タグ: 2023年

  • 8月6日 無意味な人殺しに、なんの正義があるのだろう

    8月6日 無意味な人殺しに、なんの正義があるのだろう

    誰だって、自分の思いと同じ勢いに対しては、こちらこそが正義だと思ってしまう。
    これは昔からそうで、人間って群れる生き物だし、自分こそが正しいとバイアスがかかってしまうから仕様がないんだけれど、それで数万人の命を奪ってしまうことだって、正義だというのだろうか。
    一体、正義というものを履き違えているんではないかと思ってしまう。

    78年前の今日、日本という小さな島国に、巨大な、邪悪な爆弾が落ちた。これは世界的に有名な話で、その威力に世界中が驚いたことだろう。
    それが、残念ながら1度ではなく、2度もこの国に落ちたという現実に対して、世界は一体どう思っているのだろう。
    無意味な人殺しに、なんの正義があるのだろう。

    そんな過去を背負って生きる義務を負った日本は、その後あっさりと降伏し、世界の負け組となった。
    かつてないほどの威力を持ったその爆弾は、原子爆弾と呼ばれ、人類が作った兵器の中でも類を見ない強さを持った。

    幸運と呼ぶべきか、その原子爆弾という兵器はその後使用されることはなく、現在に至るのだけれど、日本人というアイデンティティを持った私でも、その日まだこの世に生まれていなかった私でも、核兵器を持つべきではないということに賛同している。

    核兵器を持たないべき、という考えは、今ではおそらくこの世に暮らす人間たちの中で大多数を誇る「正義」と呼べるかもしれない。
    今日は、ニュースではそのことをしきりに流しているけれど、私は、私も、私が死んでから、この星に人間がいなくなったあとでも、この核兵器を使うことがないことを切に願う。

  • 8月5日

    8月5日

    今日も暑かった。
    毎日暑い。

    自分の欲望を叶えたいと思った時、その欲望を満たすために貪欲になるのは生き物としての本能なんだろう。
    だけど足元にある幸せは見えているかい?と昨日のブログでは書いた。
    自分の幸せを噛み締めるって、簡単なことなのではないだろうか?
    だけど幸せってさ、その瞬間を過ごしている時に、気づかなかったりするよね。
    例えば、家族で団欒している時。
    私の子供は今13歳と8歳で、一緒に住んでいるわけなんだけれど、もしかするとあと数年したら、大学に通うためにこの家を出て一人暮らしするかもしれないんだよね。
    その時を思うと、子供と離れてしまうということに胸が締め付けられるような想いを抱くんだけれど、それじゃ、その時を今から想定して、彼と対話できていますか、というのをちょっと考えましてですね。

    もしくは健康ね。
    抗うつ剤を飲んで生活しているとはいうものの、身体的に不調なところはなく、少し太ってるから痩せないとなぁと思うくらいの悩みで、これも見方によっては幸せなことなんじゃないかな、とかね。
    あと、ご飯が美味しいとか。自分で茹でた枝豆が超美味しいとか。
    感謝、って言葉にすると胡散臭い雰囲気を纏ってしまうのでアレなんですが、そういう、恵まれた物事に対して感謝する気持ちを忘れずに生きたいものです。

  • 8月5日

    8月5日

    今日も暑かった。
    毎日暑い。

    自分の欲望を叶えたいと思った時、その欲望を満たすために貪欲になるのは生き物としての本能なんだろう。
    だけど足元にある幸せは見えているかい?と昨日のブログでは書いた。
    自分の幸せを噛み締めるって、簡単なことなのではないだろうか?
    だけど幸せってさ、その瞬間を過ごしている時に、気づかなかったりするよね。
    例えば、家族で団欒している時。
    私の子供は今13歳と8歳で、一緒に住んでいるわけなんだけれど、もしかするとあと数年したら、大学に通うためにこの家を出て一人暮らしするかもしれないんだよね。
    その時を思うと、子供と離れてしまうということに胸が締め付けられるような想いを抱くんだけれど、それじゃ、その時を今から想定して、彼と対話できていますか、というのをちょっと考えましてですね。

