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  • 7月12日 今日も自動化

    7月12日 今日も自動化

    今日も自動化。
    なんとなくぼんやりとした目標みたいなものがあるけれど、それを小さなステップに分けて進めると自分の中での到達点が見えてとても良い。

    というかプログラミング、好きだ。これで食べていきたいと思ってしまう。
    ITのエンジニアってある程度経験が積まれていくと、人をマネージする系と、技術に尖っていく系に分かれるんだけど、私は後者だなー、とつくづく感じる。
    人を相手にするよりも、プログラムを相手にする方が好きなんだなぁ。

    今日学んだこと

    • CucumberのGherkinで、テスト条件パターンを表みたいにして実行すること
    • ウェブサイトの表示でどの程度待つか、それをExplicitly wait で待つこと。これによってWebサイトのロード時間を待つように指令を入れることができるようになった。
    • テストの止め方。これはVisual studio codeのボタンを押すだけなんだけど、テストケースが多くなってくるにつれて自分のMacが占有されてしまった状態で最後まで待たないといけないので、途中で間違いに気づいた時に止めることができるようになって良かった。

    あんまり分かってないこと

    • Pythonでの、Assertionの入れ方。テスト自動化なので、期待結果があって、それと比較して正しいかどうかというアクションを入れたいんだけど、それがうまく入れられてないから、ただステップを実行するだけになっちゃってるんだよな。
      XPATHで、項目が選択されている場合は「ちゃんと選択されてまっせ」的なコメントを出して、その後スクリーンショットを撮るようにしてるんだけど、そのコメントが出てなくて、さらにスクリーンショットも残されていないんだよな。
      ここがちゃんと解決されてないと、テスト自動化としてはまだ合格点にいかないと思ってて。明日も調べつつ、解決に向けて頑張っていきたい。
    • ある会員データを入力するところで、DBにSQLでアクセスしてテストの目的に合うテストデータを持ってきて入力したいんだけど、そんな感じでDBにアクセスするところが分かってない。ここはまだ細かいステップが刻めていないので、まずはそこからかなー。それまではハードコードでやってくしかないかなと思ったりする。
    • Gherkinで、GivenとWhenの間にある時にどんなふうにステップを刻めば良いか分かってない。普通にExcelとかで、手動でテストケースを描くように書いてっちゃダメなのかなぁとか思ったり。
  • 7月5日 ドメインを持っているのは、本当に必要なんだろうか

    7月5日 ドメインを持っているのは、本当に必要なんだろうか

    最近はYouTubeやTwitterから情報を得ることの多い世の中になっているだろうから、ここで私が声を大にして人生について叫んだところで、誰の耳にも届かないんだけど、それじゃ私はここでなぜ書いているの?という質問に対しては、それは自分のために書いてます、自分の考えをアウトプットして可視化することで、私が何をどのように考えているかを理解することができるからです、と応える。
    となると、別に誰に見られなくても構わないわけで、自分の考えが尖っていようが、明後日の方向を向いていようがどうでも良く、私はここを私の日記として作っているだけで、人に見られたいとかそう言うことは考えていない。
    となると、わざわざブログ形式にしなくても良いのでは?Evernoteとかに日記を書いておけば良いのでは?と思ったりもする。
    そこはちょっと違っていて、誰も見ていないとしても、誰かに見られるかもしれないという考え方に基づきある程度は文章として成立させるよう思考が働くから、そこはこのままで良いと思っている。

    とは言え。とは言えですよ。
    ここでわざわざドメインとって、Wordpressを使ってブログを更新してるわけですが、そこでも葛藤があったりするのです。
    というのもそのドメインと、サーバーの保守として年間で1万ちょっとくらいかかっていて、投資対効果が出てるのか、というところは吟味しないといけないんですよね。
    上述したEvernoteも年間4000円とか使ってて、たまに小説とか、夢に見た風景を速記したりしてるくらいで、それで十分なのか、っていうところも、私の中にいる私の監査人は目を光らせているわけです。

