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  • 7月28日 別れることについて

    7月28日 別れることについて

    さっきオフィスで仕事していたら、今日で最後なんです、と挨拶に来られた同僚がいてびっくり。
    彼とはちょっと一緒に仕事をした程度だったが、ご丁寧に挨拶されて返って驚いてしまった。
    正直なところ、彼がいてもいなくても今の自分が持っている仕事には影響がない。
    だから、辞めてしまったとしても、別に困ることはないのだけれど、
    それよりもまず、知ってる人が少なくなっていくのが少し寂しい。
    私は外資系の会社に勤めているということもあり、入れ替わりは激しいように感じる。
    だからこそ、なのかもしれない。こんな感じで知っている顔がまた一ついなくなってしまうのが、こんなに寂しいものだと。

    今まで何回の別れをしてきただろう。
    今生の別れと、そうではないもの(また会える可能性のもの)に分けてみると、圧倒的に後者の方が多い。
    だけど、私から意識的に「会いにいく」という行動を起こさない限り、その割合が50%ずつ、私の頑張り次第では左側に重心が寄っていってしまう。
    ではいったい、私は今「仮の別れ」をしている中で、何人に「まだ会いたい」と思っているか。
    実際のところ、片手で数えられる程度かな、と思う。
    これが、ドライと感じられるかは、聞いた人の感じ方次第だけれど、私はその五人に対しては、私が苦労してでも会いたいと思っているのは確実だ。
    別に私は、これがドライだとは思っていない。
    その五人に対して熱い思いを持っているから。

    もしかしたらその五人のうち、誰かは、すでにいなくなっているかもしれない。
    そう考えてみると、少しばかり私にプレッシャーをかけるように感じる。
    だけどそのプレッシャーを前向きに捉え、いろいろな調整ごとをこなし、そしてその人たちに会いにいくことができたら、私は幸せかもしれない。

  • 7月27日 正しさとは

    7月27日 正しさとは

    数日前からChatGPTに触れる機会が多く訪れており、その中で私は彼(勝手に男性だと仮定している)とたくさんの対話をしてきた。
    その中で、私が生業としているシステムのテストという観点に置き換えて考えた時に、彼の出す回答が正しいかどうかを判断するのって結構な難敵なんじゃないかと思い始めてきた。

    基本的に彼を100%信じるのは危険で、それは彼の会社のCEOも言っていて、だからこそ使う人が「ちゃんと正解を知っている」ことに対して対話をしていくべき、なのかなぁ、と。

    自分のわからないことを彼に答えてもらう、っていう、理想的なAIの使い方はどこかのタイミングでできてくると思うんだけど、それでも、「得体の知れないAIなる生き物」に正解を委ねるというのは、一種の神頼み的な感覚とも言えるんじゃないかね。

    その辺の回答。彼もちゃんとその辺は考えている模様。ChatGPT4である程度この辺の会話をした後で出てきた回答。

    回答の正しさってこういう技術的なものだけではないよね。
    昔から、困った時は「どちらにしようかな、天の神様の言うとおり」で決めてきた経緯がある人間としては、自分の意思では作れない正解を、どっかに委ねながら生きてきたんだよなぁ。
    それが、今はGenerativeAIになっただけ、という感覚、というか。

    ちょっと意地悪な質問をしてみた。

    それに対し、追加で、以下の会話。そうだよね、という雰囲気の回答。

    正しさ、と言う言葉自体が曖昧なんだから、答えは60億人いれば60億通りの考え方があるはずだよな。
    テロ組織は危険!と思う一方で、彼らにしてみたら彼らこそが正義という考え方になるはずだから。

    そういう点で、正論を突きつけることの危険性も孕んでるよなぁ。
    だってその正論は、あなたの意見ですよね、ってことになるから。
    誰から見ても正しいって言うのは、それこそ「人間はいつか死ぬ」くらいのもので、それ以外については反論の余地があるものばかりじゃん。
    柏レイソルが今めちゃくちゃ弱くて、このチームを応援し続けることに意味は?と言う問いかけにしたって、それはあなたのクラブ愛がどのくらいあるか次第でしょ、みたいな話だろうし(なんか脱線した気がする

  • 7月26日 恋愛小説はもう描けない

    7月26日 恋愛小説はもう描けない

    自分にはもう、恋愛ものの小説は描けないと思う。なんというか、自分自身にそっち側の気持ちが湧いてこない感覚があって。図書館でそれ系の本を、いわゆるロマンス系?を借りようという気持ちも、全然湧いてこない。抗うつ剤を飲み始めてからかな?だいたいそのくらいから。

