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  • 三島由紀夫 潮騒 ★★★★☆

    三島由紀夫 潮騒 ★★★★☆

    青年があの航海を経て見た景色は、以前は遠いものだったんだけど、やがてそれが手の届く距離に近づいたんだねぇ、としんみりしてしまいました。
    彼は、自分が成長していく様を自分で理解しつつ、周りにいる人たちとの関係が、最初は小間使いだったような立場から、自分が経験を積むことでだんだん一人前に認められていくという点を、この三島由紀夫という作家は丁寧に、瑞々しく描いていて、さすが、後世に語り継がれる名作を描くだけあるな、と思いました。

    三島由紀夫の作品は、これが初めてでした。当時の時代背景とか何も知らず、これが彼の前期なのか後期なのかみたいなもの、というのも知らないままに、ネットでオススメに入っていたからという理由で借りたのですが、読んで良かったー!という読後感がありました。
    ストーリーの展開が、この先どうなっていくの?!というエンタメ感はありつつも、海の美しさ、十代の若者たちが胸に抱く思惑など、少ない文量ながらも丁寧に描かれているなと感じました。

    新治は急いていた。千代子はそれを知っていたから、彼よりももっと急いた。言葉は出ず、あの告白はまして出なかった。新治が自分の目の前に一秒でも永く居てくれるようにと祈りながら、彼女は目をつぶった。すると彼の寛恕をねがった気持ちが、実は彼のやさしさに触れたいと思う久しい希望の、仮面をかぶったものにすぎないことが分かるのだった。
    三島由紀夫 潮騒 第79刷 P99

    これは、千代子が新治に恋い焦がれる状況で、新治と別の女性との恋仲を打ち砕くようなことをしてしまった後に、新治のもとへ訪れ、そのことを寛恕してもらいたい(もういいよ、みたいな許しを得たい)つもりで訪れたわけです。しかし新治は仕事に入っていて忙しくて、十分に千代子のことをかまっていられない状況で、だけど千代子としては大好きな新治を眼の前にしているから、その中でのドキドキ感とか、そういういろんな思いが込められているな、と思いました。
    結局新治はこの後、千代子に優しい言葉をかけて、この場面は終わるのですが、新治の優しさとか、言葉少なで語る男らしさ、個性みたいなのが前面に出てくるような、素晴らしい場面でした。

    そうだ、三島由紀夫の凄さとして、場面の臨場感の勢いがすごいと思いました。物語は島での生活と、船上での生活(というか仕事)、大きく2つの場面で描かれるのですが、穏やかで美しい、島の自然や、その島で暮らす人々の生き生きとしたやり取り、一方、嵐の中、荒れ狂う波を進む船の状況など、文章でその風景を描くには実際に見に行かないと描けないのではないかと思うのですが、三島由紀夫はまるでそこにいたかのように、具体的な描写で文章が描かれていて、はー!すごい!と思ってしまいました。

    そして、経験とともに成長していく若者の心情もまた、具体的で分かりやすい平易な言葉を用いて描かれていて、とはいえ現代風に言うとエモさも十分に含まれていて、あぁ、私の才能では私が抱いた思いを正確に書き綴ることが出来ない、、悔しい。

    夕方沖を走る白い貨物船の影が、ずっと以前に見たときとは別種のものであったが、また新たな感動を新治に与えた。
    「俺はあの船を知っている。船の生活も、その艱難も、みんな知っているんだ」
    と新治は思った。少なくともその白い船は、未知の影を失った。しかし未知よりももっと心をそそるものが、晩夏の夕方、永く煙を引いて遠ざかる白い貨物船の形にはあった。

    かつては遠くに眺めたあの「未知」に、たしかに一度、新治はその堅固な掌で触ったのである。彼は沖の白い船に自分は触ることもできると感じた。
    三島由紀夫 潮騒 第79刷 P141

    新治が一度、遠くの海に仕事で連れてってもらい、島の外を見た後に感じるシーンです。十代の青年が、経験を経て一回り大きくなったことを実感したところを精緻に描いていて、こんな書き方ができる三島由紀夫はカッコいいですね。それは自分がかつて同じように、自分が経験によって成長したことを実感するシーンがあり、それと新治の成長を重ね合わせたのかもしれません。
    もっと私に文才があれば、、、くっそ。。