    ここを始めた時は、ここでTシャツを売ったり、応募済みで落ちた小説を公開したりしようかと思ってたんですが、そんな野望みたいな妄想は未だ実行せず。いい加減小説は完成させたいところですけども。
    普段仕事してるとねー、なんて甘えた気分でいます。ちょっとでも毎日、ないし隔日くらいでは進めるような気持ちを持ってないとダメだよなー。HHKB買ったからせめてそのお金分くらいは稼げるような商売をしたいと思っています。
    商売かー。本業があるから、副業に手をつけるにはある程度の気力を残しておかないと、そっちへのやる気が湧いてこないんだよなー。なんて甘えた気分でいます。
    もっと若かったら、その気力みたいなものに勢いがついているのかもしれない。知らんけど。
    だけど、残りの人生で、一番若いのは今ですからね。林先生の名台詞じゃないですけども。

  • 6月28日 過去の検証自体はやってもいいけど、否定するのは違うよな、というのを忘れないようにしたい

    6月28日 過去の検証自体はやってもいいけど、否定するのは違うよな、というのを忘れないようにしたい

    ふと昔の記憶を辿る。
    駅から自宅まで歩いている間とか。
    スマホとか、PCとか、テレビなどから離れてみて、さらに音楽からも離れる時間を作ると、私の場合は過去の出来事を思い返すことが多いように思う。
    その出来事を掘り返し、出来事というのは良い思い出、悪い思い出、両方含めて様々な思いがあるものなどだったりするけれど、掘り返してあの行動は正しかったのか、今この状況でも同じ行動を起こすか、みたいな検証をしたりする。
    検証したところであの日、あの時間に私が返ることはないから、ただの思考実験でしかないのだけれど、その行為自体が好きなんだろうなと思う。

    だけど、それって後悔を生むことがある。
    あの行動は正しくなかった、もっとこうすれば良かった、と思う時は危険で、今思えば正しくない行動だったんだけど、あの時はああするしかなかった、あれ以外に思いつかなかった、みたいに考えてしまう。
    それって過去の自分を否定することにつながるだろう。
    過去と他人は変えられないといろんなところで目にするけれど、この件はまさにそれで、変えられない過去に対してウジウジと悩んでしまう、そしてそのまま落ちる、みたいな典型的思考パターンだったりする。
    私は日々変わっている。昔の価値観と、今の価値観は違う。
    だからこそ、過去の検証自体はやってもいいけど、否定するのは違うよな、というのを忘れないようにしたい。
    そうだよ、日々、私が成長している証として、過去の振り返りをする、というのは良いと思うんだよな。
    自分は昨日までの自分よりも成長している、比較すべき対象として頭の中に存在しているのだから。

  • 6月21日 佐伯チズさんみたいな

    6月21日 佐伯チズさんみたいな

    佐々木俊尚さんの、「読む力」みたいな名前の本を読みながら通勤。
    彼はどっかのいい大学を出て、立派なジャーナリストとして名を馳せているのかと思ったら、大学は留年しまくった、と語られていて、妙な親近感を覚えた。
    さらに、二人目のお父さんが、彼が学をつけることに嫌悪し、本を読んでいるだけで怒られたという、いわば劣悪な環境に置かれていたと書いてあり、さらに、すげー!ってなった。

    人間、逆境の中で生きていくには、貪欲になんでも吸収しようという精神が必要なのかもしれない。
    彼のすごいところは、彼自身が成長しなければいけないと自分で自分の背中を押していたところだと思う。
    と、本の端っこを読んだ程度の私が語るのはアレなので、気になる方は佐々木俊尚でググっていただければ幸いである。

    人と比べる訳ではないけれど、私も、中学の頃から小説を読むのが好きだったなぁ、と思う。ほとんど忘れてしまったけれど、本を読む姿勢だけは今でも消えていないような気がする。Twitterをやるくらいなら本を読みます、という程度のマインドセットではあるけれど。
    本の中には、私の想像もつかないようなことが書いてあることが多く、まるでその人になったかのように、作者の思想を知ることができるのがすごい。
    それは小説だって同じで、登場人物のプロットというべきか、そこにどう個性を充てるかというところだって、作者の趣味みたいなものが見え隠れすることが多いだろう。
    私の一番好きな作家、伊坂幸太郎で言うところの、溌剌とした女性、みたいな。
    私のイメージだと佐伯チズさんなんだけど、彼女みたいな、竹を割ったような性格の女性って伊坂幸太郎、好きだよなー、と思いながら読んでいる。(貶してません。褒めてます