    とは言えエンタメ的にはその方面が好まれるのは分かっていて、受けを狙うのであれば書くべきなんだろうけれど、そっち側のことを考えようとしても全然頭が働かなくて。ある程度テーマを絞って描きやすく環境を整えても、筆の進みが悪い。というか進まない。

    これが40代男性における性欲の減退だと言うならば、ほんと人間の本能に対して素直すぎるだろ、と思ってしまう。

    では、私はどんなテーマで描きたいのだろうと、しばし考えてみる。すると、私は人間の生死や、出会いと別れ(恋愛とは関係のないもの)を描きたいのだと、思い至る。

    本当に描きたいものを考えているとき、私は幸せだと感じる。もくもくと頭の中から白い雲が頭上に湧き出て、その中には私が産んだキャラクターが、初めはぼんやりとしているのだけれど、時間が経つにつれて輪郭が強調されてくるのをイメージする。

    彼らに囲まれている時、幸せなんだなぁと思う。そして普通に仕事している時に、描きたいものが浮かんでくると仕事の手を止め、しばし彼らと戯れる。

  • 7月25日 短い日記

    7月25日 短い日記

    仕事に没頭している。目の前にある仕事がとてもたくさんあって、休まる暇がない。
    自分の整理のために、現在仕掛かり中の仕事を整理する時間が欲しい。
    どれも優先度が高く、できれば早くやっつけてしまいたいため、自分の中できちんと整理して仕事を進めていかないと、何にもできていないじゃない!と怒られてしまうこと待ったなし。

    どれもこれも自分で蒔いた種だからしょうがない。自分が、自分でやりたいと手を挙げたのだから。
    いや、気分はだいぶ前向きだろ。
    たくさんの仕事があって嬉しいんじゃないか本当は。
    そうだね、その通りだね。

    今は自分の力をつける時だから、精一杯努力したいと思う。
    何度かツイートもしたけれど、ChatGPTにプロンプトを送り込んで、意図した回答を得られるように頭を使うのが今、一番楽しい。
    全くもって、全然うまくいかないの。
    笑っちゃうくらい。だけどそこが楽しいなぁと感じたりする。

  • 7月24日 Chat GPTとblurと私

    7月24日 Chat GPTとblurと私

    今日は1日、Chat GPTに溺れました。
    自腹で課金も。とりあえず1ヶ月、無心になって何かを得るための活動に充てたいです。
    仕事で使うんですけどね、けど、自分で自由に使いたいという気持ちがあったので、会社の経費は使わず、私のポケットマネーから出しました。1ヶ月あたり20ドル。今だと141円くらいなので、1ヶ月で2820円くらいってところか。それくらいのものは手に入れたい。

    とりあえず、Pythonを勉強するために、ブロック崩しゲームを作りたい、と言ったら、ご丁寧にもサンプルのコードを提供してくださりました。
    すごいね。ちょっとお願いするだけで魔法のようにプログラムを教えてくれるんだもん。
    これを機に、Pythonできます、と言えるくらいのスキルを身につけたい。

    もともとは仕事で、Chat GPTを使って品質を上げるなにかになったりしないかね?が発端にあって(最近この話を書いた気がする、再掲)、なにはともあれ、何がどこまでできるのかが気になるので、ちょっと触ってみますね、というところです。とはいえ社内システムの実装内容を安易に載せるわけにはいかず、マスキングするの?と腰が引けている状態なので、なんとかして仕事に活かせたらいいなぁ。

    話は変わって、音楽の話。
    Apple Musicを彷徨っていたら、blur、新作出たんだぜ、お前好きだったろ?って提案を受けまして、早速聞いてみたんですが、相変わらずのblur節でとても心地が良いです。
    おまけにジャケットがまた、The Great Escapeで使われていた海の色と、プール?の色がそっくりで、あの頃を思い出してしまいました。
    あの頃というのは青春の真っ只中、1996年頃です。私にとってその頃は黄金のように輝いていました。
    blurが好きで、だけど周りはoasisの方がちょっと人気があって、理由はきっとわかりやすいからだったと信じてやまないですが、私はblurが好きで良かったと思いました。oasisは再結成はしないけれど、blurはこうして、もともとのメンバーでまだアルバムを出し続けてくれているから。
    私がおじさんになっても、こうしてblurが音楽を届けてくれること、そして私自身が、あの頃と同じような感性でblurを聞き続けていられることが、シンプルに嬉しいです。

