています。
    本日もいつものように気持ちよく走り切ることができてよかったです。

  • 7/2 コロナ罹患4日目

    金曜に発熱して今日で4日目。仕事を在宅で再開し、フルタイムで働くことができた。もう頭痛もないし、下痢も落ち着いたので、完治といっても良いと思う。

    健康ってほんと大事だねぇー、と病気になって改めて思う。まだメンタル的なやつは相変わらずだけど、それを差し引いても健康な身体というのはなによりも貴重だわ。死ぬまで、きちんと全うして生きていけたらいいなと思う。

    とか言いながらお酒飲むし、タバコも吸うから、自ら健康を害しにいってるようなものですけどもね。トレードオフ、と思っちゃってる時点でそれらをやめようという気がしないんだろうなと思う。

  • 7月1日 コロナ罹患4日目の日記

    7月1日 コロナ罹患4日目の日記

    ようやく日記を書く余裕が出てきました。
    あとは下痢だけ、という感じ。

    人生2回目のコロナ罹患

    最初に罹ったのは2021年2月。あの時は子供が小学校からもらってきたようで、家族仲良く4人で罹患しました。
    当時はコロナ旋風が吹き荒れていた頃で受け入れてくれる病院はほとんどなく、家族のうち1人だけが病院で検査できることに。
    陽性と判断された後、同じ症状が出ていた、私を含む残り3人もコロナだろうということに。
    家族4人で被った悲劇、なかなか厳しいものがありました。

    今回の症状

    今回はおそらく会社に出社した時に受け取ってしまった模様で、発症1日目に38.6度の熱が出ました。
    同時に襲ってくるだるさ、意識が朦朧とした感じ。めまい。頭痛。
    そう、頭痛が一番きつかったです。それは初回も同様でしたが。
    2日目にはなぜか37度台に下がりました。
    そのタイミングで病院へ。すぐに検査し、コロナ陽性と先生から聞きました。
    唐突に思い浮かんだのは、2021年の惨劇を繰り返さないために、家族には絶対に移さないぞ、という気持ちでした。
    処方箋ではトラネキサム酸、メジコン、カルボシステインを出されました。それを薬局で受け取り、帰宅。
    すぐに薬を飲んで就寝。
    3日目は微熱。喉が超痛い。熱が下がっても頭痛はなくならず、しばらくそいつと格闘する感覚。そしていつの間にか下痢が始まっていました。
    4日目、本日になりますが在宅で働けるかな、と思ったもののだるさが抜けなかったので有給を消化。
    金曜と月曜、2日間を有給休暇に費やしてしまいました。

    どうしたらコロナに罹患せずに暮らせるのか

    ここのところマスクなし生活をずっと続けていたので(花粉症の時期は除く)、気持ち的に油断していたのかもしれません。
    また、出社すると水分補給を疎かにしがちなので、それも関係あったかもなぁ。
    何人かの同僚と直接会話したりもしましたが、周りでコロナに罹患したって人は聞かなかったので、具体的な感染経路についてはわからないままです。
    うがい手洗いをきちんとして、水分補給をきちんとすることが最低限やっておくべきことなのかなぁ、と思ったりします。
    水分補給リマインダーみたいなアプリがあると良いのかもなぁ。
    ちょっと探してみよう。

  • 7月31日 成長することについてその2

    7月31日 成長することについてその2

    昨日、人が学び、成長することについてブログを書いた。
    あんまりまだ自分の中では合点がいってなくて、それはなぜかというと、人は意識的に学ぼうとしなくても、無意識のうちに学習しているだろう、ということがあり得るからかもしれない。

    ちょっと視点を変えてみる。
    上述した「無意識のうちに学習しているだろう」という点について。
    例えば、私たちは時間を持て余した時にニュースサイトで最新のニュースを見たとしよう。
    最近ではニュースに匿名でコメントを載せることができるところが多い。
    そのコメントから、人の考え方というのを学ぶことができる。
    こんな感じで、何かから意識的に教わろうと言うもの以外から、人は吸収することができる。
    だけどここで、意識的に「人の考え方を学ぶ」と考えながらコメントを読むことで、意識的にその考え方を学ぶことができるはずだ。

    となると、学ぶことを意識することでより深く、そして意味のある学びを得ることができる。
    無意識的な学び自体も重要で、それがあることで意識的に学ぶことのきっかけを掴むことができるのではないだろうか。
    それをきっかけとして、意識的に深く学ぶことで、自分自身の知識や理解に組み込むことができるはず。
    さらに、自分の得た知識をベースに、一段階ステップを上げて、さらに深い分野へのドアを開けることになるだろう。

    人は意識的に成長することができる。
    毎日の生活の中で私たちが遭遇する無数の情報を吸収し、それをどのように自分自身の成長に利用できるかを理解する。
    無意識的な学びから、意識的な学びへと移行することで、より深く、完全に理解し、そして新たな可能性を開くことができる。
    学びは人間の基本的な能力なのかもしれない。
    意識的に学んでいくことで、そのプロセスを有意義で、充実したものにすることができるだろう。

