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  • # 読書感想文を上手に書くには(いまだ練習中の立場で書いてみる)

    # 読書感想文を上手に書くには(いまだ練習中の立場で書いてみる)

    ここのところ本を読んだらそれをアウトプットしようと思って、いくつかブログに載せているのですが、自分の気持ちを正確に捉え、それを言葉で表すことの難しさを感じます。

    思いの丈を!ぶつけたいのに!という思いを持ちつつも、それを正確に述べることの難しさ。たくさん読んで、たくさん書いていくうちにだんだん上手くなっていくのでしょうけど、コンスタントに読む+書くという作業を続けるのはなかなかしんどいものです。

    # まず、心に残った部分をピックアップしてみる

    最近、私が感じているのは、心に残った箇所を付箋やメモなどで残しておいて、読み終わってからそこを引用してみるということ。心に残ったのは、なぜ残ったのか、という点を突き詰めるにあたり、まず自分の手でその文章を書いてみること。そうすると、ゆっくりと頭に浸透していくのが分かります。大切なのは、それを何も考えずに書くのではなく、自分の頭で考えながら書くということです。ただ引用するのではなく、自分の言葉で吐き出す必要があるので、いったん自分の頭に取り入れて、自分がどんな反応をしたのか。それをおろそかにせず、反応も丁寧に、引用した文章とともに書き出しておきます。これが、読書感想文を書くためのタネになります。

    # タネに水をやり、葉を広げていく

    タネは、そのままでは芽を出しません。水をあげたり、日に当てたりする必要があります。それと同じように、本を読んで受けた反応を丁寧に紐解いていき、自分はなぜそんな気持ちになったのかを考えてみます。

    例えば、走れメロスの、最初の方の文章。

    メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。
    太宰治 走れメロス

    私はまず、ここを読んで、メロスは正義感の強い男なんだなと思いました。ただ、メロスは政治が分からないと言っているのに、それでも邪智暴虐の王を除かなければならぬ、と決意したという点、具体的なやり方も思いつかないのに、「取り除かねば!」と思っているところで、一体どうやってそんなことをやるんだろう、と疑問に思いました。

    疑問に思った理由は、例えば私がメロスの立場だったら、邪智暴虐の王に会ったら殺されてしまうかもしれない、と思いました。ので、取り除きたい!と思うものの、自分の命が大切だから、尻込みしてしまってそんなことできません、ってなってしまいそうです。

    だから、メロスの態度には感心しました。自分の命のことなんて何も考えずに、自分の怒りをバネにして、邪智暴虐の王を取り除きに行こうと決心したからです。村にはかわいい妹がいて、彼女と二人でのんびり暮らしている、その生活に終止符を打ってしまうかもしれないのに。

    メロスは正義感が強く、後先を考えない性格で、悪く言うと自分勝手に生きてきた人なのかな、私とは違う性格をしているな、だけどどっちがいいとは言えないです。私は引っ込み思案で、メロスまでではない程度に正義感を持っているものの、今の自分の生活を終わりにしてでも正義を優先すべきかと言うと、一瞬では考えられない、むしろ諦めて、邪智暴虐の王に従ってしまうだろうと思いました。

    と、こんな風に、タネに水をあげて、丁寧に広げていくのです。

    # 読書感想文の文量が足りなくて困る場合

    一般的に、読書感想文が嫌いな人は、「何も感想が浮かばない」のと、「いくつか感想は思いついたんだけど、それだけじゃ必要な量に足りない」という2点がありそうです。

    私も子供の頃は読書感想文が苦手でした。というか今でもそんなに得意ではないです。

    で、その両方の対策として、上述した、自分の心が響いた部分をたくさん増やすことが挙げられます。

    「読書」した「感想」を「文」にするんです。

    感想というのは、自分の反応なんです。自分が、本を読んで受けた反応、それこそが感想のタネになるのです。

    だから、必要な量に足りない!と焦るのではなく、自分が反応した箇所を増やすこと、これが文量を増やす対策になります。

    # 自分の言葉で語ることが難しい場合

    これは私が今取り組んでいることでもあり、まだ発展途上の部分でもあるのですが、、

    例えば、「エモい」とか「すごい」とか、とりあえず自分の頭の中の引き出しには言葉が見つからないんだけど、自分の心が反応した!という部分に、まずそういうとっつきやすい言葉でタグ付けをします。

