タグ: 2022年

  • 4月25日

    日曜の夜から、憂鬱な時間になるのは、なぜか。

    なぜ、普段と同じ程度の難しさ、仕事量なのに、日曜夜になると途端に怖くなるのか。

    いつも通り、日曜の22時くらいから、なんとなく週末を終わりにさせるのがイヤで、夜ふかしをしてしまっていた。
    だいたい24時を回ったくらいから、だんだん、観念してくる。諦めというか。そこで、眠くても頑張って起きたとして、いずれ朝はやってきてしまうのである。
    25時くらいまで頑張ってみて、やがて諦める。寝床を準備し、布団に入る。
    もともと眠かったので、一瞬で眠りに就く。
    そして朝になり、子供たちは学校へ行き、私は戻りたくない仕事に戻るために、仕事の電源を入れる。パソコンの電源ボタンを押し、VPNで会社のネットワークに入ると、そこはもういつもの日常。
    Teamsにはいくつかのメッセージが届いていて、メールも届いているし、承諾済みのミーティングに被せるように、新たなミーティングが飛び込んできている。それらを地味に検証し、優先度を考え、時には承諾していた会議を諦め、新たな方へ承諾を飛ばす。
    そうしている間に仕事が始まり、会議、昼、会議、夕方、そして仕事が終わる。

    私が、日曜の夜に抱いていたのは、仕事に対する不安ではなく、ただ、週末から離れることの寂しさ、仕事という日常へ戻ることの億劫な気分を抱いていただけだったのだ。

    今の仕事は嫌いか、と言われると、本音で考えても結構好きな部類に入ると思う。そんな仕事に戻るのが嫌というのは、もしかしたら贅沢なことなのかもしれない。

  • 4月24日

    日曜日、そして雨。

    朝少しだけ走った。8km。少し気温が高かったせいか、10kmまで到達できなかった。
    途中、めっちゃ細い女の人が走っていて、その横を通り過ぎた。
    自己顕示欲の塊だな、と自己嫌悪になる。

    自己嫌悪。自分を嫌いになれる理由なんて、すぐにたくさん見つかる。

    有名人は、有名税と呼ばれている、いわゆるアンチからの反応に苦慮していると聞いたことがある。
    それは有名とか無名とか関係なく、私みたいな人間でも、アンチからの反応があったりする。しかもそれは他人ではなく、自分自身から。

    8kmも走れるなんてすごいじゃん!しかも結構速いペースで!っていう声だって、自分自身に聞かせることができるだろう。
    だけど、私は、あのめっちゃ細い女の人よりも速い自分を見せたかったという、とても卑しい心をクローズアップし、それに対してアンチさながらの罵声を浴びせるのだ。

    罵声は、快感なのかもしれない。

    アンチとして罵声を浴びせたことは、私はないのだけれど、一定数、いつまで経ってもそういう人間が消えないということは、そのやっかみというか、卑屈な心、そして匿名という、自分が安全なところにいながら、人を傷つける。その快感。

    いや、よく分からない。

    自分を傷つけると、自分が傷つく。自分に対する罵声というのは、自分を陥れる…

    つまり自殺行為ということになるのかな、きっとそうだろう。

    深く考えると、身体に良くない領域に入る気がするのでこの辺で

  • 4月23日

    少し気温の高い土曜日、何をするにも最高な陽気になっている。子供たちと公園で遊ぶだけでも、最高。
    幸運なことに、スギ花粉が落ち着いてきたっぽくて、薬を飲まなくても大丈夫になってきた。

    美しい季節。木々の緑色が、とても美しい。

    最高。ゴールデンウィークが近くなってきて、仕事の段取りが難しい。仕事なんて、生きるためのツールなんだから、それに全力を注ぐのはちょっと違うと考えることができたので、苦しまなくても良くなった。

