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  • 過去と他人は変えられない、けどついクヨクヨしてしまう

    過去と他人は変えられない、けどついクヨクヨしてしまう

    過ぎてしまったことをいつまでもクヨクヨするのって思考プロセスのバグなんですかね。
    「過去と他人は変えられないんだよ、だから自分の中で変えられる未来にだけフォーカスしよう」という言葉と出会ってからは、過去、やってしまった過ちをいつまでも掘り起こしてウダウダしそうになったら、そこで思考をストップして、違うことを考えるようになりました。

    性格というか自分の考え方のクセってなかなか変わらない

    性格ってなかなか変わらないよな、と思う一方、こういう思考プロセスってクセみたいなものなので、訓練でどうにでもなるんですね。そういうのに気づくまでに、数十年もかかってしまいました。つい、最近気づいたと言っても過言ではないような。反応しない練習とか、禅的思考みたいなものを読んでいるうちに気づいたというか。思考なんてものはほとんど無意識の段階で動かしているものだから、「自分がそう思い込んでいること」に対して気付けないのが普通なのかなと思います。普通なんだけど、例えば、自分がクヨクヨしてしまいがちな性格の人は、他人から言われたことに対して「それを真正面から受け止め」、「適正な受け取り方を超えて過剰に反応して」しまい、そしてクヨクヨしてしまう。真正面から受け止めるところを、少し斜に構えた状態で受け止めるとか、そういう考え方を変えてみるってのが重要なんだよな、と思いました。

    最近あったこと

    最近、私の心を揺さぶるような事件(と書いてしまうと大袈裟で、そこまでデカい話ではない)が起き、それは私の仕事上起こった失敗のようなものなんですが、自分でなんとかできたかもしれないけれど、結果的に失敗してしまった、と。それが起こった時から、引きずっています。最近、仕事で失敗ってしなかったから、久しぶりの状況に動揺している感じで。大切なのってその後のリカバリーだから、早いとこ忘れて(根っこだけは覚えておく感覚)、次に向けて頑張ろう!と自分に気合いを入れるべきなんでしょうけど。まだもうちょっとクヨクヨしたい感じで、それがなぜかは分からず、そんなのに引きずってもなんの意味もなく、気持ちを切り替えて前に進めていくべきなのにな、という状態で。浸りたい、と言うのは果たしてなんの目的があって、そうしたいと思っているのか。誰がどう考えても、切り替えて前に進むべき、それは間違いのないことなんだと思います。
    そうだよな。書きながら、考えを変えました。つまらぬものにクヨクヨしていてもしょうがないだろ、と。

  • ランニング 5km走れました

    ランニング 5km走れました

    昨日あれだけ自分の中で思考を昇華させて、あとはもう走るだけというマインドセットになった状態で、いつもより遅い23時過ぎに就寝し、無事に7時に起床することができました。ポイントは気持ちの持ちようなのかなと思いました。走る距離は10kmを予定していたんですが、走っている途中でちょっと無理だな、と感じ、予定を変更して5km、走り切ることができました。

    気持ちの持ちようだけじゃダメらしい

    どこかのブログか何かで見たことがあり(たぶんTumblrで回ってきたんだと思う)、心の中に残っているのですが、例えば新しい年を迎え、心を新たに心機一転、これから毎日走ろう!みたいな目標設定が一番良くないそうです。理由は、続かないから。稀に、そういう形で継続できている人もおそらくいるのでしょうけど、そういう新しい物事を始める時はまず、環境を変えることが必要なのだと。その点、私のこの、ランニングを始めるのは合致していません。環境は何も変えていないので。あ、強いて言えば、目覚まし時計を枕元に置いたくらいでしょうか。それによって、7時にきちんと起きることができたという点は、この理論に合致しているかもしれません。ただ、まぁ、ランニングが習慣化するために必要な環境はすでに揃っていたと考えることもできます。7時からおおよそ9時まで、ランニングに集中する時間を持っても他の仕事や生活に影響はないという点で、実はランニング向きの生活だったと言えるのかなと思います。

