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  • 5月7日 今の自分は意外と悪くないのかも、と自分に言い聞かせる日

    5月7日 今の自分は意外と悪くないのかも、と自分に言い聞かせる日

    雨。猛烈な雨。
    昨日の真夏日から一転、肌寒い一日。

    今日は柏レイソルの試合があった。
    アウェーで、アルビレックス新潟と。
    大雨のなか、選手たちはピッチ内を駆け巡っていた。
    結果は0-0のスコアレスドロー。
    勝てなくて悔しいような。けど負けなかったから勝ち点1が入り、それで満足かといえば首を縦に振るような状況。
    なんてったって勝ち点1だって欲しいような状況だもんね。

    昨日から、司馬遼太郎の竜馬が行くを読み始めた。
    最初に読んだのは5年くらい前だろうか。
    彼は、興味を引くものには目がなく、当時は船が大好きだったと書かれており、ペリーが乗ってきた黒船見たさに自分の領地から脱走みたいに抜け出し、見に行ったとのこと。
    そこまでの情熱が、今の自分にはあるだろうか。

    また、先ほどBSでフォーミュラEのレースを放映していた。
    ベルリンの、空港跡地で行われていたそれは、40周を数十台のフォーミュラカーが駆け巡っていた。
    そういえば私は中学の頃に友達から借りたF1の録画ビデオを観て、当時は取り憑かれたように、食い入るように見ていた時期があったなぁーと思い出す。
    あの頃は、黒船見たさに藩を脱走した竜馬のような情熱があったのかもしれない。
    高校の頃は、自動車関連の仕事に就きたいと考え、それ系の大学に入ったけれど、そこから紆余曲折ありそれ関連の仕事には就かずに現在へと至っている。
    未練はある?と聞かれても、首を縦に振るようなことはないだろうなぁ。
    時折運転するくらいで十分だね、と返答するような気がする。

    今日でゴールデンウィークが終わり。少し気分は沈んでいる。
    満喫したさ、と思い込むようにしている。
    本当に満喫したと胸を張って言えるようになるためには、何が必要なんだろう。
    どこに行ったって混んでいるだろうから、結果疲れ果てて帰宅するのは目に見えているのに。
    だから、あまり出歩かず、ベランダにいる植物やメダカを愛でたり、こうして自分を振り返る日記を書いたりして気力を復活させようとした方向性について賛同すべきで、こんなはずじゃなかったと後悔しているようでは、せっかく戻りつつあった気力がまた減ってしまうじゃないか。
    自分を肯定するのは、自分を勇気づけてあげることということだ。
    誰かと比較し、私は何も経験をしていないと卑下しているようでは、いつまで経っても大人になれないぞ。どうしても何かと比べたいのなら、過去の自分を比較対象にすべき。意外と、今の自分、悪くないかもよ。

  • 4月7日

    4月7日

    たまーに、哲学的なことを考えてみたくなってしまう。

    自分の意識について。
    今、私が見ているものは、目から脳に入り、それを意識することで、あ、今、私、ブログを書いてるな、と認識できる。
    つまり脳がそれを意識しなければ、私は何も見ていないということになる。
    私の目に入ってくるものでも、今私はディスプレイを凝視しながらブログを書いているけれど、それ以外、視界の端っこに見える本棚は、私はそれに気づいているけれど、意識して見ていない。だけど私はそこに本棚があることを知っているから、見ていないけれど、そこにあることを理解している。

    私の意識とは。意識ってなんだ。脳の中で起こる気づき?

    私が過ごしてきた青春という一連の間隔で得た思い出が、いくつか脳裏に焼き付いている。
    その思い出は、まるで私の目に映るように、情景を思い浮かべることができる。
    それも意識なんじゃないのかな。
    中学校のグラウンド。野球部の練習。蝉時雨。水道の蛇口。
    あの時、本当に辛かった。真夏の練習。それが終わってからヘトヘトになって帰宅。
    蝉時雨、蝉時雨、蝉時雨。
    映像だけじゃない。音だって思い浮かべることができるんだよな。これも意識の一つなんだろうけど。

    Chat GPTに聞いてみた結果。分かったような、分かってないような。

    意識とは、知覚、思考、感情、判断、判断力、自己認識など、人間の認知機能の中心的な概念の一つです。つまり、私たちが自分自身、周囲の環境、そして私たちが持つ思考や感情に対して「意識」を持っているということです。

    意識は、認知的な過程として、我々の知覚や感覚から発生し、人間の脳が情報を処理する過程で生じます。これらの情報は、神経細胞間の化学的、電気的シグナルを介して伝達されます。

    意識には、自己認識、自己意識、選択的注意、睡眠や夢などの状態があります。ただし、意識がどのように発生するか、どのように脳の活動と関連しているかについては、科学的研究や哲学的な議論が続いています。

    Chat GPTの回答より
  • 今日の青メダカ

    元気に泳ぎ回っています。
    ホテイアオイの存在感が半端ないです。

    水中から撮ってみると、意外と水が濁っているんだなぁと思いますね。

    青メダカの動画
  • 5月7日

    5月6日にまだしがみついている。
    寝るのが惜しい。
    ただ、寝付く機会を失っただけということになるのだけれど、ポニョを観ながら寝落ちした息子の隣で、同じく寝てしまったのだけど奥さんに起こされて、ちゃんと寝るか、と思ったのだけど全然眠れない状況。
    しょうがなく音楽を聴いたり、本を読んだり、ネットサーフィンしたりして、日記を書くに至る。3時5分。

    夜中は哲学者と詩人しか起きていないと、誰かが言っていたのを思い出す。
    マンションの中庭あたりで、ヒバリかな、鳥が囀っている。

    昨日というか、今日というか、5月6日は何となく食べ足りない気分で1日を過ごしていたと感じてるのよね。
    食べ足りない?なにを?って感じだけれど、
    ホントにご飯が食べたりてない感覚がずっとあったし、お酒もあんま飲んでないし、プラス、刺激というべきか、それも足りてない感じしたんだよなぁ。
    必要なのはゲームなのだろうか。わからん。
    こうして少し眠いまま、それでも眠りに就かないのは、その刺激を満足いくまでに味わいたいという未練がましい思いが気持ちの根底にいるような気がする。
    そんなこと忘れて、さっさと寝て、来るべき5月7日に期待したほうが良いのかもしれないけどね。

  • 4月7日

    季節が移り変わっていく。少しずつ暖かくなってきて、北向きの部屋で仕事をしているのだがようやく暖を取る装置を片付けても良いかな、と思うようになってきた。

    桜はまだギリギリのところで頑張っている。あともう1回、雨が降ったらきっと、一気に散ってしまうだろう。
    この、儚いところが、桜の良いところなのだ。その儚さが、日本の侘び寂びにつながっていると信じたい。

    詫びとか寂びとか、いつまで酔いしれているのだろう、日本人は。
    かくいう私も好きな話なので、私が死ぬまで寄り添っていきたい。