  • 7月23日 自分の時間を確保するのと、家族との時間はどっちも重要なんだから

    7月23日 自分の時間を確保するのと、家族との時間はどっちも重要なんだから

    多分思い過ごしなんだけど、何もここに記さなかった日は、まるで私がこの世に存在していなかったかのような感覚を受ける。
    何かは考えている気がする。
    その証拠に、ほぼ日手帳には何かしら私の言葉が綴られているから。

    昨日までは大阪まで家族旅行で出掛けていて、そのせいで自分を振り返る時間を取るのが難しかった。というのは言い訳で、家族のせいにして自分の時間を取らないということは、ちょっと自分の人生を歩いていない気がして勿体無い。
    自分という人間はこの世に一人しかいないのだから、そして私に与えられた時間は私が生きるためにあるはずだから、それを満喫する必要があるんじゃないかと思う。
    いや、待て、この先に何があるか知ってるぞ私。
    自分の時間を犠牲にして、家族や同僚など、他人のために費やすことで、奉仕の精神のもとで生きていくことになり、そして自分を蔑ろにして自分のメンタルにダメージを与えてしまうんだよな。
    やめよう。自分の時間をきちんと確保しよう。

    一人になりたい、という自分の願望と引き換えに、家族との時間があるのだとしたら、どちらを優先したら良いのだろうと考えることが多かった。
    だけどそれは比較すべきものではない。なぜなら、どっちも同じくらい人生にとって大切なことだから。
    そこで私が、家族のために多く時間を使っていると感じているならば、少し立ち止まって自分の時間を多く確保すれば良いのだ。
    1日は24時間しかないし、1年は365日しかない。
    その中で、自分がやり遂げたいことをきちんと設定して、それに向かって一直線に進めば良いのだ。
    と、自分に言い聞かせ続けて、10年くらいは経ったのではないだろうか。
    なーんにも変わってないんだな。

  • 7月20日

    7月20日

    なんと大阪まで車で来ている。GWくらいにUSJに行きたいねーなんつってチケットとホテルを取り、新幹線も良いけど車で行ってみるか、ということになり。私がドライバーなので550km、およそ8時間くらいかけてやってきた。

    それだけ一人で運転に没頭する時間があったので、140文字で作れる小説を考えていたんだけどなかなか着想には至らず。昔付き合っていた彼氏と同じ車を見かけた、から当時の思い出を巡って…みたいなのを思いついたんだけどなぁ。

  • 7月19日 Chat GPT記念日

    7月19日 Chat GPT記念日

    今日はChat GPTの世界へ飛び込んだ。それを使って、テストや品質みたいなテーマで何かできないか、という上長からのオーダーの下。

    私にとっては寝耳に水で、だけどなんとなく、面白そうだなと思った。そして先陣を切ってる何人かの同僚に話を聞いて、より一層面白そうだなと感じた。私にとっては未開の地。世間を一時賑わせたChat GPTと仕事ができるなんて!光栄だ!

    と思って少し掘り下げたので、今日はChat GPT記念日。まだ何にもしてないけどね。

    どうやら彼は、喋れるんだけど、例えばテストケースを作るのにも、こちらの要件を1から10まで教え込まないといけないらしい。

    例えるなら、冷蔵庫にピーマン、トマト、玉ねぎ、トマトケチャップ、ニンニクがあります。パスタは冷蔵庫の外にあります。食べる人は、スパゲティが好きです。

    と、ここまで書いて、で、何を作ればいいですか?そのレシピと共に教えてください、と書くと、おそらくナポリタンのレシピが提案されてくるわけです。

    そんな感じで、既に実装されている要件とともに、今度新たに入る要件をきちんと書いてあげて(しかも社外秘情報は除いて)、それでようやくテストケースが出来上がってくる、と。

    パッと聞いた感じだと、そんなん手でやった方が早いんじゃないか、と思うんです。だけどそこで、テストを自動化したいので自動化スクリプトを作ってください、となるとそれが作られてくるわけです。

    そんな感じで、彼に情報を食べさせなきゃいけないということがわかりました、まできたところ。ここからどう攻めようか。楽しみです。

  • 7月18日 アルコール教

    7月18日 アルコール教

    軽やかに酔っている。
    帰宅してから缶ビールを1本と、ウイスキーをロックで1杯。現在進行形で飲んでいる。

    人はなぜ、身体に悪いとわかっているものを体内に入れるのだろう。
    それはもしかすると、お酒から享受される快感を求めているのかもしれない。
    快感?肝臓は悲鳴をあげているかもしれないのに?

