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  • 4月30日 愛とは、雨の中を一緒に歩くこと

    4月30日 愛とは、雨の中を一緒に歩くこと

    午後から雨。
    穀雨とも言うべきか、静かに、さらさらと降る雨の午後。

    ネタが思い浮かばないので、ピーナッツから名言を拝借。

    Love is walking in the rain together.
    愛とは雨の中を一緒に歩くこと。

    Peanuts

    愛とは、そもそもなんだろう。
    愛とは、見返りを求めずに情を注ぐこと、と考える。
    見返りとは。損得を考えずに、自分の力を注ぐこと。
    自分の力を、ただその人のために注ぐ。
    自分のプラスになるかどうかも分からないのに。
    そんなことって、あり得るんだろうか。

    子供のことを考える。
    子供が雨に濡れないように、そっと傘をさしてあげる。
    自分は濡れても良いけど、子供には雨がかからないようにさす。
    生存本能に従って生きれば、自分は風邪をひかないように、傘を自分にさすはず。
    だけど、子供のために、もしくは恋人のために自分の傘を差し出す、と。

    雨の中を一緒に歩くのであれば、目的地まであとどのくらいか自分で把握しているだろう。
    雨=苦難と考えると、その苦難を一緒に乗り越える存在が、愛を共有すべき存在なのかと。

    なるべく多くの人に、そんな愛を注ぎたいよなと思う。
    家族はもちろんだけれど、自分に余力があれば、その余力をどう定義するかにもよるけれども、なるべく、博愛の精神で生きていきたい。

  • 4月29日 子供は大きくなっていく

    4月29日 子供は大きくなっていく

    今日は約1ヶ月ぶりに日立台で柏レイソルの試合を観戦した。
    対するは京都サンガFCというチーム。
    向こうは当たりの強い印象があるから、厳しい展開になるかなー、というような感覚で柏熱2階の指定席へ。

    子供二人と共に、自宅から自転車の旅。
    今日はめちゃめちゃ風が強くて、次男が自転車を漕ぐのが大変そうだった。
    だけど陽射しがあり、風は南風だったのかなぁ、なんとも心地良い気分で自転車に乗れた。
    長男は中学3年で、もうそろそろ受験に向けてエンジンをかけ始めていくので、3人で試合を観に来れるのもそんなにないんだろうなぁと思いつつ、子供二人が仲良く自転車に乗る姿を目に焼き付けた。
    一瞬一瞬が、今だけの特典なんだよね。
    ほんと、あっという間に大きくなっていくんだなー子供って。
    大きくなんてならなくていいのに。ずっと小さいままで、私の手のひらに載っててくれてもいいんだけどなぁ。
    という気持ちと、早く大きくなっていろんな体験をしてってもらいたいなぁと思う気持ちも半分くらい、いやそんなことないか、98%くらいはそっちの気分を抱く。
    20インチの自転車も、ほんともうそろそろ新しいの買った方が良いよね、というくらい小さくなってしまった。兄が乗っていたお下がりを、何の不満も抱かずに乗る次男。とても狂おしい。

    さて試合。
    あっという間に相手の23番に決められた。
    前半15分くらいだったかなぁ。
    え、って感じのミドルシュート。CBと SBの間を突かれ、ふわふわと浮かんできたボールが23番の足元に落ち、練習?ってくらいかるーく振り抜いた、軽やかな足。ゴールの左隅に決まる。
    おいおいーって気分を抱き、あまり多くのチャンスシーンがないまま前半が終わる。

    試合開始直後、とても綺麗な飛行機雲。
    どこへ行くのだろう。綺麗な線を描き、北の方へ飛んでいった。

    試合中に見た飛行機雲

    後半に入り、徐々にレイソルの熱が上がっていった。
    そして、念願のゴール。ゴール間際でもつれたところをサヴィオがスパッと撃ち抜いた。
    歓声に包まれるゴール裏。私も思わず、言葉にならない声をあげる。
    うおおー!うわーー!って感じ。前に座っていた、知らないおじさんとハイタッチ。
    嬉しかったなぁー。あの瞬間があるから、試合を観に来てよかったなぁーって感慨に耽る。