    5kmしか走れなかったことについて

    理由は様々です。体力がそもそも足りてなかったとか。体重が増えてしまっていたとか。私が今日10kmを目標にして走り出し、3kmくらいを走り終えた時点で、10kmは続かないから5kmで終わりにしようと目標を変更した時、ペースはかつて走っていた頃よりキロ1分程度遅いものでした(6分30秒くらい)。私はそれに幻滅してしまって、だけどこれが今の自分のできる限りのペースなんだと思い、5kmに変更しました。正直、悔しかったです。10km、あの頃は軽々と走れていたのに、とか思いましたが、その頃から10kg程度体重が重たくなったし、走るための身体になってなかったんだな、と思います。まだ、今日は1日目だから、いきなり10km走れた、というよりかは伸びしろがあるという点で、良いのかなと思うようにします。

    何か大きな目標を持ちたい

    当面、私の場合はランニングと食生活で、体重を10kg落とすということを目指したいと思っています。だけどそれだと10kg落ちた時に、目標を見失ってしまうかもしれません。その場合は、何かランニングの大会に出ることを目標にしても良いのかなと思います。かつて私は、フルマラソンにも何度か参加したことがあって、あの辛く苦しい時間を経てゴールした時に得た大きな喜びは、何にも変え難いものでした。楽しかったと辛かったが半々くらいの思い出ですが、私の人生においてはだいぶ刺激的なイベントでした。また出たいな〜、と思いつつ、まずは目の前にある「痩せる」と「距離を伸ばす」という壁を、ゆっくりと崩していきたいと思います。

  • 朝を味方につけたい

    朝を味方につけたい

    朝が弱いです。とてつもなく弱いです。布団から出るのが辛くて。在宅勤務の日は、始業時間ギリギリまで布団の中で寝ています。良くないですよね。起きてすぐ仕事なんてできないし。普通に考えたら最低でも1時間くらい前には起きておいて、朝食を摂ったりして、始業に合わせて気持ちを作っていく必要があるのではないかな、なんて思うんです。

    睡眠時間が短い?

    そんなことはなくて、ほぼ毎日、22時には布団に入ってるんです。つまり、22時から翌朝9時まで、10時間くらいは寝ている計算になります。それって45歳男性的には、だいぶ寝過ぎなのではないかと思ったり。だけど私は心療内科で睡眠薬をもらって飲んでいるので、それのせいもあったりするんだろうなと思います。理想的な睡眠時間ってどうなんでしょうね。出社してた頃はだいたい7時間くらいで日々、暮らしていました。それくらいで十分だったような気がします。つまり今は4時間くらい多く寝ているということに。そんなに寝てどうするんでしょうね?どうせその4時間、浅い眠りなはずなんだから、寝なくても良いような気がします。

    疲れが取れていないのか

    私はIT業界で生きる人間ですので、身体的に疲れるということはほぼなく、あるとしたらたくさん頭を使った日に感じる、頭の糖分不足くらいです。ので、少しでも多く寝て疲れを取りたいぜ、ということは考えていないはずです。疲れが取れていないということはなく、

    私の、朝の理想

    理想は7時に起き、次男が学校に出るのと一緒に家を出て(7時40分くらい)、自宅周辺を10kmランニングする、というものです。この時期(1月)はとても寒いので、家を出るのが億劫になりますが、ランナーにとっては今の季節が一番良いことは、私も過去の経験から理解しているつもりです。また、私には「痩せる」という大きな目標があり、それがモチベーションになって、早起きからのランニングというのを今すぐにでも始められるんだよなぁ。

    朝を味方につけるためのステップ

    まず一度、頑張って7時に起きて、走ってみる。目覚まし時計を使う。二度寝しないように気をつける(これが一番難しそう)。走る距離は5kmとかでも良いんだけどこれは自分の感覚で、たぶん大丈夫。朝7時に起きるのが難しいなら8時に起きて、そこから走るでも良いですが、一般的に、7時起きって早起きの部類には入らないですよね、だからいったん7時で。

    もしかしたら目的を見失っているから?