  • 7月30日 成長することについて

    7月30日 成長することについて

    今日は暑かった。今日も暑かった。
    日曜日ということで、明日からまた始まる1週間に向けて英気を養うべく、少しだけ行動して、だいぶ休んだりした。

    今日はカレーを作った。
    ナスとピーマン、そして玉ねぎのカレー。
    夏野菜が安い時期なので、そっち方面のカレーにした。
    いつもじゃがいもとにんじんみたいな根菜ばっかりのカレーなので、たまに趣向を変えてみるのも良いものだ。

    人間ってマンネリが嫌いだからね。
    マンネリが嫌いなのはなぜなんだろう。
    ベランダにいるメダカはほぼずーっと餌を求めて泳ぎ続けている。
    たまに疲れちゃったりしないのかなとか思ったりするけれど、彼らの体がそういうふうにできているんだろう。
    話が脱線してしまった。

    マンネリが嫌いなのは、人間は成長する生き物だからだ、と考えたことがあった。
    だけどそれは意識の高い考え方なんだと思う。
    この世に生きている人間全てが、成長したいと考えているだろうか。
    成長したい、と考えていながら、本は読まず、余暇はスマホゲームに勤しみ、お腹が空いたら菓子パンを食べる人が、成長していると言えるのだろうか。
    多分、考えすぎなんだと思う。
    生きてるだけで丸儲け、と誰かが言っていた。
    成長するには、身体的欲求が満たされていなければいけない。
    満腹で、睡眠もバッチリ取れている快活な人が、成長に向けて新たな芽を伸ばしていけるのではないだろうか。
    私はどうなんだろう。

  • 7月29日 花火って、一瞬で出会いと別れを演出するんだよね

    7月29日 花火って、一瞬で出会いと別れを演出するんだよね

    近くで花火の上がる音がしていて、ベランダに出てみると二箇所から花火が上がっているのが見えた。
    一つは超有名なところで、もう一つはどこだろう、ちょっとわからない、と思ってGoogle mapで方角を見てみたら、埼玉県のあたりかな、というところまではわかった。

    花火に少し、思いを寄せてみる。
    大きな音と共に魅せる、一瞬の鮮やかな輝き。
    そのために何週間もかけて準備してきたんだろうな、と花火師の苦労なども考えてしまう。
    一瞬で消えるものに、なぜそんなに魅了されるのだろう。
    それは一瞬で消えるから良いのだろう。
    昨日書いた、別れについて、というところと少し近しい感覚。
    花火は一瞬で出会いと別れを演出するんだよね。
    その両方を体感することができるから、そしてそれを大切にしようという思いを持つ人が多いから、花火大会っていう規模で行われるのかもしれない。

    真っ暗な空に舞い上がる、大輪の花。
    時間の尊さ。一瞬で過ぎ去る刹那。記憶に留めておこうと思うけれど、いつもぼんやりとしか残らない不思議。むしろ露天商で買って食べた焼きそばや、ぬるい缶ビールの味の思い出の方が強い。

  • 7月28日 別れることについて

    7月28日 別れることについて

    さっきオフィスで仕事していたら、今日で最後なんです、と挨拶に来られた同僚がいてびっくり。
    彼とはちょっと一緒に仕事をした程度だったが、ご丁寧に挨拶されて返って驚いてしまった。
    正直なところ、彼がいてもいなくても今の自分が持っている仕事には影響がない。
    だから、辞めてしまったとしても、別に困ることはないのだけれど、
    それよりもまず、知ってる人が少なくなっていくのが少し寂しい。
    私は外資系の会社に勤めているということもあり、入れ替わりは激しいように感じる。
    だからこそ、なのかもしれない。こんな感じで知っている顔がまた一ついなくなってしまうのが、こんなに寂しいものだと。

    今まで何回の別れをしてきただろう。
    今生の別れと、そうではないもの(また会える可能性のもの)に分けてみると、圧倒的に後者の方が多い。
    だけど、私から意識的に「会いにいく」という行動を起こさない限り、その割合が50%ずつ、私の頑張り次第では左側に重心が寄っていってしまう。
    ではいったい、私は今「仮の別れ」をしている中で、何人に「まだ会いたい」と思っているか。
    実際のところ、片手で数えられる程度かな、と思う。
    これが、ドライと感じられるかは、聞いた人の感じ方次第だけれど、私はその五人に対しては、私が苦労してでも会いたいと思っているのは確実だ。
    別に私は、これがドライだとは思っていない。
    その五人に対して熱い思いを持っているから。

    もしかしたらその五人のうち、誰かは、すでにいなくなっているかもしれない。
    そう考えてみると、少しばかり私にプレッシャーをかけるように感じる。
    だけどそのプレッシャーを前向きに捉え、いろいろな調整ごとをこなし、そしてその人たちに会いにいくことができたら、私は幸せかもしれない。

