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  • 5月5日

    冬の間はほぼ放置していた、ベランダの観葉植物たちのメンテナンスを行う。
    もうだいぶ春だ。彼らにも春の訪れと、来る雨の季節、そして夏への準備を。

    植物は言葉を話さないけれど、彼らの葉の色、伸び具合でどんな状態か分かる。
    分かると言っても素人だから、ある程度元気かどうかくらいなものだが、それでも何年も付き合ってきている植物たちなので、徒長しすぎていたら切るし、盆栽は植え替えて根っこが伸びすぎていたら切ったりして、彼らが元気に暮らせるようにする。

    人間だってきっとそうなんだろう、といつも感じる。私は人間関係の厳しいところではすぐに元気をなくすから、私は私のメンテナンスをきちんと行わないといけないよな、と思う。
    幸いなことに人間関係で厳しいところは、上司や同僚に話すことで、改善できたりするので、そこは今の会社での恵まれているところな気がする。

    これから夏にかけて、新しいプロジェクトが動くと聞いた。私も夏バテしないように、日々こまめにメンテナンスしないとだなぁ。

  • 5月4日

    ゴールデンウィークだけあって、だいたいどこも混んでた。どこへ行くにも、何をするにも、人がいるという状況、これはむしろありがたがるべきなのかなぁ。

    というのも、日本全国、過疎化している地域の方が多いから。
    私は、そういう意味で、人がいるところにしかいないということになるのだな。

    人というか車ね。
    渋滞の何がイヤかって、だんだん社内の気温が高くなるところ。
    車だからしょうがないんだろうけれど。

    というわけで疲れた。渋滞に疲れた。

  • 5月3日

    まだ3時。昨夜22時過ぎに就寝したんだけど、早く目が覚めてしまった。
    早く、というレベルではない。人によってはまだ寝始めていない時間とも言える。

    眠りが浅くなった。例えば8時間、寝続けることができない。
    きっと老化現象の一つなんだろう。
    長く(と言っても7時間とか)寝続けることができなくなった、今までの習慣から少し身体の生理反応が変わってきたからと言って、憂うことはない。
    自分の意識で変えられないものに対して無理に抗おうとする必要もないんだって。
    ご飯を大盛りで食べられなくなったとか。食べ過ぎたら胃が荒れたりして体調を崩すんだから、昔はたくさん食べられたのに…ってなる必要ないんだって。

    そういう身体的なものでは、できないものが増えてきたような気がするね、と言っても長時間睡眠と、ご飯をたくさん食べること、くらいなものだろうか。

    その代わり、できるようになったものってなんかないかなぁ。
    思考することは増えてきたように感じるけれど。それくらいかなぁ。
    脳ってどんどん進化している気がする。

  • 5月2日

    伊坂幸太郎のフーガはユーガを読みながら、久しぶりに通勤した。
    以下、ネタバレを含みます。読みに来る人はあんまいないと思うのですが、もしここに辿り着いた人がいたら、且つまだ読んでなくて、これから読もうと思ってるのよね、という方は読まない方が良いかもしれません。


    先日、どっかの日記で、「伊坂幸太郎はエグい描写がないから好き」と書いたけど、この作品は割とエグみの強い話だったなぁと思う。今まで普通の人が死んじゃう的な扱いってあったっけか(殺し屋に殺される、悪い奴は除く)
    表紙に飾られているイラスト?のような、深い青色が物語を通してずーっと続くような感覚があったなぁ。主人公の生い立ち、家族構成が物語に暗い影を落としていて、幼いうちから身体を痛めつけられるのって、辛かったんだろうなぁと思ってしまい、その共感力のせいでしばらく読み進められなかった。
    途中でちょっと出てきた、小学生の女の子も然り。水槽の話も然り。小玉って漢字を見るだけでいろいろな痛みを想像してしまう。
    理不尽な痛み方をするのって本当に辛くなってくる。けど伊坂幸太郎のことだから、最後に明るくなってくるんだろうな、と言うのを信じ続け、最後まで読み切った感じ。
    残念ながら全ての人がハッピーに、とはならなかったけど、それでもまだちょっとは救われたかなという気分になったよ。

    共感力が強いっていうのも、なかなか考えものだよねぇ。
    そのせいで、人の痛みがわかったり、あとは空気を読んでみんなが気持ちよくなれる方向に動こうとしたりするけれど、そのせいで自分が後になって疲れてしまったりするからさ。
    人の痛みまで背負う必要はないんだよな。そのせいで、自分の背中が重たくなっていることに気づかなかったりするからさ。
    助けを求める人がいる。彼らは、こちらが手を差し伸べるのを待っていたりする。けど全員に対して応えられるわけないから、自分の器をきちんと踏まえた上で、可能な限り助けてあげられたら良いかなと思ったり。