    私はなぜ飲むのか。
    お酒を飲むと太ると言われている。
    筋肉が減ると言われている。
    寿命が縮まると言われている。
    脳が萎縮していくと言われている。
    こんなに悪いことばかりなのに、お酒を飲んで得られる快感を、なぜこんなに手に入れたいのか。

    快感というのは、どういうことだろうか。
    日中、息詰まっていた心を解きほぐしてくれているような気がする。
    今日を肯定し、明日への活力を注いでくれるような気がする。
    多分どっちも、気のせいのような気がするんだけど。
    だけどそれを信じて、今日も私はお酒を飲む。

    最近はノンアルコールのビールだったりハイボールを買って飲んでるんだけど、それらからは快感が得られないんだよな。
    アルコールの力ってすごい。
    信者になっても良いと思ってる。アルコール教。狂じゃないよ。

  • 7月17日 本を2冊借りた

    7月17日 本を2冊借りた

    久しぶりに森の図書館へ。
    流山には、「森の図書館」という名前の、素敵な図書館がある。
    ただ単に、周りを木に囲まれているだけの、図書館なんだけどそのねーミンスセンスが素晴らしいと思う。

    そこで2冊、本を借りた。

    借りた本その1: Python 実践入門

    最近Pythonに夢中で、プログラミングしているときはご飯すらいらない、と言うほどの情熱を傾けているところ。
    森の図書館ではこの本を見つけたので、思わず借りてしまった。で帰宅して早速Raspberry Pi でPythonのコードを書いている。そんな中、残念ながらRaspberry Pi がフリーズしてしまったので、めんどくさくなって電源をぶちっと切った。
    プログラミングはあくまでツールだから、それを使って何をしたいの?をきちんと考えておかないといけない。私は仕事でプログラムのテストを自動化させたいという目的があり、そのために必要なプログラムの知識を獲得しようとしている。

    最近、巷では「子供のうちからプログラミングを!」と聞くことが多い。私からしてみると、プログラミングで何をしたいの?というところをきちんと考えておかないと、そこをちゃんと考え抜く力をつけないと、宝の持ち腐れになってしまうのではないかと思ってしまう。

    と、思ってみたけれど、そんなこともないか。

    私は子供の頃、そろばんを習っていた。
    あれは頭の回転をよくするだとか、暗算を通して算数の計算を早くする、といった目的があったように思う。
    だけど私は、私の両親は、きっとそんなことを考えずに、私のことをそろばん塾へと送り出していたはずである。
    私はそろばん3級まで合格し、やがてやめてしまったが、数十年経った今でも2桁の足し算くらいなら暗算でやっつけてしまう。

    もしプログラミングで、ロジカルシンキングを学びたい、ということであれば、プログラミングを覚えるのではなく、ロジカルシンキングを学べば良いのに。
    ロジカルシンキングなんて難しい言葉を使うからよく分からなくなってしまうんだけど、シンプルに言えば「物事の道理」だと思うんだよな。
    お笑いが好きなら、お笑いのストーリーを考えてみるとか。どんな展開でストーリーを作っていけば、笑いが起きるのか。
    プログラミングを学ぶだけじゃなく、そうやっていろんなところから学んでいけば良いのに。

    借りた本その2: ローマの哲人 セネカの言葉

    今から2000年ほど前に生きたローマの哲人、セネカの本を借りた。
    ちょっと前に哲学の系譜みたいな本を読んで、その中に出てきた、くらいのイメージしかないのだけれど、私はそこから生きるための何かを学びたいんだと思う。
    今、生き詰まっているか?と自問してみると、その答えには、「あんまそんな感じでもないっすけどね」と答えそうなものである。
    なぜなら私には今一番私を虜にさせてくれるPythonがあるから。
    だから、今の私に効くような言葉が欲しいわけではないんだよな。
    恵まれてるな私。ここ数年、哲学みたいな本をよく借りては読んでいたけれど、それは何かに縋りたかったのかもしれない。
    何かに縋るほど、私は落ちていたのだろうか。
    過去は変えられないから、そんなところでクヨクヨしていてもしょうがないんだけど。

    過去は変えられないけれど、過去に起きた物事に対する考え方は変えられるはず。
    考え方を変える時に、本を読んだり、他の人から話を聞いたりして、自分以外の考えを取り入れることって、自分の器を大きくさせていくことだと思うんだよな。どっかの受け売りだけど。