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  • 6月3日 私のやめることリスト

    6月3日 私のやめることリスト

    6月にしては珍しい台風が去り、空気が綺麗になっているような感覚。
    まだきっぱり晴れておらず、空気自体はひんやりしている。
    そうだ、風はまだ6月のものだったんだ。台風なんてものが来ていたから、私はまだ季節自体が夏前ですよ、ということを忘れていたんだね。

    さっき図書館へ行ってきた。
    少し古い造りのそれは、本棚が低く設定してあり、とても見やすいのだけれど、逆に一番下の棚はものすごく見づらいんだよね。
    実際、一番下の棚にある本って借りられる率が低いんじゃないかと思うわ。

    今日はなんとなく図書館へ行ったので、偶然の出会いに期待してたんだよな。
    最近ちょっと気になってる投資のほんと、あと、やめることリストみたいな本を借りてきた。
    後者は、私がかねてより気になっている承認欲求のこととか、自分が苦しめば良いという考えをやめてみる、みたいなことが書いてあったので、こういうのって必要だよな、という気持ちと共に、借りてきた。
    ぱらぱらっとめくってみると「嫌われるの誤解をやめてみる」とか。
    ふむふむ、そうだよな、私なんてまさにこの「嫌われないように暮らす」ことを考えてしまっているから、これで自分の首を絞めちゃってるのかもしれないよなぁ。
    嫌われる勇気も読んだんだけど(こっちは買って読んだ)、結局のところ自分が嫌われないように意識してるんだよなぁ。

    人間関係のトラブルって、誰の身にも起こりうる「厄災」のようなもの。…「嫌われるんじゃないか」のほとんどは誤解。

    なんか勝手に人生がよくなる やめることリスト

    なるほどなぁ。過去、私が、嫌われた!と思ったことって、実は私の誤解だったかもしれない。本当は嫌われたのではなく、相手がたまたま機嫌が悪くて、私に八つ当たりしただけなのかもしれない。
    もしかすると今はもう、私のことを嫌ってなんかはいなくて、私がずっと「あの人から嫌われている」と考えに執着しているだけなのでは、と。

    考え方次第だよなぁ。過去との付き合い方っていう話なのかもしれない。

  • 5月3日 スナフキンのような生き方を

    5月3日 スナフキンのような生き方を

    今日は快晴。
    ここのところずっと晴れてるような気がする、けどそれは多分雨だった時間の記憶が薄いからだ。
    この時期は実家に帰省して田植えを手伝っていたのだけれど、両親が田んぼをやめてしまったので、今年からこのタイミングでの帰省はなくなった。

    ゴールデンウィークだから、どっか行かないと!みたいな焦りが、もっと心地良いものだったら良いのに。
    子供がいるせいか、どこかに連れてってあげないと、なんか悪いことをしているような気分になる。多分、ただの思い込み。
    その点、昨年までのように私の実家に帰省して、一泊旅行みたいな形で時間を過ごすことができていたのは、その焦りを紛らわせてくれるための方策だったのかもしれない。

    今日は断捨離をした。
    色々なものを捨て、子供たちがもう読まなくなった本を売り、家がほんの少しだけ身軽になった。
    こういうことをすると、いつもスナフキンのことを思い出す。
    彼は身軽で、いつもリュック1つで世界を旅するような生活をしている。
    もしかすると、彼のように、必要なものって両手で数えられるくらいのものなのかもしれない。
    今の私で考えてみると、

    • スマートフォンと充電器
    • ランニングシューズ
    • 手帳
    • Kindle
    • 洋服

    これくらいかもしれない。あとは花粉症の薬とか、Apple Watchとかを思い浮かべたけれど、それらはなくても暮らせるようなものだ。
    スマホが1番最初に浮かんできたけれど、それってどうなの、と思ってしまう。
    スマホって言ってもやることといえば家族とのコミュニケーションや、Twitterくらいのものだろう。
    家族とやりとりするツールが他にあれば、スマホもいらないかなぁとか思ったりするけれど、やりとり自体も、もしかしたら削れるものなのかもしれない。