    そうすると、考えるきっかけになります。

    – 自分はなぜ、エモいと感じたのか

    – そのエモさは、どういうエモさなのか

    という感じに分解していきます。

    この作業は非常に辛いです。なぜなら、自分の頭の中に引き出しがないからです。ここで、適切な言葉を生み出すことによって、次、同じような感想を抱いた時、引き出しとして使うことができます。

    # 語彙力という、見えないけど強力な力

    https://www.shinga-farm.com/study/communicative%E2%80%90power/

    齋藤孝さんあたりはその、語彙力に着目して、本を出したりしていますね。

    すごい。さすがです。

    ↑今、私が「すごい」と感じたのはなぜか。そういうところでも自分の勉強になります。

    すごいと感じたのは、多くの人が「大切だな」と感じるけれど、重要かと言うとそこまででもない感じの物事、例えば語彙力はあったら嬉しいけど、なくても別に生きていけることです。本をまったく読まない人にとっては、語彙力なんて言わばどうでも良いことの一つかもしれません。

    語彙力があると、生活に鮮やかな色をつけることができます。例えば、冬の澄んだ青空を見た時。「キレイだ!」と思うことは多々ありますが、それがどのような「キレイさ」なのかを分解することができます。透き通る青を見てて気持ち良い、だとか、うっすらと霞む雲と描く、色のコントラストが美しい、美しいのはどう美しいのか。などと分解していくことで、より深い言葉で、そして自分の言葉で、表現することができるのです。

  • 孤独を愛せよ

    孤独を愛せよ

    最近、齋藤孝さんが書いている、「孤独を生きる」という本を読んでいます。
    齋藤孝さん、結構本書いてますよね。
    今まで何冊読んだかなぁ、5冊くらいは読んだかもしれません。
    今回手にしたのは、孤独を味方につけよう、みたいなコンセプトの本。
    孤独と聞くと、まるでそれが悪いことのように思えますが、それを肯定的に受け止めようという趣旨。
    はー。って感じです。
    確かに孤独って、周りから拒絶されて、社会生活がうまく行かず、誰とも喋らずに一日が終わってしまうという状況。
    いいことなんて何一つなくて、まぁ、人と話さずでも一日を乗り越えることは実質可能だとは思うんですが、それでも、なんとなく前向きにならない、なれないような状況のように感じます。

    孤独と、孤独感は違う

    ・ 孤独は、ひとりきりの状態
    ・ 孤独感は、一人の時の気分
    孤独だー!と思っていたけれど、気分の問題だから、そう深刻になることはない。
    孤独感をキャッチするためにいろいろ事情を探ったり、相手の真意を確かめたりするのは面倒

    相手の真意を確かめようとするあまり、無理にコミュニケーションを取ろうとしたり、深く探ってしまったりして、ギクシャクした関係になってしまっては元も子もありません。
    面倒なことになってしまうより、いったんそこから離れてみるというのも大切だそうです。

    ひとりでいる時間が人を育てる

    齋藤さんが、孤独をポジティブなものとして捉えるというのは上述しましたが、過去の著名人でも孤独を愛する人が、いい言葉を残しているということで、いくつか、本で引用されていました。

    のがれよ、私の友よ、君の孤独の中へ。
    強壮な風の吹くところへ。蝿叩きになることは君の運命ではない。
    ニーチェ 市場の蝿

    齋藤さんはこの本の中でニーチェを取り上げていて、私もニーチェは好きな哲学者の一人なので、この言葉に感銘を受けました。
    現在だと、東京キー局の問題が、まさに大きな旋風を巻き起こしています。
    SNSなどで多くの人が、糾弾する対象を見つけては声高らかに、お前が悪い!と言っているのを目にします。
    私はその波に乗らず、傍観している立場(実際は傍観すらもしておらず、興味がないのですが)をとっていますが、ある一面では私も孤独の中に逃れているのかもしれません。
    大勢の人たちに紛れて、誰かを糾弾することも、ある一面では、良いことなのかもしれません。自分のストレスが発散できる、とか。
    だけど、私の優先順位は、そこじゃないんだよなぁ、というのを感じます。
    それよりかは、一人になって、孤独を楽しむ方が良いかな、と思います。

