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  • 4月4日

    15時で会社を早退した。14時59分までわりとずーっとミーティングが入っていて、とは言えあまり発言する必要のないものばかり、だからとは思わないがだんだんと胸が窮屈になり、部屋をウロウロしたり背伸びをしたりしたんだけどあまり解決せず。こりゃダメだと思い、その後もいくつかミーティングがあったのだけど早退を願い出てそのままオフラインに、

    こういう時って原因を探るのはあんま良くないんでしょ。

    分かるんだけど、つい探ってしまう。突発的な仕事の依頼。プレッシャー。苦手な人とのコミュニケーション。おおよそ、こんなところだよな。

    それらを全部取り除くのは、無理だと分かってる。転職しても、性格から同じ境遇になるのは分かってる。それなら、在宅勤務だし給料もそこそこ良い今の会社に留まるべきなんだろう。転職を選ぶ動機なんてほとんどないよな。

    それでも。

    いや。

    お金なんて普通に暮らせれば良いんだから、もっと低くてプレッシャーの少ないところを選ぶ?

    いや。

  • 4月1日

    ソフトウェアはシステムの品質を検査するような仕事をしているのだが、突き詰めると、限度がよく分からなくなってくる。

    良い塩梅というのはどんな世界にもあるもので、のめり込むのは身体に悪い。

    ここのところエピクテトスとニーチェに傾倒していたのだが、それもハマりすぎると厭世的になってしまい「あぁ今すぐにでも死んだほうが楽になれる」と考えたりするので、それもよく考えるとのめり込む例なんだなと思う。

    十分な品質、というものがあるのだ。

    日本は割と品質が高いものを求めがちだと言われるのよね。
    まぁわかる、自動販売機ではお釣りに間違いがないことが前提だし、街の横断歩道にある信号だって壊れてないし、車は頑丈だし、電子レンジはいつまで経っても壊れないし。

    それはそれで良いことなんだけどね、
    その「品質を守るためのコスト」が、世間にとって必要十分であるかどうか、確かめることが必要なのかな、とかね。

    雑多な居酒屋ではハイボールの濃さに少しギャップがあっても、まぁしょうがないかな、と思っちゃうけど、そんなお店だとしても刺身が古くてお腹を壊しちゃうとダメだし、その辺の線引きをきちんと考えておかないといけないんだよな、とかね。
    いつだったかペヤングの工場で虫かなにかが入ってたとかあったけど、まぁ正直虫は高熱殺菌されてるし今イマだと昆虫食って考え方もあるから、実質ありかもしれないけど、買う側としてはそういうところは気になっちゃったりするけどな。
    私としては、キャベツの隙間にイモムシがいても、まぁしょうがないかな程度の感覚なんだけど、その価値観は人次第だから、なにが正解かというのが分からなくて難しいなぁ、と考えているうちに1日が終わってしまいます。

  • 3月31日

    世の中では「年度末」と言われる日。翌日はエイプリルフールとして、世界が滅亡するだとか、しょうもないジョークが飛び交うのかもしれない。世界が滅亡とか、その温度感で飛び交うジョークは、地球の北の方でバチバチやっている地域があるから、さすがに不謹慎だわ、とか言われちゃったりするのかね。

    話したいのはそんなことじゃない

    何もないことが最上、という人と、
    今持ってないものをどんどん手に入れることが最上、という人がいる。

    私は前者だな、と思ったのよね今日。

    何も心配する点がない、不安なところがないです私は、めっちゃ正常です、というのが、私にとって最上なんだな、と。
    今、花粉症でめちゃくちゃ悩んでいたり、たまに胃が痛くなったり、たまにものすごくこの世とお別れしちゃいたくなったりするんだけど、そういうのが一切ない状態が、自分の中で一番気持ち良いんだな、と思った。

    多分、これは俗に言うネガティブ思考ということになるのだろうけど。

    逆に考えると、そういうところがないか、常にセンサーを張り巡らせているような気がしてて。
    身体やメンタルの不調がないか、もしあったら一気に赤信号を灯し、それを解決するために全力を尽くすような生活。

    ネガティブ思考であり、心配性なのかもしれない。

    もしかすると、そういうのを探しにいこうとするマインドセットを変えてみると、また違った景色が見えるのかもしれない。

    上述の、後者のほう、これはポジティブ思考かというと、なんとも言えんよね。

    なんでも欲しがっちゃう性格。今がゼロで、ここから自分が気持ちよくなることを探しにいくというか。
    これは快楽主義ってやつになるのかなよく知らんけど。

    こうやって2パターンで比較しちゃうと、つい、どっちが良いとかって話になりがちだけど、どっちも一長一短あると思ってて。

    私の方は、たぶん、不健康になりにくい気がする。
    悪いところがあるとすぐ、それを解決しようとするから、病院に行ったり、休んだりして、復調に努める気がするんだよな。

