タグ: 怠惰

  • 5月8日

    7時36分。
    雨も降ってなくて、運動するのにとても心地の良い気候。
    もうちょいしたら走りに行ってこようかと思ってる。

    怠惰について。

    私は月間で150kmとか、走れたら良いなぁとか考えたりする。
    そこを「絶対に走り切るぞ」とかまでは設定しておらず、なぜならそこまで自分を追い込んで課してしまうと、実際にできなかった時のショックが大きいから、プラス自分を責めてしまいそうになるからなんだけど、もしかしたらそれくらいに自分を追い込んでみても、実はいけたりするんじゃないかと期待する自分もいたりする。

    一度決めたらそれに突き進むのは意外と簡単で、それじゃなんでできないんですかというと、私が設定している「走れたら良いなぁ」という程度のものだと、怠惰に対してある程度仲良くしなければならない、というのを見込んでいるような気がする。

    今日もそう。

    上で、あともうちょいしたらって書いてるのは、スマホの充電が全然できてなくて、それが完了したら、ということを含んでいる。
    自分の中で、きちんと走る時間を決めたり、走るルートを決めたりすることで、なんとなく気持ちが固まってくるような気がするんだけど、今イマの段階だとそこまでがっつりしたものを決めていないから、まだ、私の心に怠惰が入り込んでくる余地はあるよなと思ったりする。

    この怠惰は何に対しても有効で、むしろこの気持ちとの付き合い方に対して、義務教育で学んできてるような気がするんだよなぁ。
    基本的に学校で学ぶ勉強ってめんどくさいと思っていて、覚える必要性を感じないものに対して覚えなきゃいけないし、テストで間違えないように何度も確認しなきゃいけないとか。そういう地味な活動を繰り返すことで、怠惰とうまく付き合うようになるのかな、と仕事をするようになってすげー感じたりする。
    だって仕事もだいぶめんどくさいものばっかりだったりするもんね。

    この怠惰って気持ち、もっと言うと生きることに対しても怠惰によって台無しにしてしまうと言うことが考えられる気がするんだよなぁ。
    めんどくさいから、行かないとかやらない、って言うことで、
    あとになって「行っておけばよかった」とか「やっておけばよかった」ってなることがあるから。
    それくらい後悔するんだったら、やっておけって話ですけどね。

    翻って私の話。
    例えば年間で走る距離を決めたりすると、この怠惰をある程度振り切って没頭して取り組んだりできるのかなぁとか思ったりする。
    年間で走る距離って言ってもなぁ。上述したけれどなにかご褒美をとか考えた方が良いんだろうか。年間通して走るモチベーションってなんだよ。健康な身体くらいしか思いつかない。それで十分なんだろうなぁ多分。

  • 律するか、怠けるか

    律するか、怠けるか

    ここ数年で気づいたことなのだが、自分は心身の状態に対して完璧にしておきたいタイプなんだなということ。

    もう40歳を超えているし、毎日きちんとした体調を保つというのは簡単なことではないが、それでもどこか弱っている部分があると、最優先で治そうとする姿勢に入る。

    例えば口内炎。年に数回できる。非常に痛いので嫌い。その嫌な思いを早く取り除きたいので、ダッシュで治す。お酒をやめる。食生活をきちんとする。睡眠時間をきちんと確保する。その辺りの生活を見直すことで、割と、それこそ一週間くらいで治る。自然治癒力に感謝するとともに、普段の生活を見直す良い機会だと、いつも感じる。

    そんな風なんだから、むしろ予防観点で、口内炎のできない生活を普段からやれば良いのにと思うのだが、なぜだかそれはできない。

    なぜだか、と書いているが自分ではちゃんと理解している。怠惰に暮らしたいからだ。

    人間は自分の欲望に甘い。お酒を飲みたいし、好きなものを好きなだけ食べたいし、夜更かししてスマホをダラダラ見ていたい。ゲームしてたい。そんな欲望に対して真摯に付き合ってしまうと、途端に口内炎ができてしまう。そんなリスクをちゃんと理解しつつ、怠惰に過ごすのだが、一方で口内炎ができてしまうとそんな生活をしていた自分を恨む。

    人生の選択において、自分を律するか、欲望に忠実な姿勢で生きるか、二つに一つだ。どっちも、ということはできない。

    それなら私は、と簡単に選ぶのが難しい。というか、どっちかに偏って生活すること自体不可能なのだ。人間は飽きてしまう。そんな風には出来ていない。

    なら、どうすれば良いのか。どっちも、やる、という選択肢がある。

    律する生活を送りつつ、時折、自分を甘やかす。なかなか難しいように思えるが、例えば運動を定期的にする人のうち、美味しくお酒を飲むために、をモチベーションにしている人は意外に多い。運動しているから、割と調子は良かったりする。そして罪悪感も少ない。

    ポイントは自分が機嫌良く生きるという点で、その気持ちを獲得するために、自分を律するか、欲望に忠実になるか、そのどちらかを強めれば良いんだろう。それでも口内炎になってしまったら、その時は諦めるしかないが。

  • 根底にあるのは怠惰

    根底にあるのは怠惰

    新しい年を迎え、今年こそはやってやるぜ、とやる気に満ち溢れる時期。だけどすぐ行動に移せないのが人間。

    根底にはめんどくさい…があり、よく考えるとそのめんどくさい…はいろんなところに響いているのが分かる。逆に言うとその気持ちをコントロールすると、やり遂げることができる。

    突き詰めて考えるとそのめんどくさい…が人生全ての思考、行動を司ってる気がしてて、それをコントロールするための訓練が、義務教育だったのではないかと思うのよね。

    そう思ったきっかけは仕事で、東大や京大を卒業した人と出会ったから。彼らの集中力と、突き詰めて考える力、あきらめない気持ちがとても強くて、みんな同じように気持ちの強さを持っているから、そう考えました。

    時間を戻すことはできないけど、その、めんどくさい…をなんとかすることで(=顕在化させない。意識しない。忘れる。考えない)、今年こそは!という事柄をやり切れるのではないかと思います。

    と思ってる自分も、今年こそは英語!と思ってるのだけど、早速元旦やらずに終わりました。分かっていてもできない、それも人間なのだと…