    だけど試合は、1−1のまま終了。
    途中、レイソルは4人くらい人を替え、そしてフォーメーションも変わり、果敢にゴールを狙ったけど、ネットを揺らすことはできなかった。
    くそー!悔しいー!って感覚。
    喉が痛い。

  • 4月28日 話し相手の気を吸い取ってしまうらしい

    4月28日 話し相手の気を吸い取ってしまうらしい

    人と話しすぎると、疲れる。
    ちょっと久しぶりに、会社の同僚とランチする機会があり、たくさん話を聞き過ぎて、身体がぼーっとしてる。
    こういうことよくあるんだよなぁ。身体の症状を調べると、機能性低血糖の疑いが。知らんけど。

    どうも私は、話し相手の気を吸い取ってしまうらしい。
    重ための相談を受けた後、ずーんと気持ちが重たくなってしまう。
    良いことなのか、悪いことなのか。
    答えはきっとグレーで、どっちとも言えるし、どっちとも言えないんだけど、少なくとも私の身体に症状が出るようであれば、ちょっと避けるようにした方が良いのかな、と思ったりしてる。
    相手が気持ち良くなれるのならそれで良いのかもしれないけれど、時間は万人に共通に分け与えられるリソースだから、私は私のためにその時間を使いたい。

    また、今日、ランチに同席した同僚から、私の相槌の打ち方、共感しようとする力が絶妙で、話してる方は気持ち良くなってしまいずーっと喋り続けてしまうことがあるんです、と言われた。
    私は無意識にやっていることでも、それが相手から言われることで気づく、ジョハリの窓で言うところの、私は気づかない/相手は気づくエリア。
    だけど私は私を労わる必要があるはずで、話を途中で遮ったりして、自分の身体に影響のないように暮らしていきたいなぁ、と指先や手先などの末端が痺れている身体を感じながら、思う。

  • 4月27日 無心になって未来を信じてみる

    4月27日 無心になって未来を信じてみる

    4月24日の日記で、未来を信じるにはどうしたらいいか、ってのを書いて
    未来なんてものがあるから、望みを託してしまうのであって、
    未来なんてものがあるから、今に絶望してしまうのではないかと思っていて。

    未来を味方につけると、思い描いた未来に近づくように行動を起こすから
    自分の人生を謳歌して生きていくことができるような気がする。
    だけど、もしいくら頑張ったとしても、思い描いた未来とは程遠い結果になってしまったら。

    いや、そんな後ろ向きなことを言っていても、ただ時間が空しく過ぎていくだけだよなぁ。
    あまり期待せずに、なれたらいいなくらいのテンションでやっていくくらいが
    自分には合っているような気がする。

    この、最近は毎日続けている日記みたいなブログも、いつか飽きちゃってやらなくなることだってあるだろうから、期待はせずにしておこうと思っている。

    一度、無心になって未来を信じてみるっていうのもアリな気はするんだよなぁ。
    例えば、私、今、お腹が出てきてしまっていて、この体型が気になるんだけど、
    そんな感じでInstagramを見ていると、ズボラな私が一ヶ月ダイエットを頑張ってみた結果、みたいなのがよく出てきていて、多分そういう人たちは、私みたいに「ダメだったらどうしよう」みたいな後ろ向きなことは考えず、ひたむきになって取り組んでいるんだと思う。
    そしてダイエットや身体作りって効果が目に見えやすいから、自分の頑張りがわかりやすいのも良いんだよなきっと。