    そうやって、自分の好きなものって滲み出るんだろうなぁ。
    佐々木俊尚さんは今でこそガジェット好きなおじさんみたいなイメージだけれど、彼も彼なりの個性がきっとあるんだろう。

  • 6月14日 人生なんて晴れたり曇ったりなんだから、

    6月14日 人生なんて晴れたり曇ったりなんだから、

    雨が、降ったりやんだりを繰り返している。
    近くの道路を走る車の音。果たして今日は、どんな思いを抱くだろうか。

    今日は偉い人とのミーティングで、私が主役になり説明する機会があった。
    こういう時になるといつも緊張してしまう。

    緊張とは。

    何度かこのブログでも書いているけれど、緊張は「いつもとは違う自分、ちゃんとしてるところを見せたいという思い」から生まれるのだそう。
    私にはそういう思いが強いということなのだろうか。
    もうちょっと考えてみると、私は、他人からの承認欲が強いということなのかもしれない。
    承認欲求を他人に求めるというのは、終わりのないスパイラルで、たとえばSNSでいいことを言おうみたいなのもその一つ。
    いいねをもらうために努力するのは、自分を磨くという点では良いのかもしれないけれど、そのために自分の気持ちを蔑ろにしてしまったり、無理をしちゃったりするので、いったん深呼吸をしてみて自分の気持ちに寄り添ってみたりすると良いのだろう。

    それは仕事だけではなく、日常生活のすべてにおいて言えること。

    どちらかと言えば悪く言われることの多い他人からの承認欲、考えるべきは自分からの承認欲を強くもつこと。
    昨日の自分よりも成長することで、自分で自分を承認してあげること。
    泡沫の夢のように、キラキラした自分を見せることも良いことではあるのだけれど、それよりも自分で自分の味方になってあげて、応援する姿勢を持つことが良いだろう。

    って、言うのは簡単なんだけどね。
    他人と触れ合う前提で成り立っているこの社会で、私はどっちを向いて生きていけば良いのだろうか。
    少し立ち止まって、そんなことを考える。人生なんて晴れたり曇ったりなんだから、曇った時にこそ自分で自分の味方になってあげるべきだ。

  • 6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    6月7日 地方創生 ソフトウェア 品質

    夜中に何度か目が覚め、その後にうつらうつらとしているところで何度か夢を見た。
    私はその夢をEvernoteとかTwitterにメモっておくのが好きで、そこから新たな着想を得られるからなのだけれど、今朝見たメモがなかなかのナイスアイデアだった。

    • 地方創生
    • ソフトウェア開発
    • テスト、品質
    • コンサル

    改めて見てみると、そのものズバリという感覚ではあるものの、地方のソフトウェアベンダーに対して、私の持つソフトウェア品質のあたりをベースにしてコンサルティングし、且つ必要となる人材を派遣して品質の向上を目指すみたいなビジネスモデルって、割とブルーオーシャンなのではないだろうか、と気づいた。

    多分私が夢の中で、地方に行きそこで頑張っているソフトウェア開発会社の人に品質向上をテーマとしたコンサルティング業務を請け負うみたいなものを描いたのだと思う。
    そこから得た着想を、忘れないうちにEvernoteにメモっていた、という顛末。
    地方で頑張っているソフトウェア開発会社は何社くらいあって、彼らが品質に対してお金を払いたいと思っているか。
    まずスタートラインはそこの調査から、ということになるかもしれない。
    とは言え、そんな簡単に事実を得られるとは思えないので、まずはココナラみたいなところで、私の持つナレッジを共有、気軽な相談会を作るところから開始しても良いのかもしれない。
    幸いなことにこちらはZoomで対応することが可能だから、気軽に話しましょう、みたいな敷居の高さを生かしつつ、やっていけるのかも。

    新しい事業を始めるのには勇気がいるだろう。
    私のこんな思いつきから、新たなビジネスが生まれるとか、というか「ビジネス」って呼んでいいのかわからない程度にしかならないかもしれないけれど、もしかしたら私の未来に、新たな可能性として道が生まれてくるかもしれない。
    怖いけどね。

