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  • 5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    5月16日 振り返らず 錆びた風は 続くだろう

    狂い咲く坂道 笑い出す口笛
    どこからか聞こえては 埋め尽くす
    色干からびた空を 焼き付ける

    THEE MICHELLE GUN ELEPHANT / ダニー・ゴー

    そのバンドに出会ったのは、私が大学生の頃だったような。
    バードメンという歌で、彼らを知り、一瞬で好きになった。
    全員、モッズを彷彿とさせるような細身のスーツ姿。
    ギターを「かき鳴らす」という言葉がピッタリの、ギャンギャンしたバンドサウンド。
    ガレージロック。学生時代、カラオケで何度も歌った。
    その中でもダニー・ゴーという歌が、彼らの放った作品の中で、一番好きだ。
    錆びた風。乾いた口笛。
    イントロの、うねるようなベースライン。鳥肌が立つ。
    サビへの流れるようなメロディーライン。ギターソロ。
    調子良い8ビート。
    まるでアメリカの、乾いた地域を真っ直ぐ走っている国道を、古臭い車で爆走しているかのよう。
    私はいつの間にか彼らの音楽から離れてしまったけれど、その間に彼らは解散し、メンバーの一人は死別し、そしてフロントマンの彼は今、ガンと戦っている。
    彼らの残したものは偉大だ。ただのファンが放つ言葉なんて薄っぺらいだけだから、私がここで大声を出して彼らのことを叫んだとしても、誰の目にも、耳にも届かないだろうけれど、私は彼らからそんな景色を受け取った。
    彼らが今、どんな景色を見ているか分からないけれど、彼らの目にも、脳裏にも、そんな、アメリカの、乾いた地域を爆走する景色が浮かんでいると良いなと思う。

  • 12月16日の日記

    12月16日の日記

    昨日書いた、別れについて、あれからしばらく考えました。
    別れ=寂しいという構図が私の中にはあるので、ポジティブに考えられることができません。
    ただ、別れとは言え、この地球上にはいるわけで、LINE等の連絡ツールに友達として登録しておけば、その寂しさは15%くらい削減できるのかなと思います。

    いつか来る、大切な人の別れについて

    こんなん、心配の先取りでしかないので、考える時間が無駄かもしれないですが。
    家族や両親など、近しい人たちともいつか別れが来る訳で、それはそれはきっと寂しい、悲しいものでしょう。
    考えたって無駄なのにね。そのことを先走って考えて、寂しさに浸ったところで、なんのプラスになるというのだ、と。いや、けど、その寂しさに浸ることで、今のこの関係性の中で、親孝行をしておこうとか、家族サービスをしておこうとか、今よりももっと大切に考えることだってできるだろうし。

    別れなんて来なければいいのに。
    この寂しさが人生のスパイスになる?そんなことは期待していないんですよワタシは。
    今のこの、私を取り巻く環境で構成されている、私を中心とした人間のかたまりに所属する人たちとはずーっと、私がこの世を去るまで別れたくないんですよ。
    最期、みんなに見守られながら、この世を去りたいんですよ。
    なんで、悲しまなくちゃいけないんですか。なんで、人は、情ってやつを身につけてしまったんですか。そんなものが、私の人生にとって、なんのプラスになるというんですか。
    全て燃えてしまえ。そんなことがない人生になっちまえ

    リアルな別れを考える

    そんなことをここに書いても、ただのトイレの落書き程度の意味しか持たないわけですが、もしかすると私の先入観、固定観念を変えるべき時なのかもしれません。

    別れ=寂しいという構図を、書き直すという話。

    そもそもなんで、別れって寂しいんでしょうね。
    もう会えなくなってしまうから。なぜ、もう会えなくなってしまうと、寂しいんだろうか。
    もう会えないということは、その人との思い出を作ることができない。その人との未来を創り上げることができない。会って話したい、反応が見たい、ということができないから、と私は考えました。
    未来を創り上げることができないっての、寂しいことなんですかね。

    思い出があれば、寂しくないんじゃないか。
    もう会えないとしても、寂しいと感じた瞬間に、その人との思い出をそっと記憶の引き出しから持ち出して眺めれば、寂しさで開いてしまった穴を埋めることができるのではないかな。
    ポジティブに考えれば、そういうことなのかもしれないですが。

    スナフキンだったらどう考えるんだろう、彼は孤独を愛していて、

  • 5月16日

    2年くらいサブスクで入っていたKindle Unlimitedをやめてみた。
    理由はシンプルで、読みたいと思う本がなくなったからだ。
    70万冊だっけ、なんだか膨大な冊数が読めると言われているが、図書館や書店のようなオススメ力が弱い(と私は感じている)ため、結果的にいつも同じような本を読んで、だんだん飽きてくるというやりとりを続けていた。

    一方、最近はまた図書館ブームがやってきていて、図書館で紙の本を借りて読むのが好きになってきている。
    ページをめくる時の、紙の手触り。持った時の重さ。栞を挟むことによる、どの程度まで読んだかという達成感。
    この辺りの感覚がものすごく好きで、そして図書館へ行くといつも気にしていないエリアでの本が目について、手に取る機会、そこから借りるという一連の流れ、それも図書館で得られる醍醐味の一つなように想う。

    けれどKindle Unlimitedでの手軽さも魅力だ。月1000円で、検索してヒットした本をいつでも読めるという感覚は、わざわざ図書館へ足を運ばなくても良いというところで、きっとまた、サブスクで1000円を払うことになるんだろうなぁ。
    それまでさようなら。あなたのおかげで哲学に出会えました。

  • 4月16日

    二日続いた雨がやみ、思わず嬉しくなって外ランをしてきたんだけど
    なんとなく街を歩いている人たちみんなも同じ気持ちになっているような気がしたなぁ。

    やっぱみんな、晴れのほうが嬉しいよな。
    そりゃ、雨の日だってあるから、それに一喜一憂していること自体、どうかとは思うのだけれど。

    君は君の道をゆけ [ 齋藤 孝 ]楽天で購入

    図書館で、齋藤孝さんがニーチェの哲学について語っている本があったので思わず借りたんだけど、

    うーん、

    どうなんだろうこれは、と思うようなことがあって。

    齋藤孝さんというよりは、ニーチェの考え方になるんだろうけれど、

    過去を全部肯定せよ、みたいなところがあって。

    論調としては、今の自分を作り上げたのは、過去の自分が選択してきた道があるから。
    今の自分を応援するためには、過去、自分がイヤだったようなことも全部抱きしめなきゃいけないのかな、と思って。
    それってかなりキツい。たまに、そういうイヤなことを思い出しては心の中で「んあー!」ってなり、一瞬でものすごく死にたくなるんだけど、それをなるべく忘れるように、思い出さないように生きている中で、それを全部愛せ、肯定しろ、っていうのは

    うーん、すぐにはムリっすね、ってなってる。

    そりゃ確かに、今の自分は、当時の自分がいたというのは否定しないし、そりゃそうなんだけど、過去に対してそんな感じで、全部包み込む必要があるかっていうとなんとも言えなくて、私個人としては、忘れた方が良い過去はダッシュで忘れるべきだと思うんだよなぁ。

    思い出す度に「んあー!」ってなって、自分の心を病んでしまうから。

    両方を生かすにはどうしたら良いのか。どうしたら、良いものか。

    「んあー!」な過去を思い出してしまったら、「そういうこともあったなぁ…」って考えながら、そっとしてあげる、って感じかなぁ。
    それで、自分の心にあるささくれが、わだかまりが、薄まったりするのだろうか。

    分からんね。分からんよ。