    ちょっと難しい話になるんですが、私が長く寝てしまうのは私の欲望を満たしているからで、別に、私の身体をいじめているワケではないんですよね。私の欲望を満たすために長く寝ているだけで、それは果たして悪いことなのでしょうか。私の目的の設定次第なんですかね。善く生きる、自分が気持ち良いと感じるように生きる、なのであれば、10時間というロングスリープは決して悪いことではないはず。だけど私の中で、それは正しいことだと思っていなくて。だって10時間も寝ちゃったら、残りの14時間でやりたいことをやり切る必要があるから。14時間のうち、8時間は仕事で使っていると、残り6時間でやり切る必要がある、と。これにランニング(+シャワー)で2時間使うと、残り4時間。これでは足りないですね。ゲームしたいし、小説を書きたいし、本を読みたいので。いや、けど、ここで気持ちを切り替えてみよう。10時間を7時間まで減らしたら、24-7=17時間、ここから仕事の8時間を差し引くと残り9時間も残ることができます。これはデカい。

    そもそも睡眠薬を処方されている身体をなんとかすべきでは?

    睡眠薬を飲んでいても、出社して仕事してた頃は7時間睡眠でなんとかなってたんですよね。私の睡眠薬は、長く寝るためではなく、寝つきを良くし、睡眠の質を上げるために使っているから、睡眠時間を減らすことに対しては目的と逆行している、とは言えないです。

    考えがまとまってきた

    考えるより行動を早くしよう、という気持ちが芽生えているので、明日から早速やってみようかな、と思います。二度寝厳禁。そこだけ注意だなー。ここまで考え抜いて、で結局寝ちゃいました、ってことも十分にあり得るからなぁ。今まで何百日も同じようなことを考えてきて、あとはもう行動に移すだけ、まで来たところで足踏みってなってるのが多かったから、今度こそは。ここに書いているという「有言実行性」も私に良い効果をもたらすということを信じて。

  • 計画は一度立てたら終わりじゃないんだよね

    計画は一度立てたら終わりじゃないんだよね

    今日はニーチェの言葉から。

    計画を立てるのはとても楽しく、快感を伴う。長期の旅行の計画を立てたり、自分の気に入るような家を想像したり、成功する仕事の計画を綿密に立てたり、人生の計画を立てたり、どれもこれもワクワクするし、夢いや希望に満ちた作業だ。
    しかし、楽しい計画作りだけで人生は終始するわけではない。生きていく以上は、その計画を実行しなければならないのだ。そうでなければ、誰かの計画を実行するための手伝いをさせられることになる。
    そして、計画が実行される段になると、さまざまな障碍、つまづき、忿懣、幻滅などが現れてくる。それらを一つずつ克服していくが、途中で諦めるしかない。
    では、どうすればいいのか。実行しながら、計画を練り直していけばいいのだ。こうすれば、楽しみながら計画を実現していける。

    「さまざまな意見と箴言」より

    わかるわー、って感じです。
    計画を立てるときは、気楽だから楽しいのか。
    私は仕事柄、テストの計画を立てることがあって、それは大体開発プロジェクトが始まって間もない頃なのですが、どんなテストが、どんなタイミングで必要なのか。そんなことを半ば妄想を踏まえながら、作っていく作業。ニーチェの言う通り、確かに楽しいんですよね。
    希望に満ちているから楽しいのでしょうか。
    気持ちが明るく、前向きになれるから楽しいのかもしれません。
    仕事だけではないですね。例えば家族でどこか旅行しよう、と計画する時も、泊まる場所や食べるものはどうしようか、と家族みんなで考えたりしますが、確かに楽しいです。

    一方、実行する時になると、計画したことを忘れてしまうことがあります。計画時には思いもよらなかったことが出現し、それに対処しているうちに、計画したレールから大幅に逸脱してしまうことも少なくありません。
    計画時には気づかなかったのだから、しょうがないことなんですが、それでもその「気づかなかったこと」を気づかなかったという事実が、計画したことから目を背けたくなるような気持ちになります。
    私の場合、恥ずかしい、という気持ちが先に立ってきます。
    そんなことすら思いつかなかったのか、という恥ずかしさです。
    計画したことを全て投げ出し、目の前に迫り来る壁を越えようと必死になってしまい、それ以外のことは何にも思いつかなくなります。
    近いところにある壁は割とよく見えるのですが、そんな、目の前の壁ばかり見ていると、大きく道を逸れてしまっていることに気づきません。
    そして終盤になり、道を逸れてしまっていることに気づき、慌てて計画を見返した時にはすでに万事窮す。
    私は、何が悪かったのでしょうか。