  • 5月31日 気に病んでしまうかもしれないリスト

    5月31日 気に病んでしまうかもしれないリスト

    あっという間に5月も終わり!
    12分の5が終わった。早いなー2023年。早いなー人生。

    先日同僚と、人生でやり残したことがあるか、みたいな話をした。
    私の中で、これもう何度も書いてることだけど、やり残したことってあんまないんだよなーという気分でいる。良くも悪くも。
    ポジティブに捉えるならば、自分のやりたいことが全部できているということになるから、それは自分の人生を謳歌してますよ、って話なんだろうな。

    そこに至るには、家族がいたり、お金がそこそこあったり、家があったりと細かな条件が積み重なっているんだと思う。
    人生って揺れ動くものだから、それらが全部私の手元からなくなってしまうことだって、もしかしたらあるのかもしれない。
    それはそれとして、「それも人生だから」で片付けるほど器の大きな人だったら良いのかもしれないけれど、実際のところ、私は気に病んでしまうかもしれない。
    気に病んでしまうかもしれないリストがあると良いのだろう。
    それらは、自分の手から無くならないように、それぞれの重要度や優先度を決めて暮らしていくべきなのかなぁ。
    だけどそういう水準すら、ずーっと固定なのではなく、揺れ動くものなはず。そう考えると、自分の中の価値観を俯瞰して見れるような考え方になっておくと良いのかもしれないなぁ。

    私の中では、家族、お金、家、という順番なのだろうかね。
    上述した時に、パッと思いつく順番で書いてはみたものの、それぞれの順番とかはきちんと吟味する必要があるのだろう。

  • 5月24日 今日のレイソル

    5月24日 今日のレイソル

    今日は14時で仕事を終わりにして、レイソルの応援へ。カシマスタジアム。
    私は実家が茨城で、そして私の両親が鹿島アントラーズのサポーターということもあり、そのよしみで今日は父と観戦。
    つっても私はビジターのゴール裏だったので入り口でさよならでしたが。

    試合の雑感を書こうと思っているのですが、あいにく私はフォーメーションがどうのこうのっていうのはまだそんなに詳しくはないので、私から観た感想を少し書きたいと思う。

    試合前、スタメンを見た時。
    つい最近レイソルに加入!25年から!ってなってた関根くんがスタメンに入っててびっくりしました。まだ入ったばっかやん!と。
    だけど彼、結局フル出場しましたね。最後まで右サイドを駆け上がっていく姿が見られて、右サイドバック渋滞が起きている気がしました。これは川口さん、片山さんも負けてらんねーだろうな、と。まだ少し線が細い感じがしたので、先輩たちを見習って、柏から世界へ飛び立ってってもらいたいと思いました。

    あとボランチに中村慶太さんが!生で観るの、いつ以来なんだろう。
    彼が見られてよかったー、という気分でした。
    序盤から彼にボールが集まる機会が多く、ボランチでコンビを組んでた椎橋さんはボールを狩る係で、慶太さんはゲームメイクをする係、みたいな役割になってた気がするなぁ。とにかくプレーが面白い。前半終了頃だったかなぁ、左を駆け上がるサヴィオに向けて、左足でどかーんと蹴った時、おおお!と叫んでしまいました。
    後半の途中でタクトと変わったと思いますが、フル出場するの難しいのかなぁ、なんなら後半のここぞというところで使ってもらえると良いのになぁという印象。

    あと書きたいのは、両サイド。オータとファル。どちらも頑張って試合に絡もうとしている姿が見られました。ファルはサヴィオから薫陶を受けている感あり、サヴィオの指図にめちゃくちゃ頑張ってついていこうとしていました。あとオータね。後半だったかなぁ、すげぇミドルがあったんだよなぁ。残念ながら枠の外でしたが、あれ決まってたらヒーローになれたと思う。

    後半になり武藤とマオが投入され、試合がグッとこちら側に傾いたような感じでした。武藤さんすげーよね。うま!うま!って感じだった。マオは相手DFに負けずに、転ばずに前を向こうとする姿勢がすごかった。国内じゃ負けちゃうDFはいないんじゃないかなぁ。身体の入れ方なんすかね。

    そんなところ。試合は相手選手がセットプレーのもつれから華麗なゴールが決まり、負けてしまいましたが、私としては若い選手の躍動と、ベテラン選手のうまさが観られて良かったです。勝ちたかったけどねぇ。