    ★4つにしたのは、これからもっと三島由紀夫を読んでいこうと思っていて、その基準にしたかったからです。これを5にしてしまうと、後に辛くなってしまうことがあるかもな、という自分の浅ましい気持ちが発端になっています。

  • 疲れたらたっぷり眠れ

    疲れたらたっぷり眠れ

    自己嫌悪におちいったとき、何もかも面倒でいやになったとき、何をしてもくたびれて仕方ないとき、元気を取り戻すためには何をすべきだろう。
    ギャンブル?宗教?流行のリラックス療法?ビタミン剤?旅行?飲酒?
    そんなことよりも、食事をして休んでからたっぷりと眠るのが一番だ。しかも、いつもよりずっと多くだ。
    目覚めたとき、新しい力が漲る別の自分になっているだろう。
    「漂泊者とその影」より

    何をそんな当たり前のことをそんなストレートに、と思いました。
    いや、けど、何を優先するかという価値観次第ですよねこんなの。
    私は、睡眠を割と高めの優先アイテムに置いているので、ニーチェのこの言葉は共感することができます。

    が、だからと言ってこのブログを読んでくれている方に「睡眠を高めの優先アイテムに置きましょう」とは言えません。言いたくありません。
    個人個人の考え方があり、ましてや多様性社会などと言われている中で、そんな画一的な、まして今と全く違う世界が背景にあるところで書かれたものに、全員が共感するべし、というのは難しい話なのです。

    ただ、睡眠は、お金がかからず、目を瞑るだけででき、必要なのは時間(と寝るための場所)だけという非常にシンプルなものなんですね。
    何か物を買いたいとか、温泉とか、暴飲暴食とか、ほとんどの場合、お金が必要です。
    考え方次第ですが、睡眠をたっぷり、欲望のままに取ったとき、「だいぶ寝たなー!」とすっきりしていると思います。時間かかったなー!みたいなネガティブな感想は抱きつつも、寝たことによってストレスが発散され、前向きに考えることができるはずです。
    一方、物を買う、温泉、飲食は、一時の満足感は満たされると思いますが、結局寝ていないとしたら、機嫌はいつまで経っても改善されないのではないかな。
    って、敵のような比較対象として取り上げてみましたが、そうは言っても、冒頭に書いた通りこれは人の価値観に関わる話だから、自分にとっての優先アイテムってなんだろう、と考えてみると良いかもしれません。

    ちなみに私は、1に睡眠、2に食事、3に運動です。
    めっちゃ普通ですね。40歳を超えてからは心身の健康に気を付けるようになり、私は特に暴飲暴食で体調を崩しやすいので、無理に食べ過ぎたり二日酔いになるほど飲みすぎたりしないように、節度を守っているつもりです。3ヶ月に1回くらいはやってしまうんですけども。