  • 漁港の肉子ちゃん 西加奈子 ★★★★☆

    漁港の肉子ちゃん 西加奈子 ★★★★☆

    昨年の秋くらいから、まるで取り憑かれるように西加奈子さんを読んでいます。最初に読んだのはサラバ!で、今風の言葉、適切な言葉をあまり深く考えずに言うと「エモい」作品だな、というのが率直な印象だったのですが、そのエモさが私にとって妙にぴったりで、もっと読みたい!と思ったのを、数ヶ月経った今でも心に残っています。彼女の描くエモさには、何が含まれているのでしょうか。私は、彼女が持つ筆記具を握る指が、爪がめり込んで血が滲んでいるように思えるのです。彼女の全身全霊を賭して、文章を書いているような気がします。
    一時、「作家は自分の経験をもとに作品を作り上げるのだろうか」と疑問を持つことがありました。だけどその疑問はすぐにNo、という結論で払拭されました。もしそうだとしたら、殺人事件を描くミステリー作家は、何人もの人を殺しているはずで、そんなことは常識的に考えてありえないと思ったからです。
    だけど、西加奈子さんは、登場人物になりきって、「登場人物がこの状況に置かれたら、きっとこういう思いを抱くはずだ、そしてこういう行動を取るはずだ」というのが理にかなっていて、それがとても自然なように感じるのです。これとはまた違う作品ですが「夜が明ける」という作品では、(ネタバレになるので多くは語りませんが)登場人物が貧乏生活を送るシーンがあるのですが、その真実味が、ホントに貧乏生活を経験しなければ描けないであろう描写、熱量で描かれていて、私はこの人の才能に嫉妬しました。私はたまに小説を書くことがあり、どうやったら面白い、エモい小説を書けるのだろうと日々考えている中で、西加奈子さんの描く文章を読むと、絶対に勝つことができない、と考えるようになりました。
    小説なんてものは作者の個性を十二分に発揮できるもので、その個性で勝負すべきであり、比べるものではないと思います。伊坂幸太郎さんと東野圭吾さん、どっちが面白いかなんて考えるべきではないし、「面白さ」の観点なんていくつも考慮すべきポイントがあり、そういう意味で公平に比べることができないからです。伊坂幸太郎さんにはキャラクターの愛嬌があり、会話のウィットさがあり、時折洒落た知識展開があり、一方東野圭吾さんには伏線の奥深さがあり、ストーリーの美しさがあったりと、ちょっと考えただけでも比べるなんて到底できないと思うのです。

    西加奈子さんの好きなところ

    これは伊坂幸太郎さんにも近しいところがあるのですが、登場人物を丁寧に、愛情を込めて描くところが好きです。良い点だけではなく、性格や生き方が抜けているところ、常識的な人間をベースとして考えた時に、欠けているところも余すところなく描き、それがまたキャラクターの愛嬌につながっているんだよな、と読んでて感じます。
    あと、冒頭にも述べたのですが、情熱的に文章を描くところが好きです。これまた良いところだけじゃなくてエグいところ(適切な言葉が思いつかない)、沈むところもとことん沈ませるところとか。登場人物のことを書いていて、軽いストーリー展開をつけたら、それだけでひとつの作品になるんだろうな、なんて思います。
    だけど、それを、決して軽々と描くのではなく、西加奈子さん自身が幾多の葛藤を経て、作品を上梓まで作り上げているんだろうなと感じるところが、また好きです。一生懸命に作り上げています、という雰囲気があるというか。

    漁港の肉子ちゃんの感想(ここからネタバレを含みます)

    だいぶ前置きが長くなりましたが、漁港の肉子ちゃんは、ストーリーに大きな魅力があるとは思えませんでした。よくある話、とまではいかないのですが、ストーリー展開が良かった!とは思いませんでした。キクりんの出生が最初の頃ぼやけて描かれているから後半で暴かれるんだろうな、とか、出生に関するエピソードが始まったあたりでピンと来たし、伏線を張るには軽いなとか、そんな風に感じました。だからストーリーに関しては分かりやすく、叙述的な描き方をされているなと思いました。
    私が★4つをつけたのは、キャラクターの描写、外見や心理の描写が緻密で、読者の知りたい!欲をちょうど満たしてくれる程度のボリュームで、そしてなによりみんな幸せそうに暮らしていて、そこがとてもあたたかくて良かったです。小説はこうでなくちゃな、読み終わった時にどんよりした気分だと読んだ!良かった!と思わなくなってしまうし、この作家さん、次はないな(私は読むことがおそらくない)、と思ってしまうと作家さんとしても売れなくなってしまうから、こういう終わり方で、正解なんだろうなと思います。読んだあとに心があったかくなるのって大切だよな。