  • 5月1日

    5月1日

    図書館で伊坂幸太郎の、フーガはユーガを借りられたのでとても嬉しかった。
    読むのは2回目で、1回目はだいぶ長い順番待ちをしたものだ。それが、もう予約は不要で借りることのできたという、時間の流れに少しだけ驚いた。
    あれからまだ1年くらいしか経ってないんじゃなかったっけ。

    伊坂幸太郎は、ストーリーの非現実性と、言葉の選び方や小ネタの挟み方がとてもオシャレなところが良い。あとは気持ち悪い性描写や、暴力的なところが少なくて、10代の若い人たちにもウケるような、健やかな風味がある。
    そういうところが、人気のあるところなのかななんて思ったりする。
    個人的には、彼の通った高校が私の自宅近くにあるという点でも、応援していたりする。

    伊坂幸太郎みたいな小説が書けたらなぁ、と何度か考えたことがある。
    彼のようになりたいのではなく、こんな感じで小ざっぱりとした読後感を与えてくれるような作品を仕上げてみたい。
    そんな意志を持って、5000文字くらいまで書くことは良くあるんだけど、そこから先が続かないような作品が、割とたくさんあったりする。

    そう考えると、小説家としてやっていくために必要なことって特別難しいようなことではなく、持続力が一番必要なのではないだろうか。
    物語を書き続ける、最後まで仕上げる力。あとはアイデアを生み出そうと考え続ける力。この二つがあれば、この二つを自分の中で地味にでも良いから続けていくことができれば、自分の理想とする作品を出せるのかな、とか思ったりするね。
    私の場合、アイデアを生み出そうと考えたり、着想を逃さないようにメモったりすることはできているので、そのアイデアの切れ味が鋭いかどうかはさておき、ひとまずその二つのうち一つはできているような気がする。
    そうなるとやっぱ、持続力なんだよなぁ。
    書きかけの5000字、もうちょっと引き伸ばしてみるか。

  • 4月30日

    自分が信じるべきは自分だけで、それは自分の感覚を大切にしろ、ということなのだと思うど、けど実際は自分の持つ五感すらも怪しいことがあるから、となると何を信じれば良いのだろう。

    自分の五感が怪しいというのは、例えば大好きなご飯の匂いも、食欲がない時はそんな風に感じられなくなったりとか。
    自分の見える色が、他人には全く同じではない、とか。

    そして体調によって意識の持ち方も変わったりする、体調が悪い時はだいたいのことに対して保守的、ネガティブになったりするから、そうなると意識すらも、生きている間ずっと同じようなレベル、考え方で持つことができない、とかあるでしょ。

    自分の過ごす経験によって、言い方を変えると歳を取っていくことによっていろいろ経験が積まれていくから、それで見えてくる景色が変わったりするとか。
    若い時ってどうしても他人を許せなくなっちゃったりするような気がするんだよな。
    自分の思い通りにならないから。自分の思い通りにならない!と言って怒るのは、大人になってないから。大人と言えるほどの、経験をしていないから。

    これはつまり、経験至上主義ということになるのだろうか。

    旅をして見聞を広めることが、自分の成長につながるみたいな考え方って、そういうことなのかもなぁ。
    もしくは本か。本を読むと他人の経験談(小説含む)が見えるから、それで考え方が変わったりするみたいな。

  • 4月29日

    この時期にしてはだいぶ珍しく、すげー土砂降り。
    今年のGWは降ったり止んだりが続くようで、農作物がすくすくと育つような気がしています。

    今週はとにかく気を遣うことが多く、メンタルがだいぶ疲弊したせいで、昨夜の飲酒量が半端なかった。
    家で飲んだから、帰路で路頭に迷うということはなかったのだけれど。

    路頭に迷う。

    不惑、ということばがあるけれど、自分の道をきちんと定め、それに従って進んでる人って、だいたいどのくらいいるんだろうか。
    例えば10年後の目標を立てて、それに到達するための目標を小刻みに作るとすんじゃん、そうなると、細分化すると1週間単位とかで出来てくるような気がするんすよね。
    そこまで刻んでいくと、それこそ1日単位での、目に見えない目標ができてくるじゃんきっと。で、それが、1日を振り返る時に、どうだったか、っていうところまで反省タイムが作れるような気がするんだけどさ。

    けどさ、そこまでやっちゃうと、きっと疲れちゃうと思うんだよなぁ。
    今日の陽射し、風の雰囲気が最高!
    っていう、10年後の目標とは全く関係のない気持ちを、私は蔑ろにできないと思うからさ。
    そういうところが、人間臭さってものなのではないかね。