    ただそういうところに気づかずに、ひたすら身体に毒なことをし続けてしまう、ストレスのある環境に浸ってしまうと、そういう信号すら無視しちゃう訳だから、普通?に帰ってくるのにも時間がかかったり、するような。

  • 3月30日

    一瞬で夜。昼間、外はちょっと暖かかったらしいね。
    一歩も出ていないので、全くわかっていません。

    周りに対する興味がなくなっていく一方で、自分に興味が湧いてきている気がする。
    興味を持つボリュームっていうのは、総量としては変わらないのかもしれない。
    ドラマとか、ニュースとかどうでもいいやと思っているので、その代わりに、自分の欲求に対して素直に受け入れようとしている、というか。
    欲求っつっても、食欲くらいのものですけど。

    深津絵里が好きだったから、カムカムエブリバディを割とちゃんと観てたんだけどなぁ。いつの間にか興味が薄れてしまった。そろそろ終わったかなぁ。

    興味なんてそれくらいか。あとは日々、夜は何のお酒を飲もうかなぁくらいのことしか思いつきません。

    あー、けど、不意に速読に興味が湧いてきました。
    分からないんだけど、頭の回転が速くなりそうだよなと思って。
    小説ってある程度ゆっくり、文を噛み締めながら読むほうが面白いと思っているので、多分ジャンル?的に分けてみて、ビジネス書というか自己啓発的なものは速読でやる、みたいな感じで考えると良いのかなぁと思ったり。

    なんでそれに思い至ったのかと言うと、頭の回転が遅いな、と感じたからです。
    仕事で、私は、ある程度文字として可視化しないと分からないことがあって
    例えば提案とか報告資料と作ろうとする時、内容にもよりますがA4のコピー用紙を4枚くらい落書きして、それを経てパワポファイルを作ったりしてるんすよね。
    まぁ、それくらいなら良いのかもしれないですけれど。
    完成までのスピードを上げるには、着想から具体的イメージへの落とし込みを速くするしかないよな、と。

    自分を成長させるという点では、自分は感覚でものをしゃべるタイプなのですが、自分の気持ちを適切な日本語で表現する術を身につけたいと思ってて。
    なんかうまく言えないけどモヤモヤするんだよなぁーみたいなこと、多くないですかね。
    そういうのを排除して、クリアな自分になりたい。

  • 3月29日

    雲の多い、今にも雨が降り出しそうな3月29日を迎えている。
    今日は、長男の誕生日。あの頃も桜がほぼ満開を迎えていて、退院する頃には散っているだろうなと思っていた。

    人をどう想うかは、人の勝手である。お節介と思われようが、自分の好きなように人のことを想うべきである。
    とは言いたいが、残念ながら「世間の空気」というものがあり、それに流される形で、自分の想いを、それに合わせてカスタマイズする必要が出てきたりする。

    愛情。子供への愛情。

    親としては当然の想いだと思っているが、私が考えている「子供への愛情」は私だけの価値観だから、それが世界共通とは言えない。
    私からすると、自分の子供(だけじゃなくて他人の子供も含むけど)に危害を加えるようなことは全くもって想定できない。あり得ない。だけど私の価値観にそぐわない人はいて、そんなニュースを見て、私は心を痛める。

    そして、さらに、遠くの国で起きている戦争。それからも、多くの子供たちが命を奪われている。
    奪われて、という表現。
    自分の意図しない形で、生きていることが終わってしまう。
    とても切ない。彼らの、未来に見えただろう光景が、彼らの目に映ることなく、終わってしまうなんて。
    もっと楽しいことだってあったはずだろうに。

    とても悲しい。

  • 3月28日

    久しぶりに出社した。会社のそばにある桜並木が、そりゃもう満開でとても綺麗だったよ

    咲き始めたの最近じゃなかったでしたっけ。なんかあっという間に咲いてしまった気がする。今年は桜前線の脚が早いですね。

    仕事はめちゃくちゃ忙しくて、って毎日のように言ってる気がするけど、次から次へと降ってくるこの仕事を、優先度をつけて捌いていくだけであっと言う間に1年が経ってしまう気がする。

    紅茶を淹れる時に、ティーバッグを見ながらマインドフルネスとして、お茶を淹れることだけに集中し、45秒経ったらふっとティーバッグを2,3度上げ下げするんだけど、それがめちゃくちゃスッキリする気がするんだよなぁ。なるべく続けていきたいと思います。