    もしくは健康ね。
    抗うつ剤を飲んで生活しているとはいうものの、身体的に不調なところはなく、少し太ってるから痩せないとなぁと思うくらいの悩みで、これも見方によっては幸せなことなんじゃないかな、とかね。
    あと、ご飯が美味しいとか。自分で茹でた枝豆が超美味しいとか。
    感謝、って言葉にすると胡散臭い雰囲気を纏ってしまうのでアレなんですが、そういう、恵まれた物事に対して感謝する気持ちを忘れずに生きたいものです。

  • 8月4日 今、ここにある幸せ

    8月4日 今、ここにある幸せ

    今、ここにある幸せを、噛み締めて生きる。
    日々、何かを求めて生きていると、そういう「足元に落ちていた幸せ」に気づかなかったりする。
    だよねー、と頷いてしまう。何かを追い求めるとは、具体的にどういうことなんだろう。
    何か、とは。
    仕事の成功。
    お金。
    食べ物。あとなんだろう。思いつかない。

    そういう、人間の欲求みたいなものを追い求めるのって大切なことだと思う。私が日々ここで書いている「成長」につながるものだから。
    だけど、上述したような足元に落っこちていた幸せというのは、意外と気づかないものだ。
    想像してみよう。
    十分にご飯を食べられていること。
    睡眠が取れていること。
    仕事ができていること。
    愛する人が、家族が、近くにいること。
    私はずっと、そういうところで生きてきたから、これが普通だと感じてしまうけれど、だけど実際は恵まれているんだよなぁ。
    それを、
    噛み締めることのできる素養を、
    忘れないようにしたい。

  • 8月3日 時間と、その使い方

    8月3日 時間と、その使い方

    今日もあっという間に過ぎたような気がする。
    仕事に集中していた証拠なんだろうなぁ。
    目の前に仕事があるというのは良い。
    目立った仕事がない時の、暇さ加減と言ったら。
    私は目の前に仕事がないといけない人間みたいで、仕事がないと椅子に座っているのに我慢ができない。
    このままではクビになってしまう、と焦ってしまう。
    もうちょっと上手く生きられたら良いのに。
    暇な時はそれなりに、気持ちに余裕を持ち、自分を肯定してあげないといけない。

    時間という概念について考えてみようと思った。
    我々は毎日、時間と戦っているような感覚を持つことが多い。
    特に、忙しい日々を過ごしていると、一日があっという間に過ぎてしまうように感じる。

    しかし、時間は我々が思うよりも公平である。
    全ての人に対して時間が等しく流れ、それぞれが自由に使うことができる。
    しかし、それはまた非常に貴重で、一度過ぎてしまうと二度と戻ってこない。

    だからこそ、我々は時間を大切にし、それを最大限に活用しなければならない。
    しかし、それは簡単なことではない。
    忙しさに追われると、自分が本当にやりたいことや、大切な人と過ごす時間を犠牲にしがちである。

    そこで私は、時間をどのように過ごすべきか、どのように時間を管理するべきか、を見直すことにした。
    そうすれば、忙しい日々でも自分自身を大切にし、自分が本当にやりたいことに時間を使うことができるはずだ。

    まずは、自分がどのように時間を過ごしているかを把握することから始めようと思う。
    それを知ることで、どの時間を有効に使えているか、またどの時間が無駄になっているかが見えてくるはずだ。

    そして、時間の使い方を改善するための戦略を立てる。
    それは具体的な目標設定やタスクの優先順位付け、仕事とプライベートのバランスを見直すことなど、さまざまな形である。

    時間というのは、我々がどのように使うかによって、その価値が決まる。
    だからこそ、時間を大切に使うことで、一日一日を充実したものにすることができる。
    私たちは時間に支配されるのではなく、時間を使いこなすスキルを身につけることで、より豊かな人生を送ることができるはずだ。