  • 4月28日

    大きく、息を吸う

    空気のたゆたさ、まろやかさを感じる

    身体を動かしてみる

    執着を捨てる

    執着を捨てる、って結構難しい。
    自分の過去に対して執着してしまうところがあって、みんなそうなんだろうと信じてやまないけれど、後悔はまさにそれの典型で、さっさと忘れてしまえば良いのにそれを忘れることができず、いつまで経っても「あの時、ああしておけば良かった」とか「あれしなければ良かった」とか、たらればの世界でしかないのに、今住んでいる世界とは別の、その時点で違う選択肢を選んだ後の世界を羨んでしまっている、そんな人生。

    確かにね、人生を左右する選択って、いくつかはあると思うんだ。
    だけどさ、今、お酒をもう1杯飲もうかどうか迷っているんだけれど、ここであと1杯飲んだところで、全く別の世界が待っているとは、あまり思えないんだよなぁ。
    強いて言えば、ここでやめれば酔いが浅いから、明日の目覚めは良いだろうし、調子に乗って朝ランできたりすると思うんだよね。
    一方、もう1杯飲んじゃったとすると、それが二日酔いを引き起こし、走りに行けない、午前中は眠くてたまらない、みたいなしょうもない4月29日を過ごすのかもしれない。それはまた後悔を生み出すような気がするから、

    そこまで考えて、飲むのはやめようかな、と思ったりするね、

    まぁ、飲み過ぎは良くないよな

  • 4月27日

    自殺する人って、決死の覚悟で決行するのではなく、ちょっと思いついたので、という程度の勢いなのではないかと思った。

    今日、仕事でだいぶ追い詰められていて、その心持ちのままリビングからベランダ、外の方を眺めたらとても気持ち良さそうな空、昨日の夜からちょっと強い雨がさらさら降っていて、今朝、子供たちが登校するくらいまでは雨が残っていた状態だったのだけれど、それが10時くらいに見てみると、これから気圧が上がっていくんだよ、というような雲の軽さ、そして空気の密度。
    そんなのを感じていたら、ちょっとだけふわっとベランダから飛んでみて、今抱いている仕事の重たい感じのやつとか、全部忘れられるんじゃないかと思ったのよね。

    もしかしたらこれも一つの希死念慮なのかもしれないけれど、希死念慮って書いちゃうとだいぶ重たい感じするけれど、

    希死念慮って、根本は、

    今いる現実から逃げたい、から来てるのでは無いかと思うのよね。
    *諸説あると思うので、これはあくまで私一人の、素人の考えです。

    逃げる=死ぬっていうのがちょっと安易かもしれないけれど、例えば遠くに逃げる、と仮定した場合、お金や着替えとか、必要だったりするじゃん、お金ってそんな簡単に集められるものじゃないから、例えば、1万円持っていたとしても、それで1週間暮らせ、となった場合、住むところから考えるとだいぶキツいと思うんだけど。
    そんなことを考えるくらいなら、この今いるマンションの6階から、いっそのこと飛び込んでしまえ、とか、思ってしまうんだよな。

    これ多分考えすぎると良く無い方向に行きそうな気がするからこれくらいにしておく

  • 4月26日

    同僚の、使えなさっぷりにイライラしてしまう。
    同僚とはいえ、業務委託という名目で参画してもらっている人。
    その人の単価に見合った動きをしてほしいから、そこに期待している自分がいるから、それにつられてイライラしてしまう。

    仕事とはいえ、他人に期待するのは精神的に良くない。

    そんなこと分かってる。私のチームが持つ業務が回らないから、それを委託しているのであって、お金を払っているんだから、期待するだけの業務をこなしてほしいと考えている、だけなのである。

    これが掛け値無しの、家族だったら、とか、友人だったら、とか、もっというと正社員という立場の同僚だったら違うのかもしれない。
    お金をかけているからこそ、ちゃんと、期待したところまでやってほしいのであって、それができないというのなら、すみませんが業務委託契約は終わりにさせてください、というだけなのかもしれない。

    いや違う、私の期待値が高すぎるのだ、
    いやいや、あの業務委託費ならそこまで、という葛藤が、私を眠れなくさせている。

    いっそのこと自分が眠くならずに、24時間働き続けることができる身体を持っていれば。
    私がロボットになり、滞っている業務を全部的確に解消することができたら。
    私だって人間なのだから、眠くなるし、お腹は減るし、ミスだってする、けど、
    自分がもっとちゃんとしていたら、こんなことにはならなかったのであろうか。