  • 人生は、瞬間の連続

    人生は、瞬間の連続

    マルクス・アウレリウスは自省録の中で、以下のように書いています。

    全ては、一瞬の出来事に過ぎない
    次のことを繰り返し考えること。今目の前にある物事も、これから生じてくる物事も、あっという間に通りすぎ、消え去っていく。
    この世に存在するものは、絶え間ない川の流れのようであり、その活動は常に変化し、もろもろの原因もまた無限に変化している。じっと静止しているものはほとんどない。君のそばにも、過去と未来の双方に無限の深淵が開いており、全てが飲み込まれていく。
    全ては一瞬の出来事に過ぎないのに、こんなことに得意がったり、悩まされたり、惨めになったりするのは、実に愚かなことではないだろうか。
    マルクス・アウレリクス 自省録 5-23

    過去、45年間生きてきて、その系譜みたいなものが私の後ろに続いているんだと思います。それはとても果てしない道のりで、45年も良く生きてきたわと思うんですが、過去に縛られて生きていくというのは、どうも辛いことのように思えてしまいます。
    過去、私が選択してきたもの、正しかったり間違っていたりしてますが、そんなのに振り回されて生きるのってアホらしいことなのかもしれないですね。
    私が過去に選択してきたもの全てを「正しかった」と認識し、生きていくことがまず必要で、それはなぜかというと、自分を肯定してあげることで、自分が生きていってもいいんだ!と思えるからです。
    自己肯定感と呼ばれるそれは、他者からのそれと、自分からのそれ、二つあると言われていて、後者、つまり自分からの自己肯定感を持たせることがとても大切なんだよ、と数年前にどっかで読みました。

    自己肯定感を常に自分に向けながら、プラスに考えていくこと、だけどそんなことはどうだってよく、なぜなら瞬間の連続で、全てが一瞬の出来事だからです、とマルクス・アウレリウスさんは言っています。
    なんか刹那的な響きのように感じてしまいます。全てにおいて排他的?になって、「もう全部どうでもいいです、なぜなら一瞬の出来事に過ぎないから」というマインドを持ってしまうようにも思えてくるんだよなぁ。
    そういう、全部どうでもいいです、っていうのは気持ち的にはあんまり良くなくて、なぜなら人は善く生きるべきだからで、だから多分、この「全部どうでもいいです」っていう考え方は、正しくないんだろうなと思います。
    時折、例えば仕事がうまくいかなかったときとか、そういう気持ちになっちゃうこと、ありますけどね。暴飲暴食したくなってしまったり。自分を傷つけたくなってしまったり。
    多分、正しくないですよね。

  • 今日も今日とてバイクの話

    今日も今日とてバイクの話

    SRVルネッサからガソリンがおびただしく漏れたあと、ガソリンが出なくなってきました。
    多分、タンクに残っていたガソリンが全部出たのだと思われます。

    そして今日、どこか近くのバイク屋に持っていって直してもらうために預けようと思ったのですが、2軒、それぞれ持ち込んだんですがどちらからも断られる始末。

    1軒目は街のバイク屋って感じのお店で、車体番号から過去のパーツなどを検索してくれようとしたのですが、流石に古すぎて検索にヒットしなかった、とのこと。。
    お店の看板にHONDAの翼のマークが掲げてあったので、流石に難しいな、と思い食い下がることなく諦め。
    2軒目は本命の、ヤマハのお膝元のYSPへ。1軒目から2軒目の間は3kmくらいあったでしょうか。
    ヒーヒー言いながら、途中何度も休憩をしながら持っていったのですが、10年以上前のバイクに関しては基本的に受け付けられない、とのこと。。
    整備士さんにかるーーく、3分くらい見てもらったのですが、ざっくり見たあとに「これ相当かかりそうっすよ」という、とてもショッキングなお言葉。
    今から3ヶ月後の4月に整備の予約を入れ、バイクは3ヶ月置きっぱなしにしてもらおうと思ったのですが、倉庫もいっぱいで、ということでまた押して自宅まで帰ることに。
    250ccだから軽いというのもあるかもしれませんが、トータル6kmくらいを押して帰って疲労困憊。
    さすがに古いバイクだとバイク屋さんで直してもらうっていうのはだいぶハードルが高いのかもしれません。
    自分でタンクからキャブレターのあたりを外してみて、どこがおかしいかを調べられれば良いのですが、そういうとこに関しては全くの素人です。
    こんな私にできるかどうか、甚だしく不安、この不安は「バラしてみて何もわからず、一旦戻してみたけど不明なパーツがたくさん残ってて元通りにならない」というもので、それは私がどんだけ勉強してタンクからキャブレターに至るあたりを知ったところで、経験に基づくアクションを起こすことができないかもしれないので、自分でバラすのは最終手段かなと思いました。工具もないしね。工具なんてプラスマイナスのドライバーとかIKEAの家具についてきた六角レンチくらいしかありませんから、そんな私がそこまで至るには数多のハードルを超えていかなければいけないんだよな、と思ったりしています。