  • 5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    5月17日 昔話に花を咲かせすぎて

    昨夜は、私が前に在籍していた会社の元同僚たちと数年ぶりに会い、だいぶ飲みすぎてしまった。
    タバコも吸いまくったので、喉が痛い気がする。
    今朝方すこし二日酔いっぽかったけど、お昼にサバ味噌の缶詰をおかずにご飯を食べ、ようやくいつもの感覚になってきた。
    二日酔いって、宿酔いって書き方をするんだよなー昔の本だと。うまい字を充てるなぁと感心したことがあった。
    私がそれを知ったのは、太宰治の人間失格、だったかなぁ。芥川龍之介の何か、だったかもしれない。忘れてしまった。

    昔のメンバーと、昔話をするのって楽しい。
    皆、それぞれの現在地点は別々だけど、当時を振り返って色々な思い出話をするのは、なんて楽しいんだろう。
    生きてるって感覚。私がその道を辿ってきたからこそ、こうやって人生のご褒美みたいな楽しみが生まれるんだから。
    最近は心療内科に通っていて、太ってきた点と、走る方に気力が向かないと言ったら、みんな驚いていた。
    あと、その会社に残っているメンバーから、会社に戻ってきてほしいと言われた。嬉しかった。
    私を必要としてくれているというのが、話の端々から、ひしひしと伝わってきていた。ごめん、戻らないけどね。とは言わなかった、言えなかった。
    いつか戻っても良いとは思っている。そういう心理的安全があるのって、安心する。

    私が、今の会社に留まっている理由ってなんだろう。
    給料。人間。やってる内容。
    「給料」が一番最初に思い浮かぶのって、なんかそういう人間なんだなぁって思ってしまう。
    一番大事でしょ、と思うけど。
    私は、情熱だとか、絆みたいなものにはあんま惹かれないんだよなぁ。ドライというべきか。
    あ、けど今の会社で私のロールモデルになってる人がいて、その人がいるからこの会社にいる、っていうこともある。こういう人間のつながりって大切な気がする一方で、だけど一番大事なのはそこじゃな、というダブスタっぷり。人間だもの、どっちも大切だって思ったっていいじゃない。
    そういう人が、私が前いた会社にもいたら良いのかもしれない。今の段階では、その会社の中に、そういう人は見つからなさそうな気がしている。

  • 5月3日 スナフキンのような生き方を

    5月3日 スナフキンのような生き方を

    今日は快晴。
    ここのところずっと晴れてるような気がする、けどそれは多分雨だった時間の記憶が薄いからだ。
    この時期は実家に帰省して田植えを手伝っていたのだけれど、両親が田んぼをやめてしまったので、今年からこのタイミングでの帰省はなくなった。

    ゴールデンウィークだから、どっか行かないと!みたいな焦りが、もっと心地良いものだったら良いのに。
    子供がいるせいか、どこかに連れてってあげないと、なんか悪いことをしているような気分になる。多分、ただの思い込み。
    その点、昨年までのように私の実家に帰省して、一泊旅行みたいな形で時間を過ごすことができていたのは、その焦りを紛らわせてくれるための方策だったのかもしれない。

    今日は断捨離をした。
    色々なものを捨て、子供たちがもう読まなくなった本を売り、家がほんの少しだけ身軽になった。
    こういうことをすると、いつもスナフキンのことを思い出す。
    彼は身軽で、いつもリュック1つで世界を旅するような生活をしている。
    もしかすると、彼のように、必要なものって両手で数えられるくらいのものなのかもしれない。
    今の私で考えてみると、

    • スマートフォンと充電器
    • ランニングシューズ
    • 手帳
    • Kindle
    • 洋服

    これくらいかもしれない。あとは花粉症の薬とか、Apple Watchとかを思い浮かべたけれど、それらはなくても暮らせるようなものだ。
    スマホが1番最初に浮かんできたけれど、それってどうなの、と思ってしまう。
    スマホって言ってもやることといえば家族とのコミュニケーションや、Twitterくらいのものだろう。
    家族とやりとりするツールが他にあれば、スマホもいらないかなぁとか思ったりするけれど、やりとり自体も、もしかしたら削れるものなのかもしれない。