    確かに、ニーチェのいうように、計画したことから逸脱しないよう定期的に見返すようにする必要があるのだろうと思います。
    そうすれば、近くの壁だけでなく、遠くにある、ラスボスみたいな、とてつもなく大きな壁のことを忘れることのないような戦い方ができるのでしょう。
    言葉で綴るのは簡単ですが、それでもやはり、前述のように計画から目を背けたくなってしまうんだよなぁ。
    少しずつ、計画に寄り添うように生きていきたいです。

  • 人生は、瞬間の連続

    人生は、瞬間の連続

    マルクス・アウレリウスは自省録の中で、以下のように書いています。

    全ては、一瞬の出来事に過ぎない
    次のことを繰り返し考えること。今目の前にある物事も、これから生じてくる物事も、あっという間に通りすぎ、消え去っていく。
    この世に存在するものは、絶え間ない川の流れのようであり、その活動は常に変化し、もろもろの原因もまた無限に変化している。じっと静止しているものはほとんどない。君のそばにも、過去と未来の双方に無限の深淵が開いており、全てが飲み込まれていく。
    全ては一瞬の出来事に過ぎないのに、こんなことに得意がったり、悩まされたり、惨めになったりするのは、実に愚かなことではないだろうか。
    マルクス・アウレリクス 自省録 5-23

    過去、45年間生きてきて、その系譜みたいなものが私の後ろに続いているんだと思います。それはとても果てしない道のりで、45年も良く生きてきたわと思うんですが、過去に縛られて生きていくというのは、どうも辛いことのように思えてしまいます。
    過去、私が選択してきたもの、正しかったり間違っていたりしてますが、そんなのに振り回されて生きるのってアホらしいことなのかもしれないですね。
    私が過去に選択してきたもの全てを「正しかった」と認識し、生きていくことがまず必要で、それはなぜかというと、自分を肯定してあげることで、自分が生きていってもいいんだ!と思えるからです。
    自己肯定感と呼ばれるそれは、他者からのそれと、自分からのそれ、二つあると言われていて、後者、つまり自分からの自己肯定感を持たせることがとても大切なんだよ、と数年前にどっかで読みました。

    自己肯定感を常に自分に向けながら、プラスに考えていくこと、だけどそんなことはどうだってよく、なぜなら瞬間の連続で、全てが一瞬の出来事だからです、とマルクス・アウレリウスさんは言っています。
    なんか刹那的な響きのように感じてしまいます。全てにおいて排他的?になって、「もう全部どうでもいいです、なぜなら一瞬の出来事に過ぎないから」というマインドを持ってしまうようにも思えてくるんだよなぁ。
    そういう、全部どうでもいいです、っていうのは気持ち的にはあんまり良くなくて、なぜなら人は善く生きるべきだからで、だから多分、この「全部どうでもいいです」っていう考え方は、正しくないんだろうなと思います。
    時折、例えば仕事がうまくいかなかったときとか、そういう気持ちになっちゃうこと、ありますけどね。暴飲暴食したくなってしまったり。自分を傷つけたくなってしまったり。
    多分、正しくないですよね。

  • バイクのその後

    バイクのその後

    ヤフオクで購入したノークレームノーリターンのSRVルネッサのその後です。

    前回までのあらすじはこの通り。

    • バイクを個人売買で購入した。
    • 購入先から自走で帰ってきた。40kmくらい。
    • 自宅へ帰宅し、ちょっと休憩したのち、近くの図書館へ。2kmくらい。
    • キルスイッチでエンジンを止める。
    • 図書館で15分くらい過ごし、エンジンをかけようとしたところかからず。
    • 押しがけでもかからない。押して帰宅。
    • 翌日、ガソリンがからに。ダダ漏れ。
    • バイク屋へ押して持っていく。YSP含め、バイクが古過ぎてすぐには取り扱いができないとのこと。
    • タンクがPRI(プライマリー)になってることを確認する。ネットで調べ、PRIのまま走るのは良くないことを知る。
    • 自宅から1kmくらいのところにあるガソリンスタンドへ押して持っていき、ガソリンを入れる。7リットル。
    • 押しがけしてみたら、かかった!が、すぐにエンストする。
    • バッテリーを充電したらなんとかなる?という自分からの問いかけに答えを見つけるべく、ネットでバッテリーの充電器を買う。バッテリーとセットで6000円くらい。