    自分の考え方って変わるよなぁ。簡単に。頑固なところもあるけれど、気持ち良く生きるために、柔軟に考え方を変えていくのって、必要なことだと思う。

  • 4月21日

    ずーっと仕事のことを考えているようで、そのせいか生活にメリハリがつかず、気持ちが沈んでいるような気がする。

    いったん仕事から離れてみて、違うことに集中してみると、良かったりするのかなぁとか思ったりしてる。

    ランニングとか。

    それ以外に何も思いつかない、この乏しい想像力が悲しい。とは言え、これが自分の歩んできた道のせいで、それ以外にリフレッシュできるようなことを身につけてこなかったから、自業自得ではあるんだけど。
    いやいや、ランニングという趣味を持ってるだけ、まだ良いのかもしれない。

    もしくは、対症療法的な扱いになるが、仕事に対して不安に思うことを全部書き出してみて、「不安の9割は的中しない」という一般原則に則って考えてみて、自分の中で気持ちを落ち着かせるようなことを考えてみても、良いのかもしれない。
    今イマの自分の感覚だと、それをやってみて気持ちが傷むということにはならなさそうなので、ちょっとそれやってみようかな。

    ここ2日ばかり外に出ていないので、単純に外の空気を、4月20日前後の空気を感じていないってことになるのかなぁと思ったりする。

  • 4月20日

    ルーティンというほどではないが、自分の体調をキープするためのお作法があり、

    それをきちんと守ったとしても、体調がすぐれなくなったりしてしまう。

    そういう時に、「自分ってダメだな」と思ってしまうので、それが負のスパイラルになってしまうので、そうしちゃダメだぞ、と思ったりしているのだが

    その思考回路を防ぎたいのに、どうしてもそうなってしまう。

    性格なのかなぁこれ。くよくよしてる時間、もったいないので機嫌を直さなくては

  • 4月19日

    無理しない

    人と比べない

    自分の中にあるベストを

    早く寝る

    お酒を飲みすぎない

  • 4月18日

    今日、仕事しながらApple Musicにオススメされたストレイテナーなるバンド。

    今までも何度か聴いていた。オススメされたので。その度に、名前は知っていたけれど、詳しく聞いていなかった。

    今日は私の中で、ストレイテナー記念日とでも呼んでみようか、私の中でだいぶぐっと来た一日だった。

    もともと90年代後半のUKロックであったり、ハイスタを始めとする日本のメロコア、イースタンユースをベースとする日本のエモコア、サンボマスター辺りを好物とする私にとっては、このバンドはむしろストライクなのであった。ディストーションの歪み具合。疾走感。リフの雰囲気。好きに決まってる。このバンドを教えてくれてありがとう、Apple Music。

    私が高校生のころは、と昔の話をしても今更仕様がないのだが、あの頃はバイト代で月に1枚のCDアルバムを買うのが精一杯だった。
    つまり月3000円。高校生にとっては、だいぶ大金だった。大学に入ってからもあまり変わらず、本当はもっとたくさんのUKバンドを知りたかった。

    それが今ではサブスクリプションのおかげで、月1000円程度で、こんな感じにストレイテナーを聴くことができている。「あれちょっと聞いてみたいんだよなぁ」と思えるようなバンドを聴くことができるのは、リスナーにとってはだいぶ嬉しいことである。

  • 4月17日

    エンタメ小説は、売れることを目的にしている。
    純文学と呼ばれるような小説は、自分の内面から湧き出る想いを文章という形で可視化し、周りに読んでもらうことを目的にしている、ような気がするんだよなぁ。

    昨日の朝ラン中、そんなことを考えたんだった。

    いや、けどそういうカテゴリーはどうでも良くて、私が昨年くらいから描いている小説はその両方に当てはまるような気がしてて。

    そうそう、そもそもカテゴライズしたくなっちゃう病ってのがあんま良くなくて、私のネガティブ思考に関連する話でもあるんだけど「そのどっちにも当てはまらない状態」を認めるのが、すごく気持ちが悪い。イエスかノーか。赤か青か。プラスかマイナスか。そういう教育を受けて育ってきたから?よく分からない。