    まー、バラしてみてダメで、そこで諦めて捨てちゃうということもありなのかもしれませんけど。
    ヤフオクで買ったばかりで、まだ30kmくらいしか走っていないのにもう廃車にするっていうのは、それまた超つらいハードルだよな、と思ったり。

    明日以降、しばらくこの辺りを逡巡するような日記になるような気がします。

  • 7/15 久しぶりにOutlandersをやっています

    7/15 久しぶりにOutlandersをやっています

    ここのところNintendo Switchでばかりゲームをしていて、しばらくiPadでのゲームを触っていなかったのですが、久しぶりにApple Arcadeを覗いてみたらなんとOutlandersの2が出ているではないですか!無意識でダウンロードして、早速やってみました。
    地味にダルいチュートリアルを過ごし、自分で自由にやれるようになってやってみたところ、いくつかルールというか世界観が変わっているところがありました。
    まだチュートリアルっぽいところを完了していないので、それを全部やり過ごしたら出てくるのかもしれないですが、、

    Outlanders2のチュートリアル画面

    Outlanders2の変更点

    • 資源を保存するスペースがなくなりました
      それぞれの施設にものを貯蔵するやり方に変わったんですね。これにより貯蔵場所から対象となる施設への導線を考えなくても良くなりましたが、貯蔵できる場所が散在するのでそれをうまくコントロールするように考えなければいけない気がします
    • 工務店がなくなりました
      建築専門の人間をアサインしておくのはある種、楽なルールでした(複数の建築物をアサインしておけば、自動的に建築物を作ってくれるから)。だけどその建物ごとに人をアサインしておくやりかただと、建築→その建築物に伴った作業をしてしまうので、建築予定物をいくつか作っておいても、それに自動的にアサインされるというふうにはならないのです。
      だから、建築中に3人フルでアサインした後、出来上がったらメンバーを1人に減らし、残り2人はどっか違うところへ、というのを自分でやらないといけません。これは工務店時代は適当に人をアサインしてもらっていたから、その視点で考えると結構大きなチェンジかなと思います。
    • まだチュートリアル3つ目(なのでこれから出てくるのかも)ですが、道路が出てきません
      道路があると人間の歩くスピードが上がるので効率的に動けるようになるのですが、それがないので自由に人間が動いてしまうから、効率性が下がるかもしれません。
      それにしてもこの人間の動き、すごいですよね。途中で背伸びしたりするじゃないですか。人間が作業している中でそういうことを無意識にしたりすると思うんですけど、それをきちんとゲームの中で再現しているところがすごいです。こういうところがほんと、このゲームを応援したくなってしまう所以。

    今の所思いつくのはそれくらいかなぁ。
    また、地味に攻略プロセスをブログにできたらいいなぁと思います。

  • 7/8 歯の検診

    7/8 歯の検診

    なんとなく左の奥歯が噛むときに痛みを感じるようになり、気になったので3年ぶりくらいで歯医者へ行きました。

    レントゲンを撮ってもらい、全体的な歯の検診を受けたのだけど、大したことは無いようでした。再来週にまだ痛みがあれば歯医者へ訪れて、また相談してみようと思います。健康で良かった。

  • 7月1日 コロナ罹患4日目の日記

    7月1日 コロナ罹患4日目の日記

    ようやく日記を書く余裕が出てきました。
    あとは下痢だけ、という感じ。

    人生2回目のコロナ罹患

    最初に罹ったのは2021年2月。あの時は子供が小学校からもらってきたようで、家族仲良く4人で罹患しました。
    当時はコロナ旋風が吹き荒れていた頃で受け入れてくれる病院はほとんどなく、家族のうち1人だけが病院で検査できることに。
    陽性と判断された後、同じ症状が出ていた、私を含む残り3人もコロナだろうということに。
    家族4人で被った悲劇、なかなか厳しいものがありました。

