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  • 7月28日 別れることについて

    7月28日 別れることについて

    さっきオフィスで仕事していたら、今日で最後なんです、と挨拶に来られた同僚がいてびっくり。
    彼とはちょっと一緒に仕事をした程度だったが、ご丁寧に挨拶されて返って驚いてしまった。
    正直なところ、彼がいてもいなくても今の自分が持っている仕事には影響がない。
    だから、辞めてしまったとしても、別に困ることはないのだけれど、
    それよりもまず、知ってる人が少なくなっていくのが少し寂しい。
    私は外資系の会社に勤めているということもあり、入れ替わりは激しいように感じる。
    だからこそ、なのかもしれない。こんな感じで知っている顔がまた一ついなくなってしまうのが、こんなに寂しいものだと。

    今まで何回の別れをしてきただろう。
    今生の別れと、そうではないもの(また会える可能性のもの)に分けてみると、圧倒的に後者の方が多い。
    だけど、私から意識的に「会いにいく」という行動を起こさない限り、その割合が50%ずつ、私の頑張り次第では左側に重心が寄っていってしまう。
    ではいったい、私は今「仮の別れ」をしている中で、何人に「まだ会いたい」と思っているか。
    実際のところ、片手で数えられる程度かな、と思う。
    これが、ドライと感じられるかは、聞いた人の感じ方次第だけれど、私はその五人に対しては、私が苦労してでも会いたいと思っているのは確実だ。
    別に私は、これがドライだとは思っていない。
    その五人に対して熱い思いを持っているから。

    もしかしたらその五人のうち、誰かは、すでにいなくなっているかもしれない。
    そう考えてみると、少しばかり私にプレッシャーをかけるように感じる。
    だけどそのプレッシャーを前向きに捉え、いろいろな調整ごとをこなし、そしてその人たちに会いにいくことができたら、私は幸せかもしれない。

  • 12月16日の日記

    12月16日の日記

    昨日書いた、別れについて、あれからしばらく考えました。
    別れ=寂しいという構図が私の中にはあるので、ポジティブに考えられることができません。
    ただ、別れとは言え、この地球上にはいるわけで、LINE等の連絡ツールに友達として登録しておけば、その寂しさは15%くらい削減できるのかなと思います。

    いつか来る、大切な人の別れについて

    こんなん、心配の先取りでしかないので、考える時間が無駄かもしれないですが。
    家族や両親など、近しい人たちともいつか別れが来る訳で、それはそれはきっと寂しい、悲しいものでしょう。
    考えたって無駄なのにね。そのことを先走って考えて、寂しさに浸ったところで、なんのプラスになるというのだ、と。いや、けど、その寂しさに浸ることで、今のこの関係性の中で、親孝行をしておこうとか、家族サービスをしておこうとか、今よりももっと大切に考えることだってできるだろうし。

    別れなんて来なければいいのに。
    この寂しさが人生のスパイスになる?そんなことは期待していないんですよワタシは。
    今のこの、私を取り巻く環境で構成されている、私を中心とした人間のかたまりに所属する人たちとはずーっと、私がこの世を去るまで別れたくないんですよ。
    最期、みんなに見守られながら、この世を去りたいんですよ。
    なんで、悲しまなくちゃいけないんですか。なんで、人は、情ってやつを身につけてしまったんですか。そんなものが、私の人生にとって、なんのプラスになるというんですか。
    全て燃えてしまえ。そんなことがない人生になっちまえ

    リアルな別れを考える

    そんなことをここに書いても、ただのトイレの落書き程度の意味しか持たないわけですが、もしかすると私の先入観、固定観念を変えるべき時なのかもしれません。

    別れ=寂しいという構図を、書き直すという話。

    そもそもなんで、別れって寂しいんでしょうね。
    もう会えなくなってしまうから。なぜ、もう会えなくなってしまうと、寂しいんだろうか。
    もう会えないということは、その人との思い出を作ることができない。その人との未来を創り上げることができない。会って話したい、反応が見たい、ということができないから、と私は考えました。
    未来を創り上げることができないっての、寂しいことなんですかね。

    思い出があれば、寂しくないんじゃないか。
    もう会えないとしても、寂しいと感じた瞬間に、その人との思い出をそっと記憶の引き出しから持ち出して眺めれば、寂しさで開いてしまった穴を埋めることができるのではないかな。
    ポジティブに考えれば、そういうことなのかもしれないですが。

    スナフキンだったらどう考えるんだろう、彼は孤独を愛していて、

  • 12月15日の日記

    12月15日の日記

    ほぼ仕事しかしていない。

    7時過ぎに起きて、小学2年の次男を小学校の近くまで送り、すぐ帰宅して朝食、で仕事をして18時40分くらいに終了。

    言葉で書いてしまうと、わずか30文字くらいの一日だったんだな、と。

    明日で最終日を迎える、友人みたいな同僚について

    その人が辞めると知ったのは、今週の月曜日。
    本人から、辞めるんだー、と聞いた。

    人生には多くの出会いと別れがある。
    私も、おそらくそれぞれ数百程度の出会いと別れを経験してきたように思う。
    その中で、本当に悲しかった別れってどのくらいあっただろうか。
    思い出は美化されてしまうから、私が指折り数えて浮かび上がったその人たちとは、とても美しい別れをしてきたように思う。

    別れるのは寂しいから、連絡先を、というのが定例になっているけど、それは寂しさを紛らすためなんだよなぁ。
    そのうち、きちんと連絡を取り合っている人なんて、ほんと両手で十分に収まるくらいだもんな。

    さて、明日最後を迎える同僚とは、定期的に連絡を取り合っていくのだろうか。残念ながら、LINEの友達リストに埋もれていってしまうような気がする。動機が、思い付かないというのがその理由。その人だってきっとすぐにでも新しい仕事に就くんだろうし、しばらくはそれ以外のことに目を向ける暇なんてないだろうから、という自分なりの先入観。
    本当は、そんなことないのかもしれないのにね。
    新しい職場での出来事、見つかった壁とか、そういう話を聞きたいんだよな俺は。もしかしたら彼女だってそういうことを話したくなるかもしれないのに。その相手に、私が立候補することだってきっと、悪いことではないのに。立派な動機になるはずなのに。