    随分と物語が長くなってきましたが、買ってから1週間くらいでここまできました。
    たった1週間ですが、強く学んだこととして、ヤフオクは、自分で直す自信がある人だけが取引のできるステージ。ヤフオクで買ったバイクは、バイク屋さんからすると迷惑なシロモノで、できることなら関わりたくない、ということ。
    安易な気持ちで、たとえエンジンが始動している動画を見たとしても、すぐに止まってしまう可能性があるかぎり、購入前に必ず実車確認をするべき。ということでした。
    100%バッチリ動きますよ、という保証はとてもデカいです。ましてや命の危険を孕むものなので、何かあっても全て自己責任で、最悪死んでしまったとしても、それを販売する側に責任を持たせることは難しいな、と痛感しています。
    買って後悔したかというと、後悔しています。
    幸運にも16万円という、バイクにしてみたらそこまで高い買い物ではなかったので、良い勉強になったのかな、と思います。めちゃめちゃ悔しいですけどね。

    物語の続き

    さて、バッテリーをバッチリ充電したルネッサのその後です。
    バッテリーを装着した後、試しにエンジンをかけてみたら、なんと一発始動しました!
    めちゃめちゃびっくりしました。ダメだろうな、と思っていたので、信じらられませんでした。
    ものは試し、ということで早速、また図書館へ。
    2kmくらいだから、最悪押して帰ることができますからね。
    で、どうだったか。走り出して500mくらいで吹け上がりが弱くなり、そのうちアクセルを開けてもエンジンが吹け上がりませんでした。エンスト。
    信号待ち中だったので、落ち着いてバイクを降り、歩道へ。交通量が少なめの道路を選んでおいて良かったです。
    バッテリーはバッチリだからな、という安心感は強い。セルをバンバン回してみましたが、ダメでした。タンクはONの状態。
    またPRIにしたらかかるのかな、と思い、PRIにして数分待ち、トライしてみましたがやっぱりダメでした。
    期待していなかったからいいんですけどね。
    タンクをONに戻し、押して帰宅。今日の物語はこれで終了。

    いったいどこが悪いんだろう

    状況を整理して考えてみると、いや整理というほどではないですが、ガソリンがエンジンに渡っていない、これしか考えられません。
    仕事柄、システムのテストをしているので、状況を整理して「ちゃんとしている状態」と、「起こってしまった事象」を切り分けるのは好きなのですが、ちゃんとしてる状態を考えてみると、バイクを受け取ってからPRIの状態のまま、40kmくらい走ることができた、帰宅してからPRIの状態のまま、図書館まで2kmくらい走ることができた、バッテリーを充電した後、タンクはONの状態で500mくらい走ることができた、というところでしょうか。
    仮に、タンクからキャブレターを介してエンジンまで流れているところが万全ということであれば、ガソリンが足りなくなった、ということが考えられます。7リットル入れたので、RESにしてエンジンをかけたら、ちゃんとかかるかもしれません。これは試してみても良いと思います。
    また、バイクのクセみたいな条件として、タンクがPRIの状態だけ、きちんとエンジンまでガソリンが供給されるということがあるのかもしれません。なぜならPRIの状態では40kmまで走ることができたのだから。
    となると、ONないしRESの状態ではエンジンまでガソリンがきちんと供給されていないのでは?と考えることができそうです。
    それがどういうことなのか。もっと問題を細かく考えてみると、タンクから燃料コックを通ってキャブレターまでの部分と、キャブレターの中と、キャブレターからエンジンまでの部分、3箇所のどこが悪いのか?という問いが生まれてきます。