    今回の症状

    今回はおそらく会社に出社した時に受け取ってしまった模様で、発症1日目に38.6度の熱が出ました。
    同時に襲ってくるだるさ、意識が朦朧とした感じ。めまい。頭痛。
    そう、頭痛が一番きつかったです。それは初回も同様でしたが。
    2日目にはなぜか37度台に下がりました。
    そのタイミングで病院へ。すぐに検査し、コロナ陽性と先生から聞きました。
    唐突に思い浮かんだのは、2021年の惨劇を繰り返さないために、家族には絶対に移さないぞ、という気持ちでした。
    処方箋ではトラネキサム酸、メジコン、カルボシステインを出されました。それを薬局で受け取り、帰宅。
    すぐに薬を飲んで就寝。
    3日目は微熱。喉が超痛い。熱が下がっても頭痛はなくならず、しばらくそいつと格闘する感覚。そしていつの間にか下痢が始まっていました。
    4日目、本日になりますが在宅で働けるかな、と思ったもののだるさが抜けなかったので有給を消化。
    金曜と月曜、2日間を有給休暇に費やしてしまいました。

    どうしたらコロナに罹患せずに暮らせるのか

    ここのところマスクなし生活をずっと続けていたので(花粉症の時期は除く)、気持ち的に油断していたのかもしれません。
    また、出社すると水分補給を疎かにしがちなので、それも関係あったかもなぁ。
    何人かの同僚と直接会話したりもしましたが、周りでコロナに罹患したって人は聞かなかったので、具体的な感染経路についてはわからないままです。
    うがい手洗いをきちんとして、水分補給をきちんとすることが最低限やっておくべきことなのかなぁ、と思ったりします。
    水分補給リマインダーみたいなアプリがあると良いのかもなぁ。
    ちょっと探してみよう。

  • 6/17 今日のDuolingo

    6/17 今日のDuolingo

    なんとか今日もやり遂げました

    無課金なのでハートを回復できず15分も持たずに終わってしまう

    135日目
  • 2月26日 筋トレはじめました

    2月26日 筋トレはじめました

    ここ2年くらいで10kgくらい太ってしまい、去年受けた健康診断ではメタボ判定を受けてしまいました。ぼちぼちランニングとかしてるんですけど、それだけじゃ全く痩せなくて、困っていました。このままでは健康にも良くないし、自信もなくなる一方で。

    もともと65kgくらいで、自分の中では理想の体型をしてたんですけどね。スリムな方が好きみたいです。だけどそこから10kgくらいの増量。原因は簡単で、暴飲暴食+運動不足。ちょうど心療内科に通い出した頃なんすよね。精神的な部分もあって、食べることや飲むことで自分を慰めていたのかもしれません。

    会社の同僚(彼は筋トレマニア)とそんなことを話していると、彼は開口一番、それは私の基礎代謝量が少ないから(=筋肉が足りてないから)だと言うのです。私は驚きました。だってランニングとかだって10kmとか15kmくらいなら走れるし、十分に筋力が足りてるんじゃないかと。だけどそう言うことじゃないみたいです。彼の言う通り、ただ単に運動するだけではなく、筋力をつけることが重要なのかもしれません。

    彼はむしろ有酸素をほとんどやらないようで、それでもいい感じの体脂肪率をキープできているのだとか。そりゃすげぇ!ということで、ここ2週間くらい、筋トレに目覚めました。まだ全然筋肉が増強されている印象はないのですけれど、3ヶ月くらいやっていくと何となくそんなふうに見えてくるというので、やってみようと思います。何か目標を持たなきゃね、ということで、とりあえず体脂肪率17%を目標に頑張ってみようと思います。これからは食事の改善や、定期的なトレーニングを続けて、健康的な体型を目指していきたいと思います。これからの日々が楽しみです。

    Photo by Gelgas Airlangga on Pexels.com

    筋トレを始めてみると、徐々に身体が変化していく喜びを感じます。最初は少し辛いかもしれませんが、続けるうちに新たな自分に出会えるでしょう。また、他のトレーニングと組み合わせることで効果を高めることもできます。自分の成長を実感できることが、モチベーションの維持にもつながります。体脂肪率の目標達成や健康的な生活習慣の確立に向けて、筋トレを取り入れることは大きな一歩です。自分の目標を明確にし、継続的な努力を続けていきましょう。きっと素晴らしい結果が待っているはずです。