    一ヶ月かー。
    私の場合はランニングなんだよなぁ。毎日ってのは流石にアレかもしれないけど、続けてみたら私の体型が変わるんだろうか。

  • 4月26日 自分の器を大きくすること

    4月26日 自分の器を大きくすること

    鋭い感性というのは、若者だけの特権、という言葉を目にした。

    鋭い感性というのは、どういうものだろう。
    社会人になるとよく、「アンテナを張って」と言うけれど、そのアンテナで拾える情報の多さ、深さのように感じる。
    アンテナをただ闇雲にたかーく張っていたとしても、周波数が合っていなければ情報は拾えないわけで、そうなると、周波数を合わせるためのトレーニングみたいなものが必要になる。

    周波数を合わせるためのトレーニングとは。
    まず、自分はどんな情報を拾いたいのかを明確にしなきゃいけない。
    感受性を高める、ということに近いのだろうか。ちょっとよく分からない。

    アンテナを張って、というのはちょっと抽象的な匂いがする。
    私の仕事、システム品質を確かめる仕事で考えると、アンテナを張るというのは不具合がありそうなところを見極めて、そこを重点的にテストしてみるみたいなことになる。
    趣味のキャンプでは、新しいキャンプサイトがオープンしましたとか、ソロキャンの過ごし方での新しい提案とか、そういうものを拾うことになる。
    意識的にそういう嗅覚みたいなものを働かせて、そんな情報を拾いに行く必要があるんだけど、それこそがアンテナを張って、みたいな言い方になるんでしょ。
    で、HSPな人は感受性が高い、繊細、と一般的に言われるならば、そんな特性を活かして、新しい情報をいち早くキャッチするみたいなところで有効に活用できる気がするんだよな。
    だけど、大人になっていくに連れて、感性は鈍感になっていく、と。

    さて。鈍化していく理由としては、やっぱ馴れちゃうんだと思う。いろんなことに。
    スれた、というか。
    だけどそれは良し悪しで、新しくない情報を新しいものとして受け入れ続けることに、人間って疲れちゃうから、それは前にあったなー、みたいな感覚で、うまく捌くためのやり方を覚えてしまうというのが良い点。
    悪い点は、拾った情報をある程度カテゴライズしてしまうことによって、機微だけど重要な、今まで受けたことのない情報がスルーされてしまうというところ。
    どっちが良いというわけではないけれど、若さ=正義という考え方に基づくのであれば、経験は少ない=拾った情報のカテゴリーが少ないほうが良い、ということになる?

    うーん、なんか気に入らない。
    そんなことはないはず。つまり若さゆえに培っていた鋭い感性は、だんだん鈍化していくけれど、それは、うーん、例えば「社会の生き方、過ごし方」とも言える部分を学んでいるはずで、つまり生き方上手になっていくんだと思う。
    そこから享受されるメリットは大きいはず。生存本能のなせる技かもしれないけど、それが「経験」というものなんだろう。
    経験によって自分の処理能力を高めていき、また新しい世界へ飛び込んでいく。そこで拾った感性をベースに経験を作り、自分の器を大きくしていくってことなんじゃないかな。

    そう考えると、最近、レイソルの小屋松選手が「現状維持は衰退への一歩」って言葉を放ったけど、確かに現状を維持していこうとすると新しい経験が得られないので、自分の器を大きくすることができないような気がする。
    新しい経験か。見聞を広めるみたいな言い方もあるけど、常に本を読んだりどっか気になるところへ行ったりしてアンテナを張り続けるのは、自分の器を大きくすることに寄与できるんだな。

  • 4月25日 給料日を迎えて

    4月25日 給料日を迎えて

    今月も無事に給料日を迎えることができた。

    四十四歳にもなり、家族がいるような身では、給料日だぜー!やったー!みたいな喜びはなく、もっと言うと給料が入ったことにすら気づかないほどの財務状況なので、まぁ、良くも悪くも給料日に執着していないということに喜びを噛み締めるべきなのだろう。
    それでも少しだけ、給料日を迎えたら自分へのご褒美で、何かしら買うことで、自分が普段頑張って仕事をしていることに対するモチベーションを作ることができるのかもしれないね。