  • 7/9 ランニング10km

    7/9 ランニング10km

    ランニング エニタイム

    無心になって10km。あっという間だった。このくらいのペースが一番走りやすいなぁ。モチベーションは体重減少なので気長に続けます。

  • 9月9日 もがき

    9月9日 もがき

    うまくいったこと

    • 1日を期限良く過ごすことができた。機嫌を良くしつつ生きることは、壮年世代の目標なのかもしれない。機嫌の悪いおっさんってただひたすらめんどくさいだけだもんね。

    うまくいかなかったこと

    • 特になし。ちゃんと生きられた時点で今日は花丸。

    改善できる点

    • 特になし。今日と同じような心持ちで生きていければ、死ぬ時に後悔しないんじゃないかと思う。

    所感

    • 機嫌を良くするのも悪くするのも、簡単なことのように思う。けれど機嫌って意識的に変えられるものでもなくて、たまたまイヤなことが重なった(信号が3つ連続で赤だったとか)時に、無意識のうちにイライラし、そして機嫌を損ねてしまうことがあるのだ。そうなると機嫌を取り戻すのは難しくて、よほどの良いことがないと、前を向くことができないような気がする。人生を長く生きている壮年世代にとっては、その培った経験の中で、自分が何をすれば機嫌を良くすることができるのか、分かったりするだろう。その、解決の糸口を慎重に掴み、手繰り寄せることによって、いつの間にか前を向いていたということになったりもする。私の場合はランニングとか、身体を動かすと自然と前を向けるような気がする。多分それって科学的にも証明されているようなことで、身体を動かすと良い感じのホルモンが分泌されて、その結果前を向く、みたいな理論があるだろう。つまりそういうことだ。
    • 一方思春期とか、その辺の世代には、自分が何をすれば機嫌を回復できるのか分からなかったりする。そういう時、いったいどうしたらいいのだろう。多分だけど、そこでもがくことが必要なのではないかと思う。一見無駄に見えるようなことでも、それを実直に続けることによって達成感が生まれ、その副産物として良い機嫌を手に入れることができるのではないだろうか。つっても、44歳になった今でももがくけどね。もがくことで何かが見えてくると確実にわかるのであれば、ガンガンもがくんだけどな。そういう場合だけではないことも知っているから、人生に正攻法ってないんだろうなぁ。
  • 8月9日 生き抜け、って言われた(ような気がした)から、生き抜く

    8月9日 生き抜け、って言われた(ような気がした)から、生き抜く

    今日はExcelを駆使した。
    ずらっと大きな条件パターンを複数作り、それでテストの期待値がYesなのかNoなのか、というもの。
    条件パターンごとに適用されるかどうかをIF、AND、ORを使いつつ。

    人間も同じように、いくつかの条件に沿って生きている気がする。
    眠くなったら寝る。お腹が空いたらご飯を食べる。雨が降りそうと天気予報で聞いたら、傘を持って行く、など。
    返さなきゃいけないメールが来てたら、返す。
    おはよう、って話しかけられたら、おはよう、って返す。
    スマホに通知が来たから、スマホを見る。

    生きよ、って言われたから、生きる。
    生き抜け、って言われた(ような気がした)から、生き抜く。

    誰かに動かされてるのかもしれない。
    自分の中にいる、誰かかもしれないけれど。

    自分の起こす行動って、自分からなのか(アクティブ)、何かの反応なのか(パッシブ)と大きく分けてみると、前者って実は少ないのでは。
    私の場合、前者が多めな時期と、少なめな時期があるように感じる。
    前者が多めな時期は、なんとなくポジティブに生きているような、気がする。気のせいかもしれないけれど。
    何かの反応に基づいて行動するっての、自分由来ではないから、あんま前向きになれないのでは?とか。
    思い込みだろうなぁーこれ。思い込みだと思う。

  • 7月9日 完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊

    7月9日 完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊

    木曜日、金曜日と飲み会が続き、家に着いたのはいずれも0時を回っていた。
    そんな暴飲暴食の2日を経て、この土日は気持ちと身体を休める休息日とした。
    飲み会は嫌いではないんだけれど、やっぱりどうしたって気を遣ってしまって、途中からは酒を飲んでいるのか、それとも酒や空気に飲まれているのかわからない状態になってしまう。そしてぐったりする。
    疲れ切った時は、本当に誰とも話したくない、そんな気分になったりもする。
    家族ですら最低限の会話。生きるためには会話、そしてそういう社会生活を営むことが必要だよね、という程度の会話。
    そんなこんなを繰り返して、ようやく日曜日の夜を迎えることができた。
    多分、この状態であれば明日会社に行けるだろう。果報は寝て待て、という言葉もあるけれど、期待をせずに明日を迎えたいと思う。