  • 3月27日

    キャンプで濡れたテントや寝袋、イスをベランダで干している。
    それを眺めながら日記を。

    とても心地良い。

    スギ花粉が気になるけど、きっと今吸った花粉は明日響いてくるはずだから、明日なんとかするとして、今はベランダにてマスクをせずに、外の空気を吸っている。

    昨日図書館で、エピクテトスの本を借りて、「自分の手や頭でどうにもできないものには執着しない」という言うのが頭にこびり付き、剥がれない。
    最たるものは、天気だろう。天気には43年生きていて何度裏切られたことか。裏切ると言っても、天気は私のことなんて何も気にしていないから、私が一人で騒いでいるだけだが。
    とは言え、天気のせいでイヤな思い出になったということがあっただろうか。

    しばし考える

    イヤな思い出というのはあまりなかったように思う。
    どうだって良かったのだ、天気なんて。
    急な雨が主に挙げられるが、急な雨でイヤになったことなんてあっただろうか。

    どうだって良かったのだ、天気なんて。

    最高気温がゆっくりと上昇していき、そうなることで昼と夜の寒暖差が激しくなってくると、春らしさを感じる。桜も芽吹いてきていて、街を見渡してもだんだんとピンク色が目につくようになってきた。とてもやわらかな、ピンク色。綺麗だ。

    エピクテトスの本を読んでいると、他人に振り回される自分がやたら滑稽に見えてくる。
    家族、会社の人、街ですれ違う人など。

    また、自分の寿命についても、むしろ私がこだわりすぎていたのでは、と思ったりするんだよなぁ。
    これちょっと他の人にも見てもらい意見をもらっても良いかなと思うので、noteに当初してみよう。

  • 3月26日

    amazarashiを聴きながら、ニーチェに関する本を読んでいたりすると、満たされない状態は、人間の生きる力が最高潮になっている状態なのかなと思ったりする。

    満たされないイコール、満たしたいという欲求が生まれ、それを実現するために生きるということだから。

    私は割と、今、満たされていると感じていて、だからこそあんま長生きとかしなくても良いかななんて思っちゃったりしている。

    その辺の話を家族にすると、少し寂しがられる。別に寂しがらせるために言ってる訳ではなく、私の意思を表明しただけなので、そこは納得してもらいたいところだけれど、まぁ、逆の立場で考えたら、寂しいよなぁ。奥さんは私より先に逝かないで欲しいよなぁ。

  • 3月25日

    今年3回目くらいの有休を取得した。家族でキャンプに行こうと思ってて。

    まるで遠足当日の子供のように、なんと4時に目が覚めてしまった。
    つっても原因は花粉症の鼻詰まりなんだけど。

    子供2人のご飯をどうするか考えねば。
    夜と、翌朝。
    ピザ好きの次男のために、冷凍ピザをアルミホイルで包み、それをスキレットの上に置いて温めてあげようかと思っている。
    長男は肉と米さえあれば良いので、普通に炊いたご飯をアルミホイルで包み、それを持っていけば良いかな、と。

    男3人のキャンプなので、細かいところは気にせず、
    – テントを立てる
    – 火を起こす
    – 腹一杯ご飯を食べる
    – 寒くならないように夜、翌朝を過ごす
    だけができれば十分かなと思っている。難易度低めだな。

  • 3月24日

    なんだか腰が痛い。急にどうした、と不安になる。

    腰痛は単純に運動のやりすぎとかだけではなく、ストレスからも発症すると知り、人体の神秘を大いに感じている。

    ストレスはといえば、

    やはり仕事。

    ずーっと仕掛かりの仕事があるんだけど、他の仕事が優先度高めで降ってくるので、それを対処しているうちに先延ばしになってしまっている。
    ストレスになるのは分かっているから、いっそのことそれらを全部他の人に渡してしまうとか、なんらかの方策を考えなければいけないのだけど、方策を考える時間すら作れていない状況が続く。

    それを楽しむことのできるようなマインドセットが必要なのかもしれない。

    腰が痛むような、よほど大きなストレスを抱えている状況を、楽しむことができるようなマインドセット。

    ストレスを楽しむで検索してみたら、厚切りジェイソンがアツく語っていた。

    https://www.recruit.co.jp/talks/meet_recruit/2015/12/og09-2.html

    多分ストレスって、「理想の人生」を描いていて、そのギャップがあるから発生するのだと思う。
    理想の人生。思い通りにやりきれる仕事。悩みのないプライベート。

    いや違う。ストレスのない人生は、もしかしたら波風が立たなすぎて、刺激がない!つまらない!と思うのかもしれない。と考えると、今日の腰痛も、全然進まない仕事も、波の一つなんだから、それとうまく折り合いをつけていく必要があるのだろうか。

    なんかいっつも同じことを考えているような気がするぞ私。