タグ: 断捨離

  • 10月2日 iPhone SE第2世代で、iOS17にアップグレードしたその後

    10月2日 iPhone SE第2世代で、iOS17にアップグレードしたその後

    バックアップを取らずにiPhone SE 第2世代をiOS 17にアップグレードした途端に動作が鈍くなった件、続報となります。

    前回の日記では、バックアップを取り、ダメ元でiPhoneを工場出荷状態に戻すとどうなるか、試してみます、で止まったところでした。

    今回はその後にどうなったかを書いてみたいと思います。

    工場出荷状態に戻す前にやったこと

    • バックアップを取った
    • LINEのトークをバックアップした(工場出荷状態にした後、何らかの理由でバックアップから復元することができなかった場合に備え、念のためやっておきました)

    工場出荷状態にする方法

    1. iPhoneの設定メニュー → 一般 → 転送またはiPhoneをリセット → 全てのコンテンツと設定を消去
    2. 待つ(15分くらいかかった)

    結果、どうなったか

    • iOSがダウングレードされてたら嬉しいなぁーと思ったのですが、残念ながらされてませんでした。iOS 17.0.2のまま。
    • ええい、しょうがない、と思いいくつかアプリをダウンロードして、ざっくりとした使用感を確かめてみたところ、工場出荷状態に戻す前と比較して体感的に速い動作が得られました。
    • しばらく使ってみたのですが、大丈夫そうだな、と思い、このまま使ってみたいと思ってます。

    私はそこまでiPhoneというかスマホに依存していない(気がする)ため、工場出荷状態という、いわば「まっさらな状態」に戻ったところであまり苦労することはありませんでした。
    それよりも、不要だなーいつか捨てよう、と思ってたアプリを一掃できたので、個人的にはスッキリした気分になりました。
    いろんなアプリをインストールしておくと、iPhone自体は重たくなるということだけでなく、気持ち的にも「もっさりした気分」になってしまうのかなーと思ったり。
    iPhoneの中身を断捨離するっていうの、定期的に必要かもしれませんね。

    ちなみに、工場出荷状態にした後にインストールしたアプリはだいたい30個くらいです。
    これら、プラスiPhoneに最初から入っているアプリで、だいたいのことに対応できるんだなーと思ったり。

  • 7月16日 ときめくかどうか

    7月16日 ときめくかどうか

    足るを知る。
    物欲はキリがないけれど、それは今の私に足りないと勝手に考えているからであって、実際はそんなことなくて、単純に「今持っているものに飽きてしまった」ということなんだと思う。
    飽きてくるのはしょうがないことなんだろうなぁ。
    慣れてしまって、その物から刺激を受けることが少なくなってきた、ってことが根底にあるんだと思う。
    そうやって、物事に飽きて新しいものが気になってくるからこそ、この消費社会が成り立っているんだよなぁ。

    こんまりさんが書いた本の中では、心がときめくかどうか、というのを一つの観点として挙げていたんだよなぁ。
    ときめくからまだ持ってる、逆にときめきを感じなくなったら、もうそれとはさよならをする、といった具合に。
    その時に、ものから離れにくい人ってどうしたっているんだよね。
    いつか必要とするかもしれないから、といった具合に。
    断捨離の精神では、過去1年間で使わなかったものはこの先もずっと使わない、と割と強い姿勢を見せていた。
    私はちょっとそこはダウトだと思っていて、3年経った今、急激に必要になりました、みたいなことだってよくあるんだよな。
    捨てる時にはそういう、次必要となった時には書います、という覚悟とともに捨てるわけだけど、それって自分の財産を削って買ったものなのに、もう1度財産を削ることになるわけだから、勿体無いなぁ、と感じてしまう。

    いや、だからこそなのかもしれないけど、次必要となる時にはもう買わないで、代替品や、もしくは、それが必要とならない生き方を考えていけば良いのかもしれないよなぁ。
    一度捨ててしまったものとは、それっきりの縁でした、となるわけだし。

  • 物欲はなくならないだろ

    物欲はなくならないだろ

    年末にAmazonのセールを見て、そこからトラックボールを買った。
    タイムセールで安くなっていたので、つい、買ってしまった。
    元々マウスは持っていたのだけど、トラックボールを持ってみたかった、使ってみたかったという欲望に負け、買ってしまった。
    後悔をしているかというと、なんとも言えない。
    仕事で使っていて、実際めちゃくちゃ使いやすくて、買って良かったと思っている。

    同じように、在宅勤務が継続的なものとなった今、外部ディスプレイを買った。23インチの。
    これは楽天市場で、確かこれもタイムセール的なタイミングで安くなっており、そこで買ってしまった。
    買ってしまった、と語尾に置く辺り、後悔をしているように思える。

    そう、これについては後悔している。

    元々在宅勤務が始まった時点で、ラップトップPCは貸与されていたし、マウスだって長年使っているものがあった。
    それらを使うことで、外部ディスプレイやトラックボールを買う必要などなかったはずだった。だが物欲に負けた。
    繰り返すが、買った製品自体には非常に満足しており、だから、こんな振り返りをすること自体が時間の無駄なのかもしれない。

    ただ、断捨離系(物理的・精神的)の本を読むと、足るを知るという概念に疑いようもなく、それに照らして考えてみると、やけに無駄なものを買っているように感じる。
    これではお金が貯まらないのは明白だ。
    ものを持つと、それに対する執着が生まれる。
    そして捨てる時に「もったいない、まだ使えるのに…」という気持ちが生まれ、執着しているのだなと感じる。

    そう、執着。
    自分が苦しむ種。
    それを取り払うためには、ものを持たない方向に生活や自分のマインドを寄せていく必要がある。

    人間だもの、たまの物欲くらいはね、という気持ち、良く分かる。
    だけどそれに付き合って生活をしていたら、どんなに広い家に住んでいたってあっという間にもので溢れてしまう。
    そうするとどこに何があるか分からないし、精神的にも窮屈になってしまう。
    自然に後ろ向きになってしまう。
    そしてなにより、物欲はいくら買ったところで湯水のように湧いてくるのだ。
    物欲は悪魔だ。
    だから、どこかでそれを断ち切る必要がある。
    なるべく早い段階で。

    ただ、上述した系の本を読んだところで、「必要最低限で暮らすことから生まれる満足感」を得るにはまだ訓練が足りていない。
    どうやら私はミニマリストになりたいようで、そっち系に気持ちが向かっているのは確かなのだが、物欲があるとついAmazonや楽天を見てしまう。
    2021年はまず、買わないことを念頭に置きつつ、使わないものはガンガン捨てていくという方向で生きていきたい。