  • 8月2日 ナンバーガールのこと

    8月2日 ナンバーガールのこと

    ナンバーガールが日本のロック音楽界に影響を与えたというツイートを見た。
    私はリアルタイムで彼らの音楽を聴いていた世代で、確かに彼らの音楽はカッコ良く、ロックで、情熱に溢れていて、意味深な歌詞も相まって彼らの音楽が崇高なもののように思えていた。
    あれから20年近く経ち、私はおじさんになった。
    彼らも同様におじさんになっているのだが、音楽はあの頃のままだった。
    それだけではなく、彼らの音楽に魅了され、後に続いて立ち上がった若者たち。
    彼らの奏でるギターの音が、まさにナンバーガールのものと同じようだった。
    いわゆる、ジャギジャギとしたギター。うねるベースとドラム。そしてエモーショナルなボーカル。少しずつ形態は変わっていくけれど、ベースとなるエッセンスは変わらない。私はそれらを聴き、間接的に、ナンバーガールを感じる。

    日本の音楽シーンを、と大まかに区切ってしまったが、実際はそんなに大きな丸にはならないかもしれない。だけどその丸の中には至るところでモッシュやダイブしている若者が絶えないだろう。

    その前は誰だっただろう。捉え方次第だからなんとも言えないけれど、順に遡っていくとこんな感じかなぁ(あくまで私の目線です、異論は腐るほど出てくるでしょう

    • andymori
    • チャットモンチー
    • Dragon Ash
    • ELLE Garden
    • 椎名林檎

    ここから先も書くとエンドレスになるのでやめておく。私の中では、最後はYMOとはっぴぃえんどになる気がする。そこに至る脈は、いくつも複雑に絡み合いながら、混ざったり、遠かったりするのだろう。

  • 8月1日 成長することについてその3

    8月1日 成長することについてその3

    仕事の合間に、自分のプログラミングスキルを向上させたいと思ってて、Pythonで簡単なトランプのゲームを考えている。ポーカーとか、ブラックジャックとか。
    順番としては明確で、要件をざっくり考えて、それをモジュール化させていき、プログラミングをしていく。
    その、モジュール化させていくところがとても難しい。
    なぜなら、私はざっくりとしたPythonの基本構文は覚えたものの、要件を噛み砕いてどうプログラムとして組み立てていけば良いのか分からないから。
    ここは一般的には「基本設計」「詳細設計」と呼ばれる箇所で、プログラミングをやっている人なら頭で思い描けるところなのかもしれないけれど、まだ私はそこに至っていない。

    私がまだ分かっていない、と理解するのは重要だ。
    なぜなら私が学ぶべきポイントが理解できるからだ。
    いわゆる、ロジカルシンキングと呼ばれる部分になるだろう。
    例えばポーカーで考えると、

    • カードをシャッフルする
    • カードを5枚配る
    • なにか役が揃ってるか確認する
      • 揃ってたら、ホールドする
      • 揃ってなかったら不要なカードを捨てて、新たにカードを受け取る
        みたいな感じで、要件を詳細化して、それをプログラミングするためにどう考えていくか、みたいなものをやっていく必要があるんだろう。

    そうか、私は要件を噛み砕くところからきちんとやっていかなければいけなさそうな気がしてきたぞ。

    私は一体、なにを目指しているんだろう。
    少なくとも、今の自分に足りないものを取り入れ、今日よりも成長した自分になりたいのだろう。
    成長の機会って無意識なところから生まれる、と昨日書いたけれど、それが意識できるところまで煮詰まってきてからは、本を読んだり、ウェブサイトで調べてみたりして、自分の欲しかった知識を手に入れれば良いだけなんだろう。
    この先、もし会社をクビになっても、一人で生きていけるような力をつけていきたい。
    プログラミングのスキルは、実際に問題を解決するためにも必要なものだ。
    この学習を通して、プログラミングだけではなく、問題解決に取り組む力をつけていきたい。問題をどのように解析し、効率的に、そして品質の高いアプローチを身につけられたら嬉しい。

  • 7月31日 成長することについてその2

    7月31日 成長することについてその2

    昨日、人が学び、成長することについてブログを書いた。
    あんまりまだ自分の中では合点がいってなくて、それはなぜかというと、人は意識的に学ぼうとしなくても、無意識のうちに学習しているだろう、ということがあり得るからかもしれない。