    そして飲み会でも良く聞くフレーズなんだけど、「あの頃はよかった」と振り返り、そのころを思ってお酒を飲む、みたいなやつ。
    あれって願望なんだろうか。
    今の現実を否定することになると思うんだよね。
    自分は、自分の味方であるべき、とこの間読んだ本から学んだんだけど、であれば、あの頃から変わってしまった自分だけど、そこがまた可愛いんだよね、と自分を肯定してあげる必要があるのではないだろうか。
    私もそうだけどね。高校の時とか、大学の時とか、戻れるなら戻って、バンドやったりバイク乗ったりしたいよなぁ、とか考えちゃうけどね。
    過去の、どっかのタイミングで生きていた自分が、今の自分が考える「完璧な自分」なんだとしたら、どうだろう。
    その頃の自分に嫉妬し、今の自分を嫌いになってしまうのだろうかね。
    今の自分、そんなにイケてないか。
    過去と他人は変えられないけれど、未来だったら変えられるんだよね。
    未来を、その「完璧な自分」を超えるくらい、素晴らしい自分像を作り上げることができたら、もっと最高なんだろうな。
    完璧な自分像って、自分の持つ価値観の塊だよな。
    もしかすると、今を精一杯生きている自分も、十分に完璧な自分ということができたり、しちゃったりしないだろうかね。

  • 6月9日 お酒と私と低血糖

    6月9日 お酒と私と低血糖

    健康には常に気を配っておきたい。
    最近気づいたのだけれど、お酒をちょっと多めに飲んでしまった翌日、耳周りや指先が痺れるような感覚。あと急激な眩暈など。
    あまりにも頻繁に起きるよな、と気づいて、調べてみると、どうやら機能性低血糖というものらしい。
    らしい、だけでまだ病院とかに行ってないからなんとも言えないのだけれど。

    それが仕事中に起きたりすると、仕事に集中することなんてできないし、しばらくすると耐え難い空腹と発汗などの症状が出てきて、居ても立っても居られなくなってしまう。
    で、ゆっくりと私の過去を辿っていくと、どうやらお酒を飲みすぎた翌日に起きるような。
    そのまま知らないフリして過ごしていくと、たぶん、この先に糖尿病が待っているような気がしている。
    十分に運動しているのに?!とか思ったりもするんだけど、それよりもまずこのイヤな状態を脱するには、お酒を控えることが頭に浮かんだ。
    お酒を控えると言っても。うちにはたくさんのお酒があるんだよ。
    ついこの間買った知多なんて、まだ1杯しか飲んでないんだぜ。
    こりゃ困った、とは言いつつも、私には守るべき家族がいるのだから、そこは心を鬼にして、気持ちを切り替えようと思う。
    ちょうど良かったよ、痩せたいなと思ってたから、とかね、ポジティブに考えると、悪いことばかりではないと思うんだ。むしろ、お酒を飲んだせいでたくさんの時間を失ってきたんだから、お酒を飲まないことで得られるいつも通りの思考、それは飲んでるときと比較するといくらか正常な思考だと思うんだけど、それをうまく利用して読書したり、なにか書いたりすればいいと思うんだ。

    とは言っても、どうしても飲みたいときってあると思う。
    今日はその日だった。ということで、いきなり話の腰を折ってしまうのだけれど、缶ビールを1本だけ飲んだ。350mlの。
    いつもの私だったらここからワインとか、ウイスキーをロックで、といくところなんだけど、今日はなんとか踏ん張ってる。私にとって缶ビール1本ってのはほろ酔いにもならないレベルなので、飲んだうちには入らない!と自分で自分に言い聞かせている。
    健康第一だよね。なにはなくとも、健康第一。

  • 5月9日 後悔は、私が忘れたくないと願った先にあるもの

    5月9日 後悔は、私が忘れたくないと願った先にあるもの

    たびたび、後悔を強く思い出させるような悪夢に苛まれて目が覚めることがある。
    そんな日は一日、調子が上がらない。
    そんなことで?と、自分ででも思ってしまう。
    早く忘れたいのに。
    アドラー流にいうと、私がそんな出来事を、後悔の一つと考えていたいから、その結果忘れようとしても忘れられていない、つまり私が望んだ結果なのだ、ということになるだろう。

    人生の98%はどうでも良いこと、と私の同僚が言っていたことがあった。
    どっちでもいいんだよ、と。
    確かにそうかもしれない。

  • ランニング | 5km| 5分24秒/km

    暑かった〜、よく5km走れたなと思う

    9月9日 ランニング 5km