    ただしズブの素人がキャブレターをバラしてみて掃除する、オーバーホールしてみるというのは非常にハードルが高いです。
    仮に、私が広大な敷地に建っている家に住んでいて、バイクを修理するガレージがあり、部品は全部バッチリ揃っている、という状態だったら良いのかもしれません。
    残念ながら私はマンション暮らし。敷地内に、バイクを整備するようなスペースはありません。あるのは私のバイクを停めている、3m*2くらいのスペースのみ。工具は、数年前にダイソーで買った500円の工具セットのみ。
    キャブレターの知識なんて、ここ1週間くらいで、インターネットで検索してたどり着いたページの写真くらいなものです。
    ハードルが高すぎる。。
    そして今の季節、1月の中旬は屋外での作業は非常に厳しいです。ダウンをガッツリ着てやるくらいの気合いが必要です。

    ちょっと長々と書いてしまいましたが、私のやれることを整理して今日のブログを終わりにしたいと思います。

    • ガソリンをもうちょっと足してみる。7リットル入れて、おそらく2リットルくらいは減ったかもしれないので、予備タン以上ガソリンが入っている状態にしてみる。
    • PRIのまま、どこまで走れるか試してみる。PRIのままなら普通に走れるかもしれないから。

    進展がありましたらまたブログを書いてみようと思います。

  • 自分に自信が持てないというのは、果たして悪いことなのだろうか

    自分に自信が持てないというのは、果たして悪いことなのだろうか

    ものは考え用だから、自分の発言や行動に自信が持てていないというのは、裏返すとそれらに対して慎重に進めていきたいということの表れなのだろうと思います。
    私は小さい頃からそうやって自分の発言や行動に対して慎重で、自分の意見を大きな声で言うような人間とは対極な存在でした。
    10歳くらいまでで人間の性格が出来上がるとよく言われますが、その通り、私は10歳くらいの頃のマインドセットから何も変わっていないような気がします。

    果たして、それは良いことなのか、悪いことなのか。

    今日、それについてじんわりと考える機会がありました。

    私は外資系の会社に勤めていて、年に一回、査定の時期がやってきます。外資系の会社ということで、いかにアピールするか、それによって自分の評価が変わり、その先にはボーナスの給付額が変わったりするのですが、2024年の査定で、初めて、あまり良くない評価をとりました。
    まぁ、多少ボーナスの支給額が少なくなったところで、そういうもんかな、と思うのですが、少しだけ、もっとアピールがうまかったらな、と思う自分もいたりして。
    お金が全て、ではないですが、会社からあまり良くない評価をつけられるというのは、やり方が良くなかったのかな、と反省するための材料になりました。
    つまりそれは、私が自分の発言や行動に対して自信がないから、上司へのアピールなんてもってのほか、実直に、今自分に求められている仕事を無難にこなすことで上司は見てくれる、と勝手に信じていたような気がします。

    そんなものをいつまでも引きずっていても、何のプラスにもならないですよね。
    切り替えて、明日からの仕事をまた頑張って行こう、と思うのですが、冒頭に書いたように自分に自信がないから、そんな簡単にピッカピカの自分をアピールしよう、と変身する事ができないのが困ったものです。

    まず自分にできることは何だろう、と考えてみても、前述の通り自分の仕事を実直にこなしていこう、しか思いつかず、それでも良いのかもしれないですが、もうちょっと、自分をアピールするということを考えてみても良いのかなぁ。
    まずどうしたらいいんでしょうね。
    簡単に意識を変えるのは難しいけど、ちょっと考えてみても良いかもなぁ。

  • 押しがけでエンジンがかかった話

    昨日のブログで、ルネッサのガソリンコックがPRIになっていたまま放置したからガソリンが漏れた?と書きました。

    この↑記事を書きながら、この状態でガソリンを入れたらどうなるんだろう?とふと思い立ち、仕事が終わったと同時に自宅近くのガソリンスタンドまでバイクを押していきました。(片道1kmくらい、、真冬なのに汗だくなのはもう慣れた)

    途中、電車の下を通る歩道があるのですが、そこで試しに押しがけをしてみたら、エンジンがかかりました。

    !!!