    と、考えた時、今は何が欲しいのだろうか。
    ちょーっとだけ高い、ウイスキーくらいしか思いつかんね。
    五千円とかの。

    それこそが、幸せなことなのかもしれないなぁ。
    欲しいものがない、満たされている、という幸せ。
    それも考え方の違いで、欲しいものがない=お金を稼ぐモチベーションが足りない=不幸!とも思えるのだから、人生って刺激的だなぁ。

    お金で買えないもので、欲しいものはちょっとあるんだけど。
    時間と、気力。
    特にTOEICを勉強するために必要なものたち。
    平日は仕事をした後に勉強をしよう!という気持ちになるのが難しく、それはその分仕事をきちんと頑張ったからだからしょうがないんだけど、それでも継続して勉強することで自分のプラスになるんだろうから、本当は毎日勉強するくらいの気力と、時間が欲しいんだよなぁ。
    大学の頃とかにもっと勉強しておけば良かったのかもしれない。
    あの頃は気力だって、時間だって、人にあげてもいいほどあったではないか。

  • 4月24日 未来を信じるモチベーションを何に

    4月24日 未来を信じるモチベーションを何に

    死んだら終わり。
    何もかも終わり。
    死んでから幽霊になってどうのこうのとか、ない。
    前世も来世も、そんなものはない。

    この真理に気づいたのは、京極夏彦の、魍魎の匣、だった。
    どういう経緯かは忘れてしまったけど、要はそういうシーンがあり、
    それを読むまではぼんやりと「脳の中で起きてる電気信号によって意識が作られる」
    くらいの知識を持っていたので、割とすんなり受け入れることができた。

    その本を読んだあたりから、ぼんやりと哲学というものに触れようとする意識が
    脳の中で働き、いくつかを読んだ後、私は、時間というものによって
    過去、現在、未来と分けられているけれど、その軸みたいなものが良く分からなくなってしまった。

    例えば、未来。「みらい」と口に出して、声を発してみる。
    発した瞬間から、自分が未来だと思っていたその空間は過去のものになる。
    現在、という軸は実は存在していなくて、過去と未来しかない。
    過去を証明できるものはなく、今、私はこのブログを書いているし、
    経験としてここまで書いてきたことを覚えているけれど、
    その、覚えていることすらも脳が勝手に電気信号で作り出しただけの可能性があるし、
    このブログも、実は誰かが私の代わりにここまで書いてきた、という可能性がある、という辺り。

    つまり、何を信じて生きれば良いのか、と。
    よく、未来を信じて、とか、今を信じて、とか言うけれど、今なんて時間は存在しないし、いつからが未来で、その未来に期待してても、もしかしたらやってこないじゃないか、と。

    昨日、TOEIC頑張るぜ!みたいなブログを書いておいてアレだけど、
    未来を信じるモチベーションは、いったい何に頼れば良いのか分からなくなってしまった。
    藁をも掴む思いとは、こういうことなのだろうか。
    未来、何がくるか分かんないからあんま味方になりたくないんすよねー、
    過去、それがいったいなんなんすかねー、
    現在、それっていったいいつのことなんすかねー、
    と、ひねくれたパンクな青年のようなことを考えついてしまった、44歳の春。

  • 4月23日 自分磨きって簡単なことじゃないよね

    4月23日 自分磨きって簡単なことじゃないよね

    今日は早速、TOEICのリスニングに挑戦した。
    495点で満点のうち、自己採点で385点。
    こんなもんかー!と言うのがとりあえず抱いた感想。

    受けてみて、一番悩ましいのが短時間で多くの問題を解く必要がある点。
    TOEICを受けた人ならわかると思うけど、これはきちんと訓練を
    していきそのペースに慣れるようになっておかないといけない。
    私、飽きっぽいからなぁ、けどこれを地道に続けていけば良いのかな。

