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  • 我慢していることに気づかない人間

    我慢していることに気づかない人間

    我慢することがデフォルトになっている人がいる。
    そんな人は、「自分、ほんとは我慢してるんすよね」という気持ちにすらならない。
    それがデフォルトだから。

    それがデフォルトでも、ストレスなく生きていける人なら問題ないだろう。
    だけど100%の人がそういうわけではないはずだから、困る。

    デフォルトで我慢していることが自然だから、それが原因で被ったストレスすらもデフォルトとして感じてしまう。
    そしてその状況を打破する必要性を感じない。デフォルトだから。

    私は学級委員をやるタイプだった。
    その時代、私はみんなの模範になることが固定観念としてあった。
    その結果、自分が生きたいように生きることができず、それがストレスになっていたことにも気づいていない時代があった。
    ちびまる子ちゃんの丸尾くんタイプか。
    彼は彼なりにポリシーを持っているように見える。
    が、それによって自分の本当にやりたいことができないと気づいた時、ダメージを受けるだろうか。
    それを「我慢」として考えてしまったら、多分、自分が無理している証拠なのだろう。
    その判断が難しい。

    私は、どうやら無理していたと言うことになるのだろう。
    社会人になり、いくつかの経験を経て気づくことができた。
    きっとそれは幸運なことなのであろう。

  • やわらかく生きる

    やわらかく生きる

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    怒りはなぜ生まれるのか。
    根本的には「自分の思い通りにいかないこと」があり、その、期待に応えられない事実が生まれた時に、怒りが生まれるように感じる。
    事実というものがそもそも存在せず、あるのは解釈のみという考え方に照らし合わせると、期待に沿わない事実というものは自分の偏見が入っているので、それによって怒りを助町させているということも考えられるのではないだろうか。

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    怒りをやり過ごした後に残るのは、疲れるということのみである。
    または、悲しみなど、新たな別の感情が生まれるかもしれない。
    つまり、何もプラスにならない。

    だったら怒りを持たない方が良いではないだろうか。
    怒りを持たないためには、期待しないこと。
    こうなったら良いな、は自分を成長させるから良いけれど、そのこだわりを強く持ちすぎてしまうとやがてそれに振り回されるようになる。
    だから、その期待をやわらかく持つ。
    そして、期待に沿わない結果が出たらそれをなるべく客観的な目で見て捉え、そして現実は理想と異なるということを自分で飲み込む。
    たったこれだけのことで、人生が楽に生きられるようになる。

    と、文章で書くといとも簡単なように見えるが、実際にやろうとするととてつもなく難しい。
    理想とかけ離れた、そして主観によって捻じ曲げられた現実。
    それを受け止めきれない自分の器。
    そして、止められない怒り。
    私だって毎日のようにその流れを感じている。

    多分、訓練が必要なのだろう。
    まず理想をやわらかく持つところから始めてみよう。
    そうすることで、期待にそぐわない結果によっても、少しずつ、ま、しょうがないか、と思えるようになってくるのかもしれない。

    怒りという感情は、精神を疲弊させる。

    もしかすると、上で書いたすべてのことを超越するような、「怒りすらも受容する」という取り組みこそが、至上なのかもしれない。

  • 夢とか持つべきではないのかもしれない

    夢とか持つべきではないのかもしれない

    理想の自分と比較するといつも、自分の至らないところが目に見えてきて、本当にイヤになる。
    この、思考の繰り返しについても、本当に嫌気が差す。

    なんでこうなったのか。

    つまるところ、めんどくさがることに起因しているのではないだろうか。
    めんどくさがることと、関連して、物事を先延ばししてしまうこと。

    理想の自分は万能型。なんでもできるタイプをイメージしている。
    現実の自分はというと、いろんなところに中途半端で、情熱を持って自分を磨いてこなかったことの結果だと容易に想像できてしまう。

    めんどくさがるのはなぜか。先延ばししてしまいたくなるのはなぜか。

    怠惰。怠けたくなってしまう。自分を律するのがめんどくさい。
    ぬくぬくしたところでぼんやりとお酒を飲み、生きていたい。

    多分、そんなところだろう。

    それはそれで良いのだ。それを選択したのだから。
    それならいっそのこと、理想の自分は「ぬくぬくしたところでぼんやりとお酒を飲みながら生きていくことです」と言い放てば良いだけ。

    けど、それができない。
    それは、自分の理想とは大きくかけ離れているから。

    理想とは。

    そもそも理想なんて持たない方が、幸せに生きていられるのかもしれない。
    夢なんて持たない方が、幸せに生きていられるのかもしれない。

    そもそも夢とは。持つべきものなのだろうか。理想も然り。

    人間は、成長すべきなのだろうか。

    自分のやりたいように生きる、ことが人生の目的なのであれば、やりたいように生きる≠自分を磨き、夢を実現させるというケースだってあるでしょ。