    ギアを3速に入れ、ヘルメットをかぶり、下り坂を勢いをつけて降りたところでばつっとクラッチを繋いだところ、あんなに待ち焦がれていたスーパートラップの音が。。
    正直なところ廃車まであり得るよな、16万は高い勉強代だったわ、と思うところまで至っていたので、エンジンがかかったのはとても嬉しかったです。

    その後ガソリンを入れ、また坂道で押しがけを頑張ってみたのですが、アイドリングが安定せず直ぐにエンストしてしまう状況。バッテリーは完全にイってしまったので、押しがけを10回くらいトライしてみましたが、それでもエンストしてしまうので、それを何度か繰り返してエンジンがおかしくなってしまったら元も子もないので、昨日はそれで諦めました。

    PRIでガソリンダダ漏れということは、いくつかのサイトを調べてみたところクランクケースにまでガソリンが溜まりまくっちゃっているため、エンジンオイルを交換する必要があるとのこと。それも近いうちにやらなければ〜。早いとこ、いい感じの状態に持っていきたいと思います。

    当面、残ってるタスク

    • エンジンオイルを交換する。近くのバイク屋でやってもらうか、自分でやるか。自分でやる場合は廃油をガソリンスタンドとかで引き取ってもらう必要があるとのことですね?ほんとにそんなことやってもらえるんでしょうか。半信半疑ですが、昨夜ガソリンを入れたガソリンスタンドが一番近いので、そこまで洗面器を持っていけば良いのだろうか。電話して聞いてみたら良いんでしょうけどちょっと心の準備が必要だ。。
    • バッテリーを充電か、交換する。楽天でバッテリーと、充電器のセットが5000円くらいでしたので、ポチりました。まず、今ついているバッテリーを充電してみて、セルでエンジンがかかるかを試してみて、その後、バッテリーのヘタりぐあいをみて新しいバッテリーに替えてみます。
    • 場合によってはスパークプラグもいずれ替えることになるかも?

    安定して乗れるようになるまで先は長い〜。

  • もしかしたらPRIとなっていたのが原因?

    もしかしたらPRIとなっていたのが原因?

    またまたバイクの話です。
    昨日より悶々としていて、YSPに持ってったけどやんわりと断られたし自分でやるしかないか〜、けどなーちゃんとできるか不安だ、のあたりが悶々とした原因ですが、
    ちょっと考えると、今、私は2つの不安、もやもやがあることが分かりました。

    1. ヤフオクで少なくないお金を払って買ったのに、そのお金をドブに捨てるようなことになるんじゃないかという不安
    2. ある程度のDIYならやっちゃうという性格の元、バイクに関しては全くの素人で、そんな私に直すことができるのだろうかという不安

    細かく分けるとこんな感じ。
    2を乗り越えられれば、1は自動的に払拭されていくはずなので、まずは2をなんとか乗り越える必要があるんだろうな、と。

    さて、あれからいくつか原因とか、そういうものを考えています。その辺を整理したく、まとめてみたいと思います。

    バイクが急に動かなくなるまでの経緯

    1. ヤフオクの取引先に行く。ナンバーを取り付けて、セルを回す。1度ではかからず、だけど2度目ですんなりかかった。
    2. ガソリンは直ぐに入れてね、と言われ、そこから2kmくらい走ったところでガソリンを満タンに入れる。
    3. そこから40kmくらい走る。途中、エンストなどもなく、快適なドライブだった。
      あ、一度、道の駅があったのでちょっとだけ休憩。その時もエンジンは一発でかかる。超調子いいじゃん、と思った。
    4. 帰宅して割とすぐ、近くの図書館へ。家から3kmくらい。
      ここでもバイクは一発でかかる。
    5. 図書館へ到着する際、このボタンなんだっけ?と軽い気持ちでキルスイッチを押してしまう。
    6. 図書館へ。10分くらい眺め、バイクへ。
    7. かからない。そういえばキルスイッチ後ってエンジンがかかりづらかったような、と思い出す。
    8. 押しがけのやり方を今更調べる。45歳の老体には結構ハードだったけど、2回くらいチャレンジして失敗。汗だく。
    9. ここで、タンクのコックが、PRIになっていることに気づく。私はここを触っていないので、1の時からPRIだった。
    10. ネットでPRIのことを調べる。私が20年前にルネッサに乗っていた時は1度も使わなかったと思う。
      調べてみると、ガソリンを強制的にエンジンに送るもの(意訳)ということを理解した。
    11. 3kmを押して帰宅。PRIのまま放っておく。
    12. 翌日、バイクの下からガソリンが漏れまくっているのに気づき、焦る。
    13. 変なの掴まされてしまった!!と気分が動転する。