    ちょっと視点を変えてみる。
    上述した「無意識のうちに学習しているだろう」という点について。
    例えば、私たちは時間を持て余した時にニュースサイトで最新のニュースを見たとしよう。
    最近ではニュースに匿名でコメントを載せることができるところが多い。
    そのコメントから、人の考え方というのを学ぶことができる。
    こんな感じで、何かから意識的に教わろうと言うもの以外から、人は吸収することができる。
    だけどここで、意識的に「人の考え方を学ぶ」と考えながらコメントを読むことで、意識的にその考え方を学ぶことができるはずだ。

    となると、学ぶことを意識することでより深く、そして意味のある学びを得ることができる。
    無意識的な学び自体も重要で、それがあることで意識的に学ぶことのきっかけを掴むことができるのではないだろうか。
    それをきっかけとして、意識的に深く学ぶことで、自分自身の知識や理解に組み込むことができるはず。
    さらに、自分の得た知識をベースに、一段階ステップを上げて、さらに深い分野へのドアを開けることになるだろう。

    人は意識的に成長することができる。
    毎日の生活の中で私たちが遭遇する無数の情報を吸収し、それをどのように自分自身の成長に利用できるかを理解する。
    無意識的な学びから、意識的な学びへと移行することで、より深く、完全に理解し、そして新たな可能性を開くことができる。
    学びは人間の基本的な能力なのかもしれない。
    意識的に学んでいくことで、そのプロセスを有意義で、充実したものにすることができるだろう。

  • 7月30日 成長することについて

    7月30日 成長することについて

    今日は暑かった。今日も暑かった。
    日曜日ということで、明日からまた始まる1週間に向けて英気を養うべく、少しだけ行動して、だいぶ休んだりした。

    今日はカレーを作った。
    ナスとピーマン、そして玉ねぎのカレー。
    夏野菜が安い時期なので、そっち方面のカレーにした。
    いつもじゃがいもとにんじんみたいな根菜ばっかりのカレーなので、たまに趣向を変えてみるのも良いものだ。

    人間ってマンネリが嫌いだからね。
    マンネリが嫌いなのはなぜなんだろう。
    ベランダにいるメダカはほぼずーっと餌を求めて泳ぎ続けている。
    たまに疲れちゃったりしないのかなとか思ったりするけれど、彼らの体がそういうふうにできているんだろう。
    話が脱線してしまった。

    マンネリが嫌いなのは、人間は成長する生き物だからだ、と考えたことがあった。
    だけどそれは意識の高い考え方なんだと思う。
    この世に生きている人間全てが、成長したいと考えているだろうか。
    成長したい、と考えていながら、本は読まず、余暇はスマホゲームに勤しみ、お腹が空いたら菓子パンを食べる人が、成長していると言えるのだろうか。
    多分、考えすぎなんだと思う。
    生きてるだけで丸儲け、と誰かが言っていた。
    成長するには、身体的欲求が満たされていなければいけない。
    満腹で、睡眠もバッチリ取れている快活な人が、成長に向けて新たな芽を伸ばしていけるのではないだろうか。
    私はどうなんだろう。

  • 7月29日 花火って、一瞬で出会いと別れを演出するんだよね

    7月29日 花火って、一瞬で出会いと別れを演出するんだよね

    近くで花火の上がる音がしていて、ベランダに出てみると二箇所から花火が上がっているのが見えた。
    一つは超有名なところで、もう一つはどこだろう、ちょっとわからない、と思ってGoogle mapで方角を見てみたら、埼玉県のあたりかな、というところまではわかった。

    花火に少し、思いを寄せてみる。
    大きな音と共に魅せる、一瞬の鮮やかな輝き。
    そのために何週間もかけて準備してきたんだろうな、と花火師の苦労なども考えてしまう。
    一瞬で消えるものに、なぜそんなに魅了されるのだろう。
    それは一瞬で消えるから良いのだろう。
    昨日書いた、別れについて、というところと少し近しい感覚。
    花火は一瞬で出会いと別れを演出するんだよね。
    その両方を体感することができるから、そしてそれを大切にしようという思いを持つ人が多いから、花火大会っていう規模で行われるのかもしれない。

    真っ暗な空に舞い上がる、大輪の花。
    時間の尊さ。一瞬で過ぎ去る刹那。記憶に留めておこうと思うけれど、いつもぼんやりとしか残らない不思議。むしろ露天商で買って食べた焼きそばや、ぬるい缶ビールの味の思い出の方が強い。