    明日以降、取れなかった110点の復習を行い、徐々にこのペースに慣れるとともに、自分のスコアアップに繋げていきたいなぁー。

    実際に受けるのは夏くらいかなぁなんて思ってる。
    TOEICって隔月くらいでやってるんだっけか、ちょっとそこも調べておかないと。

    それにしても、自分を磨く行為ってものすごく大変。
    特にこういう英語とかって、いわゆる一般教養に含まれるのかなと思うけど、会社から「頑張って受けろ!」と言われているわけでもないし、自分で努力していい点を取れるように頑張っていかなきゃいけないというその姿勢を、1日や2日程度ではなくずーっと続けないといけないから、そこに費やす労力とか、その辺を考えるとズーン、ってなる。

    同じようにランニングとかも、自分を磨く一つになるんだよなぁ。
    ここのところだいぶサボってしまっていて、2週間に1回、10kmを走る程度だから、気温が高くなってきたし、そろそろもう一度取り組んでいきたいなぁ。

  • 4月22日 TOEICを始めてみようと思ったり

    4月22日 TOEICを始めてみようと思ったり

    最近、自分磨きをしてないと感じ、思い立ってTOEICの勉強をしてみることにする。
    とりあえずKindle Unlimitedにあった、単語がたくさん載ってるものを見つけた。リンクはこちら。

    一通りざーっと眺めてみると、600点まではできてるっぽい。
    次の、730点という基準になってみるとちらほら分からない単語が出てくる。
    私の現在地点はこの辺なんだなー、と実感しつつ、だとすると800点くらいを目標にするのが、今のところ一番良さそうな気がしてくる。
    最高得点は990点だから、上には上がいる感覚を持ちつつ、自分の目標をきちんと持つ感じかなぁ。

    勉強のやり方はというと、これもとりあえずのやり方ではあるんだけど、ちょっとでも分からない単語をピックアップして、Evernoteに載せるやり方。

    Evernoteで TOEICの勉強をしてみる

    iPadだとSplit viewで2つのアプリを起動しながらできるから、便利だなぁ。
    Apple pencilで、実際に文字を書くみたいなんてこともできるので、iPadで勉強を完結できそうな気がしてくる、
    けど、
    今の所の問題はKindle Unlimited でいい感じの本が見つからないこと。
    流石に紙の本を買った方が良いかなぁとか思ったり。
    ちょっと本屋に行ってこようかなぁ。

  • 4月21日 同じ悩みにそろそろ飽きろ。人生の登場人物を変えろ。

    4月21日 同じ悩みにそろそろ飽きろ。人生の登場人物を変えろ。

    同じ悩みにそろそろ飽きろ。
    人生の登場人物を変えろ。

    山本文緒 なぎさ

    Tumblrを徘徊していて見つけた言葉。
    思わず、はっ、となった。

    同じ悩みとはなにか。私の場合。
    それはくよくよと悲観的になることを許せない、ということ。
    それが私の個性になっているように感じる。良くも悪くも。
    というか、あんま良いようには感じないんだよなー。
    メタ的に自分のそういうところを認知して、しかもそれを悪い方に評価してしまうという、自分の悪い癖。

    自己肯定感が低いとかね、上述した個性がきっかけとなって
    自分のことをあまり前向きに捉えられないとか、あるんだけどさ。
    けど、こういうことをいつまでもいつまでも悩んでないで、新しい登場人物にフォーカスを当ててみても良いのでは、と思った。
    山本文緒さんも、そんな風に背中を押してみたかったから、上で引用した文章を書きたかったんじゃないのかな、と少し肯定的に考えてみる。

    いや、待てよ。

    考え方をポジティブにすると、私の場合、別の個性として「0か100か」を決めつけたがるところがあって、そのせいで、ポジティブ=いろんなことに全力で取り組む!意識高く!TOEICも Javaも、小説も!ってなっちゃって、結局疲れてしまうところがあるんだよな。
    しばらくはそれで頑張れるんだけど、その後にはネガティブな、ドヨーンとしたものがぶり返してくるから、ほどほどにやるくらいがちょうど良かったりするんだよな。

    中途半端に、やりたいことに目を向けて、やりたくないことには目を向けず、ぼんやりとして生きていくのが良いのかもしれない。

    話が脱線した。