    グレーを認めると言うのは、多様性を認めるということにもつながる。もしかしたら私の中で、多様性というものを認めたがらないのかもしれない。いろんな考え方があって然るべきだし、58億人の考える、自分の中にある正義や信念に基づいて生きているだろうから、そのことに異議を唱えるつもりはなく、みんなそれぞれ自分の正義や信念を信じて、他人の邪魔をすることなく生きていったら良いのにな、と思ったりします。
    朝食も、ごはん派、パン派だけじゃないと思うんだよね。食べない人、お茶だけ飲む人とか、いろいろいるもんね。

  • 4月16日

    二日続いた雨がやみ、思わず嬉しくなって外ランをしてきたんだけど
    なんとなく街を歩いている人たちみんなも同じ気持ちになっているような気がしたなぁ。

    やっぱみんな、晴れのほうが嬉しいよな。
    そりゃ、雨の日だってあるから、それに一喜一憂していること自体、どうかとは思うのだけれど。

    君は君の道をゆけ [ 齋藤 孝 ]楽天で購入

    図書館で、齋藤孝さんがニーチェの哲学について語っている本があったので思わず借りたんだけど、

    うーん、

    どうなんだろうこれは、と思うようなことがあって。

    齋藤孝さんというよりは、ニーチェの考え方になるんだろうけれど、

    過去を全部肯定せよ、みたいなところがあって。

    論調としては、今の自分を作り上げたのは、過去の自分が選択してきた道があるから。
    今の自分を応援するためには、過去、自分がイヤだったようなことも全部抱きしめなきゃいけないのかな、と思って。
    それってかなりキツい。たまに、そういうイヤなことを思い出しては心の中で「んあー!」ってなり、一瞬でものすごく死にたくなるんだけど、それをなるべく忘れるように、思い出さないように生きている中で、それを全部愛せ、肯定しろ、っていうのは

    うーん、すぐにはムリっすね、ってなってる。

    そりゃ確かに、今の自分は、当時の自分がいたというのは否定しないし、そりゃそうなんだけど、過去に対してそんな感じで、全部包み込む必要があるかっていうとなんとも言えなくて、私個人としては、忘れた方が良い過去はダッシュで忘れるべきだと思うんだよなぁ。

    思い出す度に「んあー!」ってなって、自分の心を病んでしまうから。

    両方を生かすにはどうしたら良いのか。どうしたら、良いものか。

    「んあー!」な過去を思い出してしまったら、「そういうこともあったなぁ…」って考えながら、そっとしてあげる、って感じかなぁ。
    それで、自分の心にあるささくれが、わだかまりが、薄まったりするのだろうか。

    分からんね。分からんよ。

  • 4月15日

    人がおやすみすると、途端に崩れる体制は、管理者がそのリスクに対して十分な対策をおこなってきていないからだろう。

    そんな1日だった。

    あっという間。

    ミーティングばかりで、自分の手持ちであるデスクワークについては、いつまで経っても片付かないばかりか、新たなものが積み重なっていくような雰囲気。

    あぁ今日は暇だわー、とか、在宅勤務って楽すぎて逆に辛いわ、みたいなシチュエーションに一度も出会っていないから、私の中ではだいぶブラック感が漂ってしまう。
    別に会社のことを悪く言うつもりはないのだけれど。
    今の仕事、楽しいし。

    楽しいんだけどさ、

    あれ、

    もうちょい、余裕が欲しいって話。

    ミーティングのための資料作りにずーっと時間を割かれ、一つのミーティングを乗り越えたと思ったら今度は次のやつに向けた準備が、みたいなのを繰り返し、いつの間にか金曜のこの時間を迎えている、という状態。

    忙しいのは、もしかしたら喜ぶべきなのかもしれないけどね。

    ホント、仕事の記憶しかない。今日。