  • 7月27日 正しさとは

    7月27日 正しさとは

    数日前からChatGPTに触れる機会が多く訪れており、その中で私は彼(勝手に男性だと仮定している)とたくさんの対話をしてきた。
    その中で、私が生業としているシステムのテストという観点に置き換えて考えた時に、彼の出す回答が正しいかどうかを判断するのって結構な難敵なんじゃないかと思い始めてきた。

    基本的に彼を100%信じるのは危険で、それは彼の会社のCEOも言っていて、だからこそ使う人が「ちゃんと正解を知っている」ことに対して対話をしていくべき、なのかなぁ、と。

    自分のわからないことを彼に答えてもらう、っていう、理想的なAIの使い方はどこかのタイミングでできてくると思うんだけど、それでも、「得体の知れないAIなる生き物」に正解を委ねるというのは、一種の神頼み的な感覚とも言えるんじゃないかね。

    その辺の回答。彼もちゃんとその辺は考えている模様。ChatGPT4である程度この辺の会話をした後で出てきた回答。

    回答の正しさってこういう技術的なものだけではないよね。
    昔から、困った時は「どちらにしようかな、天の神様の言うとおり」で決めてきた経緯がある人間としては、自分の意思では作れない正解を、どっかに委ねながら生きてきたんだよなぁ。
    それが、今はGenerativeAIになっただけ、という感覚、というか。

    ちょっと意地悪な質問をしてみた。

    それに対し、追加で、以下の会話。そうだよね、という雰囲気の回答。

    正しさ、と言う言葉自体が曖昧なんだから、答えは60億人いれば60億通りの考え方があるはずだよな。
    テロ組織は危険!と思う一方で、彼らにしてみたら彼らこそが正義という考え方になるはずだから。

    そういう点で、正論を突きつけることの危険性も孕んでるよなぁ。
    だってその正論は、あなたの意見ですよね、ってことになるから。
    誰から見ても正しいって言うのは、それこそ「人間はいつか死ぬ」くらいのもので、それ以外については反論の余地があるものばかりじゃん。
    柏レイソルが今めちゃくちゃ弱くて、このチームを応援し続けることに意味は?と言う問いかけにしたって、それはあなたのクラブ愛がどのくらいあるか次第でしょ、みたいな話だろうし(なんか脱線した気がする

  • 7月26日 恋愛小説はもう描けない

    7月26日 恋愛小説はもう描けない

    自分にはもう、恋愛ものの小説は描けないと思う。なんというか、自分自身にそっち側の気持ちが湧いてこない感覚があって。図書館でそれ系の本を、いわゆるロマンス系?を借りようという気持ちも、全然湧いてこない。抗うつ剤を飲み始めてからかな?だいたいそのくらいから。

    とは言えエンタメ的にはその方面が好まれるのは分かっていて、受けを狙うのであれば書くべきなんだろうけれど、そっち側のことを考えようとしても全然頭が働かなくて。ある程度テーマを絞って描きやすく環境を整えても、筆の進みが悪い。というか進まない。

    これが40代男性における性欲の減退だと言うならば、ほんと人間の本能に対して素直すぎるだろ、と思ってしまう。

    では、私はどんなテーマで描きたいのだろうと、しばし考えてみる。すると、私は人間の生死や、出会いと別れ(恋愛とは関係のないもの)を描きたいのだと、思い至る。

    本当に描きたいものを考えているとき、私は幸せだと感じる。もくもくと頭の中から白い雲が頭上に湧き出て、その中には私が産んだキャラクターが、初めはぼんやりとしているのだけれど、時間が経つにつれて輪郭が強調されてくるのをイメージする。

    彼らに囲まれている時、幸せなんだなぁと思う。そして普通に仕事している時に、描きたいものが浮かんでくると仕事の手を止め、しばし彼らと戯れる。

  • 7月25日 短い日記

    7月25日 短い日記

    仕事に没頭している。目の前にある仕事がとてもたくさんあって、休まる暇がない。
    自分の整理のために、現在仕掛かり中の仕事を整理する時間が欲しい。
    どれも優先度が高く、できれば早くやっつけてしまいたいため、自分の中できちんと整理して仕事を進めていかないと、何にもできていないじゃない!と怒られてしまうこと待ったなし。

    どれもこれも自分で蒔いた種だからしょうがない。自分が、自分でやりたいと手を挙げたのだから。
    いや、気分はだいぶ前向きだろ。
    たくさんの仕事があって嬉しいんじゃないか本当は。
    そうだね、その通りだね。

    今は自分の力をつける時だから、精一杯努力したいと思う。
    何度かツイートもしたけれど、ChatGPTにプロンプトを送り込んで、意図した回答を得られるように頭を使うのが今、一番楽しい。
    全くもって、全然うまくいかないの。
    笑っちゃうくらい。だけどそこが楽しいなぁと感じたりする。