  • 4月3日 希望の葉

    4月3日 希望の葉

    少しずつ木々に緑色が増えていくように、人間にも希望の葉が増えていくような時期がある。
    最初は自分でも気がつかないんだ。それはとても小さな葉っぱだから。
    だけどそんな状態から、忘れずに水をやって注意深く観察していると、だんだんと葉っぱが大きくなっていくのが分かる。
    そんなふうに、希望の葉が、大きくなっていくような時期。
    四季で言うと春のような時期なんだけど、それが人間の春なんだと思う。

    猫は窓から見える木々を眺めながら、そんな掴みどころのない話をした。
    アパートの窓の先に大きな木があることで、日陰になる時間帯が多くて洗濯物が乾きづらいという難点はあるものの、そのおかげで四季の移り変わりが分かる。
    そんな、良いのか悪いのか分からない木も、家族の一員みたいに感じている。

    猫は「ちょっとタバコ吸ってくる」と言ってベランダに出た。家の中では禁煙ということにしている。
    私が最初に住み始めたアパートだから、私の作るルールには従ってもらっている。
    そういうところが猫と似ているから、私は彼をそう呼んでいる。

    ベランダで、木を見ながらタバコを吸う彼の背中が見える。
    ついさっきまで一緒に寝ていたベッドには、彼の温もりがまだ残っている。
    彼と同棲し始めたのは、この温もりが欲しかったからだ。
    彼が来るまでは、この部屋には私以外に体温を持つ動物がいなかった。
    私の体温が、この部屋を構成する一つなのは寂しかったから、当時付き合っていた彼に同棲を持ちかけた。
    彼はすぐに、「一緒に住むよ」と言ってくれた。
    私が寂しがり屋だから、と彼は考えていたようだけれど、それは彼も寂しがり屋だということだ。

    春。私の中の春。彼の温もりを感じながら、希望の葉について考えている。

  • メダカの稚魚を冬越しさせられるか

    メダカの稚魚を冬越しさせられるか

    天高く、馬肥ゆる秋

    ベランダで飼っているメダカですが、9月に数十匹の稚魚が生まれました。
    それらをグリーンウォーター化させた水で過ごさせているのですが、11月になると流石に朝晩は冷たいと感じるほどの水温になり、これは冬を越すのが難しいだろうと思っています。

    メダカは一般的には冬眠するので、冬の間は餌を食べず、最小の行動量で過ごすのですが、流石に稚魚はヤバいだろ、と。

    ということで、GEXあたりのヒーターを買おうか考えていて。

    最近撮ったメダカの稚魚。まだ1cmくらいでしょうか

    元々は親族から譲り受けたものや、近くのペットショップで買ってきた子たちが産んでくれたものなので元手はゼロ。それはは良いのですが、ヤフオクでちょっと変わった個体の卵を買ったので、それらも死んでしまうと流石に悔しい。
    死んでしまってからでは遅いので、早めに買っておきたいです。

    水槽はIKEAで買ったこちらの収納ボックスなので、40*30*23(cm)なので27リットル。

    楽天だとこの辺でしょうか。初めて買うのでこれで良いのかわからない。

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    感想(3件)

    近所の、いつも行くペットショップでは同型の商品が2480円とかで売っていたので、楽天で買うとちょっと安いので良いですね。

    室内で気になること、まだある

    色々なブログ等を拝見すると、稚魚は室内で飼った方が良いんだろうなぁと思うんです、冬は。
    そうなると、水槽に入れている水草たちへの日光が気になってきます。彼らに陽を当てないと、光合成ができないだろうと思って。光合成ができないと、きっと弱ってきて色が茶色くなってしまうんだろうと勝手に想像してしまう。ということで、室内飼い用にライトを用意する必要があるのかなと思ったりしてて。

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    光を当てる程度のものがあればいいのかな、、そう考えるとこれくらいでも良いのかなと思ったり、、、

    どれにしよう、って悩んでる時が一番楽しいんだろうなぁ。めっちゃ楽しいです。

  • 9月3日

    9月3日

    ニーチェの本が手元にあるので、今日はひとつ引用してみる。

    意志をなくし、感情を取りのぞくこと、それができるとしたら、知性を去勢することにならないだろうか?