    ざっとこんな感じ。
    で、今日、少し気持ちが落ち着いたところで、改めてネットでPRIのことを調べ、いくつかのサイトを巡っていると、こんなサイトに出会いました。

    https://www.europark.com/xj900/diary/dia20120301.html

    だから今回も、プラグのカブりだけ取り除いて再始動し、エンジンを温めてガソリンを気化させてしまえばよかったのに、何を間違ったか、このときの私は、キャブを外してフロートバルブのチェックを始めてしまった。この時点では未だ、ガソリンコックが PRIになったままとは気がついていなかった(笑)。

    私の状況、まさにこれなのでは!!!
    私も危うく、キャブレターを外してどうのこうの、と見てしまいそうでした。
    仕事が終わったらガソリンを入れに行ってみようと思います。

  • 今日も今日とてバイクの話

    今日も今日とてバイクの話

    SRVルネッサからガソリンがおびただしく漏れたあと、ガソリンが出なくなってきました。
    多分、タンクに残っていたガソリンが全部出たのだと思われます。

    そして今日、どこか近くのバイク屋に持っていって直してもらうために預けようと思ったのですが、2軒、それぞれ持ち込んだんですがどちらからも断られる始末。

    1軒目は街のバイク屋って感じのお店で、車体番号から過去のパーツなどを検索してくれようとしたのですが、流石に古すぎて検索にヒットしなかった、とのこと。。
    お店の看板にHONDAの翼のマークが掲げてあったので、流石に難しいな、と思い食い下がることなく諦め。
    2軒目は本命の、ヤマハのお膝元のYSPへ。1軒目から2軒目の間は3kmくらいあったでしょうか。
    ヒーヒー言いながら、途中何度も休憩をしながら持っていったのですが、10年以上前のバイクに関しては基本的に受け付けられない、とのこと。。
    整備士さんにかるーーく、3分くらい見てもらったのですが、ざっくり見たあとに「これ相当かかりそうっすよ」という、とてもショッキングなお言葉。
    今から3ヶ月後の4月に整備の予約を入れ、バイクは3ヶ月置きっぱなしにしてもらおうと思ったのですが、倉庫もいっぱいで、ということでまた押して自宅まで帰ることに。
    250ccだから軽いというのもあるかもしれませんが、トータル6kmくらいを押して帰って疲労困憊。
    さすがに古いバイクだとバイク屋さんで直してもらうっていうのはだいぶハードルが高いのかもしれません。
    自分でタンクからキャブレターのあたりを外してみて、どこがおかしいかを調べられれば良いのですが、そういうとこに関しては全くの素人です。
    こんな私にできるかどうか、甚だしく不安、この不安は「バラしてみて何もわからず、一旦戻してみたけど不明なパーツがたくさん残ってて元通りにならない」というもので、それは私がどんだけ勉強してタンクからキャブレターに至るあたりを知ったところで、経験に基づくアクションを起こすことができないかもしれないので、自分でバラすのは最終手段かなと思いました。工具もないしね。工具なんてプラスマイナスのドライバーとかIKEAの家具についてきた六角レンチくらいしかありませんから、そんな私がそこまで至るには数多のハードルを超えていかなければいけないんだよな、と思ったりしています。

    まー、バラしてみてダメで、そこで諦めて捨てちゃうということもありなのかもしれませんけど。
    ヤフオクで買ったばかりで、まだ30kmくらいしか走っていないのにもう廃車にするっていうのは、それまた超つらいハードルだよな、と思ったり。

    明日以降、しばらくこの辺りを逡巡するような日記になるような気がします。