    ニーチェ 道徳の系譜

    自分の感情を押し殺して生きるのはとても窮屈。
    できることならわがままに、自分が抱いた感情の赴くままに、生きてみたいと思う。
    そうしたら良いのに?なんでしないの?
    と自分に問いかけてみると、その回答がズバッと出て来ず、思わず戸惑ってしまう。

    ニーチェが述べたいのは、私は、感情は知性の一つということと受け止めた。
    感情、自分が持つ知性の範囲内で生まれるのだから、きっとそういうことなのだろう。

    今日の私は、私が抱いた感情を蔑ろにしなかっただろうか。
    私は、私の気持ちに素直なまま、生きただろうか。

  • 6月3日

    あっという間に、日常がすぎていく。
    つい最近書いた気がするけど、仕事に没頭されて終業後の夜時間すらも一瞬で過ぎ去っていくという程度のノリ。

    こうやって、43歳っていう私の時代も、大した記憶が残らずに過ぎ去っていくんだろうなぁ。

    仕事が忙しいとか、お酒をたくさん飲めるとか、ご飯を胃が痛くならずに食べられるとか、身体が健康だからやってられるわけで。
    そのことを蔑ろにしてしまってはいけないなぁと思うのよね。

    もしかしたらこの日記を書いている途中に気持ちが悪くなり、病院へ運ばれ、そのまま還らぬ人になってしまう可能性だってあるのだから。

    健康でいたいんだろうか、自分は。

    つい最近、ある人と話している中で、ここでも何度か書いている「もう死んじゃっても構わない、決してそれは後悔していないという体ではなく、どちらかというとネガティブな意味での諦観」みたいなことを話したら、何がしたいのか分からない、そうしたいんだったらそうすればいいじゃん、って言われて、

    それは流石に凹んだよね。
    別に、「死んでほしくないよ!」って言ってほしいわけではないんだけどさ、止めて欲しかったっていうか。
    なに他人よがりになってんだ、って話ではあると思うんだけど。

    自分に課せられたことは、ただ一つ、生きることだと思うんだけどね。
    そこからさらに、子供を育てるとか、自分のやりたいことを実現させるだとか、そういう面でのあれやこれやは出てくると思うんだけど、

    結局、諦観っていう視点葉、なくなることはないんだよなぁ。

    これって良いことなんだろうか。

  • 5月3日

    まだ3時。昨夜22時過ぎに就寝したんだけど、早く目が覚めてしまった。
    早く、というレベルではない。人によってはまだ寝始めていない時間とも言える。

    眠りが浅くなった。例えば8時間、寝続けることができない。
    きっと老化現象の一つなんだろう。
    長く(と言っても7時間とか)寝続けることができなくなった、今までの習慣から少し身体の生理反応が変わってきたからと言って、憂うことはない。
    自分の意識で変えられないものに対して無理に抗おうとする必要もないんだって。
    ご飯を大盛りで食べられなくなったとか。食べ過ぎたら胃が荒れたりして体調を崩すんだから、昔はたくさん食べられたのに…ってなる必要ないんだって。

    そういう身体的なものでは、できないものが増えてきたような気がするね、と言っても長時間睡眠と、ご飯をたくさん食べること、くらいなものだろうか。

    その代わり、できるようになったものってなんかないかなぁ。
    思考することは増えてきたように感じるけれど。それくらいかなぁ。
    脳ってどんどん進化している気がする。